軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1306話 ヴァレリアへの要望

神殿祭壇前で、転職の儀が開始された。

穏やかな中にも荘厳さを感じさせるミーアの声が響く。

『転職すると、レベルが1にリセットされます。所持金、装備品、アイテム、スキル、職業習熟度はそのまま持ち越されますので、ご安心ください』

『どの職業に転職なさいますか?』

「【闘士】でお願いします」

六つの職業の中で、一番最後となった【闘士】。

【戦士】、【斥候】と同じく物理攻撃を得意とする戦闘系職業で、力や体力などのステータスも【戦士】の次に高い。

また、【闘士】には【戦士】にはない特色がある。それは『回復スキルを習得できる』ことである。

BCOの【闘士】はサイサクス世界や他のゲームなどで言うところのモンクと同等であり、己の中にある『氣』と呼ばれる魔力のようなものを精神集中で溜めることによりHP回復することができるのだ。

もっともその効果は【僧侶】や【神官】が覚えるスキル程の効果はないが。それでも物理系職業で回復スキルを扱えるのは【闘士】だけであり、特筆すべき特徴であることは間違いない。

強大な力のうねりを伴う職業変更の儀式を無事済ませたライト。

今回選んだ【闘士】は【戦士】と並ぶ物理職の王道。身体の奥から、戦士職とはまた少し違う清廉な力が湧き上がるのが分かる。

そんなライトを、ミーアは穏やかな笑みとともに優しく語りかける。

『転職の儀は無事完了いたしました』

「ありがとうございます!」

【闘士】への転職が無事完了し、ライトも思わずニッコリと微笑む。

するとそこに、ライトの背後から突然声がした。

「ライト君、お疲れーぃ☆」

「おわッ!? ……ヴァレリアさん!?」

「はーい、皆のヴァレリアさんだよー♪」

ライトの顔の横に、後ろからニュッ!と顔を出してきたヴァレリア。

あまりにも突然の出現に、ライトがビクンッ!と飛び上がりながら驚いている。

ヴァレリアが神出鬼没なのはいつものことだが、それにしても心臓に悪い登場の仕方である。

「ヴァレリアさん、脅かさないでくださいよぅ」

「ごめんごめーんご!……あッ、何ー、皆でお茶してるのー? ヴァレリアさんも混ぜて混ぜてー♪」

ライトの軽い抗議などどこ吹く風のヴァレリア。

ミーナ達がいるテーブルに様々なスイーツがあるのを目敏く見つけ、ピューッ☆とミーナ達のテーブルにすっ飛んでいった。

まだ心臓がバクバクしているライトに、ミーアが優しく声をかける。

『フフフ、ヴァレリアさんも困った御方ですねぇ』

「全くです……でも、あれでこそヴァレリアさんなんだ、とぼくも最近思えるようになりました」

『まぁ、ヴァレリアさんがそれを聞いたら、きっと照れ臭そうにしながら喜ぶと思いますよ』

「ではナイショにしといてください。今以上に舞い上がられたら余計に大変なことになりそうなので」

『分かりました』

クスクスと笑うミーアに、ライトもつられて笑う。

そしてミーナとルディは、すっ飛んできたヴァレリアのために収納魔法を開いて追加の椅子やおやつをいそいそと出している。

ミーナとルディもヴァレリアと打ち解けて、今ではすっかり仲良しだ。

花咲くようなニコニコ笑顔でミーナ達の準備を見守るヴァレリア。

ルディに出してもらった椅子に座り、ライトとミーアに向かって声をかけた。

「ライトくーん、ミーアー、早くこっちにおいでよー!」

ヴァレリアが右手を大きくブンブンと振りながら、ご機嫌な様子でライト達を呼ぶ。

そんな朗らかなヴァレリアに、二人とも「『はーい』」と返事をしながらヴァレリア達がいるテーブルに歩いていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ちょうどおやつタイムにライト達の前に現れたヴァレリア。

