軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

316話:腕力に自信あり

「カズラ様、私は信じます。マリーさん、もうやめていただいて結構です」

片手の親指一本で腕立て伏せをするマリーを見ながら、ティティスが神妙な顔で言う。

ティティスとしては、人外の力はともかくとして、動画の内容に関しては紛れもない事実だと考えていた。

あのようなものを催眠やからくりで見せることなど不可能だし、あれから3度も同じ映像を見せてもらったのだ。

それに、希望すればいつでも同じ物を見せてくれるという約束も取り付けた。

もし薬か何かで幻覚を見せられたのだとしたら、そんな約束を一良は受けないだろう。

マリーは一良からの指示がないので、せっせと腕立て伏せ、もとい、指立て伏せを続けている。

「マリーさん、ありがとうございました。やめていいですよ」

「はっはっ……はい!」

マリーが立ち上がり、ふう、と額の汗を拭う。

指は特に異常がないようで、やれやれといった顔で息を整えていた。

ちなみに、指立て伏せはマリーが「こんなこともできます!」、と自分から始めたものだ。

一良はまさかマリーそんなことまでできるとは思っていなかったので、その強化っぷりに内心「マジかよ」と戦慄していた。

「今までの出来事すべてに合点がいきました。今はまだ、我々は手加減されていたということなのですね?」

「そのとおりです。神力による食料生産量の増加や、一部の道具の供与はしましたが、それらは極力この世界への影響が軽微で済むようにと私が配慮したものです」

一良はポケットから、防犯ブザーを取り出した。

薄い赤色の、綺麗な光沢を放つそれを見て、フィレクシアが「あっ!」と声を上げた。

「それは、以前砦に投げ込まれたものですよね!?」

「ええ、そうです。かなり大きな音が出ていたと思います」

「はい、そう聞いているのですよ。ただ、私が見た時には音が止まってしまっていて……その音を、私も聞いてみたいのですが」

「分かりました。すごく大きな音が出ますが、驚かないでくださいね」

一良が防犯ブザーのピンプラグを摘まむ。

バレッタとリーゼは慌てて、耳を両手で塞いだ。

一良がピンプラグを引き抜いた途端、キュイキュイという耳をつんざくようなすさまじい音が防犯ブザーから発せられた。

そのあまりのやかましさに、ティティスとフィレクシア、そして何も知らなかったマリーが「ひゃっ!?」と驚いて耳を塞ぐ。

「はい、どうぞ」

騒音を撒き散らす防犯ブザーを、一良がフィレクシアに差し出す。

「あ、ありがとうございます……うぎぎ」

フィレクシアが騒音に耐えながら、防犯ブザーをまじまじと見る。

手のひらに収まる程度の大きさの小物から、これほど大きな音が出せる仕組みを必死で考えるが、まるで思いつかない。

「いったいどういう仕組みなのですか? 分解して中を見たことがありますが、よく分からない部品だらけで――」

「フィレクシアさん、耳が痛いです! 音を止めてください!」

「そ、そうですね。カズラ様、止めかたを教えてほしいのですよ」

両手で防犯ブザーを握って少しでも音を軽減させようとするフィレクシアだが、音はわずかにくぐもるだけでやかましいことには変わりない。

あまりの騒音に驚いた警備兵たちが天幕前に集まってきており、バレッタとリーゼは外に出て押しとどめている。

「これをそこの穴に戻してください」

差し出されたピンプラグを受け取り、フィレクシアが穴に差し込む。

すると、ぴたりと音が鳴り止んだ。

「止まりました……」

フィレクシアが不思議そうに、防犯ブザーをまじまじと見る。

そして、再びピンプラグを引き抜いた。

「わわっ!」

「ひゃあ! フィレクシアさん!」

またもや爆音が鳴り響き、ティティスがフィレクシアに怒鳴る。

フィレクシアが慌ててピンプラグを差し込むと、音が止まった。

「それは、音の精霊の力を込めた道具です。そのピンを抜くと、中に込められていた音が解放されて響き出すんですよ」

「音の精霊って……これは、からくりではないのですか? 精霊などというものが、本当にこの世に存在するのですか?」

納得がいかないといった表情で言うフィレクシア。

ティティスと違い、まだ一良の話を信じてはいない様子だ。

「神も精霊も存在しますよ。これを差し上げましょう」

一良がポケットからサイリウムを数本取り出して差し出す。

フィレクシアはそれを受け取り、不思議そうに見つめた。

「これは? 若干透き通っているようですけど……材質は何ですか?」

「光の精霊の力を込めた道具で、プラスチックというこの世界にはない材質でできています。マリーさん、入口を閉めてもらえますか?」

「かしこまりました」

マリーが天幕の入口を閉め、天幕内が薄暗くなる。

「どれでもいいので、1本の両端を持って、折り曲げてみてください」

一良にうながされ、フィレクシアが適当に選んだ1本を折り曲げる。

すると、その中心部が鮮やかな黄色い蛍光色を発した。

「す、すごい……!」

隣で見ていたティティスが、驚愕に目を見開く。

フィレクシアも、目を真ん丸にして手の中のサイリウムを見つめている。

「すごいでしょう? 片端だけ持って、強く振ってください。もっと明るく輝くので」

「はい」

フィレクシアがサイリウムを強く振ると、その光が全体に広がった。

その美しい輝きに、フィレクシアが「むう」と唸る。

「これは、ずっと輝き続けるのですか?」

「いいえ。半日程度で力はなくなってしまいます。光の精霊自体を閉じ込めているわけではないので」

「……なるほど。もう一本、試してもいいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

「カズラ様。もう十分に分かりました。それで、私たちに何をしろとおっしゃるのでしょうか?」

ティティスが一良に目を向ける。

フィレクシアは輝いているサイリウムを膝に置き、サイリウムをもう1本受け取ると、ゆっくりと折り曲げた。

パキパキと音がすると同時に、その中心部が鮮やかな赤色に光り輝く。

「カイレン将軍の説得です。バルベールが敗北を認めずに戦い続けるならば、先ほど見ていただいたものと同様の出来事がバルベールを襲います。何としても、講和交渉の席に着かせてください」

