作品タイトル不明
312話:婚姻制度
数時間後。
窓から夕日の差し込む宿舎の食堂で、人の姿のティタニアが一心不乱に料理を頬張っていた。
ステーキ(神戸牛)、ピザ、から揚げ、オムライス、小籠包、グラタンといった、様々な料理が所狭しとテーブルに並べられている。
「んぐっ、おいしっ、美味しいれふねっ! はふはふっ! んまっ!」
「ティタニアさん、もっとゆっくり食べたほうが……料理は逃げませんから」
「はむっ! はふはふっ! んぐっ、今っ、食べないとっ、死んじゃうんですっ! もぐもぐもぐ!」
頬をぱんぱんに膨らませ、ティタニアが料理にがっつきながら一良に言う。
数時間前にきた彼女からの無線連絡は、「明日に砦を出撃するって、ご褒美はいつもらえるんですか!?」、という彼女的には非常に切実なものだった。
ちょうどオルマシオールがやらかしたこともあり、グリセア村の若者を1人同行させるというかたちで、ひとまず任務交代ということになったのだ。
ティタニアは連絡を受けるなり、荒野を全速力で駆け抜けて砦に帰還し、こうしてご褒美の料理にありついたというわけである。
いつもの物静かな立ち振る舞いからは想像もつかないようながっつきっぷりに、一良は目を丸くしていた。
「そ、そんなに飢えてたんですか。苦労かけちゃってすみませんでした……」
「んぐっ……毎日ラタばかり食べていたので、本当に飽き飽きしていたんです。お腹は一杯になっても、全然満たされなくて」
口の中のものをごくんと飲み込み、ティタニアが一息つく。
「あれ? 持って行った食料は食べなかったんですか?」
「だって、あの子たちが毎日ラタを仕留めて持って来るので……狩った獲物を食べないだなんて、もったいないじゃないですか」
「ああ、そういうこと……ひょっとして、殺した兵士も食べたんですか?」
「いえ、人間はどうも食べる気がしなくて。あの子たちも食べないので、死体は山の岩場とかの目立つところに置いてきました。きっと鳥たちが食べてくれているでしょう」
「な、なるほど」
「ここでの料理の味を知ったら、他の食べ物が味気なく感じてしまって。あ、殺した兵士たちの魂は、きちんと天に送っておきましたよ」
「ありがとうございます。今まで頑張った分、たくさん食べてください。どんどん運ばれてきますから」
「はい!」
そんな話をしながら一良がティタニアの食事姿を眺めていると、エイラがカートを押して部屋に入って来た。
「ティタニア様。フレンチトーストです」
「ありがとうございます! 山盛りですね!」
大皿に6段重ねになっているフレンチトーストの山に、ティタニアがぱっと瞳を輝かせる。
天辺にはバニラアイスまで載っているという豪華版だ。
ティタニアはすでに10人前近くの料理を食べているのだが、まだまだ入るようだ。
胃袋のサイズは獣の姿の時のものが基準になっているのかもしれないな、と一良は涎を垂らしているティタニアを見ながら思った。
「あっ、エイラさん。こっちに帰ってくる時にオルマシオールから聞きましたが、大丈夫でしたか?」
フレンチトーストの皿を置くエイラに、ティタニアが申し訳なさそうな目を向ける。
「あ、はい。びっくりしただけですので、大丈夫です」
「本当にごめんなさいね。後でオルマシオールにはきつく言っておきますので。まさか、漏らすほどに驚かせるなん――」
「わあああ!?」
言いかけたティタニアの口を、エイラが慌てて両手で押さえる。
実はエイラは恐怖のあまりにオルマシオールの背で漏らしてしまっていたのだが、わちゃわちゃしているうちに上手いこと屋上から抜け出して、一良とジルコニアにはバレずに済んでいた。
ティタニアの余計な一言で、すべて台無しになってしまったのだが。
「いやあ、このから揚げ、すごく美味しいですね! あれ? エイラさんどうしたんです?」
一良がから揚げを手掴みで食べながら、素知らぬ顔をエイラに向ける。
漏らした発言は思いっきり聞こえていたのだが、大人の対応である。
「ううぅ……何でもないです。ぐすっ」
エイラは涙目でそう言うと、がっくりと肩を落としてカートを押して部屋を出て行った。
「……あの、何かごめんなさい」
「いや……うん。フレンチトースト、どうぞ」
「はい……」
微妙な雰囲気のなか、ティタニアがナイフとフォークでフレンチトーストを切り分ける。
「もぐもぐ……あの、明日の出撃後についてなのですが」
フレンチトーストを頬張りながら、ティタニアが一良を見る。
「北の部族がこのままバルベールを攻撃し続けると、遠からず首都に到達すると思います。こちらは、どう対処するつもりなのですか?」
「まだ決まっていませんけど……蛮族軍って、そんなにバルベール軍を圧倒してるんですか?」
「偵察に出した子たちの話では、蛮族軍はすさまじい勢いで進軍しているらしいです。バルベール軍はすべての戦線で後退しているようですね。あと、撤退しながら、自分たちの村や街を焼き払っているそうでして」
