軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1040話 クロエの秘められた能力

レオニス達の前に再び現れたマードン。

先程逃亡した時には、それこそ『我が世の春が来た!』とばかりに意気揚々と飛び出していったはずなのに。小一時間後に現れたマードンは、何故かヨレヨレのヨロヨロになっていた。

レオニスの思惑通り、一向に出口を見つけられずずっと方々を彷徨った挙句、力尽きかけてここに戻ってきたと思われる。

ヘロヘロのフラフラになったマードンに、レオニスはシレッとした顔で話しかける。

「ン? マードンじゃねぇか。どうした、もう戻ってきたのか?」

『…………ここ、ドコよ?』

「どこって……そりゃ見ての通り、お前の生まれ故郷の暗黒の洞窟だぞ?」

『暗黒の洞窟なのォは、我だッて普ッ通ゥーに分かッとるわーぃッ!!…………ッて、え? ナニ、ここ、我の故郷なのン?』

のほほんと答えるレオニスに、マードンがキーキーと怒る。

だがその次の瞬間には『???』という顔で、いつもの間抜け面を晒している。どうやらマードンは、この暗黒の洞窟が己の生まれ故郷であることを知らないようだ。

そんなお間抜けなマードンに、レオニスが滔々と語って聞かせる。

「何だ、お前、知らんかったのか。暗黒蝙蝠ってのはな、基本的にこの暗黒の洞窟が原産なんだ。他の場所に全くいねぇ訳でもねぇがな」

『そ、そうなのカ…………ッて、ィャ、我だッてそれッくらいのこと、とッくの昔に知ッてェたしィー!』

「嘘つけ、コノヤロー……つーか、そもそもお前、何でゾルディスなんかに仕えてたんだよ?」

『ソレェ、は…………』

見栄を張って嘘をつくマードンに、レオニスが呆れ顔でツッコミを入れる。

そしてレオニスがマードンとゾルディスの関係を問うと、マードンは一転して俯く。

『我、物心がついィた時から、ずゥーーーッとゾルディス様のとこに、居たァし……』

「どうしてゾルディスの配下になったのか、お前自身はその経緯を覚えていないのか?」

『うぬぅ……そゆことダ……』

しょぼくれながら答えるマードンに、レオニスがしばし思案する。

廃都の魔城にいる者達は、総じて邪悪な行動を取る。

虐殺、強奪、誘拐、詐欺、拉致―――己の利益のためならば、手段を問わず何でも行使する連中だ。

邪竜が他の竜族の卵を攫って無理矢理邪竜にするように、おそらくはこのマードンも生まれる以前の卵の状態もしくは孵化直後の雛同然の頃に、ゾルディスのもとに連れてこられたのだろう。

正解を知るゾルディスは既にこの世にいないため、答え合わせは不可能だが。レオニスの推察は最も妥当なものだった。

しかし、マードンにとっては己の出自などどうでもいい。

とにかく今は、一刻も早くこの赤い悪魔から逃げなければ―――その思いがマードンを突き動かす。

マードンはハッ!とした顔で我に返りながら、再びキーキーと喚き散らし始めた。

『てゆか、ここドコよ!?』

「だぁーからぁー、暗黒の洞窟だって言ってんだろ?」

『嘘つけーぃ!なら何ーで、出口がないィのダ!洞窟ならァば、出口があッて然るべきやろがえぃ!』

「何だ、ずっと出口を探してたのか?」

『当ッたり前じゃーぃ!我、ずーーーッと出口探してたァのに! 全(じぇん) ーッ 然(じぇん) 見つからん!どゆことゾ!?』

皮膜の翼で頭を抱えながら天を仰ぐマードン。

ただでさえ煩いヤツが、さらにキーキー喚いて殊更煩さが増すばかり。

レオニス達四人も思わず両手で耳を塞ぐ程の騒音である。

するとここで、クロエが動いた。

一束分の蛇髪がシュッ!と素早く動いたかと思うと、マードンの口を塞ぎながら捕えたではないか。

このクロエの髪は、現段階で最長10メートル程伸ばすことができる。もちろん動きも自由自在で、余程重たいものでなければ鷲掴み同然に物を掴むこともできるスグレモノだ。

あまりの煩さに苛立ちを隠さないクロエが、捕まえたマードンに向かって冷酷な声で言い放つ。

『……オマエ、煩い。少し黙れ』

『……(ピエェ)……』

クロエの怒りのオーラは凄まじく、基本小物のマードンは震え上がる。

口を塞がれて喋れないマードンは、クロエの意に従うことを示すためコクコクと頭を必死に縦に振り続けた。

ようやくおとなしくなったマードンに、レオニスが解説する。

「お前がここを出られんのも当然だ。何せここは暗黒の洞窟の最深部、他の洞窟とは切り離された別空間だからな。……つーか、ココ、そんなばっちいものを掴んじゃダメって、さっきパパが教えたばかりだろ?」

