軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1206話 儚くも愛おしい存在達

畑の島から天空樹の島に向かって飛んでいくライト。

あー、今日が土曜日でラグーン学園が休みの日で、本当に良かった……と心の底から思いながらユグドラエルのもとに向かう。

ちなみにこの日は、アクシーディア公国生誕祭の盛大な三日間が終わった直後の一月十九日の土曜日である。

もし昨夜の天空島急襲が平日の月曜日から木曜日に起きていたら、ライトはラグーン学園及び身の安全を理由にラグナロッツァで留守番させられていただろう。

あるいは百歩譲って天空島を守るために参加が許されたとしても、翌日のラグーン学園にも這いつくばってでも登校しなければならなかったはずだ。

そう考えると、今年の公国生誕祭が水曜日から金曜日の開催で本当に助かったぁー……とライトはつくづく思う。

そんなことを考えながら飛んでいると、あっという間に天空樹の島に辿り着いたライト。

早速ユグドラエルの根元に降りると、そこでは数多のドライアド達に囲まれたラウルがいた。

「ラウルー、おそよーう」

「おお、小さなご主人様、おそよう。よく眠れたか?」

「うん、おかげさまでぐっすりとよく寝たよ!」

「そっか、そりゃ良かった」

地べたに胡座をかいて座り、ユグドラエルの根に凭れかかりながらマカロンを小さなナイフで切り分けるラウル。そのマカロンは、もちろんドライアド達のために用意したものである。

その膝や肩にはたくさんのドライアド達がいて、皆ワクテカ顔で『ラウル、早く早くー♪』『私、その赤いのが好きー!』『私は茶色のやつ!』とラウルを急かしている。

ちなみにその中で『皆、好き嫌い言ってる時点でお子ちゃまね!私はラウルのマカロンなら何でも好きよ!』とドヤ顔しながら言い放っているのはモモである。

モモはラウルの右太腿の付け根にデデーン☆と座り、ラウルのお腹に凭れかかっている。

彼女はこの天空島で、ラウルが一番初め出会ったドライアド。そして彼女との出会いをきっかけに、他のドライアド達とも仲良くなることができた。

故にモモには『ラウルと一番仲良しのドライアドは、この私よ!』という自負があるのだ。

ラウルの肩や腿に群がりつつも、ナイフを動かす腕にだけは誰一人として乗っからない。

それは『自分達のために美味しいものを用意してくれてるんだから、決してその邪魔をしちゃいけない』というドライアド達の暗黙の了解。そしてラウルもそのことを理解しているのか、群がるドライアド達を邪険にすることなく穏やかな笑顔でマカロンを切り分け続けている。

それは、ほんの数時間前までこの界隈で壮絶な戦いが繰り広げられていたとは到底思えないような、 長閑(のどか) でとても平和な光景だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ライトはこの平和をほっこりとした気持ちで噛みしめながら、今度は上を向いてユグドラエルに声をかけた。

「エルちゃんも、おそようございます!」

『お、おそよう? ライト、おそようとは一体何ですか……?』

「おはようのお昼バージョンです!おはようは朝の挨拶だけど、今はもうとっくにお昼で朝じゃないし、おはようと言うには遅い時間だから『遅よう』なんです!」

『ああ、そういう意味なのですね……何とも面白い言葉遣いですねぇ』

ライトが言う『おそよう』の意味が分からず戸惑うユグドラエルに、ライトがニコニコ笑顔で懇切丁寧に解説している。

その解説で、ようやくその意味を理解したユグドラエルも、枝葉をワッシャワッシャと揺らしながら得心している。

こちらもまた実に長閑で平和な光景である。

「エルちゃんも、昨日は本当にお疲れさまでした。どこか枝葉が傷んだり、疲れが残ってたりしませんか?」

『心配してくれてありがとう。昨日はとても厳しい戦いでしたが……ライトやラウル、そしてここにいるドライアドやシュマルリの竜達が私を懸命に支えてくれたおかげで、この通り元気ですよ』

