軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53話:餅は餅屋

牧場を出てから約3時間後。

一良は県内のとある建設会社の会議コーナーにいた。

一良の対面では、この会社の制服を着た中年の男が、険しい表情でテーブルに広げられた大量の書類に目を向けている。

一良側のテーブルの上には男の名刺が置かれており、男の名前の隣には『係長』と役職名が記載されていた。

テーブルに広げられている書類は、一良がイステリアから持ってきた河川工事に関する書類のコピーである。

この建設会社に来る途中にあったコンビニで、手持ちの書類を全てコピーしてきたのだ。

「あのですね、いきなりこんな物持ってきて、治水工事計画書を作ってくれなんて言われても困るんですよ」

係長は書類から顔を上げると、実に不愉快そうな表情で口を開いた。

「大体、実際に工事を行わないのに工事計画書なんて作ってどうするっていうんですか。しかも、使う技術は指定したもののみに限定するって先程仰ってましたが、ここに書いてある物を見る限り、古代文明の技術だけを使った工事を計画しろっていうことですよね?」

「いや、いきなり変な依頼をして本当に申し訳ないです。ですが、どうしてもこれらの地形の治水工事計画書が必要なんです。何とか引き受けてはもらえませんか?」

一良が頭を下げながらそう頼むと、係長は溜め息を吐きながら椅子の背もたれに背を預けた。

その雰囲気から、『困ったやつだ』と一良のことを考えている様がひしひしと伝わってくる。

「志野さん、こういうことは古代の技術を研究しているような大学の先生とかにお願いするべきですよ。実際に土木工事を行ってる会社に計画書を依頼するなんて、普通に考えて少しおかしいとは思いませんか?」

「それはそうなのですが、やはり詳細な計画を行うとなると、あなた方のように常に実際の工事に携わっている方たちにお願いしたほうが、より正確なものが出来るんじゃないかと思いまして……それに、ちょっと理由がありまして、あまり時間がないのです。工事に掛かる期間にもよりますが、出来るだけ早く計画書が必要でして……」

一良がそう言うと、係長の顔に訝しむような表情が浮かんだ。

「出来るだけ早くって……実際に工事を行わないのに、どうして早く計画書が必要だっていうんですか。計画書を使って、何か論文でも書こうとでもいうんですか?」

「あー、えっと、それはですね……」

「おい、何か面白そうな話をしてるじゃないか」

一良が答えに窮していると、いつの間に近づいてきたのか、結構な年配と見られる白髪の男が一良の背後から話し掛けてきた。

「お、こりゃあ大昔の工事図面か? 見たことのない文字が書いてあるが、随分としっかりした図面じゃないか」

年配の男は「ちょっと失礼」と言って一良の隣に腰掛けると、興味深げに一良の持ってきた書類を眺め始めた。

「なになに、使用する道具と技術は以下のものに限定……ふむ、この内容だと、紀元前2000年くらいの中東とかヨーロッパあたりの技術レベルってところか。随分と規模がでかいな。何処の国だ?」

「あ、あの、取締役、この件に関しましては私が対応しますので……」

ふむふむと頷きながらテーブル上の書類を次々に読んでいく年配の男に、先に一良と話をしていた係長が困惑した様子で声を掛ける。

この年配の男は、どうやらこの会社の取締役らしい。

かなりの重役だ。

「対応って、お前のさっきの話しぶりだと仕事請ける気が全く無いように聞こえたぞ。お客さんが仕事持ってきてくれた上に頭まで下げてくれてるってのに、あの態度はいったい何だ?」

「し、しかしですね、いくらなんでも内容が……いつの時代のものかもわからないような図面を持ってきて、実際に工事もしないのに昔の方法のみを使った工事計画書を作れなどと……」

「馬鹿野郎!!」

係長がそう言いかけると、取締役が額に青筋が浮かべながら凄まじい剣幕で怒鳴った。

怒鳴られた係長はもとより、取締役の隣にいた一良も思わず身を 竦(すく) める。

「工事をやろうがやるまいが、このお客さんの依頼内容は俺らの領分だろうが! しみったれた理由こしらえて仕事選んでるんじゃねぇ!! 後は俺が引き受けるから、お前はもう自分の仕事に戻れ!!」

