軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

336話:美魔女

バレッタたちと別れた一良は、真っ暗な雑木林をバイクで抜け、石畳の通路へとやって来た。

バイクをその場に停め、通路を通って日本へと戻る。

久方ぶりの屋敷は、真っ暗でしんと静まり返っていた。

「はあ、疲れた……リーゼの言うとおり、こんな状態で夜道の運転は危ないな。今日は早く寝ないと」

ペンライトで足元を照らしながら廊下を歩き、庭へと出た。

月明かりの照らす中、片隅にあった岩に腰を掛けてスマートフォンを取り出し、時間を確認する。

「うお、もうすぐ19時半か。まだかけても大丈夫……だよな?」

電話帳を開き、いつも動画を作ってくれている宮崎に電話をかける。

数コールの後、通話がつながった。

「もしもし、宮崎さんですか? 夜分にすみません」

『志野さん! おひさしぶりです! 時間なんて気にしなくて大丈夫ですよ!』

宮崎の明るい声が響く。

「はは、ありがとうございます。元気にしてました? ちゃんとご飯食べれてます?」

『はい! おかげさまで、家具も新調できたしご飯も食べれてます! ほんと、志野さんには感謝ですよ!』

以前、宮崎はとある事情で闇金から借金の取り立てに遭って酷いことになっており、一良があれこれ融通して助けたことがあった。

どうやら平穏な日常を取り戻している様子で、一良はほっとした。

「それはよかった。えっとですね、またお仕事を頼みたくて。謝礼は弾みますから、協力してもらえませんか?」

『わわっ、ありがとうございます! 志野さんのためなら、何だってやっちゃいますよ!』

二つ返事で承諾してくれた宮崎に、あれこれと動画用の資料映像の収集を依頼する。

明日一緒に食事でも、との誘いに了解の返事をし、通話を終えた。

「さて、次は……あのホームセンター、20時までだったよな。ギリギリだ」

急いでいつものホームセンターに電話をかけると、すぐにつながった。

相手は女性店員のようだ。

「もしもし、志野と申します。在庫の確認と、注文をお願いしたくて」

『承知いたしました。失礼ですが、お客様のお名前は志野一良様でしょうか?』

「はい、そうです」

『少々お待ちください! あっ、店次長! 志野一良様からお電話です!』

少し間を置いて、聞き覚えのある男性の声が響く。

『お電話代わりました。店次長の田沼でございます』

「ん? 田沼さん?」

いつも世話になっているフロアマネージャーの声に、一良が小首を傾げる。

「もしかして、また昇進したんですか?」

『はい。先月、店次長になりまして』

「おお! それはよかったですね! おめでとうございます!」

『ありがとうございます。それもこれも、志野様のおかげですよ。いつもたくさんお買い上げいただき、ありがとうございます』

「いやいや。こちらこそ、あれこれ融通してもらって。それで、またいろいろと大量に買いたいんですが」

『承知いたしました。本日は何がご入用でしょうか?』

「ええと、肥料の硫黄粉末と鶏糞と――」

あれこれと品名を羅列し、在庫を確認してもらう。

欲しいものはすべてそろっているとのことで、一部の商品は在庫をすべて取り置きしてもらうことができた。

ついでに、ホームセンターには置いていない商品も発注の中継ぎをお願いした。

「すみません。いつもあれこれ頼んじゃって」

『いえいえ。志野様のご依頼でしたらどんなことでも』

「ありがとうございます。それでは、明日伺いますので」

『はい! ありがとうございました!』

通話を切り、続けてバイク店にも電話をかける。

数コールでつながり、先ほどと同様に一良が名乗る。

『志野様ですか! お電話ありがとうございます! 少々お待ちを……支店長! 石油王です!』

『おおっ! また大口購入をしてくれるのかな? って、保留にしろよバカ!』

謎のやり取りが響き、支店長が出た。

ひたすら謝る支店長に「ん? よく聞こえてなかったんですけど、何かありました?」、と大人の対応をして、用件を伝えた。

『以前お買い上げいただいたのと同じバイクを10台ですね!』

「お願いします。あと、初心者でも乗りやすい、格好いいスポーツタイプのバイクを1台欲しいんです。支店長さんのお勧めのものを買いますから、明日見せてもらえませんか? 値段は気にしないでいいので」

