軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1262話 混乱するラグナロッツァ

その後のラグナロッツァは、大混乱を極めた。

ラグナ宮殿からは、ラグナロッツァ全域に対し非常事態宣言と夜間外出禁止令が出され、日中であっても極力外に出ないよう通達がなされた。

ちなみにこの手の政令、ラグナ宮殿から出される緊急事態の通達は東西南北の塔から音声拡張魔法を使用したアナウンスが出て、広く民に知らされる仕組みになっている。

そして、非常事態宣言と夜間外出禁止令が出されたことで、家に篭もる間の食糧や水を求めて食料品店に人々が殺到した。

個人商店の品揃えなど高が知れているので、どの店もあっという間に品切れになり、その日の営業をストップし閉店。

挙げ句の果てには、ジョージ商会の三階にある冒険者向けの干し肉やエクスポーション等回復剤まで、数時間で売り切れる有り様である。

冒険者ギルドの直営酒場や向日葵亭などの飲食店も、軒並み閉店。その後も非常事態宣言の施行中は、どの店も営業中止を余儀なくされた。

提供する食事のもととなる食材、その仕入れの見通しが全く立たないのだから当然の流れだ。

特に宿屋も併設している向日葵亭など、翌日以降の宿泊客のキャンセル対応にも追われていて、ものすごく大変なようだ。

このように、平民が食糧を求めて右往左往している間、一部の貴族はラグナロッツァ脱出に勤しんでいた。

ラグナ宮殿が出した非常事態宣言や夜間外出禁止令、その原因までは 詳(つまび) らかに明かされていないが、その理由があの亀裂のせいにあるだろうことは誰にでも分かる。

あんな恐ろしいもんが出現したラグナロッツァなんかにいられるか!一刻も早くここから逃げ出してやる!といったところか。

もちろんそれをわざわざ止める者などいない。

ラグナロッツァ外に領地や親類縁者を持つ貴族なら、しばらくの間そちらに避難するのも大いにアリだろう。

ただし、ラグナロッツァの外に出る際には当然のことながら出入口の門を通らねばならない。

そして南北にある門では、ラグナロッツァに出入りする全ての者の身分を記録している。

実はこの記録は、平時からラグナ官府を通してラグナ宮殿にも定期的に提出されている代物。

そして今この時、妻子を逃がすだけならいざ知らず、貴族家当主自らが率先してラグナロッツァ外に逃亡した貴族は、後々『ラグナロッツァの危機を知りながら、我が身可愛さに尻尾を巻いて逃げた臆病者』『貴族の責務を放棄した、貴族の風上にも置けぬ卑怯者』という屈辱的な烙印を押され、生涯後ろ指を指され続ける羽目になるであろう。

もちろん逃げ出す貴族達は、そんなことは全く知らない。

ちなみにレオニス邸の周辺のご近所さん達は、妻子だけ領地や親戚がいる他領地に避難させて当主だけはラグナロッツァに残った家も多く、ウォーベック伯爵家に至っては一家全員がそのままラグナロッツァに居続けた。

特に子供達、ハリエットやウィルフレッドがウォーベック本家のあるプロステスに避難することを頑として受け入れなかったのだ。

ラグーン学園に通う友達が何より心配だし、自分達だけ逃げる訳にはいかない!というのがハリエット達の主張だ。

子供達がそれでは、伯爵夫人のティアナ一人だけ避難する訳にもいかない。

この時クラウスは、親の説得に一切応じない子供達の頑固さにがっくりと項垂れつつも、内心で『二人とも、友を思い遣れる子に育ってくれて、本当に良かった……』とも思っていた。

そしてライトが通うラグーン学園も、緊急下校及び当面の間学園閉鎖となった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

