軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1257話 旧ラグナロッツァ孤児院の違和感

人気のないスラム街、その中心に位置する旧ラグナロッツァ孤児院。

マイラや子供達がいた頃に比べて、建物のボロさが一際際立って見える。

建物の中は後でまた検めることにして、まずは旧ラグナロッツァ孤児院周辺の様子を窺うために歩き出した。

旧ラグナロッツァ孤児院から離れていくと、更地になって拓けた場所に出た。どうやらここまでは整地が進んだようだ。

ラウルはそこからぐるりと回って、まだ残されている建物や道など様子見していくラウル。

すると、それまで人気のなかったスラム街の中に複数人の気配があるのを察知した。

この気配は……とラウルは内心で思いつつ、人がいると思しき場所に近づいていく。

するとそこには、ガーディナー組が誇る敏腕監督イアンがいた。

「お、やっぱりイアンか」

「おお、ラウルさん!こんにちは、お久しぶりですね!」

「ああ、久しぶりだな。と言っても、近々ガーディナー組を訪ねる予定だったんだが」

「おや、そうなんですか? また煉瓦かログハウスキットのご注文ですか?」

「ご名答。また大量の丸太を得る予定ができたんでな、その活用にログハウスキットを注文するつもりなんだ」

「これはこれは、毎度ご贔屓いただきありがとうございます」

久しぶりに会うラウルとイアン、和やかな挨拶を交わした後早々にログハウスキットの商談に入っている。

だが、ラウルがここに来た目的はイアンとの商談ではない。冒険者ギルドで受けた依頼、土地調査のためにここに来たのだ。

そのことをはたと思い出したように、ラウルの方から話を切り出した。

「……って、俺のログハウスキットのことは後でまた話すとして。今日は冒険者ギルドに出ていた依頼を受けてここに来たんだ」

「……ああ、そうですよね!でないとラウルさんがここまで入ってこれるはずがないですもんね!」

「そゆこと。冒険者ギルドの依頼書を読んだから、依頼内容は俺もきちんと理解しているつもりだが……イアンからも話を聞いていいか?」

「もちろんですとも」

ラウルの本来の目的、土地調査のために依頼主であるガーディナー組のイアンからも直接話を聞くことにした。

「レオニスさんやラウルさんのおかげで、ラグナロッツァ孤児院の移転も滞りなく進み、我が社も予定通り正月三が日明けの一月四日から建物撤去と更地化を始めたのですが……」

「最初のうちの数日は、特に何事も起きることなく仕事は順調に進んでいったんです。ですが……スラム街の中心部に進むにつれ、建物破壊担当の魔法使いに 異変(・・) が起きていったんです」

「異変、か……魔法使いが体調を崩してしまう、というのは冒険者ギルドの方でも聞いたが……」

イアンの話にラウルが唸る。

単なる体調不良ならともかく、異変とまで言うとは穏やかではない。

仕事に忠実で真面目な性格のイアンが誇張するとも思えないし、

「その異変というのは、具体的にはどんなことが起きているんだ?」

「私自身が経験した訳ではないのですが……我が社の魔法使いから話を聞いたところによると、まず非常に強い倦怠感に襲われるのです」

「倦怠感……それだけじゃ異変とまではいかないよな?」

「はい……この現場に来た魔法使いの全員が、その日の夜に悪夢を見るのだそうで」

「悪夢?」

「はい。しかもそれがただの悪夢ではなく、全員同じ悪夢を見たと言うのです」

「…………」

ラウルの質問に応じたイアンの答えに、ラウルも思わず絶句する。

ただ単に悪夢に襲われるだけなら、偶然と片付けることもできるだろう。だが、全員同じ悪夢を見るとなるともはや偶然の一致とは言えない。

イアンをして異変と言わしめる原因は、その悪夢にあったのだ。

「夢の中で、まずその人は宇宙空間に漂うところから始まるそうです。暗い宇宙空間には数多の星々が輝き、黒や青や緑だけでなく白やピンクの靄のような輝きに満ちていて、しばしその美しさに見惚れていると……」

