作品タイトル不明
第1036話 何にも勝る心強い味方
目が覚めて、布団からのそりと起き上がるライト。
じっと見つめる己の手には、夢の中でイグニスの肩を掴んで揺さぶった感触がまだ残っていた。
あれはきっと、ただの夢なんかじゃない。
破壊神のイグニス君が、本体の身体の中に完全に戻りきる前に俺に会いに来てくれたんだ―――
前を向いて走り去るイグニスの姿を思い出しながら、ライトは両手をグッ、と握りしめる。
破壊神イグニスは、夢の中で『ライトのための極上の一振りを作る』と言っていた。
果たしてそれがどんなものなのかは分からないが、その約束が果たされるのは早くても五年後か六年後。イグニス少年の中に息づく破壊神の魂が解放されて、本体と完全に一体化してからだ。
もちろんその後すぐに極上の一振りを作り上げられるとは思えない。イグニスの父スヴァロ同様に、数年は鍛冶師としての修行を積んでからの話になるだろう。
イグニスからは『勇者候補生』と呼ばれたライトだが、今でも勇者なんぞになるつもりは毛頭ない。
だがそれでも、破壊神イグニスと再び会えるその時までには―――彼との再会を果たしても、何一つ恥じることのない強い冒険者になっていよう。それこそが、破壊神イグニスと交わした約束だから。
窓から射し込む朝の光を眺めながら、ライトは心の中で強く誓ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後ライトは、いつも通りラグーン学園に通っていった。
二年A組の教室で会ったイヴリンやジョゼ、リリィがハリエットに「イグニスの目が覚めて、おうちに帰ってきたんだ!」という話をしていた。
さすがイグニスの幼馴染、互いに家が高いこともあり三人とも日曜日のうちにイグニスの帰宅を知ったようだ。
もちろんそれを聞いたハリエットも大喜びしている。
何せ今回の事件は、彼の兄ウィルフレッドのジョブ適性判断の場で起きてしまったことだ。ハリエットとしても、今日まで心中ずっと穏やかではなかっただろう。
喜びに頬を紅潮させるハリエットの笑顔を見て、ライトも心から安堵していた。
そして当のイグニスだが、ラグーン学園の登校再開は早くても四日後の金曜日だという。
その理由は、六日間寝込んでいたことによる様々な不調のリハビリのためである。
食事だってまだ普通のものは食べられないし、歩き方にも若干不安が残る。この状態で無理に登校しても、良いことは一つもない。
もちろんイグニス本人は、すぐにでも登校したがったらしい。だがそこは、イグニスの家族である祖父母が懸命に説き伏せたようだ。
そしてその予定通り、金曜日になってイグニスがラグーン学園に復帰してきた。
さすがにすぐに校庭を走り回ることは控えたようだが、それでも朝にB組の教室に入るなり級友達に囲まれて、とても嬉しそうにはにかむイグニス。
下駄箱からA組の教室に向かう途中のライトも、廊下から見えたB組でのイグニスの歓迎ぶりを見てほっこりしていた。
ちなみにラウルが水曜日にペレ鍛冶屋に行った時にも、イグニス本人と会うことができていた。
ラウルが普段行く時間にイグニスはいないのだが、まだラグーン学園に行けずにお休みしていたイグニスは暇過ぎるあまり、店番を買って出ていたのだ。
「お、イグニス、体調はどうだ? もう店番ができるくらいに元気になったのか」
「あ、ラウルの兄ちゃん!こないだは送ってくれてありがとう!うん、おいらはこの通り、もうすっかり元気だぜ!」
「そうか、それは良かったな。そしたら、こないだ預けた果物ナイフを出してもらえるか?」
「まいどありー!」
元気に店番をするイグニスに、ラウルも微笑みながら会話を交わす。
ラウルは今でも週に一度、ペレ鍛冶屋に何らかの刃物を研ぎに出しているらしい。
ラウルは本当に、一体何本の刃物類を持っているのだろう?
