軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1314話 心の距離

ユグドライアの枝の採取やら人魚達のお見合い話など、重要な用事を一通り済ませたことで、そろそろライト達の帰宅となった。

ユグドライアが名残惜しそうにライト達に声をかける。

『ラウル、ライト、こうして今日もわざわざ来てくれてありがとうな。お前達人族がここまで来るのに、結構大変だろうに』

「そんな、とんでもない!ぼく達が好きでここに来させてもらってるんですから!」

「そうだぞ、イア。神樹族の皆は俺達の親友だからな。親友に会うのに遠慮なんぞ要らんさ」

『……そうだな、ラウルの言う通りだ。これからも気軽に遊びに来てくれ』

ユグドライアの労いの言葉に、ライトもラウルも嬉しそうに返す。

するとここで、ユグドライアがはたとした声でラウルに願い出た。

『あ、そういや俺の枝の飾りの件な。出来上がったら、まず海の女王に渡してやってほしいんだが』

「そりゃ構わんが……男人魚や番の集落?とやらは後回しでいいのか?」

『ああ。近々人魚達がお見合いをすることに決まっただろ? できればお見合い会の前に、女人魚達に飾りを届けてやりたいんだ』

「ああ、そういうことか。了解、七日後くらいに出来上がった分を届けに来よう」

『手間をかけさせてすまんな』

「この程度、手間のうちにも入らんさ」

ユグドライアの注文に、ラウルが快諾する。

海の女王が申し出た、人魚達のお見合い会。

せっかくならその時に、綺麗な首飾りを身に着けて着飾りたいだろうというユグドライアの配慮である。

そのことにラウルは全く思い至らなかったが、ユグドライアはすぐに気づくところが素晴らしい。

すると、その会話を聞いていた海の女王がユグドライアに礼を言う。

『偉大なる海樹、お気遣いいただきありがとうございます。うちの女の子達も大喜びすることでしょう』

『気にすんな。あれだけ美しい飾りだ、特に女人魚達が気に入るだろうしな』

『ええ、間違いなく気に入るかと』

海の女王がユグドライアと会話をしながら、後ろをちろり、と見遣る。

その目線の先には、彼女の後ろに控えていた六人の女人魚達がいて、それはもう目がキラッキラに輝いている。

そして海の女王は再び前を向き、ユグドライアに声をかけた。

『全ての人魚達に海樹の枝を下賜くださいますこと、心より御礼申し上げます』

『いいってことよ。この界隈にいる人魚達は、全員俺の家族みたいなもんなんだからよ!』

頭を下げながら礼を言う海の女王に、ユグドライアが明るい声で返す。

ユグドライアは唯一無二の海にある神樹だが、彼にとって最も身近なのは身辺警護をしてくれる人魚達だ。

その人魚達を大事にしたい、ユグドライアがそう思うのも当然である。

そんなユグドライアの心遣いに、海の女王は頭を上げてその雄大な姿を見つめる。

『海樹の枝の飾りのお礼に、私から何かできることはありましょうか? もしお望みがありましたら、何なりとお申し付けください』

『望み、かぁ? 特に何かをもらうつもりで言った訳じゃないんだが……ふむ、そうだな……』

海の女王の申し出に、ユグドライアがしばし無言になり考えている。

ユグドライアとしては、何か見返りをもらうつもりで枝を差し出した訳ではない。

だがしかし、ここで海の女王の申し出を無碍にするというのも忍びない、と思ったようだ。

しばしの思案の後、ユグドライアは一つの願いを伝えた。

『そうだな……そしたら俺から一つ、海の女王に頼みたいことがある』

『何でしょう?』

『俺のことを、海樹ではなく『イア』と呼んでもらえないか?』

『ッ!!』

ユグドライアが言葉にした願いに、海の女王の目が大きく見開かれる。

それは、ユグドライアを『海樹』とは呼ばずに『イア』と呼んでくれ、という実にささやかな願いだった。

『だってよぅ、いつまでも『海樹』のままじゃ堅苦しいだろ? そこにいるラウルやライトだって、俺のことを『イア』って呼んでくれてるし。だから、海の女王にもそうしてほしいんだ』

