軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

303話:身代わり

数十分後。

砦の西門を出たオルマシオールは、闇に包まれた草原を猛然と駆けていた。

その背には、見張りのウリボウが誤って殺してしまったバルベール兵の死体が布に包まれて縛り付けられている。

首には、先ほどの会議で決定された内容を記した、カイレン宛の書状が筒に入れてぶら下げられていた。

――さて、待ち合わせ場所は……あの辺りか?

背の低い夏草が生い茂る中、不自然に草が生えていない場所を見つけた。

前回の戦闘で火炎弾が着弾した場所だ。

円状に黒く焼け焦げた土が覗いており、僅かな焦げ臭さを漂わせている。

オルマシオールはそこに駆け寄ると、バルベール軍の守備陣地に目を向けた。

簡易的な柵や防御塔が建てられた陣地は閑散としており、見張りの兵士がいくらかいるだけだ。

前面には空堀が掘られており、その前には造りたての攻城塔や遠投投石機が並んでいる。

この場所からは、約700メートルといったところだろう。

――む。あれは……。

防御陣地の一角に、鎧姿のカイレンと私服のラース、それに白いワンピース姿の女――フィレクシア――が立っているのが目に留まった。

ラースは右腕を三角巾で吊っているが、背に大剣を背負っている。

おそらく、ナルソンに送った伝令の帰還を待っているのだろう。

フィレクシアが険しい表情で、カイレンとラースに何やら話している。

――何やら揉めているようだな。

何かを必死に訴えている様子のフィレクシアと、困り顔のカイレン。

ラースは険しい表情で、2人の話を黙って聞いている様子だ。

さすがにここからでは遠すぎて、会話の内容を聞き取ることはできない。

その時、かなり離れた場所からこちらに向かってくる人の気配を感じた。

闇の中、身をかがめた2人の草まみれの人間が、オルマシオールに迫る。

「オルマシオール様、お待たせいたしました」

ギリースーツに身を包んだロズルーと彼の弟子が1人、オルマシオールの傍に駆け寄った。

その途端、オルマシオールは「うっ」という顔で一歩退いた。

「はは、やはり臭いますか」

「ああ、やっぱり……手とか顔とかが真っ黒なの、土埃じゃなくて垢なんだろうなぁ」

ロズルーが苦笑し、弟子が首元に手を突っ込んでボリボリと体を掻く。

10日以上も偵察任務に就いていた2人は垢まみれで、肌は黒く変色してしまっていた。

鼻のいいオルマシオールにとっては、彼らの傍にいるだけで拷問だ。

本来ならば交代しながら砦に戻って休息もできたのだが、ロズルーが「せっかくだから訓練慣れさせておきたい」と言うので、全員ぶっ続けで任務を務めていたのだった。

「申し訳ございません。少しだけ、ご辛抱を」

ロズルーが無線機を手に取る。

「こちらロズルー。オルマシオール様と合流しました。どうぞ」

『カズラです。オルマシオールさんの首に縛り付けてある書状を、そこから真っすぐ北に進んだところにある陣地に矢で飛ばしてください。カイレン将軍がいるはずです。どうぞ』

