作品タイトル不明
後日談8話:スーパー銭湯
数時間後。
一良の両親への挨拶を終え、一同は近場の天然温泉のスーパー銭湯にやって来ていた。
ここは近くのホテルと提携している銭湯で、宿泊していれば銭湯の使用料が無料になるプランがある。
一良たちもそのプランを利用し、大きな風呂でひとっ風呂浴びてからホテルで休もうとなったのだ。
昨夜泊ったホテルには大浴場がなかったので、せっかくだからと一良が気を利かせたのである。
「「「おー……」」」
広々としたロビーに、リーゼたちが声を漏らす。
それなりにお客がおり、繁盛しているようだ。
入口のタッチパネルで受付をし、ゲートをくぐる。
「わ、温かい! 床もピッカピカだ!」
ワックスが光るほんのり温かい床に、リーゼが驚く。
「綺麗なところね。あ、カキ氷も売ってる。カズラさん、お風呂から出たら食べたいです!」
目ざとくカキ氷の売っているブースを見つけ、ジルコニアがせがむ。
「ええ、いいですよ。タオル、レンタルしてきますね」
一良が受付で人数分のタオルを借り、皆に渡す。
それぞれの着替えはバッグに入れてきてあり、皆が手にしている。
ロビーを進み、奥にある男湯と女湯の入口にやって来た。
「それじゃ、また後で」
皆にそう言い、一良が男湯へと入って行く。
「私たちも行きま……ど、どうしたんですか?」
バレッタがリーゼたちを見ると、皆が緊張と期待の入り混じった顔つきになっていた。
「ついに温泉に入れるって思ったら、緊張しちゃって」
「こっちに来た衝撃ですっかり忘れてましたけど、ずっと入ってみたいなって思っていたのですごく楽しみです。行きましょう!」
リーゼとエイラが、女湯へと入って行く。
「知らない人たちと一緒に裸で入るのよね……ちょっと緊張するわ」
「すぐに慣れますよ」
ジルコニアとバレッタも、2人に続く。
暖簾をくぐって中に入ると、広々とした脱衣所が広がっていた。
リーゼとエイラは、いそいそと空いている棚へと向かっている。
「あっ、ちょっと待ってください。貴重品と靴箱の鍵は、この貴重品ロッカーに入れるんですよ」
バレッタが2人を呼び戻し、ロッカーの1つに100円を入れて戸を開ける。
3人から鍵とアクセサリーを受け取り、そこに財布とスマートフォンも一緒に入れた。
「で、これを腕に付けておくんです」
そう言って、ロッカーの鍵の付いたバンドを左手首に付ける。
「なるほど。これなら安心ね」
「バレッタ、早く!」
「ふふ。はいはい」
皆で棚に並び、服を脱ぐ。
脱衣所には数人の女性客がおり、それぞれ体を拭いたり服を脱いだりしている。
棚の埋まり具合はそこそこで、混雑しているというほどではないようだ。
全員が裸になり、ハンドタオルを手に浴場に入る。
「「「おおー!」」」
中に入るなり、リーゼたちが感嘆の声を上げた。
たくさんの洗い場と、3つの大きな内湯。
さらにはサウナと水風呂、奥には寝ながら浸かるジェットバスと打たせ湯まである。
「す、すごいですね。雑誌で見てすごいなって思いましたけど、実際に見ると、想像以上に広いです……」
「すっご……ヘイシェル様のお屋敷のお風呂よりぜんぜん広いよ」
エイラとリーゼは唖然とした様子で、きょろきょろと浴場を見渡している。
「天井も、すごく高いわねぇ……バレッタ、この水瓶は何?」
サウナ部屋の前に置かれている、お湯が湧き出ている大きな水瓶にジルコニアが近寄る。
「体を流す用のお湯です。サウナで汗を掻いたら、それで流すんです」
「なるほど。汗だくでお風呂に入ったらダメだものね」
「妊娠中はサウナは避けたほうがいいみたいなんで、入らないでくださいね」
それぞれ洗い場に座り、シャワーで頭と体を洗う。
水栓は押しボタン式で、一度押すと一定時間お湯が出る仕組みのものだ。
「んー……ちょっとこれ、すぐにお湯が止まっちゃうんだけど!」
リーゼが髪を洗いながらぼやく。
長い髪を洗うには、お湯の出ている時間が短く面倒に感じた。
「うーん。確かに面倒ね。私は髪が短いからいいけど、リーゼとエイラは大変ね」
「うう、せめてあと10秒くらい長くしてほしいです……」