『ン……分かった……』

蛇髪でマードンの口を塞ぐクロエに、レオニスが優しい口調で諭す。

確かにさっきレオニスは、クロエに『 暗黒蝙蝠(コレ) はばっちいもの』と教えていた。

そのことを思い出したクロエは、しゅん……となり反省している。

レオニスに言われた通り、マードンをテーブルの上に置いてから蛇の髪をシュルシュルと解いて元に戻した。

しょんもりとしてしまったクロエに、レオニスが慰めるように声をかける。

「ココはお利口さんだな。ママだけでなくパパの言うこともちゃんと聞いてくれる、とても良い子だ」

『……ホント? パパ、怒ってない?』

「もちろん。つーか、どこに怒る必要があるんだ? ココはただ、コイツがあまりにも煩いからちょっとお仕置きしただけだろ?」

『うん……』

「なら大丈夫。そもそも煩いコイツが悪いんだからよ」

レオニスの慰めの言葉に、クロエも徐々に顔を上げる。

そして何かを思い出したかのように、レオニスに話しかけた。

『そしたらパパ、もう少しだけコレにお仕置きしていい?』

「ン? 何のお仕置きだ?」

『コレ、さっきパパのことを馬鹿にした。ココ、それが許せない』

「ぁー……さっきのあれか」

口をへの字にして怒るクロエに、レオニスも上目遣いで先程のことを思い出す。

それは、自由に空を飛べるようになったマードンが、レオニスに捨て台詞を吐きながら逃亡した時のことだ。

あの時マードンは『ヌぇーーーッハッハッハッハ!油ッ断したなァー!こンの、馬ーーーッ鹿メーーー!』だの『貴ッ様だけハ、いずれコノ手ェで!葬ッてくれェるわ!』だのと、散々レオニスを馬鹿にしてからご機嫌で飛び去っていった。

