軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1014話 ユグドラツィの秘策

レオニスが目覚めの湖で、愉快な仲間達とあれこれしていた頃。

ラウルは神樹ユグドラツィのもとを訪ねていた。

目的はもちろん、レオニスが聖遺物を修復する時に協力を仰ぐためだ。

ついでにラウルは海樹の枝を使用した結界用の駒をチェックしてから、ユグドラツィの根元で休憩がてらのんびりと会話をしている。

『先日レオニスが慌ただしくしていたのは、そのラグナ神殿というところで起きた事件のせいだったのですね』

「ああ。ツィちゃんもその時のことを見ていたのか?」

『ええ。赤い頭巾を被った凛々しい男性とのんびり会話をしていたと思ったら、皆急いでバタバタと動き回り始めて……何か事件が起きたのだということは、私にも何となく分かりました』

「……(赤い頭巾の凛々しい男……マスターパレンのことか)……」

ユグドラツィの言う『赤い頭巾の凛々しい男性』という言葉に、ラウルの頭の中は瞬時に筋骨隆々の逞しい赤ずきんパレンで埋め尽くされていた。

ユグドラツィのおかげで突如湧いてきた面白想像図を打ち払うかのように、ラウルは頭をブンブンと横に降る。

そして気を取り直すかのように、ラウルは別の話題を振った。

「ていうか、そういう事件現場にツィちゃん達の分体入りのアクセサリーがあっても大丈夫か? ツィちゃん達の本体に何か影響が出たりはしてないか?」

『大丈夫ですよ。例えばもし万が一、装飾品が割れたり燃えたりなんかした場合には、さすがに多少の痛みくらいは生じるかもしれませんが……普段貴方達が身に着けている分には、特に心配はいりませんよ』

「そうか、それなら良かった」

ラウルがふと心配になったのは、レオニスやラウルが身に着けている分体を通して本体の方に何か悪影響が出ていないか、ということ。

ラグナ神殿には長年【深淵の魂喰い】が祀られていて、事件当時にもその邪念の残滓が未だ漂っていた可能性もある。

そうした邪念の類いに触れた場合に、ユグドラツィの本体にまで悪影響が及んではいけない、とラウルは考えたのだ。

そんなラウルに、ユグドラツィは小さく微笑みながら話しかける。

『というか、ラウル。貴方が下水道で危険なスライムと遭遇したあの時だって、私自身には何事も起きることなく大丈夫でしたからね?』

「ああ、そうか……そういやそうだったな」

『貴方のご主人様であるレオニスだって、竜族やトロールなどと結構戦ったりしていますし』

「……確かにな」

『レオニスと竜族達の戦いなんて、それはもう凄まじいものですよ? 火や水があちこちで噴き出して、岩や氷の槍もビュンビュン飛び交ってますからねぇ……あれは見ている私の方が、毎回ドキドキ冷や冷やしてしまいますが』

「あのご主人様は、ああ見えて結構血の気が多いというか……売られた喧嘩は必ず買う主義だからな」

レオニスの武勇伝?を楽しそうに語るユグドラツィの枝葉が、まるでクスクスと笑っているかのようにサワサワと揺れ動く。

ユグドラツィの言う『レオニスと竜族達の戦い』は、最初の出会いのみならず最近の彼らの模擬戦のことも指していると思われる。

レオニスはつい先日まで、竜騎士団のシュマルリ山脈研修に付き合っていた。

十月半ばから始まった研修は丸一ヶ月以上かかり、その間レオニスは一日置きにシュマルリ山脈南方を訪れていた。

何故そんなに頻繁に研修現場を行き来する羽目になったのかと言えば、ひとえに貴族出身者が多い竜騎士達の生存確認をしなければならなかったからである。

はぁ? 一日置きに見に行かなきゃならんとか、めんどくせー!竜騎士達だって子供じゃねぇんだからよー、生存確認とかンなもん週一でいいじゃねーか!等々、レオニスはブチブチと文句を垂れていたが、上からの命令というよりパレンたっての頼みとあらば致し方ない。不承不承ながらも従ったレオニスである。