そしてラウルは週一の通いの中で、ペレにオリハルコン包丁を見せたことがある。何故かと言うと、このペレ鍛冶屋でもオリハルコン包丁の研ぎ直しが可能かどうかを聞きたかったからだ。
ラウルが空間魔法陣から出したオリハルコン包丁を受け取ったペレは、しばし見入るように眺めた後すぐに包丁をラウルに返したという。
ペレ曰く「わしでも一応研ぐことはできるが……これ程の業物ならば、やはり手入れは生みの親に任せるのが一番じゃ」とのこと。
それに納得したラウルは、オリハルコン包丁の手入れのために今後一年に一度はファングに通うことを決意した。
レオニスとの約束により、二本目のオリハルコン包丁オーダーが決まっているラウル。ますますファングに通う頻度が高まりそうである。
そして週明けの月曜日のレオニスは、冒険者ギルド総本部でパレンと話し合っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日も午前中から動き回っていたレオニス。
午後の三時頃に冒険者ギルド総本部を訪ね、窓口にいたクレナに話しかける。
「よ、クレナ。窓口仕事ご苦労さん」
「あら、レオニスさん!先日はラグナ神殿への出動、お疲れさまでしたぁ!」
「おう、ありがとうよ。ところで、マスターパレンはいるか?」
「はい、先程出先からお戻りになられたばかりですが、もう執務室におられると思いますぅ」
「そうか、そしたらマスターパレンのところに少し邪魔させてもらおう」
パレンがいることを確認したレオニス、早々にギルドマスター執務室に向かう。
執務室の扉を二回ノックしてから入室するレオニス。だが、執務室の中にパレンの姿が見当たらない。
いつもなら執務机の山積みの書類の後ろにパレンがいて、レオニスが入室するとその気配を瞬時に察知して手をブンブン降ってくるのだが。今の執務室には、人の気配が一切ない。
はて、マスターパレンはどこに行った? トイレで気張ってんのか?
しゃあない、ソファに座ってしばらく待つとするか……
レオニスがそんなことを考えながら、応接セットのソファにぽすん、と座ったその時。
給湯室の横にある扉が開き、パレンが出てきた。
「……ン? お、マスターパレンじゃねぇか、そんなとこにいたのか?」
「ンフォ? レオニス君ではないか。もしかして、かなり待たせてしまったかね?」
「いや、俺も今ここに来たばかりだから問題ない」
「そうか、それは良かった」
執務室にレオニスがいることに気づいたパレン。どうやら外出から戻り、すぐに着替えていたようだ。
パレンはすぐさまそのままレオニスの対面側のソファにドカッ!と座った。
おお、今日のマスターパレンはトナカイか。
そういやもう十二月だもんな。十二月と言えば、やっぱりクリスマスだよな!
マスターパレンの場合、サンタクロースのコスプレをするのはクリスマスイブと当日の二日間だけなんだよな。これはやはり、本番に挑む強い決意、そしてその熱量を当日までずっと溜め込んでいるんだろう。
それまではトナカイコスプレで、クリスマス気分を徐々に盛り上げていく―――何て緻密かつ綿密な行動なんだ!さすがはマスターパレンだ!
レオニスの目の前にババーン!と現れた、パレンのトナカイコスプレにレオニスは脳内で大絶賛を送る。
本日のパレンの衣装は、ズバリ『トナカイの着ぐるみ』である。
明るい茶色のボディに、手足の先は黒い蹄。足はニッカポッカのようなふっくらとしたスタイルになっている。
喉から胸元にかけてクリーム色のふわふわの毛があしらわれていて、首元には金色のベルと緑鮮やかな二枚の柊の葉っぱに赤いリボン。典型的なクリスマススタイルの飾りがとても愛らしい。
頭はすっぽりと被るタイプの着ぐるみで、楕円状にくり抜かれたところにパレンの糸目釣り眉の爽やか笑顔が浮かんでいる状態だ。
口元には猫のようなウィスカーパッド、その真ん中にまん丸の赤い玉。この赤い玉がトナカイの赤鼻を表している。
そして頭の天辺にはトナカイのケモ耳に、左右に大きく広がる二本の立派な角がついていた。
その広がり方はかなり大きく、パレンが腕を左右に広げるのと同じくらいありそうだ。
そこまで大きい角だと、部屋の出入りとか大変じゃね?絶対に入口で毎回 閊(つか) えるでしょ?と心配したくなるところなのだが。
実はこのトナカイの角、とても柔らかい素材でできていて、ドアの入口などでも難なく後方に曲がる仕様である。
表面もフェルト素材を使用していて、どこにぶつかっても傷一つつかない配慮がなされている。
そう、コスプレマスターであるパレンの衣装は常に完璧なのである。
そんな完璧なパレンが、後から来た第一秘書のシーマに声をかける。
「おーい、シーマ君!レオニス君にお茶を用意してくれたまえ!」
「畏まりました」
シーマにお茶の指示を出した後、パレンは早速レオニスに向かい合った。
