軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1141話 辻風神殿大掃除の思わぬ成果

その後しばらくして、だいぶ気持ちも収まってきた風の女王。

鼻をスン、スン、と鳴らしながら、レオニスに話しかけた。

『レオニス、アナタに一つ頼みがあるんだけど』

「ン? 何だ? 俺にできることなら何でも協力するが」

『ありがとう。そしたらね、アナタ達が次に天空島に行った時に、雷の女王ちゃんにこれを渡してもらえるかしら?』

風の女王が己の手のひらの上にある【風の乙女の雫】を、選り分けてからレオニスに差し出した。

レオニスに手渡された【風の乙女の雫】は五粒。残りの三粒の【雷の乙女の雫】は、風の女王が大事そうに手で握りしめている。

「……分かった。また近いうちに天空島に行く用事があるから、その時に必ず雷の女王に渡そう」

『ありがとう、恩に着るわ』

「この程度のお遣いで恩に着るこたないさ、もののついでだから気にしないでくれ」

『ウフフ、欲のない人間なのね』

風の女王の頼みごとを快く引き受けるレオニス。

もしこれが人里、冒険者ギルドなどを介しての依頼だったら、何らかの報酬が発生するところなのだが。この程度のお遣いで精霊相手に報酬云々などを求めるのも無粋である。

だがしかし。空間魔法陣を開いて【風の乙女の雫】を仕舞い込んだレオニスが、はたとした顔になり風の女王に話しかけた。

「……ああ、そしたら恩云々を抜きにして、俺からも女王に頼みたいことがあるんだが」

『ナぁニ?』

「まず、俺達があんたのもとを訪ねた証として、風の勲章を授けてもらいたい。これがあれば、他の女王達にも風の女王と俺達が直に会ったことを認めてもらえるからな」

『分かったわ。いくつ作ればいいの?』

「二つあれば十分だが……せっかくならラウルの分も作ってやってくれるとありがたい」

『三つね、今すぐ作るから待っててね』

レオニスの要請に風の女王も快く応じ、早速勲章作りに取りかかった。

風の女王は手のひらを上に向けて、魔力を込めて勲章を作り上げる。

誰に指導を受けた訳でもないだろうに、何の躊躇いもなく作ることができるのは、きっと風の女王として備わっている本能的なものなのだろう。

まず一つ目をレオニスに、二つ目をライトに、そして最後の三つ目をラウルに授けた風の女王。ライト達は勲章を受け取る度に「ありがとう」「ありがとうございます!」「初対面の俺にまでくれて、ありがとう」と口々に礼を言う。

そんな律儀なライト達に対し、風の女王はフフフ、とその都度笑顔になる。

そしてライト達全員に勲章が行き渡ったところで、今度はライトが風の女王に声をかけた。

「風の女王様、ぼくも一つ女王様に聞きたいことがあるんですが」

『ナぁニ?』

「実はですね、さっき神殿の中を掃除してて拾い集めたものなんですが……」

ライトは一旦席を立ち、祭壇の方に向かう。

そして祭壇横に置いておいたバケツを持ってテーブルに戻ってきた。

そのバケツの中には、数えきれないほどの【風の乙女の雫】が入っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