「む、焦土戦術か。バルベールは国土が広いから、懐に誘い込むつもりなのかな」
「焦土戦術? それはどんなものなのですか?」
「相手に物資とか施設を渡さないために行うもので――」
一良が焦土戦術について、かいつまんで説明する。
焦土戦術とは、敵に食料などの物資や拠点となる施設を渡さないように、攻撃を受ける前にすべての物資とインフラを破壊して後退するというものだ。
バルベール北部は寒冷気候のため、南部に比べて食料生産量は少ないだろう。
大軍を率いている蛮族軍としては、悩ましい戦術のはずだ。
昨年の秋から冬にかけては北部地域では豆類が豊作だったようだが、現時点でそれらの作付けが終わっているのかは微妙なところだ。
収穫前の麦類も、おそらく農地ごと焼き払われているだろう。
「なるほど、実に効果的な戦術ですね。慣れない土地で食べ物も手に入らないとなれば、いくら士気が高くても動きが鈍りそうです」
「蛮族って、そんなに士気旺盛なんですか?」
「元気なうちはすさまじいですね。11年前の戦いでもそうでしたが、彼らは短時間の戦闘では爆発的な勢いがあるんです。逆に戦闘が長引いてしまうと、一気に弱気になってしまうようですが」
蛮族の兵士たちは元気なうちは士気旺盛で迅速かつ猛烈な攻撃を仕掛けるが、疲労が蓄積してきたり想定外の損害を受けると、穴の開いた風船のごとく一気に士気がしぼんで壊走してしまう。
これは、彼らの軍のありかたに寄るものが大きい。
彼らは個人の武勇を以ってバラバラに好き勝手に戦うため、押せ押せで攻めている時はいいが、一度劣勢に陥ると組織だった戦線の維持や土壇場での踏ん張りが利かないのだ。
それに対してバルベール軍は厳格な規律の下で各部隊ごとに連携して戦うため、よほど破滅的な劣勢状態にならない限りは壊走しない。
ただし、常に一塊になって戦うバルベール軍にとって、隊列も作らずに四方八方から攻めかかる蛮族軍は天敵のようなものだ。
状況によってはどこを正面と見て戦えばいいのかも難しくなるし、判断を迷っているうちに強制的に乱戦に持ち込まれてしまう。
そうなれば指揮も何もあったものではないので、バルベール軍は本来の力を発揮できないのだ。
バルベール軍が兵士に長槍を持たせず、短剣と大盾を採用しているのは、乱戦では槍よりも取り回しのいい短剣が有効だからである。
「今、どこの国でもすごい勢いで木々が切り倒されています。このまま戦争が長引けば、かなりの森林がなくなってしまうでしょう。早く戦争が終わるといいのですが」
フレンチトーストを口に運ぶ手は止めずに、ティタニアが少し暗い顔で言う。
「バルベールは植林を全然していないんですっけ」
「はい。数十年前までは、もう少し考えて伐採を行っていたのですが。最近は、もうなりふり構わずといった感じです」
「うーん……同盟国を占領すれば森林が手に入るからいいやって考えてるのかもですね」
「なるほど。そういった考えもあるかもしれませんね」
そうして話していると、エプロン姿のバレッタがカートを押して部屋に入って来た。
生クリームがたっぷり載ったプリンとフルーツポンチの器がカートに載っている。
「ティタニア様、デザートです。あの、エイラさんが泣きながら戻って来たのですが……」
「お、お察しください……」
「本当にごめんなさい……」
「え、ええ……?」
沈んだ様子で言う一良とティタニアに、バレッタはわけが分からず困惑するのだった。
翌日の夕方。
砦内では、着々と出撃の準備が進められていた。
偵察隊としてロズルー率いるグリセア村の若者たちが先に出撃しており、バルベール軍最後尾を監視しながら彼らの斥候の尾行も行っている。
逃げて行くバルベール軍に追尾を気取られるわけにはいかないので、丸一日分は離れた状態で軍を進める予定だ。
バルベール軍はかなり焦っているのか、すでに最後の軍団が昨夜の日没とともに移動を開始したとのことだった。
攻城兵器は焼き捨てたとみられ、もくもくと立ち上る黒煙が砦内から視認できる。
あの大軍をこれほど迅速に撤収できるのは、彼らの厳格な統制があってこそだろう。
そんななか、一良は宿舎の一室で、エイラとマリーに鎧を着せてもらっていた。
リーゼは一良用の長剣を手に、その様子を眺めている。
「終わりました。着心地が変なところはありませんか?」
エイラがぎゅっとズボンのベルトを締め終わり、一歩下がる。
「大丈夫です。でも、やっぱり着慣れないから変な気分ですね。違和感がすごいですよ」
「ふふ。でも、お似合いですよ。すごく格好いいです」
「そうだよ。もう惚れ惚れしちゃうくらい似合ってるって!」
一良の背を、ぽん、とリーゼが叩く。
昨日の一件の後もリーゼは普段どおりで、いつものように明るい笑顔を見せていた。
バレッタとの仲も相変わらずで、何事もなかったかのように接している。