いち早くテーブルに着いて、串団子やドーナツをパクパクと頬張っている。

そして再びテーブルに着いたライトに、ヴァレリアが口をもぐもぐと動かしながら尋ねる。

「ぃゃー、ライト君とは昨日ぶりだねぇ。五日ぶりのサイサクス世界と自宅はどうだい?」

「もちろんすっごくいいですよ!あのビースリー……星海空間は死にこそしないけど、ビースリー以外のものも一切ない世界でしたから……」

「まぁねー、BCOはゲームだからねー。冒険や戦闘だけを切り取った世界だから、食事や睡眠はもちろん入浴や排泄も一切ないもんねー」

「そうなんですよねー……画面越しで遊ぶゲームがそのまま実現したら、あんなにも虚しくなるもんだとは思ってもいませんでした……」

「そっかー、ご苦労さん!」

昨日やっとサイサクス世界に帰還できたライト。その肩をヴァレリアがポンポン、と叩きながら労う。

何とも軽いリアクションだが、ヴァレリアは口の中のものをゴクン、と飲み込んだ後姿勢を正し、ライトに向かって深々と頭を下げた。

「ライト君、今回も本当にありがとう。君が自らコヨるんのところに向かってくれなければ、今頃あの街はとんでもないことになっていただろう。君の勇気ある行動に、心から感謝している」

「そ、そんな!ヴァレリアさん、頭を上げてください!ぼくは、ぼくにしかできないことをしただけで……」

頭を下げて真剣に礼を言うヴァレリアに、ライトが慌てて声をかける。

するとヴァレリアはスッ、と頭を上げて、ライトの目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。

「それをやってのけられる人が、この世に一体どれくらいいると思う?」

「そ、それは……ぼくには分かりませんけど……」

「そうでなくても、あの巨大なコヨるんを見ただけで大抵の人間は恐れをなして逃げ出すさ。なのにライト君、君はコヨるんを恐れることなくともに異空間に渡ったんだ。さすがは勇者候補生だよ!」

「そそそそんな……ぼくは勇者になんてなれませんよ……」

ライトをべた褒めするヴァレリアに、ライトはますます恐縮する。

しかし、ヴァレリアの賛辞は心からのものだ。

そもそもヴァレリアという魔女は、他者に対してお世辞やらおべんちゃらを使うような人物ではない。そんなことをしてまで機嫌を取らなければならないような相手などいないからだ。

