軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39話:領主との面会

一良がハベル邸で胃薬を飲んでいる頃、アイザックはナルソン邸の執務室でナルソンと対面していた。

いつもなら、ナルソンは手元にある別件の報告書に目を通しながらアイザックの報告を聞き、必要に応じて質問しつつ並列作業でアイザックの報告内容も纏めるということが常なのだが、今回は少々様相が違っていた。

「……アイザックよ、もう一度言ってくれ。誰が現れたって?」

先ほどまで居た文官と入れ替わりで部屋に入ってきたアイザックが語った内容に、報告書から顔を上げ訝しむような表情で聞き返すナルソン。

対するアイザックは、そんなナルソンの視線にも全く動じず、真剣な表情のまま先ほど自身が言った言葉を繰り返す。

「グレイシオール様です。グレイシオール様がグリセア村に現れました」

アイザックがそう答えると、部屋に静寂が訪れた。

2人とも言葉を発さず、身じろぎもしない。

蝋燭の明かりが作り出す2人の影が、所在なげにゆらゆらと壁に揺れている。

「……あー、その、なんだ。そのグレイシオール様というのは、言い伝えに出てくる慈悲と豊穣の神のことか? 神が実際に姿を現したというのか?」

ナルソンはアイザックが冗談を言っているのかと思ったが、その真剣な表情はとても冗談を言っているようには見えない。

それに、アイザックはそのような冗談をいう男ではない。

「そうです。村の水路に水が流れていたことも、飢餓によって村が壊滅しなかったことも、全てはグレイシオール様がグリセア村に救いの手を差し伸べてくださったことによるものでした」

「具体的に言え。グリセア村に一体何が起こったというのだ。言い伝えのように、グレイシオール様が食料でも持ってきてくれたというのか?」

「はい、およそ1ヶ月前に、グリセア村にグレイシオール様が現れ、大量の食料を村に援助したとのことです。また、干ばつで壊滅状態にある村の畑に水を引くため、水車と言う水を低所から高所へ汲み上げる道具を村に与えていました。その他にも、加護の力で村の作物を急成長させたり、我々の見たことの無いような沢山の道具や知識を村人に与え、村を支援し続けています」

「……」

部屋に入ってきた途端、俄かには信じがたい話をし始めたアイザックに、ナルソンは少々混乱していた。

グレイシオールが現れ、飢餓に瀕している村を救った?

今も村に留まって村人達に道具と知識を与え続けている?

……全く以って信じられない。

神が現世に降臨するなどという、まるで神話のような出来事が現実に起こっているなどと言われても、はいそうですかと信用できるはずもない。

ちなみに、作物の急成長がグレイシオールの加護によるものという話は、アイザックの独自解釈である。

森の土を畑に混ぜたら作物が急成長した、と村長であるバリンから説明は受けていたが、グレイシオールが現れたとなってはそう考えても仕方が無いだろう。

「何とも凄い話だが、俄かには信じられんな。お前自身がグリセア村でグレイシオール様を見たとでも言うのか?」

「はい、実際にお会いし、話もしました。……ですが、私はグレイシオール様にとんでもない無礼をいくつも働いてしまい……グレイシオール様は赦すと言って下さいましたが、悔やんでも悔やみきれません……」

一良と会った時のことを思い出したのか、アイザックは表情を悲しげに曇らせると視線を落とした。

対するナルソンは、グレイシオールと会ったとのたまうアイザックに、相変わらず訝しんだ視線を送っている。

少しの間俯いていたアイザックだが、すぐに顔を上げると表情を引き締めた。

「ナルソン様、明日の朝一番で会っていただきたい方がいます」

「……おい、まさかとは思うが、会ってもらいたいっていうのは」

「グレイシオール様です」

思わず「冗談だろう」と言い掛けたナルソンだったが、アイザックのあまりにも真剣な眼差しを受けて言葉を引っ込めた。

未だに現実感が湧かないが、アイザックの言っていることが真実だとすると大事である。

しかし、先ほどアイザックが言っていたグレイシオールが行ったという数々の施しも気になるが、そのグレイシオールが自分に会うというのはどういう目的があってのことか。

「だが、明日の朝一番と言っても、今から大急ぎでグリセア村へ向かっても間に合わないぞ。グレイシオール様がイステリアへ来ているというのなら話は別だが……まさか」

「はい、グレイシオール様には現在ルーソン家の屋敷に滞在していただいております。本来ならば私の家にご案内すべきだったのですが、何分極秘のうちに行動せねばならなかったので……現時点でグレイシオール様の存在を知っているのは、私と副長のハベル、それに部下の2人とグリセア村の住民のみです。部下の2人には他言しないように厳命してあります」