「それは良かった!」

ライトの問いかけに、ユグドラエルが元気な声で答える。

確かにその声には張りがあって、決して無理を押して元気な姿を見せようとしている訳ではなさそうだ。

最前線での戦いには殆ど関与できなかったライトだが、それでも天空島全般の防衛の要であるユグドラエルを陰ながら支えることで戦いに貢献できたことは、本当に良かったと心から思う。

「そしたらエルちゃんにも、お疲れさまの美味しいお水を用意しますね!」

『まぁ、私にも何かご馳走してくれるのですか?』

「もちろんです!だって、昨日レオ兄ちゃん達が邪竜と思いっきり戦えたのも、エルちゃんが全部の天空島を守ってくれたおかげですから!」

にこやかな笑顔でアイテムリュックを開き、複数の木製バケツを取り出すライト。

今からライト特製ブレンド水を作り始めるつもりのようだ。

そんなライトの行動に、その横で未だマカロンを切り分け続けているラウルが口を開いた。

「そうだぞ、エルちゃん。うちの小さなご主人様の言う通りだ。昨日の戦いに勝てたのは、間違いなくエルちゃんのおかげだ」

『……ありがとう。貴方達にそう言ってもらえて、とても嬉しいです……』

ラウルの視線はマカロンを切り分けるために下を向いていて、その表情は分からない。だが、ユグドラエルにかける言葉は限りなく優しく、本当に心の底からユグドラエルを労っていることがひしひしと伝わってくる。

二人の心からの労いの言葉に、ユグドラエルははにかみながら応えていた。

そしてラウルの横で、いそいそとブレンド水を用意するライト。

するとそこに、転移門で移動してきたレオニスが現れた。

「……お? ライト、もう起きたのか」

「あッ、レオ兄ちゃん!おかえりー!」

「おう、ただいま」

帰ってきたレオニスに向かって、まっしぐらに駆け寄るライト。

レオニスはまだライトが寝ているものとばかり思っていたので、少しだけ驚いた顔をしながらもライトの出迎えに嬉しそうに顔を綻ばせている。

「ピィちゃんを送ってきたの?」

「ああ、あいつも魔術師ギルドマスターなんてもんをしてるからな。それがなけりゃ、もうちょいここでゆっくりと休ませてやりたかったんだがな……」

「ピィちゃんも本当に大変だよね……」

天空島に戻ってきたレオニスを、ライトが笑顔で出迎える。

先程パラスから聞いた通り、ピースをラグナロッツァに送り届けてきたようだ。

ピースだって、昨日の戦いでさぞかし疲れているだろうに。魔術師ギルドの現役マスターという立場は、彼がゆっくり休むことを許してはくれない。

ピィちゃん、大丈夫かな……公国生誕祭からずっと働き詰めだったし、ホントに過労死とかしちゃうんじゃ……

よし、今度ラウルのスイーツを持って魔術師ギルドに差し入れに行こう!

ライトが内心でそんなことを考えていると、レオニスがライトに声をかけた。

「……ま、ピースのことは心配しなくていい。あいつ、帰る前にすんげーいいことがあってな。そりゃもうご機嫌で帰っていったから」

「ン? どんないいことがあったの?」

「それはだな。エルちゃんから、今回の戦いで働いてくれたピースへのお礼にって、直々に枝を分けてもらったんだ」

「え、エルちゃんの枝をもらえたんだ!? それはすごいね!」

レオニスから聞いた話に、ライトも驚きつつ喜んでいる。

神樹の枝、それはこのサイサクス世界において紛うことなきレアアイテム。中でも世界最古の原初の神樹、天空樹ユグドラエルの枝ともなればその価値は計り知れない。

『あの激しい戦いの褒美が私の枝一本というのも、何だか本当に申し訳ないのですが……それでも何かお礼をしたくて、レオニスに頼んで適当な枝を切ってもらって、私の加護とともに授けたのです』

