作品タイトル不明
第1295話 時間経過の相違
星海空間からサイサクス世界に移動したライト達。
ヴァレリアの手を握ってほんの僅かの瞬きの間に、そこはもう宇宙空間ではない別世界になっていた。
見覚えのある景色に、ライトはキョロキョロと周囲を見回しつつヴァレリアに尋ねる。
「ここは……ルティエンス商会の亜空間の入口、ですか?」
「うん。いきなりお店の中に飛んで、もし他のお客さんがいたら大騒ぎになっちゃうからね。……でも、あのお店に先客がいることなんて滅多にないけどね!」
ライトの質問に、ヴァレリアがきゃらきゃらと笑いながら答える。
実際ルティエンス商会に先客がいることなど、まず滅多にないとライトも思うが。何とも身も蓋もない言い草である。
「そしたら私はロレンツォ君を呼んでくるから、二人はここで待っててくれる?」
「分かりました」
『うむ』
ヴァレリアがライト達にそう言ってから数歩歩いた先で、フッ……と姿が消えた。
そこが現実世界と異空間の境目なのだろう。
ヴァレリアがいなくなった後、コヨルシャウキがライトに尋ねた。
『ヒカルよ、ここは何処だ? 何故此方は、ここに連れて来られたのだ?』
「えーとですね……」
キョロキョロと周囲を見渡すコヨルシャウキに、ライトがヴァレリアとともに話し合った計画を話して聞かせた。
コヨルシャウキの孤独を癒やすために、コヨルシャウキの星海空間とサイサクス世界を繋げて自由に行き来できるようにすること、ここルティエンス商会は仮宿としてしばし居候させてもらうこと、その間にライトがコヨルシャウキの受け入れ先に打診すること等々。
だが、コヨルシャウキには何故そういうことになったのか、イマイチ理解できないようだ。
『ふむ……つまりは、どういうことぞ?』
「コヨルシャウキさんが、ビースリー無しでこっちの世界に遊びに来れるように、これからいろいろと手配するんです」
『ビースリー無しで、だと……?』
「はい。コヨルシャウキさんがこっちに来る度にビースリーを起こしていたら、こっちの世界が滅んじゃいますからね。そうならないように、こっちの世界にもコヨルシャウキさんの別荘?保養地?みたいな場所を用意するんです」
『………………』
ライトが語るコヨルシャウキの別荘計画?に、最初のうちはきょとんとしていたコヨルシャウキだったが、何故か次第に俯いていく。
ライトとしては、コヨルシャウキにも喜んでもらえるだろうと思っていたのだが、何故かその表情は淋しげだ。
「コヨルシャウキさん……もしかして、余計なお世話でしたか……?」
『いや、そんなことはない。其方やヴァレりんが此方のことを思って提案してくれていることは重々承知しておる。だが……』
「……???」
躊躇いがちに話すコヨルシャウキ。
一体何が彼女の懸念になっているのだろうか。
ライトは無言でコヨルシャウキの話をじっと聞き入っている。
『此方の使命は、ビースリーを通して勇者候補生の糧となること。それなのに……ビースリーを催さない此方に、一体何の価値があろうか?』
「!!!」
しょんもりとしながら心の内を吐露するコヨルシャウキ。
彼女の言葉に、ライトがハッ!とした顔になる。
星海空間でヴァレリアとともに計画を話し合っていた時に、ヴァレリアが言っていたことを思い出していた。
『時々でいいからさ、これからもコヨるんの対戦相手になってやってくれないかな? 』
『コヨるんの使命は『勇者候補生と戦い、彼らの糧になる』ことだからさ』
『それを取り上げてしまったら、彼女の存在意義がなくなってしまうんだ』
あの時のヴァレリアの言葉は紛うことなき真実で、コヨルシャウキは『ビースリーを催さない自分など、何の価値もない』と思っているのだ。
それは、勇者候補生の糧となることを生き甲斐としている彼女ならではの苦悩であった。
そんなコヨルシャウキに、ライトが声を大にして訴える。
「コヨルシャウキさん!そんな寂しいことを言わないでください!そりゃ確かにコヨルシャウキさんは、ビースリーのボスだけど……それ以外のことだって、どんどん経験してもいいと思います!」
『そ、そうなのか……?』
「はい!むしろ、ビースリーボス以外の趣味や楽しみを見つけるのはすごくいいことです!それに、サイサクス世界に遊びに来れば、ひとりぼっちで寂しいなんてこともなくなりますし!」
『………………』
フンス!とばかりに鼻息も荒く熱く語るライト。
その勢いに、コヨルシャウキはタジタジになっている。