『ですが……それは不敬というものです……』

『ンなこたぁない。俺がいいと言っているんだ、何の問題もないだろう?』

『………………』

ユグドライアの懇願するような声音に、海の女王も思わず黙り込む。

海の女王の記憶の中には、ユグドライアのことが好き過ぎて毎日のように海樹のもとに押しかけた女王の時代のものもある。

ユグドライアを愛する女王達は、皆漏れ無く海樹のことを『イア様』と呼び恋い慕っていた。

ちなみに男人魚や人族の男と恋に落ちた女王達の場合は、海樹の呼び方は『ユグドライア様』と『イア様』の二例。

その割合は半々くらいなので、『イア』という呼び方が海樹にとって最も馴染み深いものであることは間違いない。

しばし考え込む海の女王に、ユグドライアがおずおずと声をかける。

『……そんなに嫌なら、無理にとは言わんが……せめて『ユグドライア』と、名前で呼んでもらえないだろうか?』

『あッ、嫌だとかそういう訳ではなく!私にはただただ畏れ多くてですね……』

『俺、そんなに畏まられる程偉いもんじゃないよ? 今だって、エル姉やシア姉には全然頭が上がらんし……』

どことなくしょんぼりとした声のユグドライアに、海の女王が慌てて言い募る。

ユグドライアとしては、五十年経っても未だに余所余所しく感じる海の女王ともう少し仲良くなりたかった。

だからこそ、今回海の女王の返礼の申し出に愛称呼びを望んだのだ。

しかし、それすらも受け入れてもらえなさそうな様子にユグドライアは落胆する。

口にこそ出さないが、ユグドライアは心の中で『俺、そんなに海の女王に嫌われてたんか……』とがっくりしていた。

もっともそれはユグドライアの思い違いで、海の女王はユグドライアのことを密かに恋い慕っているのだが。

そして海の女王も、ユグドライアのことを愛称で呼ぶことにかなり躊躇していた。

ユグドライアのことを、これまでずっと『海樹』という畏まった呼び方で貫いてきたのは、ただただ己の恋心を抑え込むため。

それを覆し、愛称である『イア』と呼んでしまったら―――心の距離が一気に縮まって、海の女王の中のユグドライアを恋い慕う気持ちが一気に溢れ出てしまうかもしれない。

そんな恐怖にも近い気持ちが、海の女王の中に渦巻き続ける。

だが、当のユグドライアにここまで請われては、これ以上固辞するのも申し訳なく思う。

何よりこんなにユグドライアをしょんぼりさせ続けるのは、海の女王としても心苦しかった。

それまで俯いていた海の女王、顔を上げてユグドライアを見上げながら口を開いた。

『……分かりました。これからは、貴方様のことを『イア様』とお呼びさせていただきます』

『おお、そうか!ホントは様も要らんのだが、それはまた追々な!』

『それはさすがに……イア様を呼び捨てになどできません』

『そうかー? そこはラウルやレオニスを見習ってくれていいんだぞ?』

『その二人は、あらゆる意味で別格ですので……何卒ご勘弁くださいまし』

愛称呼びを承諾した海の女王の答えに、ユグドライアがパァッ!と明るい声で嬉しそうにしている。

何なら様無しで!と迫りかけるユグドライア。その例としてレオニスやラウルを引き合いに出したが、海の女王に言わせれば『人外ブラザーズ兄と偏屈プーリア異端児を例えに出されても困る』といったところか。

何はともあれ、ユグドライアの願いは叶った。

このことに非常にご機嫌なユグドライアに、ライト達が改めて声をかけた。

「イアさん、願いが叶って良かったですね!」

『おう、これも全てお前達のおかげだ。首飾りの飾りの件も、よろしく頼むぜ』

「おう、任せとけ。また七日後に飾りを届けに来るわ」

『楽しみに待ってるぜ』

ユグドライアへの挨拶を済ませたライトとラウル。

その次は海の女王と女人魚達に声をかけた。

「海の女王、俺達はここから人里に帰るので、女王達ともここでお別れだ」

「海の女王様、今日お会いできて嬉しかったです!また来ますね!人魚のお姉さん達もまたお会いしましょうね!」

『ラウル、ライト、本当に貴方達には世話になってばかりで……どれ程礼を言っても言い足りないわ』

『ライト君達が来る日を待ってるからねー!』

『ライトくーん、私の名前はイリスよ!次に会う時もちゃんと覚えててね!』

『私はジェニファー!今日もらった腕輪、一生大事にするわ!』

『私はケイト!私もこの髪留めをずっと大事に使わせてもらうわね!』

ライト達の別れの挨拶に、六人の女人魚達が一斉にライト達を取り囲む。

ライトだけでなく、ラウルにも熱烈なハグを六人の美女人魚が代わる代わるしていく。

綺麗なお姉さん達にハグされて、ライトはぁゎゎゎゎ……と照れているが、ラウルは彼女達の背中を両手でポンポン、と軽く叩き返している。

この余裕ぶり、さすがは超万能執事である。

一通り挨拶を済ませたライトとラウルは、海面に上がるべくふわりふわりと海の中を浮上していく。

だんだんと遠ざかっていくライト達を、六人の女人魚達は手を大きく振りながら見送り、ユグドライアとマシュー、そして海の女王は無言で上を見上げつつ静かに見送っていた。