『しょ、承知いたしました! とびきりのものをご用意させていただきます!』

「お願いします。それと、超小型の軽トラックって、そちらの系列メーカーでありませんか? 狭いところを通るので、できるだけ横幅の小さい物がいいんですが」

『ございますよ! カタログをご用意いたしますので、ご来店いただいた際にご確認いただければと!』

そんなこんなでやり取りを終え、通話を切った。

「よし、時間は……あー、20時回っちゃったか。さすがにもう無理だよな」

この時間になると大抵の店は閉まってしまうため、今日できるのはここまでだ。

スマートフォンをポケットにしまい、一良は再び屋敷に入った。

通路を抜け、雑木林へと戻って来た。

バイクで戻ろうかとも思ったのだが、夜中に騒音を撒き散らすのはどうかと思い、歩いて戻ることにした。

この時間だと、村人たちは床に就く頃合いだろう。

「やれやれ。本当に疲れたな……」

てくてくと木々の間を歩き、村へと向かう。

こちらの世界に来てからいろいろあったな、と妙にしんみりとしながら歩いていると、突然、ぱっと目の前に人の顔が現れた。

「おぶっ!?」

「あだっ!?」

目の前数センチに現れたジルコニアのおでこに一良の口が衝突し、それぞれ口とおでこを押さえて呻く。

「い、いてて……ジルコニアさん?」

「いたた……何でいきなりカズラさんが出てくるんですか……」

涙目で一良を見上げるジルコニア。

一良は状況が飲み込めず、怪訝な顔になる。

「いや、俺としては、ジルコニアさんが目の前に突然現れたんですけど」

「あー……ごめんなさい。どうにかして日本に行けないかなって思って、雑木林を大回りして反対側から通路に向かったんですけど、ダメだったみたいですね」

いてて、とジルコニアが額を摩る。

「ああ、なるほど。たぶんですけど、強制転移の範囲は通路を中心に円状になってると思うんです。どの方向から行っても、ダメだと思いますよ」

「そうですか……うう、残念です」

はあ、とジルコニアがため息をつく。

「ん? ジルコニアさん、お酒飲んだんですか?」

ふわりと漂う果実酒の香りに、一良が鼻をひくつかせる。

「はい。ちょっと飲みたい気分になっちゃって。リーゼにも付き合ってもらって、家で少し飲んできました」

「あ、いいなぁ。戻ったら一緒に飲みましょうよ。そういえば、バレッタさんたちも来てるんですか?」

「いえ、皆は家で休んでます。私は、酔い覚ましに散歩してくるって言って抜け出してきちゃいました。物資の調達は上手くいきそうですか?」

「時間が時間なんで、全部の注文はできませんでしたね。他にもあれこれ用意しないとなんで、明日は急いであちこち回らないと」

「大変ですね。私もお手伝いできればよかったんですけど」

「まあ、こればっかりは仕方がないですよ」

「……この前、リーゼが『日本に行く方法をカズラが知ってるみたい』って言ってたんですけど、その方法を使うわけにはいかないんですか?」

ジルコニアの問いかけに、一良が「あー……」と困り顔になる。

「言えない、ですか?」

「いや……」

一良は少し考え、ジルコニアになら話してもいいか、と話すことにした。

というよりも、今まで1人で考えていたが、誰かに意見を聞いてもらいたかったという気持ちが先行した。

「えっとですね、ここだけの話にしてもらいたいんですけど」

「はい! 誰にも言いませんよ!」

「たぶんなんですけど、俺と結婚した相手は通れるようになるんじゃないか、と思ってまして」

「け、結婚……ですか?」

ジルコニアが小首を傾げる。

「ええ。前に、俺の母親が『結婚することになったらちゃんと紹介してよね』って言ってたんですよ。それって、結婚すれば日本に連れて行って会わせることができるって意味に聞こえません?」

