軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1269話 揺れ動くラグナロッツァ

転職神殿で決意を固めた日から、ライトはひたすら戦士職の習熟度上げを続けた。

翌日には戦士職光系三次職【近衛騎士】をマスターし、その先の四次職【神聖騎士】になった。

亀裂出現から三日目以降も、【神聖騎士】をマスターすべくライトはひたすら魔物狩りに励む。

「くッそー……こんなことなら、もっと必死に習熟度上げしとくんだった……」

名も無き洞窟で狩りまくった単眼蝙蝠の解体作業をしながら、ブツブツと呟くライト。

前回四次職マスターしたのは、昨年の十一月三十日。

それから今日まで二ヶ月強の月日が過ぎた。

これまでのライトなら、今頃は戦士職光系四次職【神聖騎士】の習熟度は30~40%あたりになっているはずだ。

しかし現実ではそうなっていないのには、いくつかの理由があった。

まず、冬休みの間中ずっとあちこち出かけていたこと。

その上クリスマスや年末年始ということもあって、職業習熟度上げに時間を割く暇はあまり取れなかった。

そして一月には公国生誕祭という三日間のお祭りがあり、さらにはその終了を待たずに邪竜の島討滅戦が勃発した。

そうした諸々の理由により、ライトの職業習熟度上げはいつもよりはるかにペースが遅くなってしまっていたのだ。

しかし、今ここでそれを悔いても仕方がない。

今の自分にできることを、ライトは 直向(ひたむ) きにこなしていく。

朝はカタポレンの畑で収穫と手入れを行い、夜はラグナロッツァの屋敷でラウルとマキシとともに晩御飯を食べる。それ以外の時間は全て職業習熟度上げに注ぎ込んだ。

日中は夕暮れギリギリまで各所で魔物狩りを行い続け、夜は日中に狩った魔物をひたすら解体し続ける。

これはひとえに、レオニスが不在だからできることだ。

しかしそれは、裏を返せばこんな危機的状況に陥っているからこそライトが好き放題振る舞える、ということでもある。

それを思うと、ライトの胸は締め付けられる。レオニスやラウルの目を掻い潜り、こっそりと習熟度上げをしていた日々が如何に幸せだったかを―――嫌というほど思い知らされていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一方でラグナロッツァの方も、未だ混乱の日々が続いていた。

コヨルシャウキが潜む亀裂が出現してから六日後には、ついにラグナロッツァの全住民に対する避難勧告令が出た。

コヨルシャウキが求める『勇者候補生』。

冒険者ギルド全支部に捜索命令が出されたことだし、三日かそこらあれば見つかるだろう、とラグナ官府上層部は高を括っていた。

しかし、三日を過ぎても何の一報ももたらされない。ラグナ官府の方から冒険者ギルド総本部に使者を出しても、『未だ発見の報告はどこからも寄せられていない』と言われるばかり。

このままではさすがにマズい、と判断したのか、五日目にはラグナ宮殿でラグナ大公を含めた高位貴族達の大会議が開かれた。

大会議では様々な意見が出て散々紛糾した結果、ラグナ大公の鶴の一声で全住民に対する避難勧告発令が決定したのだ。

しかし、他の街に親戚や頼れる縁者がいる者はいいが、そんな宛など全くない者も多い。

そうした身寄りのない者達は、ラグナロッツァの外に逃げることもできない。中には他の街に移住するべく、僅かな財産を持って外に出ていく者もいたが。

そうした一部の脱出した住民以外の者達は、恐怖に震えながらもラグナロッツァに留まり自宅に篭もるしかなかった。

そしてこの避難勧告令は、全住民対象ということで平民のみならず貴族達にも適用される。貴族達もそれに従い、一家でラグナロッツァを離れる貴族達が続出した。

レオニス邸のご近所であるグレアム家やメレディス家も、避難勧告令が出たその日に当主を含む一家で他の親戚がいる街に避難していった。

ウォーベック伯爵家でもついに、当主であるクラウス伯とともに一家全員でプロステスに脱出することが決まった。

ハリエットやウィルフレッドはもちろんのこと、執事やメイド、庭師達に至るまで全ての使用人を連れてのプロステス避難である。

しかし、子供達はなかなか首を縦に振らなかった。

特にハリエットは、「私一人だけでも残ります!」と言って部屋に閉じ篭ったという。

しかし、父母や兄の懸命の説得に結局はハリエットも折れざるを得なかった。

ラグナロッツァに残る友のことも心配だが、愛する家族である父母や兄が涙ながらに自分を説得する姿を見たら、ハリエットもプロステス行きに頷くしかなかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

亀裂出現してから七日目の夜になる寸前。

宵闇に包まれたラグナロッツァの空の下、ハリエットはレオニス邸を訪ねた。

本当はハリエット一人で訪れるつもりだったのだが、「いくらご近所でも、こんな夕暮れに一人で出かけるなんて絶対に駄目だ!」ということで、兄のウィルフレッドと執事の一人がついてきている。

