軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話:腹ペコ推奨

太陽が傾き、大地が夕暮れ色に染まる中、ジルコニアとオーティスはこぶし大の石がいくつか積み上げられている地面を見つめていた。

この下に、野盗の死体が埋まっているのだ。

「ここね?」

「……はい」

何とも嫌そうな表情をしているオーティスに構わず、ジルコニアは馬車から持ってきた 鍬(すき) を傍らに置くと、地面の上に置かれている石を拾って避けた。

そして、再び鍬を掴んで振り上げると、淡々と地面を掘り始める。

ジルコニア自ら掘っているのに自分は何もしないというわけにもいかず、オーティスも嫌々ながら鍬を使って地面を掘り始めた。

暫く掘り続けていると、オーティスの使っている鍬の先が何かに当たった。

「……死体にぶつかったようです」

「そのようね。引っ張り出しましょうか」

ジルコニアは鍬を置くと、腰に下げていた手袋を着け、地面に屈みこんで土を払う。

死体の上に被されていた土がいくらか取り除かれ、人間の足が姿を現した。

ジルコニアは死体の足を両手で掴むと、力任せに墓の外へと引きずり出す。

途端に、辺りには凄まじい腐敗臭が充満した。

「……首が無いわね。この穴に入れられている死体の数は?」

「ぜ、全部で10体です」

あまりの腐敗臭に思わず鼻と口を押さえながら、オーティスは呻くように答えた。

込み上げてくる吐き気を抑えることで精一杯なのだ。

それに比べ、ジルコニアは表情一つ変えず、首の切断面に付着している土を払っている。

「……」

ジルコニアは切断面を確認して数秒動きを止めたが、すぐに立ち上がると再び墓穴の中へと入った。

そして、先程と同様に手で土を払い、姿を現した死体を墓穴から引きずり出す。

それを何度もオーティスと共に繰り返し、墓穴の前には10体の死体が並べられた。

「……耐えられないなら先に戻っていいのよ。後は私がやるから」

「いえ……大丈夫です。ジルコニア様は平気なのですか?」

オーティスの問いに、ジルコニアはきょとんとした表情をすると、少し苦笑して見せた。

「あまり平気じゃないわね。今にも吐きそうよ。でも、朝から何も食べないでおいたから、貴方よりはマシかしら」

「そ、そうですか」

それなら自分にも食事を抜くように言っておいてくれと、オーティスは内心毒づいた。

だが、たとえ食事を抜いていたとしても、とてもではないがジルコニアのように淡々と死体調査作業をこなす自信はないのだが。

その後も並べられた死体の傷口を確認し続けていたジルコニアは、その中の一つに目を留めた。

「これは……」

死体の腕を触りながら、ジルコニアは呟いた。

その死体の右腕は、手首の部分が奇妙に変形していたのだ。

何か物凄い力で潰されたかのような、不自然な破壊のされ方をしていた。

それは、バレッタが手首を握りつぶした野盗の死体だった。

ジルコニアは暫くその場で潰れた手首を見つめると、小さく息を吐いて立ち上がった。

「もういいわ。死体を埋め直しましょう」

ジルコニアは傍らで吐き気を堪えているオーティスにそう言うと、再び墓穴に死体を戻し始めた。

ジルコニアは死体を埋め直した後、村の入り口に用意されていた彼女専用の天幕の中で死臭の染み付いた衣服を脱ぎ、清潔な衣服に着替え直した。

そして休む間もなくグリセア村へ入ったのだが、村の中に広がる異常な光景に目を疑った。

「なに……これ……」

グリセア村の畑には、今まで見たことも無いような巨大な葉と蔓を持った芋が生え、通常の数倍の大きさに成長した葉物野菜が育っていた。

まるで、何か魔法でも使ってそのまま巨大化させたかのような、とても現実とは思えないような大きさの野菜が所狭しと生えまくっているのだ。

数日前にアイザックがグリセア村から持ち帰った報告書の内容よりも、目の前の畑に生えている野菜は遥かに大きかった。

ジルコニアは思わず芋の前にしゃがみ込み、葉を手で触ってみた。

葉は巨大で分厚く、ジルコニアが知る芋の葉とはまるで別物である。

葉が生えている蔓は大人の親指ほどの太さがあり、長さも尋常ではなく、物凄い迫力だ。

ジルコニアは暫く呆然とした様子で畑の作物を眺めていたが、突如村の奥から異音が響いてきたことに気が付き、その方向へ目を向けた。

巨大化している野菜の姿の所為で今まで忘れていたが、村に到着した際に響いていた異音は、先程までは止まっていたのだ。

ジルコニアは芋の葉から手を離すと立ち上がり、異音のする方向へと歩き出した。

ジルコニアが村の雑木林の入り口に到着すると、そこには沢山の村人達が集まっていた。

村人達は2人1組で役割分担をし、布袋の口を広げる者とシャベルを使って堆肥を布袋に入れる者とに分かれている。

そこへ、農業用運搬車に乗った一良が爆音を響かせながら、雑木林の奥から現れた。

「あれ、ジルコニアさんも来てたんですね」

一良はそう言いながら、農業用運搬車のダンプ機能を操作して堆肥を地面に降ろした。

そのあまりに衝撃的な光景に、ジルコニアは声を掛けてきた一良にも反応できず、断続的にエンジン音を響かせている農業用運搬車を呆然とした表情で眺めている。

「ジルコニア様、これは農業用運搬車といって、重い物でも一度に運ぶことが出来る神の国の道具とのことです。驚いたことに、この道具はラタなどで引かなくても、御者の操作で自由に動かすことが出来るらしいですよ」