カチカチと何度もボタンを押しながら髪を流しているリーゼとエイラ。
バレッタとジルコニアは先に洗い終え、2人のボタンを押して手伝ってあげた。
リーゼとエイラは髪をタオルで巻き、よし、と皆で浴槽に向かう。
「わっ! お湯が紫色だ!」
「ワイン風呂って書いてあるけど、ワインが入ってるの?」
薄い紫色の湯に、リーゼとジルコニアが目を丸くする。
「そうみたいですね。そこに、説明書きがありますよ」
壁には張り紙がしてあり、「ワイン風呂フェア」と書かれていた。
運良く、イベント日に遭遇できたようだ。
皆で湯に浸かり、張り紙を眺める。
「いい香りです……美肌効果があるんですね」
エイラが両手で湯を掬い、くんくんと匂いを嗅ぐ。
リーゼとジルコニアは、それならばと湯で顔を洗い始めた。
「すごく贅沢だね……隣、『電気風呂』って書いてあるけど、あれは?」
「ビリビリするお風呂ですね。コリとか、血行促進にいいらしいですよ」
浴槽の奥にはイス型になっている窪みがあり、すでに年配の女性が座っていた。
「そうなんだ。入ってみよ」
「あっ、待ってください!」
立ち上がるリーゼを、バレッタが慌てて止める。
「妊娠中は、使わないほうがいいらしいんです。胎児への影響が不明確らしくて」
「そうなの? んー、残念」
「あら。お嬢さん、妊娠してるの?」
話が聞こえたのか、女性がリーゼに聞く。
「あ、はい! 昨日、妊娠してるのが分かりまして」
「まあ、おめでとう! あなたすごい美人だから、きっとかわいい子が産まれてくるわね」
「えへへ。ありがとうございます」
「それにしても、日本語が上手ね。もしかして、日本産まれ?」
「いえ、フィンランドから引っ越してきました」
書類に書いてあった自身の設定を思い起こして、リーゼが答える。
バレッタをはじめ、全員がフィンランド出身という設定なのだ。
「遠くから大変ねぇ。こっちに来て長いの?」
「まだ来てから半年くらいで――」
「……何だか長くなりそうね」
「そ、そうですね」
あれこれと覚えたての設定を話すリーゼを見ながら、ジルコニアとエイラがこそこそ話す。
結局、10分以上も女性からの質問攻めは続き、彼女が湯から上がるまで話は続いたのだった。
『昨日発生したフィリピン沖の大型台風は――』
数十分後。
バレッタとリーゼは、外の露天風呂でテレビを見ながら湯に浸かっていた。
大きなテレビの前には彼女ら2人しかおらず、他の客は壺湯や寝湯に浸かっている。
ジルコニアとエイラは、内湯で打たせ湯を楽しんでいる。
「すごいなぁ。あんなふうに、雲の形まで分かっちゃうんだ」
リーゼは感心した様子でニュースを見ている。
「何か、本当に別世界だよね。テレビとか自動車とか、何をどう考えたら思いつくんだろ」
「すごいですよね。でも、あっちの世界でも、何百年かしたら同じ物が作られるかもですよ」
「そうかなぁ。できるなんて思えないんだけど」
今までの自身の生活を思い起こしながら、リーゼが唸る。
灯りはロウソク、移動は馬車、煮炊きは薪か炭だった。
そんな生活をしている状態で、電気のライトやら自動車やらが作られる未来が想像できない。
そのうちどこかで天才発明家が現れるのだろうかと、ぼんやり考える。
「ていうかさ、カズラがあっちにいろいろ持ってきてくれたものって、将来すごいことになるんじゃない?」
「すごいこと?」
「うん。今の状況を知ってる人が全員死んじゃった後の話だよ。何百年とか何千年とかしてから、記録書とかパソコンが見つかったら大騒ぎになりそうだなって」
「あはは。きっと、見つけた学者さんは大混乱でしょうね」
「ねー。ちょっと面白そう」
その様子を想像し、2人であれこれ話して笑う。
そうしていると、顔を赤くしたジルコニアとエイラがやって来た。
「打たせ湯、すごく良かったわよ。お湯で肩たたきしてもらってるみたいだったわ」
「でも、少し痒くなっちゃいますね」
ご機嫌な様子のジルコニアと、肩を摩るエイラ。
体を掻くのはよくないと分かっているので、我慢して摩るにとどめている。