「ごめんくださーい……」

ハリエットがレオニス邸の玄関をそっと開きながら、中に向かって小さな声で挨拶をする。

いつもならここで、ラウルが奥の方から出てきて対応するところなのだが。生憎今は冒険者としての務めを果たすため、日中はずっと出かけていて不在だ。

ハリエットはウィルフレッドと執事とともに玄関の中に入り、しばし立ったまま誰かが出てくるのを待つ。

ラウルさんも冒険者になられたのだし、きっとレオニスさん同様にお忙しいのでしょう。

ラウルさんがいないのならば、せめてライトさんに一目だけでもお会いしたいのだけど……

レオニス邸の玄関で、ハリエットは胸の前で手を組みながら祈るような気持ちで待ち続ける。

しかし、中から人が出てくる気配は一向にない。

ハリエットの後ろで待っていたウィルフレッドが、ハリエットに向けて小さな声で話しかける。

「ハリエット、残念だけど誰もいないようだし、そろそろ家に帰ろう」

「…………」

「あまり帰りが遅くなると、父上と母上に心配させてしまうから……ね?」

「……分かりました」

ウィルフレッドの言葉に、ハリエットも力無く頷く。

ハリエットは明日の朝、一家揃ってプロステスに出立する。

その前に、一目だけでもライトに会って話をしたい―――ハリエットのささやかな望みは、叶うことなくこのまま別れるかに思えた、その時。

ハリエット達の背後から声がした。

「ン? 何だ、ウォーベック家のご子息とご令嬢か?」

「……あッ、ラウルさん!」

それは、今日の仕事を終えて帰宅したばかりのラウルだった。

ラウルの声に三人が一斉に振り返り、真っ先にウィルフレッドがラウルに向かって話しかけた。

「ラウルさん、こんにちは。冒険者の仕事が終わったんですか?」

「ああ、さすがに夜は帰宅が許されてるんでな。つーか、うちのご主人様はあれから全く帰宅できてないんで、俺とマキシくらいはこの家に居てやらんとな」

「そうなんですね、お疲れさまです」

ラウルに労いの言葉をかけるウィルフレッドに、ラウルも微笑みながら礼を言う。

「ありがとう。ところで、皆はどうしてここに? 何か用事でもあんのか?」

「実は僕達も、プロステスに避難することになりまして。明日の朝一番に出立するので、その前にご挨拶を、と思いまして……」

来訪理由を訪ねたラウルに対し、ウィルフレッドがハリエットの方をちろり、と見遣りながら答える。

その視線の意図に気づいたラウル、早速執事としての対応をし始めた。

「ああ、うちの小さなご主人様は二階で居眠りしてるかもしれんな。少し様子を見てくるから、まずは三人とも客間で待っててくれるか」

「分かりました」

ラウルはまず先にハリエット達を客間に案内し、ウォーベック兄妹をソファに座らせてからお茶やお茶菓子を空間魔法陣から取り出す。

テーブルの上に、ラウル特製アップルパイやホットココアが置かれ、ウォーベック兄妹の前にスッ……と差し出される。

絶品スイーツを目にしたウォーベック兄妹の瞳は、みるみるうちにキラキラと輝いていく。

そうして来客に対し一通りのもてなしをした後、ラウルは客間を出て二階の旧宝物庫に急ぎ向かった。

ライトが今この屋敷の中にいないことは、魔力探知に長けたラウルならすぐに分かる。何なら玄関に入った時点で、ライトが不在なことをラウルは承知していた。

なので、今からカタポレンの家に行ってライトを連れてくるつもりなのだ。

転移門でカタポレンの家に移動したラウル。

部屋の中にはライトの姿はない。だが、家の外にライトの魔力を感じる。

ラウルは家から出て、ライトに向かって声をかけながら解体所に歩いていった。

「おーい、ライトー、いるかー?」

「……あ、ラウル? ちょ、ちょっと、ちょっとだけそこで待ってて!」

「???」

ラウルから呼ばれたことに、ライトが慌ててラウルにストップをかけた。

一方でストップをかけられたラウルは、不思議そうな顔をしつつも小さなご主人様の命令なので何も疑うことなく、そのままそこで立ち止まって待ち始めた。

ライトがラウルにステイ!をしたのは、それまでライトは魔物の解体を始めるつもりでいろいろと支度をしていたところだったからだ。

故に今は、必死に解体中の魔物をアイテムリュックに放り込んで隠している最中である。

目にも留まらぬ早業で、ズババババッ!と各種アイテムを仕舞い込むライト。

ラウルが現れてから三秒で全ての片付けを終えて、急いで家の裏手から飛び出してラウルと合流した。

「ラウル、おかえり!お仕事お疲れさま!」

「おう、ありがとう。早速だが、向こうの家にハリエットちゃん達が来ててな。ライトに会いたくて来たようだから、すぐに向こうに行こう」

「え、ハリエットさんが? ぼく、ずっと外にいていろんなことしてたんだけど……汗臭くないかな?」

ラウルからハリエットが訪ねてきたことを聞かされたライト。

少しだけびっくりしながらも、すぐに自分の腕の臭いを嗅ぎ始めた。

その日もライトはほんの少し前まで魔物狩りをしていて、カタポレンの家に戻ってきたのは本当に少し前のことだった。

ラウルとすれ違いにならなくて良かった!とライトは思いつつも、同級生の女の子がわざわざ会いに来てくれたのに、汗臭かったら失礼だよね?と焦っているのだ。

そんなライトに、ラウルが右手を翳して浄化魔法をかける。

ふわりとした細かい光の粒子がライトの身体を包み込み、服や髪の毛などの表面的な部分を綺麗にしていく。

「ほれ、浄化魔法をかけたから少なくとも汗臭くはなくなったぞ」

「え? あ、ラウル、ありがとうね!」

「どういたしまして。あまりハリエットちゃん達を待たせるのも悪いからな。さ、今すぐ向こうの屋敷に戻るぞ」

「うん!」

早々にラウルに憂いを取り除いてもらい、破顔するライト。

ラウルの促しに従い、二人はカタポレンの家に入りラグナロッツァの屋敷に移動していった。