軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1315話 心優しき蛇龍神

海樹のいるところから海上に上がり、陸に向かってのんびりと飛ぶライトとラウル。

普段は嗅ぐことのない潮風を胸いっぱいに吸い込みながら飛んでいると、海岸に沿った崖が見えてきた。

だが、何だか違和感がある。よくよく目を凝らしたライトが、ラウルに声をかけた。

「ねぇ、ラウル、前の方に何かいない?」

「……ン? 確かに何かいるな、何だありゃ?」

それは春に生えるつくしか山菜の一種ぜんまいか、あるいは巨大なチンアナゴのようにも見える。

二人は飛行速度を落とし、ゆっくり近づいていく。

そしてチンアナゴもどきの正体が分かったライトが、思わず大きな声を上げた。

「あッ!あれ、デッちゃんだ!」

「何ッ!? ……あー、確かにありゃデッちゃんだな」

海から生えるくすんだ紫色のつくしに見えたそれは、蛇龍神ディープシーサーペントの後ろ姿だった。

長い身体を時折クネクネとさせているディープシーサーペント。

こんなところで一体何をしているのだろうか。

だんだんとディープシーサーペントに近づいていき、右側斜め後ろからそっと覗き込むように前を見ると、そこにはクレエがいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ、クレエさん!?」

「……あら? ライト君にラウルさんじゃないですかー。おかえりなさーい。…………って、ライト君、空飛んでる…………?」

「「あ"」」

ラウルとともに空を飛んでいたライトを見て、クレエがつぶらな瞳をさらに大きく見開いている。

ライトが青龍の鱗を飲み込むことで飛行能力を得たのは、本当につい最近。今年に入ってからのことだ。

故にライトが空を飛べることは、今のところレオニスやラウル、マキシなどの本当に身近な者達だけ。

まだクレア十二姉妹にも教えていないことなので、クレエがびっくりするのも無理はなかった。

そしてライトの方も、ディープシーサーペントとともにクレエがいるとは思わなかったのでつい声をかけてしまったが。クレエどころかクレアにさえまだこの事実を教えていなかったことを、二人とも完全に失念していた。

呆気にとられるクレエの顔を見て、ライトもラウルも『しまった……』と固まっている。

そんな中、全く空気を読まない者がここに一柱。

『ンぁ? チミ、ライト君、だっけ? おッひさー☆』

「……あ、デッちゃん、こんにちは!ぼくの名前を覚えててくれたんですか?」

『もッちろん!だってチミは、ボクちんとクレエちんを会わせてくれた、恩人だもん!』

ライトのことを覚えていたディープシーサーペントが嬉しそうに話しかけてきた。

前回会った時は、ディープシーサーペントから見たライトは『 赤い悪魔(レオニス) の連れ』という認識だったが、今は『大好きなクレエに会わせてくれた、とっても良い人!』という好印象に変化したようだ。

歯を剥き出しにしてニヨニヨと微笑む?ディープシーサーペントに対し、今度はラウルが声をかけた。

「デッちゃん、俺のことは覚えてるか?」

『ンぁ? えーっとねぇ、黒色のチミはねぇ、えーっとねぇ……ラウルちん!チミもこないだライト君といっしょに、クレエちんに会わせてくれた恩人!』

「正解。デッちゃんに覚えててもらえて光栄だ」

『エヘヘー、ちゃーんと覚えてたボクちん、偉いでしょ?』

「ああ、さすがは神殿守護神を務めるだけのことはある」

ライトだけでなく、ラウルのこともちゃんと覚えていたディープシーサーペント。

ラウルに持ち上げられて、エッヘン☆とばかりにドヤ顔で胸を張る。

そして、空気を読まないディープシーサーペントのおかげで、完全に固まっていたクレエもハッ!と我に返り、話に加わってきた。

「ラウルさんが先程仰っていた寄り道って、海底神殿のことだったんですかぁー?」

「ああ。久しぶりにエンデアンに来たんでな、ライトといっしょに海の女王や海樹ユグドライアに会いに行ってたんだ」

「そうだったんですかぁー。海の女王様や海樹様は息災であられましたか?」

「ああ、皆有り余るくらいに元気だったぞ」

「それは良いことですぅー」

ラウルの寄り道先が海底神殿や海樹のもとだったと知り、クレエの顔も綻ぶ。

エンデアンは港湾都市というだけあって、海の情勢がそのままエンデアンにも反映される。

海が平和ならエンデアンも平和であり、海に何か異変が起きればエンデアンにも大きく影響を及ぼす。

エンデアンという街は、常に海とともにあるのだ。

海の女王や海樹の息災を喜ぶクレエに、ライトが話しかけた。

「クレエさんは、ここでデッちゃんとお話ししてたんですか?」

「ええ。ラウルさんが依頼を引き受けてくださった直後に、港にデッちゃんがいらっしゃいまして。そういう時はデッちゃんが私を呼んでいるということで、この崖でお話を伺うという規則ができたんですぅー」

