軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

328話:いい人

リーゼたちがバーラルへ向かっている頃。

ジルコニアはティティスと2人で、ムディアの防御塔の上から、野営準備を行うバルベール軍を眺めていた。

バルベール兵たちは斧や鋸といった武器になりそうな物はすべて没収されており、薪はムディアから今夜使う分だけを運んでいる状態だ。

彼らは意気消沈しており、皆が暗い顔で黙々と作業をしている。

「――そういうことでしたか」

「うん」

アーシャ殺害に至るまでの経緯を聞き、ティティスが表情を曇らせる。

11年前にジルコニアの身に起こった出来事も、ジルコニアはすべて話して聞かせた。

「だから、マルケスだけは絶対にこの手で殺すと決めていたの。私は、そのためだけに生きてきたから」

「ジルコニア様の故郷の人は、誰も生き残ってはいないのですか?」

「いないと思う。女の人が何人か攫われたみたいだけど、生かしておいても使い道なんてないし、かえって邪魔になるでしょ。きっと、慰み者にされた後で殺されたんでしょうね」

「……カイレン様も、それを知っていたのですね」

「まあ、大まかには知ってるんじゃない? だから、私に暗殺の話を持ちかけてきたんでしょ。彼にとっても、マルケスは邪魔だったみたいだから」

「ですが、マルケス様は、ここ最近はカイレン様と友好的だったと記憶しています。排除しなければならない理由が、私には分かりません」

「あら、そうだったの?」

ジルコニアが、意外といった顔になる。

てっきり、彼らは対立関係にあると思っていたからだ。

「はい。以前は何かと言い争っていましたが、砦を奪い返された後は、カイレン様の意見にもきちんと耳を傾けていました。単独で戦闘した自身の行動も浅はかだったと、悔いておられましたし」

「ふうん……なら、どうして暗殺計画なんか持ちかけたのかしら」

「……分かりません」

「カイレンに直接聞いてみたら?」

ジルコニアが言うと、ティティスは表情を暗くした。

「聞くのが怖いんです。聞かなければよかったと、後悔しそうで」

「何か、思い当たるフシでもあるわけ?」

「……」

ティティスが頷く。

「その予想が当たるのが怖いのね? だから、聞きたいけど聞けないと」

「……はい」

「あなた、カイレンのことを好きなんでしょう? あ、1人の男性としてって意味ね」

ジルコニアが言うと、ティティスはすぐに頷いた。

「はい。私には、あの人しかいませんから」

「あの人しかいない?」

ジルコニアが小首を傾げる。

「……私は、蛮族に破壊された街の生き残りなんです」

ティティスが暗い顔のまま、ぽつぽつと話し出す。

「故郷の街が蛮族に襲われた時、私は両親に床下に押し込められて助かりました。そこに駆けつけたカイレン様の軍が蛮族軍を打ち倒し、私を救い出してくれたんです」

「家族は、誰も助からなかったの?」

「はい。街は徹底的に破壊されて、生き残ったのは私を含めてごくわずかです。両親も知人も、全員殺されてしまいました」

「ふうん……私と少し似てるわね。私の時は、誰も助けになんて来てくれなかったけど」

ジルコニアはそう言い、バルベール軍へと目を向けた。

のそのそと、緩慢に野営準備を進める彼らの姿が目に映る。

「それで、思い当たるフシっていうのは?」

「……すみません。言うことはできません」

ティティスが言うと、ジルコニアは彼女を横目で見て顔をしかめた。

「何よ。そこまで話しておいて、言えないの?」

「……申しわけございません」

謝るティティスに、ジルコニアがつまらなそうにため息をつく。

「まあ、それなら聞かなきゃいいんじゃない? 知らないほうが幸せなことだってあるし」

でもね、とジルコニアが続ける。

「今聞かないなら、そのことは綺麗さっぱり忘れてしまいなさい。彼への愛情を捨てる覚悟を決めてすべてを聞くか、彼の後ろ暗いこともまとめて全部受け入れるかの、どちらかよ」

ジルコニアが言うと、ティティスは小さく笑った。

「何で笑うの?」

「いえ、あまりにもジルコニア様がいい人なので、つい」

「……私が言うのもなんだけど、大切な友達を殺した憎い相手をいい人だなんて、言うべきじゃないと思うわ」

「私は、ジルコニア様を憎んではいませんよ」

ティティスが疲れた笑みをジルコニアに向ける。

「私はただ、彼女が……アーシャさんが死ななければならなかった理由を知りたかっただけです。それに関しては、納得できましたので」

「納得できたから、仕方がないって割り切るってこと?」

「はい。そうしなければならない理由があってのことですし、少なくとも、私がジルコニア様を憎むのはお門違いですから」

「そう。でも、ちょっと信じられないわね」

「信じていただけるように、今後努力いたします」

「……はあ」

ジルコニアが疲れたため息を漏らす。

「何か?」

「あなたと話してると、カズラさんと話してる気がしてくるわ。少しだけだけど」

「グレイシオール様と、私が似ているのですか?」

きょとんとした顔になるティティスに、ジルコニアが頷く。

「心情的には納得しにくくても、全体を客観視して理解できれば我慢して納得するわけでしょ? だから、普通なら感情的になるはずのことでも、そうしない。そこが少し似てるのよ」