取締役はそう一息にまくし立てると、蹴り出さん勢いで係長を会議コーナーから追い出してしまった。

会議コーナーから覗く通路からは、取締役の馬鹿でかい怒鳴り声を耳にした通りすがりの社員たちが何事かといった視線を向けてきている。

「え、えっと、それではこの件は引き受けていただけるんですかね……?」

嵐のように過ぎ去った一連の展開に一良は若干キョドりながらも、憤慨した様子で「全く最近の奴らは……」とぶつぶつ言っている取締役に声を掛ける。

声を掛けられた取締役はすぐに表情を和らげると、一良にニッと笑って見せた。

「おうよ、詳しく話を聞いてみないことにはどんな物か分からんが、やって出来ないことはないだろ」

「おお、それはよかった! では、作成していただきたい工事計画書の内容なんですが……」

「その前にちょっと教えてくれ。この図面は何処の国の物なんだ? 古代ギリシャにしては規模が合わないし、かといってカルタゴやアッシリアあたりとも似ても似つかないように思えるし……恥ずかしながら、何処の国なのか検討もつかないんだ」

取締役は眉間に皺を寄せながらも、実に興味深げな視線を図面に送りながら一良に尋ねた。

その瞳は好奇心に満ちており、まるで大好きな玩具を買い与えられた子供のようだ。

「あ、それらはですね、全部偽物の古代図面なんですよ」

一良がそう答えると、取締役は少し驚いたような表情をした。

「ほう、これらは全部作り物なのか」

「ええ、それらの作り物の古代図面を基にして、街中を通る河川の治水工事計画を行いたいんです。その図面の内容だと、降雨量によっては一部の堤防が決壊してしまう構造になっていまして、それらを改善するための計画書をあなた方に作っていただきたいのですよ」

「……んん? そりゃまた随分と変わった……ああ! そういうことか! なるほどなるほど」

一良の説明を聞き、不思議そうな表情をしていた取締役は、何か合点がいったのか手を打って頷きだした。

「しかし、何だって国の研究機関の名前で仕事の依頼を持ってこなかったんだ? こんな物を個人名で持ってきたって、普通気付かないだろ」

「え? あの、国の研究機関って、一体何の話ですか?」

取締役が何の話をしているのかさっぱりわからず、一良は取締役に問い返す。

「ん、いや、だからあれだろ。これは元々俺に持ってくる話だったんだろ?」

「え?」

「だから、俺が元国土交通省河川局の……」

「……あ! そういった類のものではなくてですね、これは私が個人的にやっているものでして……いわば趣味みたいなものなんですよ」

何かを察した一良が、何か別の話と勘違いしている様子の取締役にそう言うと、取締役の顔に少し焦ったような表情が浮かんだ。

「……そ、そうか。いや、変なことを言って申し訳ない。今言ったことは忘れてくれ」

「こちらこそ、変なお願いをしてしまって申し訳ないです。是非、よろしくお願いします」

一良がそう言って頭を下げると、つられて取締役も頭を下げた。

何やら妙なやり取りが行われたが、その真意が何なのかについての詳細は省く。

大人の世界には、色々とあるのだ。

一良が取締役と工事計画の打ち合わせを始めてから3時間後。

必要な説明を粗方終えて、一良はようやく一息ついていた。

一良の対面では、取締役が先程一良に手渡された写真を眺めながらお茶を啜っている。

写真は全て一良がイステリアで撮影したものであり、写っているものはどれも河川や土手のものばかりだ。

過去に増水して土手が決壊した箇所や、高台から河川を引きの絵で撮ったものなどである。

「最近のCGってやつは本当に本物そっくりだなぁ。これじゃ実際に撮った写真と見分けがつかないぞ」

「そうですねぇ。技術の進歩ってのは凄いものです」

感心した様子で写真を眺めている取締役に相槌を打ちつつ、一良も一口お茶を啜った。

取締役には、渡した写真は全てCG合成で作ったものだと説明してある。

取締役は写真の内容に驚きの声を上げつつも、それがCGであるということを全く疑ってはいないようだ。

取締役はかなりの年配に見えるので、余計にそういったことには疎いのかもしれない。

「しかし、この写真に所々写っている鎧姿の兵士とか、石造りの建物とか、本当に見事な出来だな。これも全部CGなのか?」

「ああ、それらは一部に本物の建物や人間を使って合成したものなんで、本物とCGの合いの子みたいなものですよ」

いかにもそれっぽい適当な説明をする一良に、取締役は「ほうほう」と頷いた。

取締役は一頻り写真を眺めると、テーブルに写真を置いて一良に向き直った。

「さて、そろそろ金と納期の話もしておくか。これだけの分量になると、計画書の作成にもそれなりに時間が掛かるが、どれくらいの工数を貰えるんだ?」

「そうですね……実際に工事を行うという設定で計画書を作ってもらいたいので、雨季が始まるという設定の来年の5月までに何とかなるように計画を立ててもらいたいです。工数は……」