「それもクレエさんのお仕事なんですか?」

「はい、私はデッちゃんの専用窓口ですので。デッちゃんへの対応は、全てにおいて最優先されるんですー」

嫋かな笑顔で微笑むクレエ。

確かにクレエは、エンデアンの民の中でディープシーサーペントと対等に話ができる唯一の人材だ。

ディープシーサーペントが何かを望んでいるのなら、迅速にクレエを遣わして要望を聞き、それが人族側で叶えられるものなら即座に叶える。

ご機嫌取りと言えば聞こえが悪いが、それこそがエンデアンの安寧を保つ秘訣なのである。

そのため、クレエはいつ何時でもディープシーサーペントからの呼び出しを最優先することになった。

業務中であろうが、港にディープシーサーペントが出現したら即時『いつもの崖』に向かう。

もちろんこれもクレエの業務の一環であり、立派な仕事のうち。無断外出などにはならない。

「今日はデッちゃんが、私にプレゼントを持ってきてくれたんですぅー」

「プレゼント?…………って、あの巨大なタコ、ですか?」

「そうですそうですー、あれは海に棲む魔物『ブルーオクトパス』です。肉の美味しさもさることながら、吸盤や墨など貴重な素材が採れるんですよー♪」

今日のディープシーサーペントの呼び出しは『クレエちんに、ボクちんからプレゼントをあげる!』という内容だったらしい。

クレエの後ろには、巨大な青色のタコが水揚げ?されていた。

ディープシーサーペントの話によると、何故かこのブルーオクトパスはディープシーサーペントに敵意を持っているらしく、よく襲いかかられるのだという。

しかし、神殿守護神であるディープシーサーペントの敵ではない。ディープシーサーペントが尻尾を一振りすれば、直撃の打撲もしくは絞め落としで瞬殺である。

嬉々とした顔で『今日もコイツがボクちんに絡んできたんだけどね? 返り討ちにしてやったんだ!』と誇らしげに語るディープシーサーペント。

その不気味な笑顔は、傍から見たら悪魔そのものなのだが。既にディープシーサーペントの百面相を見慣れているライト達の目には、やんちゃ坊主の微笑ましい笑顔に映る。

それにしても、ディープシーサーペントが仕留めたブルーオクトパスのデカさが半端ない。

体長は50メートルくらいあり、最も大きな吸盤はライトの身長を上回る。

ぐったりとしていて、既に死んでいると思われる青いタコをライトがちろり、と見遣りながら口を開いた。

「でも……あの大きさだと、クレエさん一人で運ぶのは無理じゃないですか?」

「そうなんですよねぇー。こんなにステキなプレゼントをいただけたのは、本当にとても嬉しいんですが……エンデアン支部までどうやって持ち帰ろうか、悩んでいたところだったんですぅー」

ライトの問いかけに、悩ましげな顔で答えるクレエ。

如何にクレエが何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!であっても、さすがにこの大きさのプレゼントは手に余る。

するとここで、クレエとラウルの視線がかち合った。

「……そうだ、ラウルさんは空間魔法陣をお持ちですよね?」

「ああ。……このタコを俺の空間魔法陣に入れて、エンデアンまで運んでやろうか?」

「ありがとうございますぅー!是非ともよろしくお願いいたしますぅー♪」

クレエの言わんとすることを、ラウルが先んじて申し出る。

如何にラウルが基本空気を読まないと言っても、さすがにこの話の流れとクレエのキラッキラに輝く瞳で、己に何を求めているかを理解できたようだ。

早速ラウルが空間魔法陣を開き、ブルーオクトパスを掴んで入れようとする。

だが、タコ特有のぬめりが凄まじく、その身を掴もうにもすぐに滑って思うようにいかない。

すぐにライトも手伝いとして加わり、二人して苦戦しているとディープシーサーペントが声をかけてきた。

『何か、チミ達だけだと大変そうだねぃ……ボクちんも手伝おうか?』

「……すまんな、デッちゃん、頼む」

『あーい。その黒い穴?に放り込めばいいんだよね?』

「ああ、この黒いところにそのタコを入れてくれ」

ディープシーサーペントからの申し出に、ラウルが頷きつつブルーオクトパスから離れる。

ライトもブルーオクトパスから離れたところで、ディープシーサーペントがその大きな口でタコの胴体にカプッ!と噛みついた。

そしてブルーオクトパスの身体を口に咥えて持ち上げると、ラウルが開いた空間魔法陣にポイッ!と放り投げた。

50メートル超のブルーオクトパスが、シュルン!とラウルの空間魔法陣にあっという間に吸い込まれていく。

「デッちゃん、ありがとう」

『どういたまして☆ アレはクレエたんへの大事なプレゼントだからねーぃ、ボクちんの代わりに人里まで運んであげてねッ』

「もちろんだとも。俺が責任を持ってエンデアンまで運ぶと約束しよう」

『よろぴくねッ!』

ラウルの頼もしい言葉に、ディープシーサーペントも歯を剥き出しにしてニカッ!と笑う。

そしてプレゼントをもらったクレエが、改めてディープシーサーペントに礼を言う。

「デッちゃん、今日もステキなプレゼントをありがとうございます。いただいたブルーオクトパスは、皆で美味しくいただきますね!」

『うん、クレエちんが喜んでくれるだけで、ボクちんうれぴー!またイイモノを拾えたら、クレエちんにあげるねッ☆』

「私のために、無理はしないでくださいね? 蛇龍神であるデッちゃんが元気でいてくれることこそが、私の一番の望みなのですから」

海から身体を伸ばし、クレエがいる崖の上に顔を近づけるディープシーサーペント。

そんなディープシーサーペントの頬を、クレエが両手でそっと撫でる。

大好きなクレエに頬を撫でられて、ディープシーサーペントはとても嬉しそうに目を細めている。

巨大な蛇龍神と小さな人族の女性。

体格も立場も身分も、何から何まで違う両者の確かな絆に、ライト達も温かい気持ちに包まれていた。