「そうなんですね!ピィちゃんは魔術師だから、エルちゃんの枝を使って新しい杖を作ったらすっごく喜ぶと思います!」

「だろう? 俺もそう思ってエルちゃんに、ピースにあげる枝をくれっておねだりしたんだ」

ピースがユグドラエルの枝をもらったと聞いて、ライトが真っ先に思ったのは『エルちゃんの枝で杖を作れば、ピィちゃんにとって最高の報酬だよね!』ということ。

そしてその程度のことは、レオニスもとっくに思いついていたようだ。

「ピースのやつ、すんげー喜んでな。『近いうちにファングに行って、このエルちゃんの枝をユリりんに預けてくる!そして小生専用の杖を作ってもらうんだー!』って、そりゃもう張り切ってたわ」

「そうなんだね!……って、ユリりんって……もしかして、ユリウスさんのこと、かな……?」

「多分な」

ピースがユグドラエルの枝をもらって大喜びしていた様子を語るレオニス。

その途中、『ユリりん』なる謎の人物名が出てきたことに、ライトが一瞬戸惑う。

職人の街ファングで高名な杖職人と言えば、誰もがユリウスの名を真っ先に挙げるはずだ。

オーダーを出しても数年待ちがザラという、超人気の杖職人ユリウス。その彼を『ユリりん』と呼ぶのは、世界広しと言えどピース唯一人であろう。

ちなみにピースの場合、その職業柄魔術用の杖をいくつも所持している。

普段使い用や予備はもちろんのこと、公式の場に出る時用や結界用等々、様々な用途によって使い分けているのだとか。

料理馬鹿のラウルの包丁程ではないのだろうが、それでもピースにも杖コレクター的な一面があるのかもしれない。

そんな話をしながら、レオニスがふと先程までライトがいた場所に目を遣りながら問うた。

「そういうライトは何をしてたんだ? あっちにバケツがあるが、もしかしてエルちゃんに飲ませるための水を作ってる最中か?」

「うん。ラウルがドライアドさん達にマカロンをご馳走してるから、ぼくはエルちゃんに美味しいブレンド水をあげようと思ったんだ」

「そっか。そしたらその水が出来上がったら、俺がエルちゃんの根っこにかけてやろう」

「うん!お願いね!」

レオニスが見ていたのは、作業途中だったライトが出したままの木製バケツ。

木製バケツと言えばブレンド水、と言えるくらいには神樹達に馴染み深いアイテムだ。

その木製バケツがここユグドラエルの根元にあるということは、ライトがブレンド水を作るため以外にないことを、レオニスも早々に察していた。

ライトは早速木製バケツを置いた場所に戻り、アイテムリュックからいくつかの回復剤を取り出しては木製バケツの水と混ぜていく。

後で語ったライトの解説によると、本日のブレンド水のベースは氷の女王が生み出した氷の槍の融水で、回復剤はグランドポーション、コズミックエーテル、エネルギードリンク、濃縮イノセントポーション、濃縮セラフィックエーテル、この五種類を各一本づつ。

そして濃縮系回復剤を見たレオニスが「あ、またその濃いやつか?」と言い、ライトがシレッとした顔で「うん、またフォルが拾ってきてくれたんだ!」と誤魔化すのはもはやお約束である。