バケツの中身を見た風の女王。

みるみるうちにその円な目がさらに大きく見開かれる。

「これは【風の乙女の雫】ですよね?」

『ええ、そうね……青龍様と出会う前のワタシが、散々ここで泣いて流した涙ね……』

「ですよね……この雫が、神殿のあちこちにたくさん落ちてて……それを全部拾い集めておいたんです」

『…………』

バケツの中の【風の乙女の雫】に見入っている風の女王。

ライトはバケツの中に右手を突っ込み、手のひらで雫を掬う。

ザラザラザラザラ……と音を立てて零れ落ちる程、バケツの中にはたくさんの【風の乙女の雫】が集められていた。

このバケツの中には、約千粒もの【風の乙女の雫】が入っている。

ライトが風魔法でゴミ拾いを担当した際に、葉っぱや木の枝、埃や小石などの他のゴミとは分けて集めておいたのだ。

ライトが手のひらに掬った雫をバケツの中に戻した後、今度は風の女王がゆっくりとバケツの中に右手を入れた。

そして数粒の【風の乙女の雫】を、そっと取り出す風の女王。

右の手のひらの上に転がる己の涙を、しばしじっと見つめていた。

そんな風の女王に、ライトがそっと声をかける。

「風の女王様、この【風の乙女の雫】をぼくが引き取ってもいいですか?」

『……ライトは、これが欲しいの?』

「欲しいか欲しくないかで言えば、もちろん欲しいです。女王様達の乙女の雫は、人里ではとても貴重なものですし。でも、それ以上に……」

『……???』

バケツの中の【風の乙女の雫】を眺めながら、ふと言葉が止まったライト。

突如無口になったライトに、風の女王が不思議そうな顔をしている。

「この【風の乙女の雫】は、ずっとひとりぼっちで悲しみに暮れていた頃の風の女王様が、寂しくて流した涙でしょう? でも今は違いますよね? こうしてぼく達とも知り合えましたし、何より今は青龍が傍にいてくれるんだもの」

『ッ!!!』

ライトの言葉に、風の女王がハッ!とした顔になる。

確かにライトの言う通りで、バケツの中にある【風の乙女の雫】と先程風の女王がレオニスに渡した【風の乙女の雫】では色が違う。

レオニスが預かった方は、とても澄んだ淡い黄緑色をしている。

一方バケツの方の雫は、ほんのり暗くくすんだ黄緑色をしているのだ。

暗いといってもそこまでどす黒い訳ではないのだが、それでもこの二つを並べたらその色差は明白に感じ取れるものだった。

乙女の雫の色が異なる事例は、ライト達も知っている。

それは炎の女王で経験していて、炎の女王が零した涙と手のひらから生み出す雫は色の濃さが異なっていた。

しかし、今回の風の女王の例はその時とはまた完全に事情が異なる。

炎の女王が流したのは、火の女王と邂逅できたことに感激して零れ落ちた涙。それは完全に歓喜に満ちた涙であり、その色合いは限りなく澄みきっていてとても美しいものだった。

だが、ライトが掃除で掻き集めた風の女王の涙は、先代の女王と我が身の不遇を嘆き悲しみながら流されたもの。そこには悲嘆しかなかった。

故にその色合いも、悲しみを反映して薄暗い色になっているのだ。

そんな悲しみの涙の結晶が、つい先日まで毎日ずっとたくさん流されてきていたのだ———そう思うと、ライトは掃除中ずっと胸が締めつけられる思いがしていた。

しかし、そんな悲しい日々はもう終わりだ。青龍の誕生により、風の女王の孤独は完全に解消されたのだから。

そのことを伝えたくて、ライトはなおも風の女王に語りかける。

「風の女王様はこれから青龍と、ずっと仲良く暮らしていくんですから。この悲しみの涙は不要ですよね?」

『……そうね、毎日玉座で泣いていたワタシはもういないわ』

「ですよね!だから、これはぼく達が持って帰ります。だって今の風の女王様には、悲しみの涙なんて似合わないですもん!」

ライトが掃除中に拾い集めた【風の乙女の雫】を欲しいと言ったのは、何も雫の金銭的価値が高いからではない。

今の風の女王は、辻風神殿守護神である青龍とともに暮らすようになった。これからは幸せに暮らしていくであろう今の風の女王に、昔の悲しい思い出は一切不要だ、ということをライトは伝えたかったのだ。

そんなライトの思いを察したのか、レオニスとラウルもライトの意見に同意する。

「そうだな、そういう意味でも今日俺達がこの辻風神殿を掃除して良かったな」

「だな。辛く悲しい過去を全部忘れろとは言わないが、なるべく記憶の片隅に追いやった方がいい。そして、これから幸せに生きていくことだけを考えりゃいいさ。今の俺のようにな」

