軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1286話 奇跡の導き

レオニスは半ば呆然としたように、目の前にいる魔女を凝視する。

『この女……本当に一体何者なんだ?』

あの日レオニスですら突破できなかった異空間の見えない壁を、このヴァレリアという若い女性はいとも簡単に越えられると言い放つではないか。

それだけでも驚きなのに、さらにはあのコヨルシャウキに物申さねばならないという。

しかもヴァレリアはコヨルシャウキの性格もちゃんと把握しているようだし、このヴァレリアという魔女は何者なのか、レオニスにはもはや想像もつかない。

しかし、ヴァレリアの正体こそレオニスにはどうでもいいこと。

これまでライトを連れ戻す策が全く思いつかなかったレオニスにとって、むしろヴァレリアは一気に救世主にも等しい存在になった。

自分ではどうしても入り込むことができなかった異空間に赴き、ライトの返還をコヨルシャウキと直接交渉してくれるならば、例えそれが悪魔や邪神の類いであってもレオニスは迷わず平伏し縋りつくであろう。

そんなレオニスに、ヴァレリアはいくつかの忠告をし始めた。

「あー、とりあえず私は今からコヨるんのところに行ってくる。だけど、おそらくそんなすぐには解放されないだろうから、多少時間はかかると思っておいてね。ほら、コヨるんって何気に頑固だからさ」

「あ、ああ、承知した。ライトが五体満足な姿で無事帰ってきてくれるなら、いくらでもおとなしく待とう」

「OK。ビースリーが始まってから、こっちの時間で既に四日は経過してるようだし、遅くとも十日以内には戻ってこれるとは思うけど……もうちょい早くに帰れるよう私も努力はしてみるから、君も一応そのつもりでいてね」

「十日は待て、ということだな。分かった」

ヴァレリアの忠告の一つ目は、ライトがこのサイサクス世界に帰還を果たすまでの日数。

本音を言えば今すぐにでも帰ってきてほしいが、それはヴァレリアとコヨルシャウキの交渉次第らしい。

そこら辺はヴァレリアの手腕に期待しつつ、レオニスはただ待つことしかできないので一も二もなく快諾する。

「そしたら次。ライト君が無事こっちに帰ってきても、勇者候補生のことについて根掘り葉掘り聞かないこと。あの子だって、自分が勇者候補生だってことは一生……それこそ誰にも知られずに、死ぬまでずっと隠しておきたかったことなんだからさ。それがこうして一気に世に広まる羽目になっちゃって、一番傷ついているのはライト君だってことは、君にも分かるよね?」