若干後退るコヨルシャウキに、ライトがニカッ!と笑いながらなおも計画を語る。
「それに、ビースリーの方も大丈夫、心配要りません。たまーにですけど、ぼくがビースリーのお相手をしに行きますから!ぼくも将来はレオ兄ちゃんのような強い冒険者になりたいので、今よりもっともっと強くなる修行が必要なんです!そのために、これからもコヨルシャウキさんに時々鍛えてもらわないと!」
『………………』
ライトの言葉に、コヨルシャウキの表情が次第に晴れていく。
ビースリーボスでない自分など無意味とすら思っていたのに、その役割を放棄しなくてもよいと言うではないか。
これはコヨルシャウキにとって、救いにも等しい言葉だった。
コヨルシャウキとしては、今後もビースリーボスとして活動できるならば全く問題はない。
彼女の使命はそのまま保ち、ビースリー以外の時間をこちらの世界で過ごす。それまで星海空間で孤独に生きてきた彼女に、新たな道が開けたのだ。
『フフフ……勇者候補生である其方が強さを求めるならば、それこそ此方の出番ぞ』
「はい!ぼくも忙しいんで、そんなに足繁く通うことはできないですけど……よろしくお願いしますね!」
『ああ。今まで以上に其方の力になると約束しよう』
嬉しそうにニヤリ……と笑うコヨルシャウキに、ライトも花咲くような笑顔で応える。
その直後に、ライトが「ついでに勝利報酬がもうちょい何とかなると嬉しいんですけどー……」と呟くも、それはコヨルシャウキに速攻で『無茶言うでない。報酬は此方の関与できるものではない』と素気無く却下されていた。
するとそこに、ヴァレリアがロレンツォを伴って戻ってきた。
「皆、お待たせー。ロレンツォ君の許可が得られたよー」
ヴァレリアに連れて来られたロレンツォ。
ライトの姿を見るや、小走りで駆け寄ってきた。
「おお、ライトさん……ご無事でしたか!」
「あ、ロレンツォさん!こんにちは!ご心配かけてすみません。でもこの通り、ぼくは元気です!」
「本当に……本当に良かったです……」
ライトの両肩に手を置きながら、ライトの無事の帰還を心から喜ぶロレンツォ。
いつも紳士然とした彼が小走りで駆け寄ってくるなど、実に珍しいことだ。
だが、それだけロレンツォもライトの身を案じていたのだろう。
「今から五日程前に、ラグナロッツァのビースリーが決行には至らず中断されたという話を、このツェリザークでも聞き及んでおりました。その後の動向までは分かっていなかったのですが……今日こうしてライトさんのご無事な姿を確認できて、私も安堵いたしました」
「ロレンツォさんのおかげで、ぼくはこうして無事帰ってくることができました!…………って、え? 五日前?」
ロレンツォの労いに礼を言っていたライトだったが、ロレンツォの『五日程前に』という言葉に反応した。
そしてライトがヴァレリアの方に顔を向け、きょとんとした顔で問うた。
「ヴァレリアさん……ぼくが亀裂に入ってから、何日経過したんですか?」
「えーとねぇ、今日はライト君がコヨるんのところに向かってから五日目だよ!」
「え、五日しか経ってないんですか? ぼくはてっきり、もう十日以上は経ったかと思っていたのに……」
「あー、あの星海空間とサイサクス世界では時間の流れが異なるからね。あっちの星海より、こっちのサイサクスの方が時間経過が若干遅いんだよねー」
「そそそそうだったんですか……」
サイサクス世界と異空間では、時の流れが違う―――このことを全く知らなかったライトの顔が青褪める。
ライトが亀裂の向こう側に渡って以降、どれくらいの時間が経ったのか正直ライトにはもう全く分からなかった。
星海空間には昼夜がないし、空腹感も睡魔も襲ってこないのでライトの時間の感覚はすっかり麻痺してしまっていたのだ。
今回の場合、ライトの感覚よりサイサクス世界の月日がそこまで経過していなかったからまだ良かったものの、もしこれが逆だったら恐ろしい事態になる。
童話の浦島太郎じゃないが、十日程留守しただけのつもりが元の世界に帰ってきたら数百年も経っていました☆とかなったら、それこそ洒落にならない。
レオニスどころかラウルやマキシすらもとっくに寿命を迎えていて、神樹族以外誰一人としてライトのことを知る者がいない世界になってしまうところだったのだ。
そうだよ、このルティエンス商会の異空間だってサイサクス世界と切り離されて全く別物だってのに……星海空間だって異空間なんだから、サイサクス世界と時間経過が全く違ってて当然じゃないか……何でこんなことに気づかなかったんだ、俺!