「突然何者かが目の前に現れて、巨大な手で全身を鷲掴みにされ……四肢を引き千切られた後、巨大な口に放り込まれて食べられるのだそうです……」

「この悪夢を、この現場に来た魔法使い全員が必ずその日の夜に見るというのです。これを聞いた我が社の会長は『呪いに違いない!』と叫んだと言います」

「…………」

眉を顰めながら語るイアンの悪夢の詳細に、ラウルはまたも言葉を失う。

しかも極めつけは、この現場に行かない日は普通に眠れることができて、現場に来た日は必ずこの悪夢を見るのだという。

おかげでガーディナー組の魔法使い全員が、このスラム街での仕事を拒否するようになってしまった。

ガーディナー組としても、ここで無理をさせて貴重な魔法使いの従業員を使い潰す訳にもいかない。

仕方がないので魔法使いは別の現場に行かせるようにして、建物撤去は筋肉自慢の職人達に向かわせることにしたという。

要は魔法に一切頼らず、純粋な物理力で建物を壊していこう、という訳だ。

「しかし……魔法使い程ではないのですが、職人達にも倦怠感が抜けない者が出てきていましてね……先日はついに、宇宙空間にいる夢を見たという者まで出てきまして」

「それは洒落にならんな……」

「ええ。魔法使いだけでなく、職人にまで悪夢が伝染し始めたら……もはや我が社の力だけではどうにもなりません」

「だから、魔術師ギルドに土地の浄化を相談したり、冒険者ギルドに土地調査の依頼を出したんだな」

「はい、その通りです……」

苦悩に満ちた顔のイアンに、ラウルも顔を歪める。

魔法使いがダメなら物理方面で攻略する!というのは、妥当かつ堅実な作戦だ。

しかし、基本脳筋族であろう職人達にまで悪夢が波及し始めたら、もはやガーディナー組に打つ手はなくなる。

そうなったら、ただでさえ遅々として進まないスラム街の更地化が完全にストップしてしまうだろう。

「……よし、そしたらひとまず俺がここら辺を調べてくるから、イアンはここで仕事を続けててくれ」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

「ああ、任せとけ」

ラウルの力強い言葉に、ずっと俯き加減だったイアンが顔を上げてラウルを見つめる。

期待に満ちたイアンの眼差しを受けながら、ラウルは再び建物が残る中心部に向かって駆け出していった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そして再び旧ラグナロッツァ孤児院の建物の前に戻ったラウル。

閉まっていない正面玄関の扉を開けて、建物の中に入っていった。

誰もいない礼拝堂はひっそりとしていて、痛いくらいの静寂の中でラウルが歩く足音と床が軋む音だけが響き渡る。

ギシギシと軋む音のあまりの大きさに、こりゃ飛んで移動した方が安全か……と思ったラウルがふわり、と宙に浮く。

そうして礼拝堂の他にも、食堂や子供達の部屋、マイラが使っていた執務室などを見回っていたラウル。

建物の中を一通り見終えて、次は中庭に出た。

ここは、バッカニア達とともに雨漏り修理の依頼を受けた時に、皆でお昼ご飯や仕事終わりのおやつを食べた場所だ。

あの時の賑やかで楽しかったひと時が、ラウルの中で思い出される。

しかし今ラウルの目の前にある中庭は、あの時の楽しさがまるで嘘か夢幻のように寂寥とした空虚に満ちている。

人が住んでいない建物にはありがちな光景だが、それだけではない何かをラウルは察知していた。

それは、言葉では言い表し難い違和感。

マイラや子供達がいた時には気づかなかったが、人気が全くなくなった今なら分かる。その違和感は、この旧ラグナロッツァ孤児院の建物の下から来ていた。

地面からじわじわと滲み出る、不気味な何かがラウルの足首を掴むようにまとわりつく。

目には見えないその何かが、ラウルを捕らえて地面の中に引き摺り込んで飲み込もうとしている―――そんな恐ろしい錯覚さえ覚える。

『これは……俺一人じゃ危険かもしれん。ここは一旦退いて、ご主人様に相談してみるか』

『……いや、それより先にイアンに報告をして、そこから冒険者ギルドの方に相談だな。俺個人が引き受けた依頼に、ご主人様を助っ人として呼んでもいいかどうかを聞かなきゃな』

ラウルは頭の中で考えをまとめながら、静かに旧ラグナロッツァ孤児院の建物を出る。

かつてラウルは一人で請け負った下水道清掃の依頼で、ポイズンスライム変異体に遭遇するという事件に遭った。

この時の教訓として、ラウルは『異変を察知したら、すぐに撤退して体制を整え直す』ということを心に誓っていた。

そうしてラウルは一旦イアンのところに戻り、冒険者ギルド及びレオニスに相談することを報告した。

それを聞いたイアンは、びっくりしたような顔で慌てている。

「え、レオニスさんにご相談なさるんですか? うちではレオニスさんに指名依頼を出す予定は全くないんですが……」

「大丈夫、俺個人の伝手として相談するだけで、ご主人様への別途報酬は発生しないようにする」

「しかし……レオニスさん程のお人に頼むようなことではないかと……」

「いや、俺の魔力感知ではあれは相当ヤバいもんが潜んでいると見た。ここは油断せず、最初からご主人様に相談した方が絶対にいい」

「そうですね……」

ラウルの尤もな言い分に、イアンも考え込む。

いずれにしても、このままでは早晩手詰まりになることは明らかだ。

ならば一刻も早い問題解決のために、レオニスにお出ましいただくのもアリかもしれない……

イアンは数秒のうちに結論付けて、ラウルに向かって話しかけた。

「ラウルさんがそこまで仰るなら、余程の大事なのでしょう。レオニスさんにもご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします」

「ああ。土地調査の件は引き続き俺が請け負うし、何か分かったら冒険者ギルドを通して必ず連絡する」

「ありがとうございます。良い知らせを心よりお待ちしております」

ラウルに向かって丁寧に頭を下げるイアンに、ラウルも任務続行を約束し、冒険者ギルドに戻っていった。