軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

383話:今回のところは

ピピピ、という電子音が響く。

一良はぼんやりと目を開き、音の発生場所を探そうと頭を動かした。

ベッド脇のテーブルに置かれていた時計に手を伸ばし、べし、と叩いてアラームを止める。

どうやら、バレッタが寝過ごさないようにとセットしておいたようだ。

「……ん」

すぐ隣から聞こえた声に、顔を向ける。

一良の腕に自身の腕を絡めているバレッタが、目を閉じたまま眉間に皺を寄せている。

2人とも裸で、毛布の隙間からバレッタの白い肌が覗いていた。

起きるかな、と思いながら一良が見つめていると、バレッタが薄っすらと目を開いた。

「んん……」

「バレッタさん、おはようございます」

「あ、おはようござ……っ!?」

バレッタは反射的に答えた直後、自身が裸であることに気付いて固まった。

同時に、昨夜の情事を思い出し、瞬時に顔が真っ赤になる。

あの後、ついに一良と結ばれることができたのだ。

「あ、あ、あ」

「ど、どうしたんですか?」

「ううう……」

バレッタはプルプルと震えながら一良の腕をきつく抱き、上目遣いで彼を見る。

「……夢じゃなかったです」

「え?」

「うう、恥ずかしい……」

バレッタは湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にして、目をそらした。

腕や首筋まで真っ赤だ。

「え、えっと……起きますか?」

「はい……」

一良は身を起こそうとするが、バレッタが腕をしっかりと抱いていて起き上がれない。

「あの、放してくれないと起き上がれないんですけど」

「うう、でも、放すと見えちゃいますよう」

「ええ……昨日、これでもかってくらいお互い見たじゃないですか」

「ううう!」

バレッタは再び呻き、視線から隠れるように抱いている腕に額を押し付けた。

「ほら、そろそろ朝食ですよ。アラームが鳴っていましたし」

「はい……あの、あっちを向いていてほしいです……」

「えー? それは何かヤダなぁ」

「うう、意地悪しないでください!」

「はは、すみません。バレッタさんが可愛くって」

一良はそう言ってバレッタに毛布を掛けると、ベッドの反対側から降りた。

「ええと、服は……」

ベッドの端に脱ぎ散らかされている自分の服を取り、着替え始めた。

バレッタは毛布にくるまったまま身を起こし、ささっと手を伸ばして自分の服を取る。

「バレッタさんは新しい服に着替えたほうがいいんじゃないですか?」

「あ、ですね……そこの布袋、取ってもらえますか?」

「うん」

ズボンを穿いた一良が、布袋を取りに行く。

バレッタは毛布を纏ったまま、その姿を見つめた。

ふと思い立ち、そっと毛布を開いて自身の下半身を見る。

「……」

「はい、バレッタさん……何やってるんです?」

「い、いえ! 何でもないです!」

ばっと毛布を閉じ、手を伸ばして布袋を受け取った。

そのまま毛布を頭から被り、袋を漁る。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

「恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」

バレッタはそう言うと、ちらりと毛布から顔を覗かせた。

「……カズラさん」

「ん、何ですか?」

一良が上着を着ながら、バレッタを見る。

バレッタは真っ赤な顔のまま、一良を見つめている。

「そ、その……私と、け、け、結婚してください!」

「しますって。昨日も言ったじゃないですか」

昨晩、大人の行為をしている最中にもバレッタに言われ、一良はすぐに頷いたのだ。

自分から言うつもりだったのに、と一良が言うと、バレッタは照れながら「えへへ」と笑っていたのだが。

「うう、ごめんなさい……何だか、昨日のことが夢みたいで。えへへ」

その時と同じように笑うバレッタ。

とても幸せそうなその表情に、一良も頬が緩む。

「ほら、あっち向いてますから。着替えちゃってください」

「えへへ。はい!」

そうしてバレッタも着替えを済ませ、ベッドを降りた。

