軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78話:完璧主義者

次の日の朝。

一良はいつものようにナルソン一家と朝食を済ませると、リーゼとエイラ、そしてマリーと一緒に屋敷の広場へ出た。

広場には既にアイザックとハベルが馬車の前で待機しており、護衛の兵士も30人はいるようだ。

使用人は20人ほどが同行するようで、野営用の荷物を載せた荷馬車と、一良が日本から調達してくる品物を運ぶための空の荷馬車も用意されている。

今回は総員50人少々の小規模な部隊での行軍だ。

「5日か6日……もしかしたらもう少しかかってしまうかもしれませんが、色々と品物を用意して戻ってきます。私がいない間、穀倉地帯の水車の設置作業はリーゼさんにお任せしますので、お願いしますね」

「はい、頑張ります。カズラ様も、どうかお身体に気をつけて……それと、これを」

リーゼはそう言うと、手に持っていた小さな布袋を一良に差し出した。

「ん、これは……ブレスレット?」

一良が布袋を開いてみると、中には銀の留め具が付いた藍色の布のブレスレットが入っていた。

手編みと見られるブレスレットには、赤い糸で綺麗な刺繍が施されている。

「はい、あまり上手には作れませんでしたけど……」

リーゼはそう言って、照れくさそうに微笑んでいる。

上手く作れなかったと言っているが、一良の目にはかなり上手に編まれているように見えた。

「ありがとうございます。大切にしますね」

一良は笑顔で礼を言うと、ブレスレットを左手首に巻いた。

それを見て、リーゼは少し頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

「それでは、行ってきます。マリーさんはこちらへ」

一良は背後に控えていたマリーを呼び寄せると、一緒に馬車へ乗り込んだ。

アイザックは馬車の扉を閉めると、リーゼに一礼してから馬車の前に移動する。

そして、アイザックの号令を合図に、部隊はグリセア村へ向けて移動を開始した。

城門から出て行く一良たちを見送り、リーゼは一仕事終えたといった様子で息をついた。

「さてと、私たちは水車の設置に行こっか。帰りに買い物もしたいから、今日は少し早めに切り上げましょ。……ん、どうしたの?」

一良たちが出て行った城門を、エイラはじっと見つめている。

「リーゼ様、あれではアイザック様があまりにも……」

「何よ、だって仕方がないじゃない」

エイラの言いたいことを察し、リーゼは顔をしかめて反論する。

「本当に気がないんだから、変に気を使ったって逆に失礼でしょ。だらだら希望を持たせたままにするより、よっぽど優しいと思うわ」

「ですが、アイザック様の目の前で『親愛のブレスレット』をカズラ様にお渡しするのは、さすがにえぐいというか……」

先ほどリーゼが一良に渡したブレスレットは、主に女性が男性に好意を伝える際に贈られるものだ。

ブレスレットの布地の色には特に決まりは無いのだが、刺繍されている糸の色によってその好意の意味が変わってくる。

白い糸は、『糸に色がついてしまう前に早く帰ってきて欲しい』という意味。

遠くの場所に旅立ってしまう相手や、出征してしまう恋人などに贈られるものだ。

離れ離れになる際に、別れ際の告白として用いられることもある。

黒い糸は、『今夜あなたを待っています』という意味。

告白を受けて情熱が燃え上がっている時に直球な意味の返答で使われたり、ちょっとムラムラしているけど恥ずかしくて言えない場合などにこっそり渡されたりする大人のブレスレットだ。

そして赤い糸は、『あなたに好意を持っています』という意味。

これは文字通り、好意を伝える際や告白をする際に使われるブレスレットだ。

そのまま『好きです』というものから、『割と気に入っていますよ』といった微妙な表現までと、意味する表現の範囲は広い。

そのため、これを受け取ったからといって、いきなり「らぶらぶちゅっちゅしようぜ!」などと言い出すと張り倒される可能性もあるので、受け止め方には注意が必要だ。

「そうは言うけど、告白されたわけでもないのに面と向かって『あなたの気持ちには応えられません』って言うよりはまだマシじゃない? これでも一応、アイザックやお父様の顔を潰さないように考えたつもりなんだけど」

リーゼは既に、一良を結婚相手候補としてロックオンしていた。

素性がまだ詳しく分からないので、色仕掛けを行って既成事実を作り、なし崩し的に結婚まで持っていってしまうといった手段を取るつもりはまだない。

だが、ジルコニアが強く推してきている時点でかなりの優良物件であることは間違いないので、今の内から程よくいい感じの仲にはなっておいてもいいだろうと判断していたのだ。