「そ、そうなの……凄いわね……」

村人に混じって堆肥を布袋に詰めていたアイザックが、ジルコニアに気付いて道具の説明をしてくれた。

ジルコニアはアイザックに何とか返事を返しつつも、目は農業用運搬車に釘付けである。

「カズラさん、この、農業用……ええと」

「農業用運搬車です」

「農業用運搬車は、いったいどれくらいの速さで動くことが出来るのですか?」

「速さですか? ……ええっと、確か最大でも時速10キロ程度だから……だいたい人が軽く走る程度の速さですね。大して早くは動けないです」

「軽く走る程度……ですか」

「ええ。なので、あまり戦場での運用には向いていませんね」

一良の台詞に、ジルコニアは思わず驚いた表情で農業用運搬車から一良へと目を移した。

そして一良と目が合うと、少し慌てた様子で胸の前で手を振ってみせる。

「い、いえ、そういうつもりでは……」

「おや、そうでしたか。それは失礼しました」

一良はそんな様子のジルコニアを見て、内心「図星だろ」と突っ込みをいれつつも、形ばかりの謝罪を述べた。

以前、ナルソン邸で一良が初めてジルコニアと面会した際、彼女は真っ先に軍事的な助言を求めてきたのだ。

その後に話した内容からも、ジルコニアの関心が軍事的なものに集中していることを一良は何となく察していた。

この農業用運搬車を見て、そういった考えにジルコニアが行き着くのは当然だろうと考えたのだ。

「カズラ様、あとどれくらい堆肥を持ってくる予定ですか?」

焦った様子のジルコニアに助け舟を出すつもりか、アイザックが横から一良に質問した。

「えっと……まだ8割くらい残ってるんですよね……」

してやったりな気分に軽く浸っていた一良は、アイザックの質問で現実へ引き戻され、死んだ魚のような目になった。

当初見せていた空元気は、既に使い切ってしまったらしい。

苦行の始まりである。

「は、8割ですか。今日中には終わりそうに無いですね……」

「そうだね……暗くなったら休もうね……」

堆肥以外にも荷物はあるんだけどね、と一良はぼそりと呟くと、再び爆音を響かせながら雑木林の奥へと消えていった。

それから数時間後。

日の入りと共に作業を中断して解散し、各々は野営地や村の各家へ戻った。

一良もバレッタと共にバリン邸に戻り、いつものようにバリン親子と3人で囲炉裏を囲む。

夕飯は既にバリンが用意してくれていた。

「カズラさん、お疲れ様でした。沢山食べてくださいね」

「ありがとうございます……おお、魚の解し身入りの混ぜご飯ですか。こりゃ美味そうだ」

混ぜご飯の盛られた椀をバレッタから受け取り、一良は嬉しそうに頬を緩めた。

一良の対面では、調子の戻ったバレッタに安心したのか、バリンがほっとした表情を見せている。

夕食のメニューは、魚の混ぜご飯、野菜の吸い物、芋の煮物、ゆで卵、そしてデザートにパイナップルの缶詰だ。

吸い物に使われている野菜は、村で採れたものと一良が日本から持ってきた冷凍野菜が半々で入っている。

村の作物のみを使ったメニューは、根切り鳥が生んだ卵を使ったゆで卵と、芋の煮物の2品だけだ。

混ぜご飯に入っている魚は、バリンが昼間のうちに川から捕ってきたものらしい。

「そういえば、私がいない間に村の野菜は随分と大きくなりましたね。ちょっと怖いくらいの成長っぷりですよ」

一昨日村に帰ってきたときから気になっていた、村の畑で育っている巨大農作物について一良が口にすると、バレッタとバリンは同時に頷いた。