「は、はあ」

困惑顔のティティスに、ジルコニアがもう一度ため息をつく。

そして、バルベール兵に混じって薪を運んでいるラースへと目を向けた。

彼は不貞腐れた顔で、一抱えもある巻の束を片手で運び、薪が積まれている場所にぞんざいに投げつけた。

傍にいるラッカが何やら声をかけると、ラースの「うるせえな!」という怒声がここにまで微かに響いてきた。

「あの脳筋みたいに、もう少し単純になったほうが楽なんじゃない? あなたみたいな生きかたは、すごく疲れると思うんだけど」

「これが私ですので。今さら、性格は変えられません」

ティティスが少し笑い、ラースに目を向ける。

「ラースさんは、腹を割って話せば分かってくれる人です。アーシャさんのことは仕方がなかったと、私から話しておきますから」

「別にそんなことしなくていいわよ。また決闘しろって言ってきたら、足腰立たなくなるまでボコボコにしてやるだけだから」

「暗殺されるかも、とは考えないのですか? 人を使って闇討ちしたり、毒を盛られるかもしれませんよ?」

ティティスが言うと、ジルコニアは少し考えてから口を開いた。

「……その時は、仕方がないと諦めるわ。自分の番が回ってきただけってことよ。殺されるのはごめんだけど」

ジルコニアが言うと、ティティスは再びくすっと笑った。

「何が面白いの?」

「いえ。ラースさんには絶対にそんなことはしないようにと私が言っておきますから、安心してください」

「ふうん。でも、言ったからって聞くかしら?」

「もしそんなことをしたら詫びとして私が自害すると、カイレン様のいるところで伝えますので」

「はあ? どうしたあなたがそこまでするわけ?」

「ジルコニア様に何かあったら、カズラ様は激怒するはずですから。どのみち、私たちは全員皆殺しでしょう。自害するか、あの兵器で国ごと焼き尽くされるかの違いしかありません」

「……そう」

――……命が惜しくなるなんて、思わなかったな。

作業を続ける兵士たちを眺めながら、ジルコニアはぼんやりと考える。

1年前の今頃までは、仇討ちを果たすことができた後は、自分も家族の下へと逝くつもりだった。

両親や妹の眠る故郷の墓の前で、ひっそりと命を終わらせようと考えていたのだ。

それがいつの間にか、もっと皆と一緒にいたい、皆の笑顔を見ていたいと思うようになっていた。

――これが終わったら、どうしようかな。私はどうしたいんだろう。

ジルコニアがそんなことを考えていると、一良が階段を上がって来た。

「ジルコニアさん、リーゼから無線連絡が来ましたよ」

「あら、ずいぶんと早かったですね」

ジルコニアが振り返り、一良に笑顔を向ける。

「講和交渉はどうなりました?」

「元老院は全面的にこっちの条件を受け入れたそうです。プロティアにはムディアから伝令が出されて、エルタイルにはアイザックさんが伝えることになっています」

「ということは、バルベールとの戦争は終結ってことですか」

「そうなりますね」

ティティスがほっとした顔になる。

バルベールはこれから苦難の道を歩むことにはなるが、国は存続され虐殺は回避された。

彼らが置かれていた状況を考えれば、最良の結果を迎えることができたのだ。

「でも、予想外なこともあって」

「予想外? 何があったんです?」

ジルコニアが聞くと、一良は少し嬉しそうな顔になった。

「アロンドさんが、蛮族の……部族同盟の使者として姿を見せたらしいんです」

「……アロンドが?」

ジルコニアの表情が一転して険しいものになる。

「はい。彼らの要求は、バルベールの北部地域の支配権と、それを引き換えにしたこれ以上の侵攻の停止……つまりは講和ですね」

「元老院は、その条件を呑んだんですか?」

「まだ議論中みたいです。要求された領土がかなり広くて承諾しかねるとかで。折衷案を模索したいと、彼らに交渉を要求するみたいです」

「でも、それって建前ですよね? 交渉で時間を稼いでる間に態勢を整えて、蛮族を撃退する腹積もりなんじゃないですか?」

「だと思います。でもまあ、バルベールはこちらに従属するかたちになりましたし、部族同盟もこちらがバルベールと組んだ以上は下手に手を出せないんじゃないですかね」

「かもしれませんね。で、アロンドの身柄は拘束したんですか?」

ジルコニアが真剣な表情で聞く。

「拘束はしてませんが、首都の議場で交渉を続けているみたいです。それとですね、アロンドさん、マリーさんのお母さんを保護していて、一緒に首都に来てるみたいなんですよ」