異空間、怖ぇぇぇぇ!……次からは気をつけよう……異空間に行く時には、時間経過の相違を事前に確認しとかなくちゃな……
ライトは内心震えながら、そんなことを考えている。
というか、そもそも異空間などという異なる世界に対し、頻繁に足を踏み入れるものではないと思うのだが。
とはいえライトの場合、ビースリーを始めとするBCOイベントに接する機会が今後も出てくる可能性は否めないので、用心するに越したことはない。
プルプルと震えるライトを他所に、ヴァレリアがロレンツォにコヨルシャウキを紹介している。
「ロレンツォ君、紹介するね。この子がコヨルシャウキ。BCOのビースリーイベントのボスを務める銀河の女神だよ」
「初めまして、コヨルシャウキさん。私の名はロレンツォ、BCOでは交換所の店主という役目をしておりました」
ヴァレリアの紹介を受けて、ロレンツォがコヨルシャウキに向かって恭しい態度で自己紹介をした。
ロレンツォの礼儀正しい接し方に、コヨルシャウキも満足そうに頷きながら応える。
『おお、其方も彼の世界の住人か。此方の名はコヨルシャウキ、昏き星海の支配者にしてビースリーボスである』
「BCOの偉大なるイベントボスにお目にかかれるとは、光栄至極に存じます」
『うむ、苦しゅうない。其方は此方と同じBCO仲間、気楽にせよ』
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
コヨルシャウキとロレンツォの初顔合わせは、実に良い感じで進んだ。
この様子なら、コヨルシャウキもロレンツォのもとで問題なく過ごせるだろう。
するとここで、ヴァレリアがライトに声をかけた。
「さ、そしたら次はライト君だ。君の帰りを待ち侘びる者達のもとに、早いとこ帰って無事な姿を見せてあげなくっちゃね」
「……はい!」
ヴァレリアの言葉に、ライトの顔がパァッ!と明るくなる。
サイサクス世界では五日ぶり、ライトの麻痺した時間感覚では十日ぶりに帰る我が家。
離れていたのはほんの数日なのに、ものすごく久しぶりのような気がする。
「あ、あと、ライト君が考えているコヨるんの居候先? 良い返事がもらえたら、コヨるんを連れていってあげてね。本当は、私もいっしょについて行ってあげられればいいんだけど……私の立場的に、埒内の者とはあまり関わらない方がいいからね」
「もちろん分かってます!」
「それと、明日以降でいいから、ミーア達のところにもまた顔を出してあげてね。ミーア達も、ライト君のことをすっごく心配してたからさ」
「はい、転職神殿にも近いうちに必ず行きます!」
帰る前のヴァレリアからのいくつかのお願いに、ライトは全て快諾する。
ヴァレリアは、余程のことでもない限り表の世界には出てこない。憚ることなく顔を出せるのは、BCOのことを知る者達がいる場所のみ。
故に、ライトがアテにしているコヨルシャウキの預け先には顔を出せないのだ。
「じゃ、ぼくはそろそろ帰ります。ヴァレリアさん、今回も助けてくれてありがとうございました!」
「何の何の、私の方こそこっちでのビースリーを食い止めてくれて本当に助かったよ、ありがとうね」
「ロレンツォさんも、ありがとうございました!ガンメタルソードのおかげで、ビースリーでも十分に戦えました!」
「それは良うございました。勇者候補生のお役に立てて光栄です」
「コヨルシャウキさんも、ビースリーお疲れさまでした!また近いうちにお迎えに来ますので、それまでロレンツォさんと仲良くしててくださいね!」
『ああ、其方もよくぞ一人で戦い抜いた。其方の獅子奮迅の戦いぶりは、まさに未来の勇者そのものであった』
帰る前に、ヴァレリア、ロレンツォ、コヨルシャウキに挨拶をするライト。
三人とも、それぞれ笑顔で応えている。
そしてライトは、ヴァレリアが出ていって戻ってきた異空間の境目に向かって歩き出した。
「皆さん、さようなら!またお会いしましょうね!」
振り返って手を振るライトに、ヴァレリア達もにこやかに手を振る。
BCO仲間に見送られながら、ライトは境目に向かって駆け出し異空間を飛び出ていった。