「ようやく成長速度は鈍くなってきたように見えるんですけど、未だに大きくなり続けているんです」

「え、まだ大きくなるんですか?」

「たぶん、あと一回りは大きくなるんじゃないかなって……芋なんて、今では実の1つ1つが赤ん坊の頭くらいの大きさになってます。この芋の煮物も、3人分作ったのに実の半分しか使ってないんですよ」

「うげ、まるでお化けみたいな大きさですね……てか、こんな短期間でそこまで大きくなるものなのか……」

今から20日以上前に芋を掘り起こした時は、芋の大きさはスーパーで売られているMサイズの鶏卵くらいの大きさだったのだ。

それが、今では赤ん坊の頭程の大きさになっているという。

これは、じっと芋を眺めていたら、じわじわ大きくなっているのが視認できるのではないかと思えるほどの成長っぷりだ。

成長速度に芋の皮が負けて、亀裂が入らないのが不思議なくらいである。

以前バレッタから聞いた話では、この芋は1つの苗に5つは実をつけるらしい。

もし実の数が増えていなかったとしても、今の村の芋畑の土の中は、巨大な芋がひしめき合った状態になっているはずだ。

一良は芋の煮物をスプーンで掬うと、口に入れようとしてふと動きを止めた。

そして、スプーンに乗っている芋をまじまじと見つめる。

「どうかしましたか?」

「ええ、ちょっと気になることが……」

小首を傾げるバレッタに、一良は真剣な表情で口を開いた。

「……私がこれを食べて、もし満腹感を感じることが出来たとしたら、これって私が持ってきた食べ物と同じ性質を持つってことになるのかなって」

「同じ性質……」

一良の台詞に、バレッタはその意味を察してはっとした表情になった。

もし、一良の持ってきた肥料を使って育てた野菜が、一良が日本から持ってきた食べ物と同じ効能を発揮するようになっていたとしたらどうなるか。

「食べることによって、疲れにくくなったり力持ちになる性質ってことですよね?」

「ええ。もしそういった性質を持つようになっているとしたら、村で採れた作物の使い方にはかなり気をつけないと……やばい、約束してしまった穀倉地帯の復活はどうしよう。堆肥をばらまくわけにはいかないぞ……」

もし村の作物が日本の食べ物と同等の効能を発揮するようになっているとしたら、イステリアに税として村で採れた作物を納めるのはまずい。

口にした人間は劇的な体力回復の恩恵を得た後に、肉体の強化まで成されてしまうことになるからだ。

ただ、村人たちに日本の食べ物を与えた経験から、食べ物を摂取してすぐに肉体が強化されるわけではないということは分かっている。

村人たちが「疲れにくくなった」「以前より重たいものを運べるようになった」と訴えだしたのは、一良が食べ物を与えるようになってから2週間以上が経過してからである。

また、バレッタやロズルーたちとイステリアへ徒歩で赴いた際、一行に同行していたロズルーの娘のミュラは、ある程度歩くと疲労した様子を見せていた。

このことから考えて、肉体の強化が開始されるのは、日本の食べ物を継続して摂取してから、ある程度の日数が必要であることが分かる。

個人差はあるのかもしれないが、食べてすぐに肉体が強化されるということは無いと考えて間違いないだろう。

「……カズラさん、今お腹は空いてますか?」

「腹ペコです」

「なら、お芋とゆで卵をいくつか食べて、少し様子を見てみませんか? 満腹感を覚えたら、食べ物の性質が変化しているってことですから」

一良はバレッタの提案に頷くと、スプーンに乗っている芋を口に入れた。