それに、レオニスもシュマルリ山脈に行ったら行ったで、中位ドラゴン達と模擬戦という名のじゃれ合いを結構楽しんでいた。

地水火風の四大元素魔法、しかも強力な威力の魔法がバンバン飛び交う様は、間違っても『じゃれ合い』と呼べる代物ではなかったが。

何だかんだ言いながらも、レオニスにとっては戦闘という趣味と研修という実益を兼ねた一石二鳥な日々であったことは間違いない。

そうした脳筋族の戯れ、血湧き肉踊るバトルの様子をユグドラツィも分体を通して見ていたらしい。

それはきっと、テレビやインターネットで格闘技戦を観戦するようなものなのかもしれない。

そしてユグドラツィは笑いながら、ラウルの気遣いに対して感謝する。

『でも、ラウルがそうやって私達のことを心配してくれるのは、とてもありがたいです』

「それは当然のことだ。だってツィちゃん達神樹の皆は、俺達の大事な親友だからな」

『フフフ、ラウルがいつもそう言ってくれることも、私にとってはとても嬉しいことなのですよ』

「俺もツィちゃん達とこうして話せることが何より嬉しい。ツィちゃん、これからも元気で長生きしてくれよな」

『ええ、任せてください』

ラウルはポイズンスライム変異体遭遇事件、ユグドラツィは神樹襲撃事件という大事件に遭い、それぞれ瀕死の重傷を負った経験がある。

そうした経験を経たことで、日々何事もなく元気に過ごせることが如何に幸せなことであるかを身に沁みて理解している。

互いに言葉を交わせる幸せを噛みしめながら、穏やかに笑い合うラウルとユグドラツィだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうしてラウル達はしばらくのんびりとした会話を楽しんでから、話をもとに戻す。

「で、これからうちのご主人様は、二つに折れてしまった何とかって剣を修復するために、復元魔法を使うんだと」

『復元魔法、ですか……』

「ツィちゃんは、復元魔法がどんなものか知っているのか?」

『具体的な手順などは知りませんが、魔法を用いて壊れた物を直すというのは、時の流れに逆らうということ。 理(ことわり) から外れたことを成そうとするからには、相当困難な術であろうことは私にも分かります。レオニス自身にも相当負担がかかるのではありませんか?』

「ああ、その復元魔法には膨大な魔力が必要らしくてな……もし魔力が足りなければ、術者の生命を削ることになるらしいんだ」

『やっぱり……』

今日の本題である、レオニスの復元魔法についてラウルが触れた。

それに対してユグドラツィは、難色を示すような声色になっている。

レオニスがこれからやろうとしていることの難易度を、ユグドラツィも理解しているようだ。

「だが、ご主人様に『折れた剣を直さない』という選択肢はない。その剣がなくては、廃都の魔城の四帝を倒すことは未来永劫叶わなくなるんだと」

『それは…………』

「だから、ご主人様は何としても復元魔法で剣を完全な状態に戻すつもりだ。例えそれが己の生命を削ることになってもな」

『…………』

ラウルの話に、ユグドラツィはただただ絶句する。

廃都の魔城の四帝を根絶する、その可能性を失わせないために己の生命を賭す。その覚悟を口先だけで終わらせずに、本当に実行に移せる者が果たしてどれ程いるだろうか。

だが、レオニスならばきっとそれは口先だけではなく、本当に実行してしまうのだろう―――そのことをユグドラツィも瞬時に悟った。

無言になってしまったユグドラツィに、ラウルが静かに語りかける。

「ツィちゃん……どうかうちのご主人様に、力を貸してやってくれないだろうか」

『もちろん私でできることなら何でもします。ですが……私の祝福は重ねがけできるようなものではないし、シア姉様やエル姉様からもご加護をとっくにもらっているでしょうし……新しい枝葉を分け与えたところで何ができるかと問われれば……』