「承知しました。バルベール兵の死体は、オルマシオール様にお任せしていいのですね? どうぞ」

『はい。ロズルーさんたちが矢を撃った後、オルマシオールさんが敵陣の傍まで持って行ってくれます。口で咥えられるように、背中から下ろしてあげてください』

伝令を殺してしまったことはカイレンに正直に伝え、死体を返すことに会議で決まっていた。

こちらが伝令を捕らえて処刑したと勘違いされては、今後のやり取りに支障が出るからだ。

二度と同じようなことが起こらないよう、互いに伝令には腕に白い布を巻き付けて目印とするようにと、書状には記しておいた。

『偵察任務は一旦終了です。それが終わったら、砦に帰って来てください。長期間の作戦、本当にお疲れ様でした。どうぞ』

「分かりました。垢が溜まりすぎて、体が痒くて痒くて……すみませんが、湯浴みの用意をしていただけませんでしょうか。どうぞ」

『もちろんです。ご馳走も用意しておきますから、今まで頑張った分、ゆっくり休んでくださいね。どうぞ』

「ありがとうございます。では、また後ほど。通信終わり」

ロズルーが無線機を腰に戻す。

「オルマシオール様、書状を取らせていただきます」

ロズルーがオルマシオールに歩み寄り、首に縛り付けてある筒から書状を取り出した。

その間、オルマシオールは息を止めて耐える。

彼の背に縛り付けられている死体入りの布包みを、弟子が引っ張り下ろした。

「では、私たちは先に行ってまいります」

ロズルーが弟子をうながし、身をかがめてバルベール陣地へと走り出す。

オルマシオールは布包みを咥え、持ち上げた。

弟子の体臭が布包みに少し移ってしまっていて、ツンと鼻にくる。

あまりの刺激臭に、オルマシオールの目に数百年ぶりに涙が浮かんだ。

オルマシオールと別れたロズルーたちは、バルベール陣地から300メートルほどの距離にまで接近していた。

陣地には松明が煌々と焚かれており、見張りの兵士がちらほらと立っている。

「ロズルーさん、あんまり近づくと見つかっちゃいますよ」

地べたに這いずりながら、弟子が小声で言う。

彼らがギリースーツを着ていることがバレると今後の活動に支障が出るので、なるべく見つかりたくないのだ。

「じゃあ、この辺にしとくか。矢もギリギリ届くだろうし」

ロズルーがゆっくりと身を起こし、肩にかけていた弓を手に取った。

矢筒から矢を取り出し、書状を細長く折って縛り付ける。

「えっ、ここから届くんですか?」

「この弓なら、陣地の入口には届くよ。ただ、書状を縛り付けてるし射程ギリギリだから狙いが逸れそうなんだよな……」

「へえ、さすがバレッタちゃんの作った……ん? あそこにいるのって、敵の将軍たちじゃないですか?」

幾重にも掘られた空堀の向こう側に立っているカイレンとラースに、弟子が気付いた。

ロズルーは頷き、身をかがめた状態で弓を構える。

「ああ。赤髪がカイレン将軍だろう。大男はラース将軍だな。その隣の女も、見覚えがあるぞ」

「えっ、そうなんですか? 誰なんです?」

「ジルコニア様を救出した時、俺が首を絞め落とした女だな。名前は確か、フィーちゃんとか呼ばれていたな」

「ふうん。可愛い娘ですね。何だか必死な顔してますけど」

「ん? お前、この距離から表情まで分かるのか?」

驚くロズルーに、弟子が小さく笑う。

「へへ。ずっとロズルーさんにくっついて回ってたら目が良くなったみたいで。自分でも驚いてますよ」

「だから言っただろ。目だって、鍛えれば良くなるんだよ。体力だって、前に比べればかなり付いただろ?」

「ですね。でも、ロズルーさんに鍛えられ始めてからそんなに日数が経ってないのに、こんなに目が良くなったり体が強くなったりするのは異常な気がするんですけど」

「そりゃお前、カズラ様が施してくださっている食べ物を食べてるからだよ。目や体を鍛えた効果も、何倍も出るようになってるんじゃないか?」

ロズルーはそう言いながら、弓に矢を番えた。

陣地入口の松明の傍に狙いを定める。

「撃ったらすぐ逃げるぞ」

「了解です」

弟子が答えると同時に、ロズルーは矢を放った。

シュンッ、と空気を切り裂く音を響かせて矢は進み、空堀の手前にあった松明の根元に突き刺さった。

カッ、という矢が刺さる音に、カイレンたちがぎょっとして目を向ける。

ロズルーたちは腰をかがめ、脱兎のごとく砦へと向かって駆け出した。

死体入りの布包みを咥えて歩くオルマシオールのすぐ傍を、ロズルーと弟子が走り去る。

オルマシオールは息を止めて、すれ違いざまに手を振る彼らに小さく頷いた。

――連中が死体を確認したら、任務完了だな。

トコトコとバルベール軍陣地へと進むオルマシオール。

書状には「巨大なウリボウが伝令の死体をそちらに運ぶから受け取ってほしい」と記されている。

彼らの兵士が死体を取りに来るまでオルマシオールはその場に留まり、受け取ったのを確認した後で砦に戻ることになっている。

これは、ウリボウを自在に操れるということを彼らに意識させ、一般兵士に恐怖を与えることが狙いだ。

人よりもはるかに大きく、それでいて俊敏に動き回り、ひと噛みで人間の四肢を食いちぎれる猛獣が戦場を駆け回るとなれば、彼らは恐れおののくことだろう。