そうして出来上がった各種ブレンド水を、レオニスがいつものようにユグドラエルの根元に一杯づつ丁寧にかけていく。

今のライトが用意し得る、最上級のブレンド水。それを味わうユグドラエルの枝が揺れ動き、サワサワと心地良い葉擦れの音を生み出す。

『はぁ……どれも滋味深く、その良質な魔力が私の幹や枝の隅々まで行き渡り……とても心地良い味わいです』

「エルちゃんに喜んでもらえたなら、すっごく嬉しいです!」

『ありがとう、ライト。レオニスもご苦労さまでした。私のために、こんなにも素晴らしいご馳走をたくさん用意してくれて……私は何という果報者でしょう』

ブレンド水を作ったライトと、それを自分の根元にかけてくれたレオニスに礼を言うユグドラエル。

ユグドラエル程の巨木が、たかだか木製バケツ五杯分の水で魔力が満ち足りるとは到底思えない。

だが、ユグドラエルが心から満ち足りているのは本当のことで、そもそも神樹であるユグドラエルが嘘をつくはずもない。

それは物質的なものだけではなく、精神的な満足度が高いことの現れであった。

そんなユグドラエルの喜びは、ライトやレオニス、そしてラウルにもきちんと伝わっていた。

使い終えた木製バケツをライトに返却したレオニスが、真上を見上げながらユグドラエルに話しかける。

「ライトの水で元気になったなら何よりだ。エルちゃんは、これからもずっと天空島になくてはならない存在だし、何より俺達の友達だからな!」

「うん!エルちゃんにはずっとずっと、ずーーーっと元気でいてもらいたいもんね!」

「そうだな。そしてそれはエルちゃんだけでなく、ツィちゃん達他の神樹の皆といっしょに……それこそ一万年、十万年、このサイサクス世界がある限りずっと元気で長生きしてもらわなきゃな」

ユグドラエルを見上げるレオニスの爽やかな笑顔とともに、ライトもラウルもユグドラエルの長寿を願いながら言葉をかける。

既に五千年は生きているというユグドラエルに、今からもっともっと長生きしろ!というのはなかなかに無体な要求に思える。

しかもその要求をしているのが、百年生きられるかどうかも分からない短命種の人族に、その人族に毛が生えた程度の四百年の寿命を持つ妖精族というのだから、無責任極まりない。

しかし、そんな無責任に思える話にも、実は彼らなりの思い遣りが含まれている。

それは『他の神樹皆でいっしょに長生きしてくれ』ということ。

何もユグドラエル一本だけで孤独に生き続けていけ、というのではない。ユグドラエルと同じく千年万年、悠久の時を生きる神樹族皆で長生きしてほしい、という願いであった。

その後もライト達は「そうだね!ツィちゃんやシアちゃん、ラグスさんにイアさん、ランガさん達にもずっと元気でいてほしいね!」とか「今度ランガにも、氷の女王の槍の水をご馳走しに行くか」「イアには何を差し入れすりゃいいか分からん……今度イアの希望でも聞いてみるかー」などと、三人してのんびりとした会話を繰り広げている。

それらの会話は実にのほほんとしていて、自分より先に逝く者達の他愛のない戯言、と言ってしまえばそれだけのこと。

だが、そんな儚い者達だからこそユグドラエルにはより一層その存在が愛おしく思える。

しばしユグドラエルは無言になり、サワサワというユグドラエルの葉擦れの音が辺りに響き渡る。

そしてようやくユグドラエルが、ゆっくりとした口調で呟いた。

『……そうですね……私はこの天空からずっと、ずっと……貴方達を見守り続けましょう』

「ああ。エルちゃん、これからもよろしくな」

「またエルちゃんに喜んでもらえるような、美味しい水を差し入れしますからね!」

「俺も新しい水を見つけたら、神樹の皆にご馳走するためにたくさん採ってくるからな。期待して待っててくれ」

ユグドラエルの言葉に、ライト達三人が嬉しそうに応える。

そしてそれはライト達だけではない。ラウルにまとわりついていたドライアド達も、いつの間にかユグドラエルの根元にぴったりと抱きつきながら口々に好きなことを言っていた。

『エルちゃん様、大好きー!』

『エルちゃん様、私達といっしょにずーっと、ずーーーっと天空島で楽しく暮らしましょうね!』

『私達ドライアドは、いつまでもいつまでもエルちゃん様といっしょよー!ねー♪』

『『『ねーーー♪』』』

ラウルのマカロンをたらふく食べて、まん丸お腹で非常にご機嫌なドライアド達。

ドライアドの個々の寿命が如何程のものなのか、ライト達は全く知らない。

まさか全員が全員何千年も生きるとは思えないが、それでも代を繋ぎ続けてずっとユグドラエルに寄り添ってくれるだろう。

コロコロと転がるようにユグドラエルにまとわりつく、数多のドライアド達。

あどけない笑顔でくっついてくる幼女の群れと、地上に住む三人の友の笑顔を、ユグドラエルはフフフ……と笑いながら、ずっと愛おしそうに見つめていた。