『本当ね……アナタ達に神殿の中をこんなにも綺麗にしてもらって、本当に良かったわ』

レオニス達の言葉に風の女王が感慨深げに呟く後ろで、静かに会話を聞いていた青龍もうんうん、と深く頷く。

暗く悲しい過去は掃除のように全て綺麗に洗い流して、今後は青龍とともに楽しく仲良く暮らしていってほしい―――レオニス達の言葉には、そうした前向きなメッセージが込められていた。

今日の辻風神殿大掃除は、そこまで計算し尽くしていた訳ではない。ライト達が時間潰しも兼ねて始めたことだった。

だが、何の気なしに起こした行動が、こんなにもぴったりと丸く収まるとは思ってもいなかった。

風の女王のことを思い遣るライト達の言葉に、風の女王はただただ嬉しそうに微笑んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

和やかなお茶会もひとまず終了し、祭壇前で使っていたテーブルや食器などを片付けるライト達。

一通り片付け終えたところで、青龍が顔に生えている髭でチョン、チョン、とラウルの背中を突ついた。

何事かと後ろを振り返るラウル、後ろにいた青龍に声をかけた。

「ン? 青龍か、どうした?」

『……(モゴモゴ)……』

「何だ、これを俺にくれるのか?」

『……(コクコク)……』

「これは……」

口に何かを咥えていて、満足に喋れない青龍。

ラウルがそのお喋りを妨げている何かを、青龍の口から取り除いた。

青龍の口に咥えられていたものに、ラウルも見覚えがある。それは先程ライトが自慢げに見せてくれた『青龍の鱗』だった。

『これ、前に君のご主人様達にもあげたものなんだけど。君にもあげるから、もし良ければ受け取ってほしいな』

「こんな貴重なものを、初対面の俺にもくれるのか?」

『もちろん。というか、君のご主人様達にだってこないだ初めて会ったばかりだよ?』

「そういやそうだな」

『だからね、君も初対面とかそんなこと気にせずに、受け取ってくれると嬉しいな』

ラウルに青龍の鱗をくれるという青龍。

もともとお茶会をする前から、青龍はラウルに親近感を覚えると言っていた。

それに加え、お茶会では風の女王とともに美味しいものをたらふくご馳走になった。その美味しいものの作り手がラウルなのだ、そのお礼も兼ねての鱗下賜と考えれば当然の流れであった。

そんな二者のやり取りに気づいたライトとレオニス。

明るい顔でラウルに話しかける。

「あ、ラウルも青龍の鱗をもらえたの? 良かったね!」

「おう、おかげさまでこんな良い物をもらえてありがたいことだ」

「そしたらお前の飛ぶ速度もますます上がるんじゃね?」

「だといいな。後で小さなご主人様の真似をしてみよう」

青龍の鱗を手に入れられたことを我が事のように喜ぶライト達に、ラウルも嬉しそうにしつつ空間魔法陣を開いて鱗を仕舞い込む。

そしてライト達は帰路に就くべく、辻風神殿入口前に移動した。

「風の女王様、青龍、今日もいろいろとありがとうございました!とても楽しかったです!」

『こちらこそ、いろんなことをしてもらってありがとう』

『うん、神殿の掃除もとても助かったし、お茶会?でご馳走になったすいーつ?もとても美味しかったよ』

「女王と青龍に喜んでもらえたなら何よりだ。雷の女王への預かり物も、近いうちにちゃんと届けるからな」

『よろしく頼むわね』

「また美味しいものを持ってくるから、楽しみにしててくれ」

『君達なら大歓迎だよ。いつでも遊びに来てね』

それぞれに挨拶をし、再会の約束を誓うライト達。

そうしてライト達は、ケセドの街に戻るべく空を飛んでいった。

辻風神殿入口前の風の女王と青龍は、ライト達の姿が見えなくなるまでずっとその背中を見送っていた。