「おいおい、いくらなんでも来年の5月までなんてのは無茶苦茶だろう。これだけの規模だと、工事には年単位の時間が必要だぞ」

一良の台詞に、取締役は渋い表情で指摘した。

今は8月中旬なので、来年の5月までに工事を終えるとなると、計画書の作成と工事に使える期間は8ヶ月程度しかない。

ちなみに、先程から出ている『工数』という単語は、工事計画書の作成にかかる作業量のことである。

今回のやり取りの場合、作業に使える時間はどれくらい貰えるのかと取締役が一良に聞いているのだ。

「あ、いや、この洪水の起きた箇所の改修工事だけでもって意味です。他の工事は雨季が終わってから手をつけるので、まずは次の雨季に洪水が発生するかもしれないと思われる部分だけをお願いします」

「ん、そういうことか。なら、脆い箇所を優先的に完全改修して、間に合わないような場所は一時的な補強工事だな。工数はどうする?」

「えっと、私は土木工学は素人でして、どれくらい工数が必要なのかはわからないのですが……とりあえず、1hあたりこれくらいの金額で、全体工数はこんなものではどうでしょうか」

以前勤めていた会社での外注設計依頼の経験を元に、一良は多少盛った金額を、手元にあったメモ帳に記載して提案をする。

hとは時間のことであり、全体で○○hとは、計画書作成に取締役が使用できる時間は○○時間までということだ。

「おいおい、いくらなんでもそれは出しすぎだろう。その7割でいいよ。飛び込み案件だから、これでも少し高いけどな。で、計画書の納期は、雨季までに特定箇所の工事が間に合う範囲でいいんだな? 計画書の内容も特定箇所優先で作ることになるから、何回かに分けて受け渡しって形になるが」

「ええ、それでお願いします。あと、工事を行う際に、計画書を見ながらであれば古代の人間でも工事が行えるようにしたいんです。イラストや構造の説明を多めに記載していただけるとありがたいのですが……」

「何だか随分と凝った話だな……まあ、何とかやっておくよ。どうせ俺は暇な身分だし、こういう時代がかった話は大好きだしな。あと、今提示してもらった工数は暫定的なものにしてくれ。俺もこういう特殊な仕事は初めてだから、はみ出るかもしれん。倍ってことにはならないとは思うが」

「わかりました。なら、元の倍までなら工数を使ってもらって構いません」

一良がそう言うと、取締役は驚いたような表情をした。

「随分と気前がいいじゃないか。それだと結構な金額になるが、本当に払えるのか?」

「払えますよ。何なら今すぐ、前金として半分振り込んでも構いませんが」

一良が涼しい顔で言うと、取締役は苦笑しながら、いやいや、と首を振った。

「いや、疑うようなことを言ってすまなかった。だが、仕事前に半分も貰えないよ。でも、おたくから仕事を受けるのは初めてだし、前金は貰っておく必要はあるか」

「それなら、とりあえず全体工数の1割分を振り込みましょうか?」

「そうだな、それで頼むとするか」

取締役は頷くと、会議コーナーの端にあった棚から『受注依頼書』と印刷された紙を取り出した。

そこに、一良から請け負った仕事内容を走り書きで記載し、受注業者の欄には一良の名前を記入する。

「ちょっと生産管理部に話をつけてくるから、そのまま待っていてくれ。なるべく早く戻ってくるから」

取締役はそう言うと、受注依頼書を持って会議コーナーを出て行った。

それから更に2時間後。

金の話やら受け渡し形式の話やらで時間を食ってしまい、一良が取締役と別れて会社を出る頃には、辺りは暗くなっていた。

「つ、疲れた……でも、あの人が受けてくれて助かったなぁ……」

治水工事計画書の作成を依頼するにあたり、一良は請け負ってくれる業者が見つかるまで、手当たり次第に建築会社を回るつもりだったのだ。

最初に係長に突っぱねられそうになった時点では、この会社への依頼を半ば諦めかけていたのだが、元国土交通省河川局勤めの取締役がやってきて助かった。

恐らく、あの取締役は形だけ席を会社に置いているような身分で、毎日暇なのだろう。

とはいえ、元国土交通省勤めというならばエリートの秀才に違いない。

大昔の建築技術などにも興味があるようなので、きっとしっかりとした工事計画書を作ってくれるはずだ。

「さて、今日はもうホテルに行くか。買出しとかは明日でいいや」

あまりの疲労に、本日行う残りの予定は明日へと繰り越して休むことにしようと、一良はナビを操作して最寄のビジネスホテルを検索する。

そして、ナビに従って車を走らせていると、前方に大型の電器店があることに気が付いた。

「……電器屋、か」

一良は車の速度を落としながら少し考えるような表情で呟くと、ハンドルを切って電器店の駐車場へと入っていった。