「それは……」

ティティスが表情を曇らせる。

自分が説得したとして、カイレンが素直に頷くとはとても思えない。

バルベールの国力は同盟国と比べれば圧倒的ということもあるし、生き残った元老院議員や軍団長たちも大反対するだろう。

「私が説得しても、おそらくカイレン様は首を縦には振りません。カイレン様にも、先ほど見せていただいたものを見せることは可能でしょうか?」

「ええ、もちろんいいですよ」

即座に頷く一良に、ティティスがほっとした顔になる。

「交渉の席に着いていただければ、まずはフィレクシアさんを解放します。カイレン将軍が講和条件を呑んでくれれば、戦争終結後にティティスさんも解放することをお約束しましょう」

「えっ!?」

予想外の提案に、フィレクシアが驚いた顔を一良に向ける。

「ちょ、ちょっと待ってください! それはダメなのですよ!」

焦り顔のフィレクシアに一良が小首を傾げる。

「え? 何がダメなんです?」

「私を解放という点です! 私は、まだいろいろと見てみたいのですよ! 解放するのなら、ティティスさんにしてください!」

知的欲求剥き出しといった様子で、フィレクシアが言う。

ティティスは、「まいったな」とでも言いたげな表情で額を押さえた。

「フィレクシアさん。我がままをを言っている場合ではないでしょう? カズラ様のご提案に、素直に従ってください」

「でも、どうして私が先なんですか! 私のほうが、人質としての価値がないというのですか!?」

「……」

ティティスが困り顔で、一良に目を向ける。

一良も同じように、頭を掻いた。

実際、そのとおりだからだ。

フィレクシアが、ぷくっと頬を膨らます。

「ううう! 私は、まだ帰りたくないのですよ! ここに置いてください!」

「まあまあ。戦争が終わったら、改めて遊びに来ればいいじゃないですか」

「……遊びに?」

フィレクシアがぴたりと動きを止める。

「ええ。その時は、きちんと客人として扱いますから」

「それは、技術交流をしていただけるのでしょうか?」

「んー。何でもかんでもってわけにはいきませんが、できる限りご要望にお応えできるようにはしますよ。どうです?」

一良が言うと、フィレクシアは少し考えてから頷いた。

「分かりました。約束ですからね?」

「もちろんです。歓迎しますから」

ほっとして微笑む一良。

そんな彼に、フィレクシアはすっと顔を近づけた。

「その時は、この筒に入っている薬液の調合方法と反応原理も教えてくださいね?」

手に持つサイリウムを揺らし、一良にだけ聞こえるような声量で、耳元で囁く。

一良が驚いて目を見開いた。

フィレクシアはその様子に、にっこりと微笑んだ。

「カズラ様っ!」

「フィレクシアさん!」

マリーが驚いて一良とフィレクシアの間に割って入り、ティティスが慌ててフィレクシアの肩を掴み、引き寄せた。

入口にいたティタニアも腰を上げており、今にも飛び掛かろうという態勢になっている。

「わわっ!? な、何ですか! 何もしてませんよ!?」

「お願いですから、そういう行動はやめてください! カズラ様、申し訳ございません!」

「い、いえ、大丈夫です」

「カズラ!」

「カズラさん、どうしました!?」

ティティスの大声に気付いたリーゼとバレッタが、慌てて天幕に入ってきた。

「いや、何でもないです。話はまとまりましたから、ナルソンさんたちのところに戻りましょうか」

「あの、カズラ様。1つお聞きしたいことが」

立ち上がった一良に、ティティスが声をかける。

「ん? 何です?」

「ジルコニア様は、アーシャさんのことを何か言っていましたか?」

その言葉に、一良の表情がわずかに強張る。

リーゼとバレッタも、同じように

ジルコニアがアーシャを殺した話は、リーゼから聞いて知っている。

「……アーシャさんのことは、仕方がなかった、と聞いています。どうしても、見逃すことはできなかったと」

「……そうですか」

ふう、とティティスがため息をつく。

「そのうち、ジルコニア様とお話をする機会を頂戴できませんでしょうか?」

「何を話すというんです? アーシャさんのことで、なじるつもりですか?」

「いいえ。私は納得したいんです」

ティティスが自分の膝に目を落とす。

「どうしてそうなってしまったのか。そこに至る経緯がどんなものだったのかを、知りたいんです。ジルコニア様を憎むとか、そういう気持ちは一切ありません」

「……分かりました。でも、ティティスさんと話すかどうかは彼女の判断になりますので」

「はい。もし可能であればで結構です。よろしくお願いいたします」

ティティスは顔を上げ、儚げな表情で微笑んだ。