軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1099話 クレアの心遣い

ラグナロッツァして屋敷からカタポレンの家に戻り、そこからすぐに冒険者ギルドディーノ村出張所に移動したライト。

転移門のある事務室から出て広間に行くと、そこにはいつもの席にいつものように凛と座るクレアがいた。

「クレアさん、こんにちは!」

「あら、ライト君ではないですか。ようこそいらっしゃいました」

ラベンダー色に包まれたクレアに、速攻で挨拶をするライト。

二人以外に誰もいない静かな空間に、ライトとクレアの声だけが響き渡る。

「もう今日で813年も終わっちゃいますねぇ」

「全く、月日が経つのは本当に早いものですよねぇ。つい先日、ライト君がラグナロッツァのラグーン学園に通い始める、と聞いたばかりのような気がしますのに」

「アハハハ、それからもう一年は過ぎちゃいましたねぇ」

慌ただしい年末とは思えないような、限りなくのんびりとした会話を交わすライトとクレア。

首都(ラグナロッツァ) の喧騒とは全く違って、ここだけ時間の流れが違うような感覚すら覚える。

「ところで今日は、皆餅拾いで忙しい日ですが……何用かあっていらしたのですか?」

「えーとですね、父さんと母さんの家の周りにもお餅が降っているかどうか、気になって見に来たんです」

「……ああ、そういうことですか」

ライトの目的を聞いたクレアが、納得したような顔で頷きつつライトの疑問に答える。

「あのお家にも、毎年お餅は降っていますよ」

「え!? ホントですか!?」

「ええ、間違いありません。何故なら毎年私があの近辺を夕方に確認しては、拾われていないお餅を全ていただいていますので」

「そ、そうなんですね……」

ライトの父母の家にも餅は降る!と力強く断言するクレア。

その理由が『毎年自分が餅を拾っているから』だとは、あらゆる意味で驚きだ。

しかしここでクレアが、フフッ……と嬉しそうに笑う。

「あのお家は、このディーノ村の中でも本当に外れの方で……それでもグランさんとレミさんが健在だった頃は、二人で仲良く餅拾いをなさっていたのですよ」

「…………」

「今ではもうあの近辺を通りかかるのは、私くらいのものですが……そうですか、これからはライト君があのお家のお餅を拾ってくださるのですね。これ程嬉しいことはありません」

静かに微笑みながら、感慨深そうにライトを見つめるクレア。

ラベンダーの愛らしい瞳に映るのは、彼女の目の前にいるライト一人だけではないようだ。

家主を失った借家にも、毎年恵みの餅は降り注ぐ。餅の精霊カガー・ミ・モッチ、その慈愛の深さをライトは改めて思い知る。

そして、本来ならそのまま誰にも拾われることなく消えゆく餅を、クレアはこれまでどんな気持ちで拾い続けてきたのだろうか。

初めて知る様々な出来事に、ライトの胸に思わず熱いものが込み上げてくる。

「クレアさん……今まであの家の餅を拾ってくれて、本当にありがとうございます。父さんも母さんも、きっといつも喜んでくれていたと思います」

「どういたしまして。あれは防犯も兼ねた巡回業務の一環ですし、何よりグランさんとレミさんからいただいたお餅は毎年クー太ちゃんのおやつとして、いつもありがたく活用させていただいてましたから」

頭を深々と下げてクレアに礼を言うライト。

そんな真面目なライトに、クレアは終始ニコニコしている。

しかし、ライトの父母宅周辺で拾った餅がクレアのペットであるドラゴンの幼体クー太のおやつになっていたとは予想外だ。クレアのもったいない精神が、こんなところで遺憾なく発揮されていた格好である。

そしてそれを聞いたライトの方は、内心穏やかではない。

今日ライトがそれを拾ってしまったら、クー太の食べるおやつが減ってしまう。

ライトはクレアだけでなく、クー太のことも大好きだ。

クー太のおやつを守るために、ライトはクレアに申し出る。

「そしたら、今年もあの家の餅はクー太ちゃんのおやつにしてください」

「まあ、クー太ちゃんのためにお餅を譲ってくださるのですか?」

「はい。だってクー太ちゃんのおやつが減っちゃうのは可哀想ですし」

「クー太ちゃんへのお気遣い、本当にありがとうございますぅ。……ライト君は、本当に優しい心の持ち主さんですねぇ」

ライトの餅譲渡の申し出に、クレアが意外そうな顔をした後に嬉しそうに微笑む。

ライトだって、父母の家にも餅があれば拾うつもりでここに来たのだろうに。なのにそれを諦めて、これまで通りクー太のおやつとしてあげてくれ、という。

ライトの心根の優しさに触れたクレアが、嬉しそうに微笑むのも当然だった。

「でも、心配は御無用ですよ。クー太ちゃんのおやつのお餅は、もう既にたくさん確保してありますから」

「え? そうなんですか?」

「はい。この冒険者ギルドから半径1kmの範囲内にあるお餅は、既に私が全て回収済みですので」

「ははは半径1km…………」

ニッコリ笑顔で何気に恐ろしいことを言い放つクレア。

この冒険者ギルドディーノ村出張所の半径1km以内ともなると、かなり広大な面積になるはずだ。

そんな広範囲に降った餅を、昼になる前のほんの数時間のうちに全て回収してしまったとは。一体どれだけ猛烈な勢いで拾いまくったのだろうか。

「ささ、ライト君もお昼になる前におうちのお餅を拾ってきてください。あのお家のものは、全てライト君が得る権利を持っているのですから」

「…………はい!」

クレアからの激励に、ライトは力強く頷く。

そんなライトに、クレアは右手の人差し指を立ててさらなるアドバイスを送る。

「何ならお家の周りだけでなく、その近くにまだ拾われていないお餅も全部拾っちゃってください。どうせ夜になれば、全て消えてしまうのですから。せっかくなら誰かに拾われて、ちゃんと食べられる方が絶対に有意義というものです」

「そうですね!あんなに美味しいお餅が消えちゃうなんて、もったいないですもんね!」

「そういうことですぅ」

クレアのアドバイスに、ライトもフンス!と鼻息荒く同意する。

ラグナロッツァでは、学校や公道、公園などの公共の場に降った餅は全て冒険者ギルドが回収し、福祉施設や医療機関などに寄進することになっている。

だが、そうした政策が本当に実施されるのは、大人数が住む大都市圏かせいぜい中堅都市くらいまで。ディーノ村のような小規模の村では無縁の話である。

「じゃ、早速行ってきますね!」

「いってらっしゃーい、お気をつけてー♪」

いつものように、元気に挨拶をしながら駆け出して建物の外に飛び出ていくライト。

闊達なライトの背中を、クレアもまたいつものように微笑みながら見送っていた。