「さて、レオニス君。本日の用件は、例のラグナ神殿のアレかね?」
「ああ。こないだのラグナ神殿での諸々の報告に来た」
「そうか、では早速聞かせてもらおうか」
レオニスはパレンに、ラグナ神殿での爆発騒ぎの件での様々な報告をしていった。
事件当日の先週日曜日以降、特にラグナ神殿内で異変は起きていないこと、そのためラグナ神殿は昨日の日曜日から出入り制限を解禁したこと、ただし事件現場の主教座聖堂だけは立入禁止を継続すること。
また、そうしたラグナ神殿の近況報告以外にも、唯一意識不明の重体だったイグニスが無事目を覚まして帰宅したことなども話した。
「そうか、意識不明だった少年が目を覚ましたのか。それは良かった」
「ああ、その子はペレ鍛冶屋の跡取り孫で、うちのライトの同級生でもあったからな。意識が無事戻ってくれて、本当に良かったよ」
「ペレ師には、私も現役時代に散々お世話になったからな……今度私も暇を見て、ペレ師に会いに行こう」
「そうしてやってくれ。きっとペレ爺さんも喜ぶだろうから」
イグニスが目覚めたことに、パレンもまた安堵の表情を浮かべる。
パレンが冒険者現役時代にペレ鍛冶屋の常連だったことは、冒険者達の間でも有名な話だ。
現役を退いてからは、ペレ鍛冶屋を訪れる機会があまりなかったパレン。これを機に、再びペレとの交友関係を温めるのもいいだろう。
そして、イグニスの容態が回復したことを伝え終えたレオニスが、徐に空間魔法陣を開いた。
そこから取り出した一本の剣を、テーブルの上にそっと置くレオニス。
白銀色の美しい細身の剣を見たパレン。その糸目が薄っすらと開かれる。
「これは…………」
「ああ、例の アレ(・・) の代替品だ」
「私はあの場で一度しか見ていないが……本当にそっくりな出来映えだな」
「俺もそう思う。もしあの光景を見ていなくて、これを先に見せられたら……これが本物だと言われても、疑うことなく信じる自信がある」
「私もきっとレオニス君と同じく、すっかり騙されるだろうな……」
レオニスが取り出したそれは、近いうちに復元魔法で修復する予定の聖遺物【晶瑩玲瓏】の代替品。トロール族のシンラが、レオニスの依頼を受けて作った剣である。
見た目がコピペレベルでそっくりなのも驚きだが、それ以上に驚きなのが剣から聖なる気が感じられることだ。
これは、柄と鍔にあしらわれた三粒の巨大なダイヤモンドが大きな役割を果たしている。ダイヤモンドに魔力を込めることで、聖なる気に近い清浄な力を発揮することができているのである。
その出来映えのあまりの素晴らしさに、パレンは思わずテーブルの上に置かれた代替品を手に取る。
直に持った感触も申し分なく、見た目に反してずっしりとした重さの中にも大いなる聖気が感じられる逸品に、パレンが心底嘆息しつつ呟く。
「これ程のものならば、もはや聖なる聖遺物と同等品であると言っても過言ではなかろうな」
「もっともこれを作ったのはトロール族で、四帝の本体への通行手形にはならんがな」
「ハハハハ、それもそうだな。……だが、ラグナ神殿内で人々の信仰を集める対象という役割ならば、この剣でも十二分に担えるであろうよ」
「だな。マスターパレンのお墨付きとなれば、未来永劫ラグナ神殿で飾られる資格もあるってもんだ」
パレンが手に持った代替品をレオニスに差し出し、レオニスはそれを受け取ってすぐに空間魔法陣に仕舞い込んだ。
そして前日にエンディから聞いた予定をパレンにも伝える。
「大教皇の話だと、オラシオンも十五日には駆けつけてきてくれることになっている」
「そうか。では予定通り、十五日に例のアレを実行するのだな」
「ああ。それまでに何も問題がなければな」
「無事その日を迎えられることを祈ろう。……レオニス君、他に私に何か手伝えることはあるかね?」
レオニスから一通りの報告を聞いたパレンが、改めて自分にも何かできることはないか、と問うてきた。
パレンの心遣いを聞いたレオニスは、すぐににこやかな笑顔を浮かべつつ答える。
「ありがとう、マスターパレン。今のところ特に支援してほしいことはないが……あんたが後ろ盾として見守ってくれている、それだけで俺にとっては何にも勝る心強い支援だ」
「表立って堂々と支援できないのが、とても歯痒くて仕方ないが……レオニス君、君ならばやり遂げてくれると私は信じている」
「おう、任せとけ!マスターパレンの期待は絶対に裏切らんぜ!」
「実行日当日までに何かあったら、すぐに連絡してくれ。いつでも私は君に力を貸そう」
「ああ、そん時はよろしく頼むぜ!」
パレンが差し出した右手を、レオニスが同じく右手を出してガシッ!と握る。
今日のパレンの手はトナカイの蹄なのだが、二人は迷うことなく熱い握手を交わす。
そしてレオニスは、ギルドマスター執務室を後にした。