クロエには、どうしてもそれが許せないらしい。

クロエがこんなにも怒るのは当然だ。自分が父親として慕うレオニスを、そこまで 虚仮(コケ) にされたのだから。

当のレオニスにしてみれば、マードンはただただ滑稽な 道化(ピエロ) に過ぎないのだが、クロエが怒る心情も理解できる。

なので、レオニスはクロエの願いを受け入れることにした。

「お仕置きするのはいいけど、一応死なない程度にな?」

『うん!あと、コレを掴むのにまた髪の毛使うけど、後でよく洗うから許してね!』

「おう、ばっちいものを触った後はきちんと洗わないとな。そこら辺をちゃんと分かってるココは、本当にお利口さんだな」

『エヘヘヘ♪ そしたら、ここからちょっと離れたところでお仕置きしてくるね♪』

「ああ、あんまり無茶なことはしちゃダメだぞ?」

『はーい♪』

レオニスのお仕置き許可をもらい、さらにはまたお利口さんと褒められたクロエ。照れ臭そうにはにかんでいる。

そしてクロエはテーブルの上で固まっているマードンを、一束の蛇髪で再び捕まえた。

そのままマードンを強制連行しつつ、テーブルから少し離れた場所に移動していく。

レオニス達に背を向けているクロエ。

蛇髪で掴んだマードンに向かって、冷酷な言葉を投げつけた。

『オマエ……さっきパパのことを、すっごく馬鹿にした』

『……(ピエェ)……』

『大好きなパパを馬鹿にする奴……ココは絶対に許さない』

『……(ピエェェ)……』

『その罪、万死に値する。その命尽きる瞬間まで贖え』

『……(ピエェェェ)……』

今まで一度も聞いたこともないような、彼女の低くくぐもった声。

それは絶対零度ですら温かく思える程の冷たさで、クロエの怒りの大きさと深さが窺い知れる。

クロエが一言発する度に、目元の鋼鉄の覆いが薄れていく。

そして三言目を発し終えた瞬間、クロエの目元の覆いが完全に消えた。

もちろんそれは、レオニスやラウル、闇の女王からは見えない。クロエがわざわざ背を向けていたのは、万が一にもレオニス達に害が及ばぬようにするためだった。

だが、当然のことながらマードンにはクロエの表情がありありと見える。それはまるで、地獄の扉が開いたかのような恐ろしい威圧を伴っていた。

あまりにも恐ろしく凄まじい圧に、マードンは必死に目を背けようとするが、視線どころか身体全体が全く動かず身動き一つ取れやしない。

蛇に睨まれたカエルならぬ、メデューサに睨まれた暗黒蝙蝠マードン。その命はもはや風前の灯だった。

『……ッ!!!!!』

三言目が言い終わると同時に、マードンの目の前に現れたクロエの双眸。赤と紫のマーブル模様の虹彩と金色の瞳孔で、白目の部分が漆黒だった。

その瞳は大きくて美しく、見た者の目を釘付けにして決して離さない。

そして見た目の美しさ以上に、底知れぬ禍々しさを放つ双眸がマードンの姿を捉えた。

その瞬間、マードンは全身が石化した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

クロエの蛇髪に掴まれたまま、石と化したマードン。

その表情は、死に瀕した絶望に 塗(まみ) れた顔をしている。

このまま放置すればマードンは石のまま永遠に動けないし、石化状態のまま割れたら本当のジ・エンドである。

だが、クロエの力は石化だけに留まらない。

クロエは蛇髪を動かし、自分の顔の真ん前に石化したマードンを近づけた。

そしてマードンに向けて、徐にフッ……と小さく息を吹きかけるクロエ。

クロエの息がかかった瞬間、マードンの石化が解除されて元通りになった。

石化したマードン、目をぱちくりとさせながらクロエの顔を見つめる。

その頃には、クロエの目元には鋼鉄の目隠しが既に復活していた。

平常の姿に戻ったクロエを見て、マードンが小首を傾げながら声をかける。

『……ココ、しゃま?』

『そう、私はココ。オマエは、誰?』

『ココしゃまの永遠の 下僕(しもべ) 、マードンでェーッス!』

『そう、それでいいわ。そして、オマエが従うべき者は誰?』

『ココしゃまと、闇の女王しゃま、そしてココしゃま達が大ーッ事に思う、全てェの方々でェーッス!』

『よろしい』

クロエの確認めいた問いかけに、何とマードンはクロエの下僕宣言をしたではないか。

しかもその表情は、石化する前までの怯えた顔ではない。恍惚かつ嬉々としていて、キラッキラの瞳でクロエを見つめている。

本当に心からクロエのことを主人として慕い、神の如き存在として崇め奉っているかのようだ。

ものすごい手のひら返しに見えるマードンの変貌。これには実はちゃんとした理由がある。

ノワール・メデューサであるクロエの瞳には、メデューサ族の特徴である石化以外にも能力があった。それは『魅了』と『洗脳』である。

クロエがその瞳で石化した後、クロエ自らが息を吹きかけて再生した者は、例外なくクロエに魅了及び洗脳されて永遠の忠誠を誓うようになるのだ。

使いようによっては、本当に世界征服すら可能なこの能力。