ここにきて、ナルソンはようやく「何やらとんでもない事態が起こっている」という実感が湧いてきた。

神が現世に姿を現すという、言い伝え以外では前例の無い事件であるが、慎重に対応をしなければならない。

また、グレイシオールが偽者である場合、相手はアイザックをやりこめたとんでもない極悪人ということになる。

グレイシオールが本物であるか否か、しっかりと見極めなければならない。

「よし、ならば明日の朝一番に時間を取ろう。……それで、グレイシオール様は私に会って何を話したいと申しておられるのだ?」

グレイシオールと会うというナルソンの返事に安心したのか、アイザックはほっとしたように表情を少し緩めると、ナルソンの問いかけに答えるべく口を開く。

「はい、グレイシオール様は、飢餓に苦しむ我々を支援してくださると申しておられます。先ほど話した水車と言う道具の作り方や、作物の増産の仕方を教えてくださるそうです。それに、少量であれば食べ物も支援してくださると仰っていました」

「ほう、それはありがたい話だが……」

何とも気前のいい話に、不信感を拭えないといった雰囲気を醸し出しているナルソン。

そんなナルソンを見て、アイザックは内心、信じられないのも仕方ないだろうと苦笑した。

アイザックでさえ、一良から色々な道具を見せられたり、目の前で人が消失するといった現象を見て、やっと一良がグレイシオールであると信じたのだ。

話を聞いただけではナルソンが納得しないというのは、予測済みである。

「ナルソン様、明日お会いしていただくグレイシオール様は本物です。お会いすればわかります」

「……そうだな」

自信満々といった風に言うアイザックに、ナルソンはなおも質問を投げかけようかと思ったが、明日になればわかるというアイザックの意見に同意して質問をやめた。

グレイシオールが本物だと信じきっているアイザックに、今ここで色々と質問をしなくても、明日グレイシオール本人に会えば疑問は氷解するのだ。

自分達が見たことも無い道具や知識とやらを、存分に確認させて貰えばいい。

「それでは、私はハベルに明日の面会時間を伝えに行ってまいります」

アイザックはそう言って頭を下げると、足早に執務室を出て行った。

ナルソンがアイザックの出て行った扉を眺めながら先ほどの会話を数秒反芻していると、再び扉が開いて今度はジルコニアが入ってきた。

ジルコニアは手に銅のコップを2つ持っている。

どうやら、飲み物の差し入れに来たようだ。

「何かあったの? アイザックが部屋を出るなり走っていったみたいだけど」

小首を傾げて尋ねてくるジルコニアに、ナルソンは先ほどの話をジルコニアにも話そうかと口を開きかけたが、ふとあることを思いついた。

「ジルは確か、北西にある山岳地帯の出身だったな?」

「そうよ。といっても、あそこにはもう誰も住んでないけど。それがどうかしたの?」

「一つ、協力してもらいたいことがある」

何が何やらわからないといった表情をしているジルコニアに、ナルソンは先ほどアイザックと話した内容と、自分の思いついた内容を合わせて説明を始めるのだった。

翌朝、一良たちはハベル邸で朝食を済ませた後、ハベルと共に馬車で領主の館へと向かっていた。

時刻は朝の7時。

ハベル邸の建つ高級住宅街沿いの大通りは閑散としており、すれ違う人は殆どいない。

街の中心部に近いこの辺りの道は石畳で舗装されており、道の両脇には所々に街路樹が植えてある。

道は綺麗に掃除されていてゴミ一つ落ちておらず、ごちゃごちゃとした街の外周付近とは対照的な景観だ。

そんな街中を馬車に揺られること10分。

一行は、大きな城砦のような建物に辿り着いた。

建物の外周は高さ5メートル程の石壁で囲われており、石壁の上には短槍を装備し皮鎧を纏った警備兵の姿が見られる。

また、石壁には青銅で補強された木製の大きな門が併設されていて、その前には2人の警備兵が立っていた。

一良たちの乗った馬車が門に近づくと、警備兵が制止を呼びかけながら近寄ってくる。

近寄ってきた兵士は、馬車に描かれているルーソン家の家紋を確認すると、二言三言ハベルと言葉を交わし、門の前で待機しているもう1人の兵士に声をかけて門を開けさせた。

馬車に乗ったまま門をくぐると、石畳の敷き詰められた広場に出た。

広場の端には馬車が何台か停められていて、駐車スペースとして使われていることが見て取れる。

一良たちの馬車も、先に停めてある馬車の隣にまで移動し、駐車した。

「カズラ様、おはようございます」

一良が馬車から降り、続いて降りるバレッタに手を貸していると、背後からアイザックが走り寄ってきた。

「朝早くおいでいただき、ありがとうございます。すぐにナルソン様と面会できますので、どうぞこちらへ。お荷物は私がお持ちしましょう」