「結婚した途端に、その相手が通路を通れるようになるってことですか?」

「そうじゃないかなって。まあ、紹介ってのが、写真を見せろっていう意味なだけかもですけど」

「う、うーん……その時の話では、カズラさんと結婚した相手は日本に行ける、みたいなことをお母さんは言ってたんですか?」

「そういうわけじゃ……でも、その時母に、父が俺をこっちの世界に行くように仕向けた理由を聞いたんですよ。そしたら、『聞いたら絶対に困るから言えない』って言ってて」

一良の話に、ジルコニアが口元に手を当てて少し考える。

「つまり、カズラさんはお嫁さん探しのためにこちらの世界にやって来た、と? 困る理由は、それを知ってしまうと自然な関係作りに支障が出てしまうから?」

「かもしれない、と思って……でも、今考えてみると、下手すれば現地で死ぬ可能性もありますし、さすがにそんな理由では送り出さない気がしてきました」

「私もそう思います。現に、言い伝えではカズラさんのご先祖様が酷い目に遭ってるわけですし」

それはそうだろう、といった顔でジルコニアが言う。

「そんな話もありましたね。まあ、彼が本当に先祖かどうかは謎ですけど」

一良は以前バレッタから聞いた、グレイシオール伝説を思い返した。

実際、通路の前で、肩口をばっさり斬られた形跡のある白骨死体を見ている。

父や母がこちらに来ていたなら白骨死体を見ているはずで、その理由も推測しているだろう。

そんな場所に、「お嫁さん探し」をさせるために、何も教えずに一人息子を送り出すだろうか。

「それに、定義が曖昧すぎますよ。結婚って、言わば概念的なものとも考えられるじゃないですか。国によって作法は違いますし、通路がそれを判断するってことですよね?」

「もしくは、結婚相手が見つかったと母に伝えれば、母が通路の何かをいじって、俺以外も通れるようにするとかですかね」

「あー、なるほど……カズラさんのお母さんが、こちらの世界の人だという可能性は? カズラさんが結婚したら、こっちに来て相手に会うつもりとか」

「たぶん違うかと。一緒に暮らしてて、やたらと力持ちみたいなのは見たことないですし。それに、風邪を引いてるのを何度も見たことがあります」

「む、風邪ですか。私たちと同じ体質なら、日本の食べ物を食べていれば病気なんてしないですもんね」

アテが外れたといった顔になるジルコニア。

「そうなんですよ。ジルコニアさんもバレッタさんたちも、俺が持ってきた食べ物を食べてから超健康体になってますもんね。もしもこちらの世界の人間なら、他の病気ならともかく、風邪を引くのはおかしいかなって」