「……ああ……」

ヴァレリアの言葉に、レオニスが沈痛な面持ちで頷く。

二つ目の忠告は、ライト本人に勇者候補生のことをこれ以上あれこれ聞かないこと。

これもレオニスに否やはない。

とにかくライトが無事帰ってきてくれさえすればいい。それより大事なことなんて、ある訳がないのだから。

何より、ライトが勇者候補生であることを隠しておきたかったということは、レオニスに宛てた置き手紙の内容からも分かる。

ライトにとって、それ程重大な秘密だった『勇者候補生』。

それがこうして白日のもとに晒されてしまった今、これ以上ライトの心を傷つける訳にはいかない。

そうしたヴァレリアの懸念に対し、レオニスも無条件で同意した。

「勇者候補生が何なのか、気にならないと言えば嘘になるが……あいつが自らの口で話してくれる日が来るまでは、俺の方からは絶対に聞かないと誓おう」

「よしよし、君はとても良い子だ。今回のことで、ライト君が勇者候補生だってことを知ってしまった周囲の者達にも、君と同じように接するよう徹底的に周知しといてね」

「承知した」

レオニスの従順ぶりに、ヴァレリアが機嫌良さそうにレオニスのことを褒める。

ヴァレリアの見た目はレオニスより若そうで、間違ってもレオニスに対して『よしよし』だの『良い子』だのと言えるような年齢には見えないのだが。

しかし、レオニスは相手の外見だけで早急に判断したり、ましてや侮ったりすることは絶対にない。

現にこのヴァレリアという女性からは、今でも有無を言わさぬものすごい強烈なオーラが垂れ流し状態で放たれ続けている。

この底も得体も全く知れない不気味な強者を前にして、侮ることなど絶対にできる訳がないのだ。

それに、レオニスはピースなど魔術師の実力者を何人も知っているが、ヴァレリアのことは今日ここで初めて会って知った。

これ程の圧を放てる魔術師ならば、冒険者のトップであるレオニスがその存在を知らないということはまずあり得ない。

ましてや『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』などという非常に胡散臭い二つ名は、それこそ冒険者界隈でも広く知れ渡っていて当然のはずだ。

それが全くないということは、レオニスの常識をはるかに超える存在であることの証だった。

とはいえ、今のレオニスは藁にも縋りたい状況。

ライトをこちらの世界に無事連れ戻してくれるならば、それが誰であろうと構わない。

ヴァレリアの機嫌を損ねないよう、レオニスは警戒しつつもヴァレリアに尋ねる。

「そしたら俺は、どこで待っていればいい? 異空間に消えたライトがどこに現れるか、全く推測できないんだが」

「あー、それはカタポレンの家で適当に待っててくれていいよ。ライト君がこっちの世界に無事帰ってこれたら、カタポレンの家の転移門に送り届けるから」

「転移門……あんた、そんなことまで出来るんか……」

どこで待機していればいいかを問うレオニスに、ヴァレリアはカタポレンの家での待機を言い渡した。

ヴァレリアは事も無げに言っているが、レオニスにしてみたら驚愕そのものだ。

転移門に送り届けるというのももちろんだが、カタポレンの家の中に転移門があることまで知っているとは。レオニスが驚きを隠せないのも無理はなかった。

呆気にとられるレオニスを他所に、ヴァレリアはミーアの方を振り返り話しかけた。

「そんな訳で、今からライト君のところに行ってくるね。ミーアもラグナロッツァのビースリーのことを教えてくれてありがとうね!」

『どういたしまして。皆さんのお役に立てたなら幸いですし、今日ヴァレリアさんがこちらを訪ねてきてくれて、本当に良かったです』

「そうだねー。今日もここにはふらりと立ち寄るだけのつもりだったんだけど、まさかラグナロッツァであんな大事になってるとはねー……ホンット、コヨるんはお尻ペンペンの刑だよね!」