「ツィちゃんでも難しい、か……」

『小さな分体を通して分けられる力など、微々たるものでしょうし……』

「もちろんそれだけでもいい。例え僅かだろうと、ツィちゃんの力を分けてもらえるなら千人力だ」

『………………』

ごく僅かでもユグドラツィの力を分けてもらえそうなことに、ラウルは喜んでいる。

だが、それからしばらくの間ユグドラツィが無言になる。何かを考え込んでいるようだ。

そうしてしばしの沈黙の後、ユグドラツィが徐に言葉を出した。

『ラウル、一つ確認したいことがあるのですが』

「ン? 何だ?」

『レオニスのその復元魔法を実行する、具体的な日取りは決まっているのですか? 明日とか明後日とか、すぐに行うのですか?』

「いや、今から二十日後だかにやる予定らしい」

『そうですか。ならば時間的に余裕があるのですね』

ユグドラツィは、レオニスの復元魔法がいつ実行されるのかを知りたかったらしい。

そしてそれは今日明日にもやるような予定はなく、二十日という割と長めの猶予があることにほっとしていた。

『そういうことでしたら、復元魔法を実行する前に我が兄―――冥界樹ユグドランガに会いに行くことを強くお勧めします』

「冥界樹、ユグドランガに先に会いに行け、と?」

『はい』

ユグドラツィからの思わぬ提案に、ラウルは思わず聞き返した。

何故ユグドラツィがそう言ったのか、今一つ理解しきれていないラウル。そんなラウルに向けて、ユグドラツィがその理由を説明していった。

『この世界に神樹と呼ばれる存在は六本あります。そして貴方達が今まで出会い、友となった神樹族は五本。冥界樹ユグドランガは、貴方達が唯一まだ出会っていない神樹です』

「その冥界樹……ツィちゃんの兄ちゃんに会って、新たな加護をもらうことができれば、うちのご主人様はさらに強くなれる、ということか?」

『ええ。ランガ兄様は我が神樹族の長兄にして、エル姉様とほぼ同時に生まれし双子の弟でもあります』

「そうなのか? それは初めて聞いた」

ユグドラツィが言うには、神樹族の長兄ユグドランガは天空樹ユグドラエルの双子の弟だという。

『天地開闢』という言葉があるように、天と地は対極でありながら同時に存在する対のようなもの。

天空に生まれた神樹がユグドラエルならば、その対として地底に生まれたのがユグドランガという神樹だった。

『これまで貴方達は、私達神樹と出会う度に友誼を結び、種族を超えた友情を育んできました。きっとランガ兄様とも友誼を結べることでしょう』

「確かに……まだ出会っていない冥界樹に会って、その加護をもらうことができればこれ程心強いことはないな」

『ええ。それに、ランガ兄様の加護で単純に強くなるだけでなく、全ての神樹族の加護を受けることで得られる相乗効果は計り知れないものがあります』

「そうなのか? そこら辺は俺にはよく分からんが、ツィちゃんがそう言うなら間違いないんだろう」

ユグドラツィの言う通り、これまでいくつもの神樹達と出会い友になってきたライト達が唯一まだ会っていないのが冥界樹と呼ばれるユグドランガだ。

このユグドランガと会って知己を得られれば、ライト達はサイサクス世界に生きる全ての神樹族と知り合ったことになる。

そして全ての神樹族の加護を揃えることで、何らかの相乗効果が得られるというではないか。これはもしかしてアレか、コンプリート特典というやつだろうか?

如何にもゲーム的要素ではあるし、それがどういう意味なのかラウルにはさっぱり分かっていないが、何にせよ ご主人様(レオニス) が今以上に強くなれるというなら大歓迎だ。

この上なく素晴らしいユグドラツィの提案に、ラウルは俄然乗り気になる。

「よし、そしたら早速ご主人様にツィちゃんからの提案を話してこよう」

『ランガ兄様のところに行く際には、私達五体の神樹の分体が入った置き物や装飾品もいっしょに持っていってくださいね。そうすれば、私達からランガ兄様にお話して説得することもできますから』

「分かった。ありがとう、ツィちゃん」

『どういたしまして。ランガ兄様に会えたら、よろしくお伝えくださいね』

ユグドラツィの妙案を早急にレオニスに伝えるべく、ラウルはそれまで座っていたユグドラツィの根元から立ち上がる。

にこやかな笑顔で手を振りながら飛んで帰るラウルを、ユグドラツィは微笑みつつ見送っていた。