軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

ヴィアトレイに旅立つ日がやってきた。あちらの邸が整ったということで、移り住むのだ。その後アレクシオの公爵就任式と私たちの結婚式を挙げる予定である。

迎えの馬車とアレクシオが訪れたので、家族に別れを告げた。正式な日取りが決まったら家族を招待するし永遠の別れというわけではないが、それでもかなりの遠方だ。頻繁に顔を見ることはなくなるだろう。

「体に気をつけてね。気候の厳しい遠い土地で心配がないわけではないけれど、貴女ならきっと大丈夫だと信じているわ」

「リリアン、我が愛しい娘よ。……辛い時はいつでも助けを求めていい。私たちは、何があっても絶対に君の味方だ」

父と母の見送りの言葉には何一つ偽りがなく、本心から私を励ましてくれている。それは私にとって、何よりも力強い応援だった。

「姉上……寂しいです。僕ももう少し大人になって、姉上に心配を掛けない立派な貴族になりますね。手紙を書くので返事をください。行ける時は会いに行きます」

「マレウス……お父様とお母様に無理を言ってはだめよ?」

「分かっています。……姉上にももうこうして叱っていただけないので、我慢をしますよ」

どうやら弟は私に注意をされたくて多少行き過ぎていた部分があるらしい。常に本心を晒していたが、これからはそれも堪えるということだろう。……実はこれが彼の甘え方だったのだと気づいた。本心が見えていても知らないことはあるものだ。

「殿下。……娘をよろしくお願いいたします」

「責任は持てんな……」

【リリアンのために努力を惜しむことはないと約束する】

アレクシオは一度頷いてから口を開いた。全く思っていないことを言ってしまうのを分かっているから、まずは行動で示したのである。

彼の本意は私にしか伝わらないので、父はアレクシオから隣の私へと視線を移した。

「……私のために努力を惜しむことはないと約束してくださる、そうです」

そう言いながら私も少し照れてしまい、言葉尻が小さくなる。そんな私を見て両親は嬉しそうに微笑み、弟のマレウスだけがちょっと不満そうな顔をした。

「では……行ってまいります。また会う日まで、ごきげんよう」

今まで帰る場所であった家と家族に使ったことのない挨拶をして、私はアレクシオと共に魔動車へ乗り込んだ。

引っ越しの荷物と共にヴィアトレイに向かう。……なんだか不思議な気分だ。

「楽しいか?」

【別れは辛くないか?】

「……そうですね、寂しさはあります。けれど……悪い気分ではありませんよ。アレクシオさまがいてくださいますから」

これから新しい土地に移動し、そこに慣れるために忙しい日々を送ることになるだろう。けれど私は一人ではない。私には、アレクシオという人がいる。

呪いを受け、決して思う言葉を口にできない人。けれど私にとっては、常に優しい本音が見える人。私は彼との出会いに感謝しているし、彼を大事に想っている。

「私はお前を望んでいないがな」

【私の方こそ……お前がいてくれることが何よりも光だ】

非常に苦々しそうにそう言って、アレクシオは自分の顔を覆った。きっとまた、思いもしないことを口にしたことを後悔しているのだろう。向かい側の席へと手を伸ばし、膝の上で固く握られている拳にそっと己の手を重ねる。

「伝わっていますよ、アレクシオさま」

私が微笑むと、彼は何かを言おうとして口を開きかけた。しかしすぐに固く唇を結び、代わりに拳を解いて私の手を取る。

そのまま無言で、優しく指先に口づけを落とした。そのまま数度柔らかい唇が私の指に触れ、そこから熱が駆けあがってくるような感覚に、心臓の鼓動が速くなる。

「これはからかっただけだ、私は素直にものを言うからな」

【私は行動の方が素直に愛情を示せるからな。お前には出来るだけこうして愛を示したい】

……私はむしろ、言葉で示された方が落ち着いていられるかもしれない。行動で愛情を示されると、妙にそわそわとしてしまう。

そんな私を見ていたアレクシオは怒ったような顔つきになった。かすかに言葉尻が聞こえるくらい小さな声で呟いた声は聞こえなかったが【可愛い】という本音の文字だけは見えて、なんだか居た堪れなくなる。

――そうして、一カ月弱程の道のりを終えて、私たちは酷暑の土地、ヴィアトレイにやってきた。

魔動具によって空調の利いた車内とは違い、外は強い日差しに照らされている。小麦色にやけた肌の人たちが、汗をかきながら働いている姿。都では見かけない、鮮やかで派手な花を咲かせる植物たち。遠目に見える、青く輝く海。……私の知らない光景だ。

「殿下。……氷の魔法を使ってもよろしいでしょうか?」

「よくないに決まっているだろう、隠しておけ」

【良い案だな、領民たちにとって朗報になるだろう】

領民たちは新しい領主がやってくることを不安に感じているかもしれない。ゆっくりと街の中の大きな道路を走るこの魔動車を、じっと観察している人々の目がある。

この土地では氷は貴重だろう。ならばきっと、氷の魔法は祝福になる。

(彼らの生活が、少しでも豊かなものになりますように)

そう祈りながら魔力を練り、あたりに雪のように氷を降らせた。この土地の人々はきっと、雪を見たことがないだろう。

しんと静まっていた外は次第に明るい声でにぎわい始める。外の様子を窺ってみると、笑顔の人々が道に列をなしてこの車を見送ってくれていた。

「つめたーい! きれー!」

「領主さま、万歳! 氷姫さま、万歳!」

……まさかここでも氷姫と呼ばれるとは思わなかった。しかし彼らにとってのその言葉は、賞賛の意味でしかない。

二つ名の意味まですっかり変わって、私はなんだか明るい気持ちになり、自然と笑みを浮かべた。

「挨拶としては成功のようですね、アレクシオさま」

「失敗だろう、最初から甘い顔など見せて……」

【ああ。お前のおかげで悪名高い私も受け入れてもらえたようだ】

そう言ったアレクシオは、自分の口を塞いだあとしばらく考え込み、私の手を取って自分の額を押し当てた。……感謝している、と態度でも伝えたいらしい。ちゃんと伝わっているのに、健気で可愛い人だ。

この土地で新しい生活がはじまる。呪いを受けた不遇な王子、アレクシオと共に、ここで暮らしていく。明るい人々の笑顔と歓迎の声に不安は消えて、この土地の輝く太陽のように希望が湧いてきた。

(ここで暮らす人々のために、アレクシオさまと共に頑張ろう。……やりがいが、あるじゃない)

生きる希望も意味も表情もなくした氷姫だった私は、笑顔で新しい家へとたどり着いた。

――もう二度と、笑わぬ氷姫と呼ばれることはないだろう。