そしてそんなヴァレリアの目には、ライトの態度はとても謙虚なものに映る。

ライトの働きと健気な態度に、ヴァレリアは非常にご機嫌な様子で改めて声をかけた。

「うんうん、やはり勇者とはこうでなければね!力に溺れた傲慢な者が勇者になんぞなったら、未来はお先真っ暗になっちゃうもんね!」

「ぼくみたいな臆病者にだって、勇者なんて務まりませんって……」

「そんなことないさ! 世界唯一(・・・・) の勇者候補生には、私も大いに期待しているところなんだよ!」

「……え……」

ヴァレリアが何気なく口にした言葉に、ライトの顔が強張る。

ヴァレリアは今、確かに『世界唯一の勇者候補生』と言った。

それはもちろんライトに向けられた言葉であり、ライト以外に勇者候補生がこの世に存在していないことを裏付けるものであった。

ライトもその覚悟をして亀裂の向こう側に渡ったが、実際にヴァレリアの口からそう聞くとショックだった。

「ヴァレリアさん……やっぱりこのサイサクス世界に、勇者候補生と呼べる人間は……ぼく一人なんですか?」

「ン?………………ぁ」

俯きがちにヴァレリアに尋ねるライトの声は、非常に暗い。

そしてズンドコに暗いライトからの問いかけに、ヴァレリアはしばしきょとんとしていたが、先程の自分の言葉の中に致命的な失言があったことに気づいたようだ。

「ぁー、ぁー、えーっとね、そのね……」

「ぼく、今日の四次職マスターのご褒美の質問で、そのことを聞こうと思ってたんです……このサイサクス世界に、ぼく以外の勇者候補生がいるかどうかを……」

「あちゃー…………」

目線を下に落とすライトに、ヴァレリアは右手で両目を覆いながら天を仰ぐ。

せっかくライトが四次職マスターの褒美の質問権を行使しようとしたのに、それを尋ねる前にヴァレリアの方からネタばらしをしてしまった格好だ。

己の失態に、天を仰いでいたヴァレリアもがっくりと項垂れる。

「うん、ライト君、何というか、ごめんね……」

「いえ、いいんです……先にネタばらししてもらった分、他のことを聞けると思えば……」

「ぐぬぬぬぬ……ヴァレリアさん、一生の不覚だよ……」

ライトとヴァレリア、二人してどんよりと落ち込む。

その居た堪れない様子に、ミーアが何とか話題を変えるべく慌てて声をかけた。

『お、お二方とも、そんなに落ち込まずに……あ、そうだ、ライトさん、四次職マスターの褒美の質問権はまた後日行使するとして、今日は先にビースリー阻止のご褒美をいただいては如何でしょうか?』

「ビースリー阻止のご褒美…………そうですね、ぼく、ヴァレリアさんにお願いしたいことがあったんです!」

ミーアの執り成しに、ライトの頭が次第に上向きになる。

それにつられるように、ヴァレリアの頭も横向きから上になっていく。

「……ン? 私にお願いしたいことって、ナぁニ?」

「えーとですね、瞬間移動の魔法陣が入った魔石をもっとたくさん欲しいんです!」

「ぁー、前に君の自宅とこの転職神殿の行き来をしやすくするように渡した、アレ?」

「そうですそうです」

ライトがヴァレリアに頼みたかったのは、瞬間移動用の魔石をもっと欲しい!ということだった。

「BCOのスキル『マッピング』で、転移門以外の瞬間移動が使えるようになったのはすっごくいいんですけど……マッピングスキルで行き先指定できるのは、十ヶ所だけなんです」

「十ヶ所だけでは足りないってこと?」

「そりゃ足りませんよ!クエストイベントの素材集めだけでもすっごく大変だから、全部の素材場所を登録したいくらいなのに……」

「ぁー、まぁねぇ、確かにあの手のクエストイベントってのは、進めば進む程集めなきゃならない素材の量が増えていくしねぇ」

「ですです」

ライトが何故瞬間移動の行き先を増やしたいのか、ヴァレリアに向けて必死にアピールしている。

そんなライトの必死のプレゼンに、ヴァレリアも上目遣いで納得している。

ヴァレリアもクエストイベントが大変なことを一応理解しているようだ。

ヴァレリアをより納得させるべく、ライトのプレゼンは勢いを増していった。

「ちなみに今やっているクエストイベントは、エクストラクエストでして。基本の五十個はもう全てクリアしたんです」

「ほうほう、基本の10ページはもうクリアしたんだ!さすがだね!」

「ありがとうございます。それでですね、今取り組んでいる最新のお題では、ギャラクシーエーテルを500個を作らなくちゃならないんです」

「え、アレを500個も用意しなきゃなんないの? そりゃ大変だね……」

「でしょう? ギャラクシーエーテル500個ということはですね、螢光花の花弁62500個とか単眼蝙蝠の羽40000個、他にも様々な素材をアホほど集めなきゃなんないんですよ……」