「そうかなぁ。どう見ても鎧に着られてるような気がするんだけど」
「そんなことないって。はい、剣」
リーゼが剣を一良に渡す。
それは、以前一良の父親が持たせたキャリーケースに入っていたものだった。
「あれ? これ、父さんの剣じゃんか」
「うん。バレッタが他の荷物と一緒に持ってきてたみたい。せっかくだし、どうかなって。ベルトも付けておいたよ」
「そっか。ありがとな」
一良が剣を受け取り、腰に装着する。
いつも付けている剣とは違い、少し軽く感じた。
「その剣、すごく使い込まれてるように見えるけど、カズラのお父様って剣士なの?」
「いいや、普通のおっさんだよ。俺と違って、やたらと筋肉質でがっちりしてるけどさ」
「ふーん……でも、こっちの世界のことを知ってるんだから、こっちに来てたってことだよね?」
リーゼが一良の剣に手を伸ばし、すらりと抜く。
銀色に輝く刀身はしっかりと手入れがされているが、所々に細かい傷が見られた。
「傷がたくさんあるし、きっと誰かと戦ったんだよ。それも、かなりの回数を」
「うーん……グリセア村に来たなら誰かしら目撃者がいるだろうし、来てはいないと思うぞ。剣は試し切りでいろいろ斬ったって言ってたから、傷はそのせいだろ」
「この傷、試し切りで付く傷じゃないと思う。誰かと打ち合わないと、こうはならないよ」
リーゼが「ほら」と刀身を一良に見せる。
「こことか、少しギザギザになってるでしょ? これは誰かと打ち合ってできたものだと思う。先端も研ぎ直してあるけど、少し歪んでるし、何かすごく硬い物を突いたように見えるよ」
「そうなのか。でも、何を聞いても教えてくれないし……実は父さんのことをナルソンさんは知ってて、皆で口裏合わせて、隠してたりしてないよな?」
「そ、それはさすがにないと思うけど……隠すメリットなんて、何もなくない?」
そう言いながら、リーゼは剣を一良の腰に戻した。
「だよなぁ。うーん、いつか本当のことを聞ける日がくるのだろうか」
「もし聞けたら、私にも教えてね? あと、カズラのお父様にも会ってみたいな」
「ああ。そのうちな。父さんがこっちに来てくれればいいんだけど」
そんな話をしていると、コンコン、と扉がノックされた。
扉が開き、ジルコニアが入って来る。
彼女も、鎧姿だ。
「カズラさん、そろそろ出撃しますよ」
「はい。それじゃあ、行きますかね」
一良がジルコニアの下へと歩み寄る。
「ふふ。鎧姿、すごく似合ってますよ。格好いいです」
「はは、お世辞でも嬉しいですよ」
「お世辞なんかじゃないのに……あら? その剣、いつものとは違いますね?」
ジルコニアが一良の腰に目を向ける。
「父のなんです。しばらく前に、『役に立ちそうなものをいろいろと入れておいた』って言って渡されたキャリーケースに入ってて。ジルコニアさんにあげた防刃ベストも、その一つですよ」
「そうだったんですか。これ、すごく着心地が良くて最高ですよね」
ジルコニアが自身の胸を、ポン、と叩く。
「今度、カズラさんのお父さんにお礼を言いたいです。こちらに来てもらうことはできないんですか?」
「うーん……呼んだとしても来るって言うかどうか」
「ダメもとで聞いてみてくださいよ。ねえ、リーゼ?」
「はい! 私もご挨拶したいです!」
「じゃ、じゃあ、戦争が終わったらということで」
せがむ2人に押され、一良が承諾する。
一良としても、父がこちらの世界に自分を送り出すような真似をした理由の確証が欲しい。
もしかしたら、と考える理由はあることにはあるが、まさかな、という考えのほうが今は強いのだ。
来るのを承諾してくれたなら、そのことについても話してくれるかもしれない。
――でも、もし父さんがこの剣でそんな派手なことをしてたら、少しはこっちで噂になってそうなんだよな……。
そんなことを考えながら、一良はジルコニアとともに部屋を出て行く。
「……ねえ、エイラ。重婚って、貴族なら認められてるんだよね?」
一良の背を見送りながら、リーゼが小声でエイラに聞く。
「はい。貴族の男性であれば、申請金を支払えば複数の側室を家系に組み込むことが認められています。跡継ぎを決める関係で、序列は申告しないといけませんが」
「だよね。カズラに特例で貴族の地位を持ってもらえたら、私、側室にしてもらえないかな……」
「えっ?」
側室と聞き、エイラが驚いた顔になる。
マリーは「これは聞いてはいけないことを聞いてしまっているのでは」、とプルプルしていた。
「日本って重婚は認められてるのかな? 側室を持つのが当たり前な国だといいんだけど」
「そう……ですね」
思いつめた様子のリーゼに、エイラも真剣な顔で頷く。
「カズラとずっと一緒にいたいな……はあ」
リーゼがつらそうにつぶやいた時、一良が廊下から顔を覗かせた。
「どうした? 来ないのか?」
「今行く!」
リーゼが表情を明るいものに戻し、部屋を出て行く。
エイラはそれを、物憂げな表情で見つめていた。