これから異空間に出向くというヴァレリア。

そのついでにコヨルシャウキにもお仕置きをする!と鼻息も荒くプンスコと怒ってみせる彼女に、ミーアがクスクスと笑う。

『フフフ、コヨるんさんへのお仕置きはともかく、身体を張ってビースリーを止めたライトさんには、後でちゃんとご褒美を差し上げてくださいね?』

「もちろんだとも!私にできることなら何でもしようじゃないか!」

微笑みながらライトへのご褒美を進言するミーアに、ヴァレリアも大きく頷きながら同意する。

実際ライトがコヨルシャウキとともに異空間に行かなければ、今頃ラグナロッツァは凄惨な光景と悲劇が展開されていたことだろう。

それをライトが身一つで阻止したのだから、頑張ったご褒美としてヴァレリアから報奨があって然るべきである。

ご機嫌そうにミーアの意見に同意するヴァレリアに、ミーアがさらに被せるように交渉をし始めた。

『ご褒美の請求権は、五回でよろしいですか?』

「え"? ちょ、ぃゃぃゃ、待って待って、五回はさすがに多くない? そこは普通一回っつーか、二回とかでも十分大サービスでしょ?」

『でしたら四回で』

「ぃゃぃゃ、百歩譲って三回までだって!」

『三回ですね、言質はいただきましたよ』

「ッ!!!!!」

ミーアの無茶振りに、ヴァレリアが慌てて反論する。

ヴァレリアからのライトへのご褒美は、基本的に四次職マスターという実績に対してもたらされるものだ。

それだってまだ八回分も残っているというのに、さらに五回分も追加されたらたまらない!という顔のヴァレリア。

数回の交渉の上、ご褒美の追加回数は三回に落ち着いた。

しかしそれはミーアの巧みな交渉術の賜物であり、すっかり手玉に取られたことにヴァレリアもようやく気づいたようだ。

ヴァレリアはガビーン!という顔をした後、腕組みしながらむくれてみせる。

「ったく……ミーアってば、こーんなおとなしい顔をして私のことを掌で転がすなんて……しどい!」

『まぁ、掌で転がすだなんて人聞きの悪い。私は勇者候補生であるライトさんのために、ちょっと頑張っただけですよ?』

「ぐぬぬぬぬ……それを言われると弱いんだよなぁ……」

『フフフ、ライトさんへのご褒美の件、よろしくお願いいたしますね♪』

「しゃあないなぁ……分かったよ。『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』の名にかけて、ライト君へのご褒美を三回分追加すると約束しよう!」

『ありがとうございます』

口を尖らせながら渋々認めるヴァレリアに、ミーアが嬉しそうに微笑む。

それは一見華やかな女子トークだが、レオニスにしてみたら一体何を言っているのかさっぱり分からない。

ボケーッと二人の美女を眺めているレオニスに、ヴァレリアが不機嫌そうに声をかけた。

「ちょっとちょっと、そこの君。呆けた顔をしてないで、とっととおうちに帰りなさい。でもってさっき言ったこと、ライト君の身の上をこれ以上突つかないことを、ちゃちゃっと周囲の者達に言い聞かせておいで!」

「ぉ、ぉぅ、分かった」

ぷくー、と頬を膨らませたままのヴァレリアの帰宅催促に、レオニスが慌てながらふわり、と宙に浮く。

そしてレオニスは一気に転職神殿の外に飛んでいった。

急いで転職神殿を去るレオニスの後ろ姿を、ヴァレリアは頬を膨らませたまま、ミーアは静かに微笑みを湛えながら見送っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ヴァレリアにお尻を叩かれるようにして、転職神殿を飛び出したレオニス。

まずはカタポレンの家に戻るため、転移門のある場所に行かなくてはならない。

転職神殿から最も近い転移門のある場所とは、言わずもがな冒険者ギルドディーノ村出張所である。

冒険者ギルドディーノ村出張所に向かう途中、グランとレミの墓標がある小高い丘が見えてきた。

だんだんと近づいてくる兄姉二人の墓標に、レオニスの胸には様々な思いが去来する。

もし今日レオニスがグラン達の墓参りに出向かなければ、そのついでに旧教神殿跡地に立ち寄ることもなかっただろう。

もっと言えば、別の日に墓参りに来たとしても、旧教神殿跡地に立ち寄ったところでミーアはともかくヴァレリアには会えなかったはずだ。

今日この時でなければ、決して得られることはなかったであろう運命的な出会い。

それによって、レオニスが渇望していた『異空間に消え去ったライトを連れ戻す』という半ば絶望的な願いに、大きな光明を一気に見い出すことができた。

この奇跡とも呼べる出会いをもたらしてくれたのは、きっとグラン兄とレミ姉が……ライトを救うために、俺を導いてくれたに違いない―――

そう思ったレオニスは、グラン達の墓標に向けて小さな声で呟いた。

「グラン兄、レミ姉……力を貸してくれてありがとうな」

レオニスが礼の言葉を口にしながら、グラン達の墓標の上を通り過ぎようとしたその直前。

レオニスの目には、墓標の前で仁王立ちしながらニカッ!と眩しい笑顔で右手親指をグッ!と立てて高々と掲げるグランと、グランの横でニコニコと微笑みながら右手を小さく振るレミの姿が映ったような気がした。