「……うへぁー……」

ライトの必死の解説に、そのキツさを理解できるヴァレリアの顔も次第に歪んでいく。

ヴァレリアもクエストイベントの大変さは重々承知しているつもりだが、さすがにクエストの内容を全て熟知している訳ではない。

故に『あれを全部こなすのは大変だよねー』という漠然とした感覚しかなかったのだが、こうして具体的な数値に表して語られるとライトが必死になるのも頷けるというものだ。

ヴァレリアは、はぁー……というため息を一つついた後、ライトに向かって徐に声をかけた。

「そうか、分かったよ。そりゃマッピングスキルの十ヶ所だけでは到底足りないね」

「そうなんです!」

「しかし、いくら私でもさすがにマッピングスキルの上限数値を弄ることはできない。だからその代替方法として、瞬間移動の魔石をたくさん欲しい!という方向に出た訳だね?」

「はい、その通りです!」

その真意を確かめるように問いかけるヴァレリアに、ライトもコクコク、と頷く。

本当はマッピングスキルの行き先を二十ヶ所とか五十ヶ所とか、あるいは無制限に増やせれば一番手っ取り早くていいのだが。さすがにそれはヴァレリアであっても不可能だろう、ということはライトにも分かっていた。

何故ならば、スキルの性能を定めるのは創造神たる運営の領域。

如何にヴァレリアが運営並みのずば抜けた能力や権限を持っていたとしても、彼女はあくまでもBCOのNPC。決して彼女自身が運営の化身という訳ではないのだ。

「じゃあ、先日のビースリー阻止のご褒美の一つ目は、瞬間移動用の魔石を授けるってことでいいかい?」

「はい!この先もクエストイベントで行かなきゃならない場所がたくさん増えると思うので、できれば二十個くらいもらえると嬉しいです!」

「二十個……ンー、まぁね、いきなり百個とか無心されないだけマシか」

ヴァレリアが魔石の個数を聞くより先に、二十個くれ!と言い放つライトに、ヴァレリアが渋い顔をしながら呟く。

そんなヴァレリアの様子に、ミーアがフフフ、と笑いながら話しかける。

『ライトさんは、本当に謙虚な御方ですよねぇ。ラグナロッツァでのビースリーを完全阻止した功績を思えば、瞬間移動の魔法陣入りの魔石を百個とか二百個おねだりしても十分許されるでしょうに』

「うぐッ……う、うん、ま、まぁね、確かにそれを思うとね……瞬間移動用魔石二十個なんて安いもんだよね……」

『ヴァレリアさん、ライトさんが勇者候補生で本当に良かったですね♪』

「……そうだね、ミーアの言う通りだね!ライト君のような謙虚で真面目な子が勇者候補生で、本当に本当に良かったよ!」

ミーアの見事な執り成しに、始めのうちは図星を突かれてぐうの音も出なかったヴァレリア。

最後にはミーア同様ライトを讃えるようになっていた。

今日もヴァレリアはミーアの掌の上でコロコロと転がされているようで、何よりである。

そうして機嫌が直ったヴァレリアが、改めてライトに向かって声をかける。

「そしたらライト君、今から二十個を作るのはさすがに時間がかかるから、私に魔石を預けてもらえるかな? 三日以内には二十個全部仕上げよう。そしてライト君がいつでも受け取れるように、出来上がった魔石をミーアに渡しておくね」

「分かりました!ちょっと待っててくださいねー」

ヴァレリアの申し出に、ライトは一も二もなく快諾しアイテムリュックから魔石を取り出す。

ザラザラ……とテーブルの上に出した魔石を、一、二、三……と数えていき、二十個をヴァレリアに差し出した。

「ヴァレリアさん、この二十個にお願いします!」

「いいとも。このヴァレリアさんに、万事任せたまえ☆」

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

エッヘン☆と胸を張りながら右手の拳で己の胸を叩くヴァレリアに、ライトが破顔しつつ二十個の魔石を渡した。

ライトのクエストイベントは、時間や手段などあらゆる面で制限が多く、何かと行き詰まりがちだ。

しかし、ライトだけが使える瞬間移動の行き先が二十ヶ所も増えれば、この先の素材集めもよりスムーズに進められるようになるだろう。

幾多の困難な壁が立ちはだかるクエストイベントに、大きな希望の光が射し込んだ瞬間だった。