お昼休みがもうすぐ終わり、午後の授業が始まろうとしていた時にそれは起こった。全校放送で全児童が講堂に集まるよう、招集がかかったのだ。

もちろんライト達の二年A組も、きちんと整列して体育座りで待機している。

全校集会が緊急開催される頃には、昼休みに校庭で遊んでいたり教室の移動をしていた子供達が空に広がる亀裂を目撃していた。

そのため講堂の中は、いつもよりざわついていた。

「ねぇねぇ、校庭から見えたあの縦の線、一体何だろうね?」

「あんなの、見たこともないよ……」

「うん……何か、あれ見てるとすっごく怖いよね……」

「分かります。私もあの線を見ていると、とても不安になりますもの……」

ライト達だけでなく、そこかしこで他の子達も同じような会話をしている。

するとそこに、オラシオンが走りながら講堂に入ってきた。

いつも始業式や終業式にはゆったりと歩いてくるところなのに、こんなに慌てているオラシオンはかなり珍しい。

そしてすぐさま壇上に駆け上がり、児童達に向けて話をし始めた。

ちなみに講堂の壇上にはマイクのようなものが置いてあって、そのマイクに付与された音声拡張魔法によって壇上の人の話し声がよく聞こえるようになっている。

『皆さん、落ち着いてよく聞いてください。ラグーン学園は当面の間、休園となります。今日の午後の授業も中止となりますので、皆さん速やかにおうちに帰ってください』

オラシオンの突然の休校宣言に、子供達が思わず「えーーーッ!?」という驚きの声を上げる。

そんな子供達の反応を止めることなく、オラシオンはさらに話を続けた。

『休園の原因は、もう皆さんもお分かりかと思いますが、空に突然現れた異空間の亀裂が原因です。あれはとても危険なものだと判断されました』

『あの亀裂が完全に閉じるまでは、身の安全のためになるべく家の中で過ごし、夜は一歩も外に出ないよう国から厳しく言い渡されています』

『よって皆さんも、おうちに帰ったらしばらくは家の中で過ごすようにしてください。いつものように、外でお友達と遊ぶなんて以ての外ですし、ましてやあの亀裂のある場所には絶対に近づいてはなりません!』

オラシオンの凛としたよく通る声が、講堂内に響き渡る。

最初はざわついていた子供達も、オラシオンのあまりの真剣な顔つきと声に、次第に黙り込んでいた。

『しばらくは大変な日が続くと思いますが、どうか身の安全を第一に考えて行動してください。危機が去り、このラグーン学園が再開しましたら、またこの講堂でお会いしましょう』

『皆さんの元気な顔を再びここで見ることができるよう、心より願っております。では、解散!』

『いつものように、一年生から順番に講堂を出て教室に向かってください!慌てず、騒がず、落ち着いて行動しましょう!』

オラシオンの掛け声に、子供達は一斉に立ち上がり教室に向かっていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

臨時休校となったラグナ学園から、レオニス邸に向かうライト。

ライトの横にはハリエット、そしてハリエットの後ろにはハリエットの兄ウィルフレッドがいた。

ハリエットはいつもお迎えの馬車で登下校しているのだが、急遽臨時休校となってしまったためお迎えの馬車が来ていなかったのである。

ひとまず貴族門の下で、中等部にいるウィルフレッドのお迎えを待つライトとハリエット。ハリエットがとても不安そうにしていたため、ライトは兄のお迎えが来るまでいっしょに付き添ってあげることにしたのだ。

その後ウィルフレッドがいる中等部も臨時休校となり、慌てて妹のもとに駆けつけてきたウィルフレッドと合流し、三人で帰途に就いた、という流れである。

三人は貴族街に向かってゆっくりと歩きながら、ぽつりぽつりと会話する。

「あの不気味な線は、一体何なんでしょう……お兄様は、書物などで読んだりして心当たりなどありませんか?」

「うーん……僕もさっぱり分からないなぁ。あんな現象が起こるなんて書物でも読んだことないし、学園の授業でも習ったことないし」

「そうですか……」

ウィルフレッドでも分からないという怪現象に、ハリエットの顔はますます曇る。

そんなハリエットを励ますべく、ライトは務めて明るい声で話しかけた。

「で、でもきっと、レオ兄ちゃんや冒険者ギルドの人達が何とかしてくれるよ!」

「……ええ、そうですわね。きっとレオニスさんや冒険者の皆様方が解決してくださいますわよね」

「そうだとも。ライト君の保護者であるレオニス卿なら、あんな亀裂の一つや二つ、すぐに退けてくれるさ!」

ライトの言葉にウィルフレッドも乗っかり、沈み込むハリエットを懸命に励まそうとしている。

道中では冒険者と思しき者達が慌ただしく駆け回り、貴族街が近くなってからは馬に乗った騎士や家紋入りの馬車が勢いよく駆け抜けていく。

そうこうしているうちに、ウォーベック家の前に着いたライト達。

一旦門扉の前で立ち止まり、別れの挨拶を交わす。

「ライトさん、ラグーン学園が再開されるまで、しばらくは会えませんね……」

「そうだね……でも、きっとすぐにラグーン学園も始まるよ!そしたらまたラグーン学園で会おうね!」

「はい……それまでライトさんも、どうぞお元気で……」

不安で押し潰されそうなハリエット。そのつぶらな瞳には、薄っすらと涙が滲んでいる。

それでもハリエットは、懸命に涙を堪えようとしている。大好きなライトの前でボロ泣きするのは恥ずかしいからだ。

そんな健気なハリエットの手を、ライトは両手でギュッ!と握りしめながら声をかける。

「ありがとう!ハリエットさん、またラグーン学園で会えるのを楽しみにしてるからね!」

「!?…………はいッ!」

「ウィルフレッドさんも、いっしょに帰ってくれてありがとうございました!」

「どういたしまして。君の家もすぐそこだとはいえ、気をつけて帰るようにな」

「はい!」

思いがけずライトに手を握られたことで、ちょっとだけびっくりしたハリエット。

そのおかげで涙も引っ込み、さらにはライトの手の温もりが伝わってきて次第に笑顔になっていった。

ライトはウィルフレッドにも挨拶をした後、レオニス邸に向かって駆け出した。