その実態を知っているのは、今のところクロエ自身のみ。レオニスはもちろんのこと、闇の女王ですらまだ知らないことだった。

マードンへのお仕置きを済ませたクロエ。この間実に10秒にも満たない。

だが、クロエの背中を見ていたレオニスが心配そうに声をかけた。

「ココ、どうした? 大丈夫か?」

『うん、大丈夫!』

レオニスに声をかけられたクロエが、ニコッ!と笑いつつレオニス達の方にクルッ!と振り向いた。

そしてクロエは、蛇髪で掴んでいたマードンを解放する。

再び自由の身となったマードン。

だがしかし、先程のようにどこかに飛び去ろうとする気配は一切ない。

それどころかクロエの右肩にちょこん、と留まって、クロエに頬ずりしだしたではないか。

あまりの馴れ馴れしさに、レオニスが思わず席から立ち上がった。

「あッ、おいコラ、マードン!テメー、ココに何してやがる!」

『ココしゃまー♪』

「テメー、ブチ殺すぞ!ココから離れろ!」

ふてぶてしいマードンに、レオニスは殺気に満ちた顔でクロエのもとに駆け寄る。

だが、レオニスがマードンにお仕置きする前に、クロエの方から蛇髪でマードンにデコピンを食らわせて吹っ飛ばした。

『ココは主、オマエは下僕。馴れ馴れしいのはダメ』

『分ッかりましたァー!』

『勝手に主の身体に触れるなんて、百億万年早い』

『その通ォーりですゥー!』

『パパやココの大事な人達を貶すことは、もう二度と許さない』

『もちろんですゥー!』

クロエの強烈なデコピンで、はるか後方に吹っ飛ばされたマードン。

数百メートルは飛ばされそうな勢いだったのに、飛ばされて三秒後にはバビューン!とクロエのもとにすっ飛んで戻ってきた。

もともと煩く騒がしいやつだったが、クロエに魅了されてから数倍はパワーアップしているような気がするが。多分それは気のせいではない。

マードンのあまりの変貌ぶりに、レオニス達はぽかーん、と口を開けたまま呆然としている。

そんな中、レオニスがいち早く我に返り、おそるおそるクロエに声をかけた。

「ココ……何だかマードンの様子がおかしいが……本当に大丈夫か?」

『うん、大丈夫よ!コレはもう、ココやママやパパには二度と逆らえないから!』

「そ、そうか……ココには魅了の力もあるのか……」

クロエの溌剌とした答えの中に、彼女の能力を瞬時に読み取ったレオニス。

クロエが言った『二度と逆らえない』、つまりそれは強制服従を意味している。

そして強制服従とは、相手の意思に関係なく問答無用で他者を従わせること。そんなことを可能にするのは、魅了か洗脳くらいのものだ。

その具体的な方法までは分からないが、何らかの手段を用いてマードンを魅了して配下に置いたのだろう―――レオニスの鋭い洞察力は、クロエの隠された能力をほぼ完全に看破していた。

そしてそれは闇の女王も同様で、クロエに対して声をかけた。

『ココ様の秘められた能力、実に感服いたしました。ですが……その御力、あまり多用なさらぬよう進言いたします。ココ様の類稀なる御力を狙う、不届きな輩が増える危険もございます故……』

「そうだな。例えばもし、廃都の魔城の奴等がココの能力を知ったら……それこそ連中は目の色を変えて、襲撃してくるだろうしな」

『然様。まさに我もそのことを懸念しておった』

クロエに進言する闇の女王の言葉に、レオニスも頷きつつ賛同している。

他者を問答無用で従わせる能力。そんな強い力を持つ者の存在を廃都の魔城の連中が知れば、絶対に黙って放っておく訳がないからだ。

いや、神殿守護神であるクロエの力が強いことは、もちろん二人とも重々承知している。

だが、どんなに強い力を持っていようとも、クロエはまだ生後一年にも満たない。言動だってまだまだ幼いクロエを、みすみす危険に晒す訳にはいかない。

そういう思いから、闇の女王もレオニスもクロエに能力をあまり使わないように忠告したのだ。

二人のことをパパママと慕うクロエにも、その思いはちゃんと伝わっている。

故に、先程以上にニッコリとした笑顔で答える。

『うん!ママとパパの言う通りにする!』

「そうか。ココは本当にお利口さんだな」

『そうよ、ココはお利口さんなのよ!だって、ママとパパとライトお兄ちゃん、皆の子だもん!』

『これからココ様が心身ともにもっと大きく成長し、今より何倍も強く美しくなられるよう、吾もずっとお傍でお支えしてまいります』

『ありがとう、ママ。大好き!ずっとココといっしょにいてね!』

レオニスと闇の女王の言葉に、クロエは嬉しそうに闇の女王に抱きつく。

闇の女王の身体はレオニスより小さく、レオニスより大きいクロエが抱きつくには華奢過ぎる体格。

だがそれでも、闇の女王はちゃんとクロエの抱擁を受けとめている。

これは、クロエがちゃんと力加減していることもあるが、闇の女王もまたクロエの抱擁に堪え得るだけの力を持っている証である。

まだ幼いながらも、クロエの内に秘めた力の凄まじさを垣間見たレオニス達。

この子が決して他者に利用されないよう、皆でしっかり守っていかなければ―――クロエと闇の女王の仲睦まじさを微笑みながら見守るその裏で、改めて決意するレオニスだった。