一良の言葉に、ジルコニアが驚いて目を見開いた。

「それは、マリーは知ってるんですか?」

「いえ、まだ伝えてません。俺もさっき、ナルソンさんから聞いたばかりなので」

「……そうですか。うーん」

唸るジルコニアに、一良が小首を傾げる。

「どうしたんです?」

「いえ、ずいぶんと用意がいいなと思って。こちらの……カズラさんの信用を得るために用意していたように思えて」

「ええと……俺の心証を良くするために、マリーさんのお母さんを予め探し出して亡命したってことですか?」

「はい」

「なら、それこそ最初からアルカディアのために動いてたってことじゃないですか。俺たちに信用してもらうにしても、こっちに戻るつもりがなかったら、そんなことしないでしょう?」

「戦況がどちらに転んでも、自分が助かる道を残しておくためだとしたら?」

ジルコニアの意見に、一良が困惑顔になる。

「バルベールが優勢なら、彼はそのままバルベールに残ったはずです。でも、そうはならなかったから蛮族領に逃げ込んだ。ところが、今度は同盟国が圧勝しているって情報を掴んで、ならばと保険に用意していたマリーの母親を持ち出して、交渉の場に現れたのかもしれません」

「う、うーん……でもそれって、リーゼたちがバルベールの首都にいることを知らないとおかしいですよ」

一良が困り顔で言う。

「時間的にも距離的にも、アロンドさんがそれを知ってるわけがないじゃないですか。リーゼが首都に到着する日時を正確に知っていて初めて成立する話ですよ」

「う……確かにそうですね」

「でしょう? そうなると、わざわざマリーさんの母親を首都に連れて来た理由は1つじゃないですか」

「……蛮族とバルベールの講和交渉ついでに、自分がアルカディアとも交渉する、とバルベールに申し出に行ったってことですか?」

「ええ。それなら、俺の信用を得るためにマリーさんの母親も一緒に連れて来たって話は筋が通ると……あれ? それだとアロンドさん、普通に考えて元老院に処刑されるって思いますよね。裏切り者を信用できるかって」

「……うーん」

一良が首を傾げ、ジルコニアも腕組みして頭を捻る。

もし一良の言っているとおりだとすると、アロンドは今起こっているすべての戦争を一気に終わらせようと考えていることになる。

だが、彼の持ち得る情報だけで、そのような大それた計画を立てるだろうか。

蛮族をけしかけてバルベールを弱らせ、それに乗じて同盟国とバルベールの戦争を終わらせようとした、というのは、今までの経緯から分からないでもない。

だがそれなら、のこのことバルベール首都に出向いた理由がよく分からない。

一良の言うように、元老院が彼のことを許すはずがなく、裏切り者として処刑されると考えるのが普通だ。

なぜアロンドは、直接アルカディアに来ようとせずに、殺される危険を冒してまでバルベール首都に現れたのだろうか。

「あー、ダメ。ぜんっぜん分からない。頭が熱くなってきた」

「俺も、何が何だかよく分からなくなってきました……」

「ティティス、今のを聞いてて、何か分からない?」

黙って話を聞いていたティティスに、ジルコニアが話を振る。

「もう! 頭のよさそうな顔してるんだから、何か思いつきなさいよ!」

「ええ……何ですか、その無茶振りは。それよりも、その……」

ティティスが困惑顔で言葉を続ける。

「マリー様はリブラシオール様なのですよね? 今のお話は、いったいどういうことなのでしょうか?」

「……」

「……」

もっともな指摘に、一良とジルコニアが黙り込む。

予想外のビッグニュースに、2人ともその設定を完全に忘れてしまっていた。

「あー、えっと……リブラシオールはマリーさんの肉体に憑依している状態でして。言わば、体を間借りしている状態なんですよ」

「ひょ、憑依? そんなこともできるのですか?」

思いつきで適当な説明をする一良に、ティティスが目を剥く。

「できます、できます。そんな感じなんで、マリーさんは時々体からリブラシオールが抜けて素に戻ったりもするんで、その時はそっとしておいてあげてください」

「は、はあ。承知いたしました」

納得した様子のティティス。

ジルコニアはほっと息をつき、一良の肩を組んでティティスから少し離れた。

「カズラさん、バレッタならもしかしたら、アロンドの目的が分かるかもですよ。ちょっと推理してもらいません?」

「あ、それはいいですね。にしても、うっかりしてた……はあ、危ない」

そうして、一良たちはバレッタの下へと向かった。

そして彼女に一連のことを説明し、「どういうこと?」と聞いてみたのだが、「私に聞かれても……」と困り顔で言われたのだった。