「ですね……他に、お母さんについて気になることは何かありません?」

「んー……やたらと見た目が若いってことくらいですかね。父と同い年なはずなんですけど、めちゃくちゃ若いんですよ」

「若い? お母さんの年齢は?」

「55歳です。でも、どう見ても30代半ばくらいにしか見えないんです。近所じゃ『美魔女』って呼ばれてるらしいですよ」

一良の母親は年齢の割に外見がとても若く、今のところ白髪もない。

髪を染めている姿も、一良は一度も見たことがなかった。

思い返せば、一良が小学生くらいの頃は、成人しているのかと疑うほどに若々しかった気がする。

一良が赤ん坊の頃の写真で母と一緒に映っているものを見た記憶はないのだが、その頃の母の外見はどんなものなのか今さらながらに気になった。

「そ、それはすごいですね。単純に、年齢を詐称してるだけでは?」

「いや、それはないかと。俺が就職して一人暮らしを始めた時に、アパートを借りるので保証人になってもらったことがあるんですけど、生年月日が年齢と一致していたんで」

「なら、化粧をして若く見せている、とか?」

「それもないですね。母はいつもすっぴんなんで」

「お肌の手入れをすごく頑張っている、とかは?」

「化粧水を使っているのは見たことがありますけど、それくらいですね。他には何もやってないかと」

「……それ、本当に人間ですか? エイリアンとか人工生命体なんじゃないですか?」

映画で覚えた単語を吐くジルコニア。

一良としても、いくらなんでも母は見た目が若すぎるとは思う。

だが、いつも一緒にいて慣れてしまっており、あまり気にしたことがなかったのだ。

「見た目が若い以外は、ごく普通の人なんですよ。母から生まれた俺だって、普通の人間ですし」

「むむ……あっ! なら、他人に成りすましているとかは? 他人の戸籍を乗っ取って、みたいな」

イステール領でもそういう犯罪がたまにありますよ、とジルコニアが付け加える。

「こ、怖いこと言いますね。でも、あり得るとしたらそれくらいかなぁ」

「まあ、もしそうだとしても、お母さんには聞かないほうがいいですね。隠しておきたいことでしょうし」

「うーん……他人の戸籍を乗っ取るにしても、実年齢に近い相手を狙うと思うんですが」

「その時の選択肢が、その相手しかなかったのかもですよ」

いつの間にやら、一良の母親が他人の戸籍を乗っ取って成り代わっている犯罪者のような扱いになっている。

実際どうなのかは分からないが、今さら母親を問い詰めてもいいことはないだろう。

謎のままにしておいたほうがよさそうだ。

「それはいいとして、カズラさんのお父さんとお母さんは、来ようと思えばこちらに来れるんでしょう?」

「たぶん。こちらの世界のことを知っていますし、屋敷の床に鉄板が張られていましたし。鉄板は父がこちらに何か重量物を運ぶためにやったことかと。ただ、その何かを運び込んだ形跡が、村には見当たらないんですよね……」

「……1つ、試してみたいことがあるんですけど」

ジルコニアが少し考え、一良を上目遣いで見る。

「試す? 何をです?」

「えーと……どうしよ」

ジルコニアが気恥ずかしそうに逡巡し、よし、と頷く。

服の裾で、手をゴシゴシと拭った。

「あ、あの?」

「カズラさん、口を少し開けてもらえます?」

「え?」

「ほら、あーんって」

「は、はあ。あーん」

一良が口を開くと、ジルコニアはそこに右手の人差し指を突っ込んだ。

そして、ぐいっと一良の舌に指の腹を這わせる。

「ふぉわっ!?」

「あむっ」

ジルコニアは一良の口から指を引き抜き、それを自分の口に咥えた。

「よし!」

そしてすぐさま振り向き、通路の方へとすごい勢いで走り出した。

一良が唖然としてそれを見送っていると、再び目の前にジルコニアが出現した。

「うおっ!?」

「わわっ!? だ、ダメか。はあ」

ジルコニアが赤い顔でため息をつく。

「な、何をやってるんですか?」

「カズラさんの体液を体に取り込めば、もしかしたらいけるかもって……SF映画とかなら、そういう設定がありそうですし」

「ああ、なるほど……で、ダメだったと」

「はい。あと考えられるのは……カズラさんのこ――」

ジルコニアが言いかけた時、突然2人の間にエイラが現れた。

一良とジルコニアが、「うわあ!?」と驚いて飛びのく。

「わわっ!? カ、カズラ様……ジルコニア様も」

エイラが驚いた顔で、2人の顔を交互に見る。

「な、何でエイラさんが」

「う……」

エイラが顔を赤くしてうつむく。

「私は試してみたことがなかったので、やってみようと思って……カズラ様がいつも行っている方向に歩いていたら、こんなことに」

「びっくりした……あなたもやってたの」

「えっ。ジルコニア様も試していたんですか?」

「うん。まあ、ダメだったんだけどね」

ジルコニアが苦笑する。

「ねえ、エイラはどうすれば通路まで行けると思う?」

ジルコニアがエイラに聞く。

「あれこれ考えてはいたのですが……カズラ様のご両親はこちらに来たことがあるようなので、結婚するなどしてカズラ様の一族になれば通れるのでは、と」

「あら。カズラさんと同じ意見なのね」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと! ジルコニアさん!」

いきなりバラしてしまったジルコニアを、一良が咎める。

「あ、ごめんなさい。つい」

うふふ、とジルコニアが笑う。

「もう、いっそのこと私たち2人ともカズラさんのお嫁さんになっちゃえばいいんじゃない? お互い、歳も近いことだし」

「「えっ!?」」

一良とエイラの声が重なった時、突如として3人の間にオルマシオールが出現した。

「ワン!?」

「「「わあっ!?」」」

オルマシオールが全身の毛を逆立てて、びっくり仰天する。

「もしかして、オルマシオールさんも試してたんですか?」

一良が言うと、オルマシオールは気まずそうに耳をぺたんと垂らした。

『……うむ。こんな暗いなか、森で怪我でもしたら大変だと思ってな。遠巻きに見守っていたんだが、話を聞いていたら試してみたくなったのだ』

「カズラさん、お嫁さん2人とペット1匹ですね!」

「お、お嫁さん……はうう」

「何を無茶苦茶言ってるんですか……」

そうして、3人と1頭は村へと戻るのだった。