ここ数日、穀倉地帯での作業を続けているうちに、リーゼは一良とかなり親しく話ができるようになっていた。

また、一良はリーゼに対して、容姿だけではなく性格についても認め始めているようにリーゼは手応えを感じてもいた。

そろそろ素性についても少しずつ探りを入れてもいいかと考えたのだが、その前にもう1段階先に進めておこうと考え直したのだ。

今の時点で探りを入れて、もし不快な思いでもされて印象を悪くしてしまっては、ここ数日で積み上げてきたものが無意味になってしまう可能性もある。

外堀は埋めすぎるということはないので、出来る限りの安全策を取った上で行動していくべきだとリーゼは判断していた。

元より、一良の周囲にはリーゼのライバルになるような相手は全く見当たらないので、焦る必要はないと考えていることもリーゼが慎重に行動している理由の一つだ。

「確かにそうですが……アイザック様がおいたわしいです……」

なおも哀れみを込めた視線を城門へと向けているエイラに、リーゼは思わず押し黙った。

リーゼはアイザックのことは結婚相手として見ることができないというだけで、特別嫌っているというわけではない。

客観的に見れば、アイザックは性格も真面目で働き者であり、その上家柄も良く顔もいいという非の打ち所のない青年なのだ。

軍人としては尊敬できるし、ナルソンの役に立とうと必死に頑張っていることもリーゼは知っている。

なので、エイラにそのようなことを言われると、まるで自分が酷い女だと言われているようで少なからず傷ついてしまう。

「あっ! も、申し訳ございません! そのようなつもりで言ったわけではなくてですね!?」

少し不機嫌になっている様子のリーゼにエイラは気付くと、自分の発した台詞の意味に気付いて慌てて謝罪した。

「いいのよ、別に。ほら、そろそろ作業に向かいましょ。準備してくれる?」

そっぽを向いたまま指示を出すリーゼにエイラは深く頭を下げると、作業準備を整えるために屋敷へと駆けていった。

次の日の夜。

グリセア村の入り口に到着してボストンバッグを片手に馬車を降りた一良は、目に飛び込んできた光景に唖然としていた。

一良の隣にいるアイザックも、村の光景を見て唸っている。

「まるで軍隊の駐屯地ですね……わずか10日でこれほどまでに変わるとは……」

グリセア村は、以前のような田舎の寒村といった様相から、まるで野戦陣地のような造りに様変わりしていた。

村の周囲には先の尖った太い木の柵が槍のように外側へ向けて突き立っており、さらにその周囲には急勾配の堀まで掘られている。

柵の四隅には見張り塔のような木製のやぐらが作られていて、こちらはまだ未完成のようだ。

村の入り口の脇には、つい最近切ったばかりと見られる丸太が山積みにされている。

以前、バレッタは村の入り口に跳ね橋を設置するといっていたので、この丸太はそれに使われるのだろう。

一良とアイザックが村の様相に圧倒されていると、村の入り口からバレッタが1人で歩いてきた。

バレッタは一良と目が合うと、嬉しそうに微笑んで一良に駆け寄る。

「おかえりなさい、カズラさん」

「ただいまです。あの、これはずいぶんとすごいことになっていますね。前に工事の概要は聞きましたけど、まさかここまでするとは……」

10日程前にバレッタから工事の概要については説明を受けていたが、これほど本格的な工事をこの短期間で行うとは一良も思っていなかった。

せいぜい村の周囲を板で作った柵で囲い、堀も申し訳程度に掘られれば十分だろうと踏んでいたのだ。

だが、実際に設置されている柵は、中世の戦争映画で見られるような先が鋭く削られた本格的なものだ。

堀は斜面の角度が60度はあり、深さも2メートル近く掘られているように見える。

バレッタの性格を甘く見ていたと、一良は思い知った。

この娘は、やるといったら徹底的にやるタイプの娘だ。

「本当はもっと早く工事を進めてしまいたかったのですが、思ったより作業に手間取ったのと足りない材料がいくつかあって……あの、前は偉そうに自分で何とかするだなんて言ってしまいましたが、少し材料と道具の調達をお願いしてもいいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。何でも用意しますから、どんどん頼ってください」

一良が笑顔で答えると、バレッタは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。あの、続きは家で……」

「そうですね、そうしましょうか」

少し遠慮がちに申し出るバレッタに一良は頷くと、アイザックに数日間の待機を命じて村へと入った。

久々にバリン邸に戻った一良は、バレッタとバリンと共に囲炉裏を囲んで夕食を食べながら談笑していた。

用意されていた食事は、村で採れた芋とドングリのような木の実を砕いて混ぜた炊き込みご飯、缶詰の鶏肉を使った野菜の炒め物、アルカディアン虫の串焼き、そして桃缶だ。

「なるほど、イステリアはそこまで大変なことになっているのですか……」

「ええ、何もかもがギリギリの状態で、支援を始めるタイミングがあと半年でも遅くなっていたら大変なことになっていたかもしれません。とりあえず水車は設置できたので、次は農地の拡張と衛生問題ですかね」

イステリアで行った支援の内容をかいつまんで説明する一良に、バリンは真剣な表情で頷いている。

バレッタも相槌を打ちながら聞いているのだが、時折ちらちらと一良の左手首に巻かれたブレスレットに目を向けていた。

「ふむ、衛生問題ですか。この村のように常に新鮮な水を使うことができればいいのですが、あれだけ街がごちゃごちゃしていては全ての区域には水路を引けませんからなぁ……」