次の戦いでウリボウたちが姿を見せれば、彼らはおいそれと騎兵を繰り出せなくなり、戦場での動きが硬直化するはずだ。

陣地では、書状を手にしたカイレンがフィレクシアと言い争いを始めていた。

何を話しているのかと、オルマシオールは耳をピンと立てて彼らに向けた。

――……ふむ。

どうやら、書状に書かれている「協力してほしかったらティティスを人質に差し出せ」という条件について揉めている様子だ。

どういう話の流れかは分からないが、フィレクシアが「自分が代わりに人質になる」と言っている。

それをカイレンが叱りつけているようだ。

――ということは、書状に書かれていた内容に偽りはないということか。しかし、あの女では人質の代わりにはならんだろうに。

オルマシオールはそのまま進み、バルベール陣地から200メートルほどの位置にまでやって来た。

彼の姿に気付いた見張りの兵士が、大声でカイレンにそれを知らせる。

カイレンたちがオルマシオールを見て、驚いた顔をしているのが見えた。

「あれは、この間の……」とラースのつぶやく声と、「マジで来やがった……」と戦慄するカイレンの声が聞こえる。

オルマシオールはその場に布包みを置き、腰を下ろした。

カイレンが近場にいた2人の兵士に「取りに行け」と指示を出す。

だが、兵士たちは「勘弁してください」と怯えて動かない。

――ん?

するとその時。

突然フィレクシアが走り出し、兵士たちの脇を駆け抜けた。

突然の出来事に、カイレンたちが硬直する。

「フィレクシア!」

「フィーちゃん、待て!」

カイレンとラースの叫びが辺りに響く。

フィレクシアはそれを意に介さず、空堀を乗り越えて一目散にこちらへと走って来る。

カイレンたちが慌ててフィレクシアを追う。

だが、重い鎧を着たカイレンたちと、元から体の重いラースは堀に足を取られ、思うように進めない。

彼らが手間取っている間に、フィレクシアとオルマシオールの距離がどんどん詰まる。

「はあっ、はあっ、ウリボウさん! 私を連れて行ってください!」

フィレクシアが息を切らせて走りながら叫ぶ。

「バカ野郎! 危ねえぞ!」

一足先に空堀を越えたラースが駆け寄り、フィレクシアの腕を掴んだ。

オルマシオールとの距離は、僅か10メートルほどしかない。

ラースが怪我をした右腕でフィレクシアを抱き寄せ、左腕で背負っていた大剣を勢いよく引き抜いた。

ぶんっ、という音とともに、その切っ先がオルマシオールに向けられる。

「こ、こら! 暴れんな!」

「放してください! 私がティティスさんの代わりに人質になります!」

「何言ってんだこの分からず屋が!」

「はあっ、はあっ、フィレクシア、バカな真似は止めろ!」

遅れて駆け寄ったカイレンが、フィレクシアの肩を掴んで引き寄せる。

「嫌です! このままじゃ、大変なことになるのですよ!? 敵だけじゃなく味方にまでカイレン様が恨まれることになるのですよ!」

「だ、だから、そうはならねえって! 打ち合いになったとしても、元老院の連中の責任――」

「そんな理屈は市民には通用しないのですよ! 怒りの矛先は生きている指導者に――」

やいのやいの揉めている2人に、オルマシオールは困り顔になる。

本来ならば死体を引き渡して役目は終わりだったはずだが、どうやらフィレクシアは自分に砦まで連れて行かせるつもりのようだ。

指定されている者以外が人質になっても無意味なのではないか、とオルマシオールは内心首を傾げる。

「ウリボウさん! 私がティティスさんの代わりになります! 連れて行ってください!」

「ああもう! カイレン、どうにかしてそのアホの口を塞いどけ!」

喚くフィレクシアに、ラースが呆れて声を上げる。

だが、目はしっかりとオルマシオールを見つめたままだ。

彼らの後ろから何人もの兵士たちが駆け付け、剣を抜いてラースの横に並ぶ。

オルマシオールは顔をしかめ、腰を上げた。

「お前ら、そのバカでかいウリボウから目を離すなよ。この獣は背中を見せると飛び掛かって来る習性がある。少しずつ後ずさりしろ」

ラースがそう言いながら、ジリジリと後ずさりする。

オルマシオールはやれやれとため息をつくと、鼻先で死体入りの布袋を押した。

ゆっくりと、そこから10メートルほど後ろに下がって腰を下ろした。

「……こりゃ驚いた。持って行けってことか?」

問いかけるラースを、オルマシオールはじっと見つめる。

ラースは数秒間オルマシオールと見つめ合うと、剣を背に戻した。

「お、おい! ラース!」

「黙ってろ」

ラースが布袋に歩み寄り、左手で捲った。

中身が死体だと確認し、肩に担ぐ。

オルマシオールはそれを見届けると、踵を返して歩き出した。

「ま、待ってください! 私も、一緒に……けほっ、けほっ!」

「ほら、帰るぞ。あーあー、泥まみれになっちまって」

「はあ、やれやれ……連中に何て返事を出せばいいんだよ……」

「ウリボウさん! 待ってください!」

「「お前はもう黙れ!!」」

カイレンとラースの怒声にオルマシオールは辟易しながら、小走りで砦へと向かうのだった。