「あわあわのお風呂もすごかったし。ほんと、ここはすごいわねぇ」
「ですね……あ、そろそろ上がったほうがいいかもです。カズラさん、もう出ているでしょうし」
テレビに表示されている時刻は午後の9時半。
気が付けば、すでに1時間以上も経っている。
「あ、ほんとだ。あんまり待たせちゃかわいそうだし、出よっか」
「待って待って! 私も露天風呂に浸かりたいの!」
ジルコニアが慌てて湯に入り、リーゼの隣に座る。
「ほら、エイラも。せっかく来たんだから、浸かっておけば?」
「あ、はい。でも、時間が……」
戸惑うエイラに、リーゼが苦笑する。
「じゃあ、5分だけにしよっか。私は少しのぼせてきちゃったから、そこのイスで涼んでるね。バレッタもどう?」
「私もそうします」
そうして、時間を区切って風呂から上がることになった。
約20分後。
風呂を出た女性陣は、髪を乾かして脱衣所の出口へと向かっていた。
出入口脇に置かれていた瓶牛乳の自販機の前で、リーゼが立ち止まる。
味は全部で4種類のようだ。
「ねえねえ、瓶牛乳買わない?」
浴場の出口にあった給水機で水を飲みはしたのだが、瓶牛乳はまた別の魅力があった。
牛乳は今朝ホテルのビュッフェで皆が飲んだので、味は知っている。
「いいですよ。ジルさんたちも飲みます?」
「飲む飲む。私、フルーツ牛乳ね」
「私はコーヒー牛乳がいいです」
「はい。私はイチゴ牛乳にしようかな」
「私は普通のやつ!」
バレッタがお金を入れ、全種類の牛乳を購入した。
自動販売機から少し離れ、ゴクゴクと、喉を鳴らして飲む。
「ぷはっ。あー、美味し……お母様、何で腰に手を当ててるんですか?」
左手を腰に当てて飲んでいるジルコニアに、リーゼが小首を傾げる。
「ん? こうやって飲むんだって、前にカズラさんに聞いたのよ」
「何ですかそれ。どうしてそんなことを?」
「こっちに来てから、作法で恥かかないようにって思って雑誌を見ながらいろいろ聞いておいたの。でも、嘘も織り交ぜようとしてくるから大変だったわ」
「嘘? どんな嘘を?」
「お風呂から出て体を拭いたら、タオルを両手で持って股下でパーン! ってやるのが一般的とか言ってたの」
「「「ええ……」」」
パーン、とやる仕草をしながら言うジルコニア。
なんという嘘を教えるのだと、リーゼたちは引いた声を漏らす。
「そんな恥ずかしい真似、どう考えても嘘でしょ? 聞いてすぐ、腹を一発殴ってやったわ」
「カ、カズラを殴ったんですか!?」
「もちろん軽く小突く程度よ? 大袈裟にうずくまってたけど」
「ジルさん、いつもカズラさんをからかってたから、根に持たれてるんじゃないですか?」
「カズ君が無事でよかったです……」
さらっと一良をカズ君呼びするエイラに、皆が「えっ?」と目を向ける。
「カズ君? あなた、そんなふうにカズラさんのこと呼んでたっけ?」
「えへへ。これからは、そう呼ぼうって、さっきお湯に浸かりながら決めたんです」
いぶかしげに聞くジルコニアに、エイラが答える。
「エリシスさんたちが呼んでるのを聞いて、いいなって思って。すごく親しく感じますし」
「ふーん……なら、今夜カズラさんと2人きりになるまで、その呼びかたは封印しておいたら?」
「あはは。いきなりカズ君呼びして迫ったらドギマギしそう!」
「そ、そうですね……カズ君、かぁ」
バレッタは自分がカズ君呼びをするのを想像してみたが、ちょっとしっくりこないな、と諦めた。
今度、2人きりの時に不意打ちで呼んでみてもいいかも、とは考えたが。
空き瓶を自動販売機横の回収棚に置き、脱衣所を出てロビーへと向かう。
ロビー脇にある休憩所では、一良が座椅子に腰掛けて漫画を読んでいた。
「カズラさん、お待たせしました。遅くなっちゃってごめんなさい」
謝るバレッタに、一良が本から顔を上げて微笑む。
「いえいえ、大丈夫ですよ。温泉、堪能してきました?」
「はい。お肌、ツルスベです」
「カズラさん、カキ氷!」
ウキウキした顔でカキ氷ブースを指差すジルコニア。
一良は「はいはい」と苦笑すると、座椅子から立ち上がるのだった。