「隊長、私も同席してよろしいでしょうか?」

一良とは反対側の降り口から馬車を降りたハベルは、一良から布で目隠しされたキャリーケースを受け取っているアイザックに声を掛けた。

「ああ、是非そうしてくれ。俺がグリセア村に居なかった時の話が出るかもしれないからな」

アイザックはハベルに答えると、両手でキャリーケースを抱え、全員を先導して歩き始めた。

ハベルも、一良から布で包まれたボストンバッグを受け取り、後に続いて歩き始める。

「(まるで要塞みたいな造りだな……)」

2人の後に続きながら、一良は周囲を見渡した。

今朝、ナルソンと面会するために『領主の館』に行くとハベルには言われていたので、領主の館とはルーソン邸をもっと豪華にしたような建物だろうと予想していたのだが、実物は全く違っていた。

人が生活する場というよりは、軍隊が駐屯する城砦のような造りに見える。

バレッタと村長も領主の館に入るのは初めてなのか、周囲を興味深げに眺めている。

だが、アイザックに連れられて暫く歩き、館に入る時にくぐったものと同等の石壁に併設された大きな門を潜ると、今度はうって変わって草木の生い茂るのんびりとした空間が現れた。

建物の外周付近は堅牢な石壁や角塔といった軍事設備が目立ち、所々にあった扉も分厚く重厚なものが多かったが、今目の前にあるのは綺麗に手入れをされた庭園である。

庭園の先には4階建ての大きな石造りの建物が立っているが、先ほど通ってきた要塞のような無骨な建物とは違い、造りはルーソン邸のそれに近い。

どうやら、館の外周付近は軍事施設、中心部分は居住区と分けられているようだ。

中庭を通り、建物の中に入って少し歩くと、アイザックは一つの扉の前で足を止め、扉にノックをした。

「ナルソン様、アイザックです。昨夜お話した方をお連れしました」

アイザックが扉に向かってそう声を掛けると、すぐに扉が開き、中から銀髪の若い女が顔を出した。

女はアイザックの後ろに居る一良たちを見ると、笑顔を見せた。

「まぁ、よくぞいらしてくださいました。どうぞ、お入りください」

女はそう言うと、扉を開け放って一良たちを招き入れ、自身は部屋の奥へと移動した。

部屋の奥には壮年の男が1人、大きな長テーブルの脇に立っており、一良と目が合うとにっこりと微笑んだ。

「ナルソン様、こちらの方がカズラ様です。後ろの2人は、グリセア村の村長であるバリンさんと、そのご息女のバレッタさんです」

部屋に入ったアイザックは、自分は邪魔にならないようにと壁際に寄ると、ナルソンに一良たちを紹介する。

ハベルもアイザックの隣に移動すると、少し緊張したような表情で一良たちに目を向けた。

「お初にお目にかかります、カズラと申します」

アイザックがナルソンと呼んだ男に、一良は若干緊張しながら姿勢を正して頭を下げた。

頭を下げた後で、神という設定の自分が頭を下げるのはおかしいんじゃないかという考えが過ぎったが、会社員をしていた頃の癖でつい条件反射で頭を下げてしまったのだ。

「グレイシオール様、我が屋敷までご足労いただき、ありがとうございます。私はこの領地を治めている領主のナルソン=イステールと申します。アルカディア陸軍イステリア方面第1軍団長も兼務しております。以後、よろしくお願いいたします」

一良が頭を上げると、今度はナルソンが深々と腰を折って頭を下げ、自己紹介をした。

「っ!? ナルソン様!?」

ナルソンが挨拶をすると同時に、何故かアイザックとハベルが驚いたような反応を見せた。

領主が頭を下げたことに驚いているのだろうか。

「私はナルソンの妻のジルコニアと申します。アルカディア陸軍イステリア方面第2軍団長を務めています。この度はグレイシオール様がイステール領に支援を行ってくださるということで、本当に感謝しております。もしよろしければ、道具の作り方や農業だけではなく、軍備についても助言をいただければと思うのですが……」

「ジ、ジルコニア様まで、一体何を!?」

同じく、深々と頭を下げ自己紹介をするジルコニアに対し、何やらやたらとテンパッているアイザックとハベル。

それほどまでに動揺するようなことを2人は言っているだろうか?

「道具や農業についての助言は出来ますが、軍備については何分管轄外なものでして……ご期待に沿うのは難しいかと思います」

一良が困り顔でそう言うと、ナルソンとジルコニアは少し驚いたような表情でお互い顔を見合わせた。

テンパっていたアイザックとハベルは、一良がそう言うと

「おお……」

と2人揃って声を上げている。

「……では、早速ここに来た用件を話したいのですが」

「あ、はい、ではそちらの椅子をお使いください」

よくわからないリアクションをしている4人に、一良が内心首をかしげながらそう言うと、ナルソンは長テーブルについている椅子を一良に勧めるのだった。