バリンは感慨深げにそう言うと、椀に盛られていた炊き込みご飯をかきこんだ。

「……さて、私はこれから夜の見回りに行ってまいります。戻るのは明け方になるので、先に休んでいてください」

「え、見回りって、今からですか? 村の入り口にはアイザックさんの部隊がいるし、今日は休んでもいいんじゃ……」

「いやいや、世の中何が起こるかわかりませんからな。それでは、いってまいります」

驚いて声をかける一良に構わず、そのままバリンは屋敷を出て行ってしまった。

「(何か最近このパターン多いな……って、気を使われてるんだろうな。どう考えても)」

前回グリセア村からイステリアへ向かう前日の夜もそうだったが、どうもバリンは一良とバレッタを2人きりにさせようと気を使っているようだった。

前回あれだけいい雰囲気になっていたので、さすがの一良もバレッタの好意には気付いているし、バレッタのことは好ましくも思っている。

ただ、バレッタは15歳と日本でいえば中学3年生という若さであり、あまりにも歳が離れているために一良は二の足を踏んでいた。

単に理由をつけて一歩を踏み出せないヘタレ根性だろうと言われれば、正直なところ否定はできないのだが。

一良がバレッタに目を向けると、バレッタは少し不安げな表情で一良のことをじっと見つめていた。

「カズラさん、そのブレスレットは……」

「ん、これですか? イステリアを出るときに、リーゼさん……ナルソンさんの娘さんがくれたんですよ」

おずおずと問いかけてくるバレッタに、一良は着けていたブレスレットを外してバレッタに手渡した。

「リーゼ様が……これを……」

バレッタはブレスレットを受け取ると、それをじっと見つめている。

「リーゼさんはまだ14歳らしいんですけど、領内のためにって一生懸命仕事を手伝ってくれるんです。市民にもかなり人気があるみたいで、彼女が手伝ってくれるようになってから作業効率が跳ね上がったんですよ。まだ若いのにすごいなって感心します」

「そ、そう……ですか……」

リーゼのことを褒めちぎる一良に、バレッタはブレスレットを見つめたまま搾り出すように返事をする。

「それに、誰に対しても満遍なく優しく接しているみたいで、私にもこうして手編みのブレスレットまでくれたんです。こうやって細かい気配りができるからこそ市民からも人気があるし、求婚してくる貴族も沢山いるんでしょうね。やはり領主の娘さんともなると、その辺もしっかり考えて行動しているみたいです」

感心した様子で語る一良に、バレッタは「あれ?」といった表情で顔を上げた。

「あの歳で将来を見据えてあれほどの処世術を身に着けているとは、末恐ろしいですよ。私も見習いたいくらいで……」

「あ、あの、リーゼ様はこのブレスレットをカズラさんに渡した時に、何か言っていませんでしたか?」

「ん? 別になにも……あ、身体に気をつけてって言ってましたね。もしかして、それって健康のお守りみたいなものなんですか?」

「あ、はい、そんな感じです。元気で頑張ってこい……みたいな」

咄嗟にバレッタの口から出た嘘の情報に、一良は「そうだったのか」と頷いた。

バレッタは手にしているブレスレットをきゅっと握り締めると、切なそうな表情で再びそれに目を落とす。

「……バレッタさん?」

何やら雰囲気の変わってしまったバレッタに、一良は「しまった」と内心焦った。

日頃のリーゼの働きぶりと市民からの人気に、ついついリーゼのことを持ち上げて話してしまったのだ。

だが、すぐにバレッタは顔を上げると、実に真剣な表情を一良に向けた。

「……カズラさん、お願いがあります」

「ん、お願い?」

きょとんとした表情で問い返す一良に、バレッタは頷く。

「日本に戻ったら、またいくつか本を買ってきてほしいんです。できれば歴史書とか、専門書が読みたくて」

「歴史書に専門書ですか。どんな分野のものが読みたいんです? 歴史書っていっても色々あるし……あと、専門書は建築工学とかですか? 今買ってきてあるものでも、それなりにいい本があると思いますけど」

「家にある本の内容は全て覚えました。建築でも医療でも軍事でも、何でも構いません。まだ見たことのない内容の本を、もっと読んでみたいんです。歴史書は、できれば私たちの世界に似た時代のものがあると嬉しいです」

「え、軍事もですか? というか、家にある本を全部覚えたってマジですか……」

本の内容を全て覚えたという俄かには信じられないバレッタの発言に、一良は思わず聞き返した。

この家には、一良の買ってきた本が数十冊はあるのだ。

全部の本の内容をこの短期間で覚えるなど、一良にはとても真似できない。

「はい、応用はまだ利かないかもしれませんが、内容は全て覚えました。でも、まだ足りないんです。もっと色々、読んでみたくて……私、どうしても……」

バレッタはそこまで言うと、何かを堪えるように自分の膝に目を落とした。

だが、すぐに顔を上げると、泣き笑いのような表情を一良に向ける。

「お願い、できますか?」

「ええ、もちろんです。山ほど買ってきますね」

バレッタの意図を読めないまま、一良は笑顔で頷く。

バレッタは少しほっとした様子で一良に礼を言うと、再び雑談を交えながら食事を再開した。

『あなたの傍に、いたいんです』

この一言をバレッタが口にするのには、もう少しだけ、時間が必要だった。