着替え中、一良がわざと何度か振り返ろうとするたびに、バレッタは「ダメですってば!」と慌てていた。

「さて。俺、部屋着ですし、着替えてきますね。先に食堂に行っててください」

「あ、待ってください!」

「ん?」

部屋を出ていこうとする一良にバレッタが駆け寄り、腕を掴む。

振り返った一良の唇に、バレッタは背伸びをしてついばむようなキスをした。

「私も一緒に行きます。えへへ」

「か、かわいい奴め」

「きゃー」

頭をぐりぐりと撫でられ、バレッタが可愛らしい悲鳴を上げる。

そうして、2人は一緒に部屋を出た。

隣の一良の部屋に入り、一良がバッグから着替えを取り出す。

上着を脱ぎ始めた一良を、バレッタはご機嫌な様子でベッドに腰掛けて見つめている。

ちなみに、部屋の配置はリーゼ、一良、バレッタという順になっている。

ジルコニア、エイラ、マリーの部屋は、それぞれその向かいだ。

「今日はどこに行きましょうかね?」

バレッタが唇に指を当てて、「んー」と考える。

「大きなミャギ牧場があるって聞きましたから、行ってみませんか? ミャギ肉の揚げ焼きがすごく美味しいらしいですよ」

「んじゃ、まずはそこに行きますか。そういえば、フライス領の港町にもって話がありましたけど、どうしましょうかね?」

「あ、港町も行ってみたいです! でも、泊まりがけになりますよね?」

「だよなぁ。まあ、皆の意見も聞いてから、行くかは考えますかね」

「……」

「バレッタさん?」

皆、と言われ、バレッタはそれまでの幸せな気分から一転して、酷い焦燥感に襲われた。

一良と結ばれたことで舞い上がっていたが、これからリーゼと顔を合わせるのだ。

いったいどんな顔をして、彼女に会えばいいのだろうか。

一良がバレッタに歩み寄り、頭を撫でる。

「大丈夫。俺が、皆にちゃんと言いますから。リーゼも、分かってくれますよ」

「……はい」

バレッタが萎れるように頷く。

昨夜、自分が一良とリーゼのキスを見てしまった時の気持ちを思い出す。

大好きな人が、自分以外の人と結ばれてしまったと思い込み、途方もない絶望を味わったのだ。

きっと、今のリーゼもその時の自分と同じ気持ちだろう。

一良は少し心配そうにバレッタを見ると、着替えの続きを始めた。

ぱぱっと服を着て、さて、と息をつく。

「行きましょっか」

「はい……」

部屋を出ると、私服姿のマリーが部屋を出てきたところだった。

2人の姿に、にこりと微笑む。

「あ、カズラ様、バレッタ様。おはようございます」

「おはようございます」

「お、おはよ……」

にこやかに返す一良とは違い、バレッタの表情は暗い。

マリーは特に反応するでもなく、笑顔のままだ。

「起こしに伺おうと思ったのですが、バレッタ様もご一緒だったのですね」

「は、はい」

「……うん」

「バレッタ様」

すると、マリーがバレッタに明るい笑顔を向けた。

「大丈夫ですよ。皆様、きっと分かってくださいますから」

「「え」」

一良とバレッタが同時に驚いた声を漏らす。

「カズラ様、バレッタ様を幸せにしてあげてくださいね!」

「え、あ、はい」

「あの、マリーちゃん。その……知ってたの?」

バレッタがおずおずと、マリーに聞く。

「そろそろだろうなって思っていたのですが、お二人の顔を見て確信しちゃいました。おめでとうございます」

にこにこと微笑んでいるマリー。

すると、隣の部屋の扉が開いた。

出てきたリーゼの姿に、バレッタがびくっと肩を跳ねさせる。

「あ、バレッタ!」

リーゼがバレッタに駆け寄る。

バレッタの顔を少し見つめ、にこっと微笑んだ。

その目は泣きはらしたように真っ赤だった。

「おめでと!」

「えっ」

「あれから、カズラに告白してもらえたんでしょ?」

「は、はい……」

たじろぐバレッタの頭を、リーゼがよしよしと撫でる。

「昨日はごめんね。勝手に、カズラにあんなことしちゃって」

「え、あ……い、いえ」

「カズラ、バレッタを泣かせるようなことしたら許さないからね。ちゃんと幸せにしてあげてよ?」

「あ、ああ。もちろんだ」

「それじゃ、朝ごはん食べに行こっか。お腹空いちゃった」

2人の間に入ってそれぞれの背を押し、リーゼが歩き始める。

一良とバレッタも、困惑しながらも歩き始めた。

マリーはにこにこしながら、その後に続く。

「それで、結婚式はいつ挙げるの?」

リーゼが笑顔のまま、2人の顔を交互に見る。

「あ、そうか……バレッタさん、村に帰ったらバリンさんに報告して、すぐにやりますか?」

「は、はい……」

うつむいて答えるバレッタ。

リーゼは少し困ったように笑うと、足を止めた。

バレッタと一良も立ち止まる。

リーゼはバレッタに向き直った。

「あのね。私のことは、心配しなくても大丈夫。ちゃんと納得してるから」

「……」

「そりゃあ、ばっさり断られちゃってショックだったけどさ。こうなるだろうなって予想はしてたし、覚悟はできてたの。だから、そんな顔しないで?」

「……ごめんなさい」

「もう、何で謝るのよ。そこは、『ありがとう』でしょ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

ぽろぽろと涙をこぼして謝るバレッタ。

その姿に、リーゼの笑顔が崩れていく。

「あ、謝らないでって……謝らないでよ……っ」

張っていた気持ちが簡単に瓦解し、リーゼも一緒になって泣き出してしまう。

そして、互いに縋りつくようにして泣き出してその場にしゃがみ込んでしまった。

――ど、どうしよう。

――しばらくはこのままにしておくしか……あわわ。

一良とマリーは目で会話し、どうすることもできずにその姿をしばらくの間見つめていた。

数分後。

2人を連れて一良が食堂に入ると、すでにジルコニアたちが席に着いていた。

泣きはらしたバレッタとリーゼの顔に、皆がぎょっとした顔になる。

ちなみにだが、ヘイシェル夫妻は食卓は一緒にしないことになっている。

日常を忘れて気兼ねなく旅行を楽しんでほしい、とのことで、一良たちと会うのも必要最小限にしてくれているのだ。

「えっ。どうし……あ」

ジルコニアが言いかけ、察した様子で苦笑した。

そしてエイラと目を合わせ、一良を見る。

「えっと、カズラさん。一応聞きますけど、どういうことですか?」

「そ、その……俺、バレッタさんと結婚することになりました」

「えっ!?」

アイザックが驚いた声を上げ、すぐに「すみません」と小さくなる。

シルベストリアはほっとした様子で胸をなでおろしており、ハベルは「あーあ」とでも言いそうな顔になっていた。

セレットは我関せずといった様子で、皆のカップにポットからお茶を注いでいる。

「それで、私の娘を泣かせたというわけですか」

「ひっ」

底冷えのする声で真顔で言われて一良はびくっとなったが、ジルコニアはすぐに表情を崩した。

「ふふ、冗談です。バレッタ、よかったわね」

「……はい」

「リーゼは、納得できてない感じかしら?」

ジルコニアが聞くと、リーゼは疲れたような笑顔を見せた。

「いえ、そんなことはないです。でも、やっぱり失恋はつらくて」

「別に、まだ失恋したってわけじゃないでしょ」

「「「えっ!?」」」

ジルコニア以外の全員が驚いた声を漏らす。

「私はまだ諦めてないし。バレッタが不甲斐なかったら、遠慮なく掠め取らせてもらうつもりだけど?」

「い、いや、ジルコニアさん。何を言ってるんですか」

困り顔の一良に、ジルコニアは不満げな顔になる。

アイザックは1人だけ、「何ですと!?」といった顔になっていた。

「別にそれくらい思っててもいいじゃないですか。これでも、私もけっこう傷ついてるんですよ?」

「え、えっと、何と言ったらいいか……すみません」

「そんな顔しないでください。責めてるわけじゃないですから」

肩をすぼめている一良に、ジルコニアが苦笑する。

「でもまあ、今回のところはバレッタに譲ります。バレッタ」

ジルコニアがにこりと微笑み、バレッタを見る。

「は、はい」

「カズラさんを独り占めするんだから、ちゃんと幸せになりなさい。他の男に目移りなんてしちゃダメよ?」

「め、目移りなんて、絶対にしません!」

「ふふ。まあ、私としてはそうしてもらっても全然いいんだけど」

ジルコニアはそう言うと、さて、とナイフとフォークを手に取った。

今日の朝食は、ジルコニアとエイラで用意した。

ソーセージ、パンケーキ、スクランブルエッグ、ハーブティーだ。

「ほら、食べましょう? 3人とも座って」

そうして、皆で朝食を食べるのだった。