軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296話:情報封鎖

2日後の深夜。

わずかに欠けた月が照らす暗い草原を、ベルタスを出撃したクレイラッツ軍は進軍していた。

あと半刻(約1時間)も進めば、バルベール軍の軍団要塞が見える距離だ。

兵士たちは一言も言葉を発さずに歩いており、辺りに響くのは兵士の足音と、荷馬車と荷車の車輪の音、虫たちの奏でるリンリンという音だけだ。

ラタに跨ったカーネリアンが、片手を上げる。

「行軍停止」

傍に控えていた兵士が1秒おきに3回、松明を大きく振った。

ぞろぞろと後ろに続いていた兵士たちが、ぴたりと止まる。

「荷馬車と荷車はここに置いていく。各軍団ごとに横陣を組ませろ」

今度は別の兵士が、大きな白い旗をバサバサと振った。

ラタに乗った部隊指揮官たちが松明を掲げ、両翼に走って行く。

後続の兵士たちは一斉に駆け出し、それぞれの指揮官の下へと集結し始めた。

第1軍団は松明が1本、第2軍団は2本といった具合に、兵士たちが迷わないように集合地点を示している。

「整列が終わり次第、前進を開始する。その際は、全員一言も口を開くな。松明もすべて消して、静かに接近する」

「カーネリアン様、本当に正面突撃のみで攻撃を仕掛けるのですか?」

隣でラタに跨るアイザックが、心配そうな目をカーネリアンに向ける。

「はい。作戦は単純なほうがいいですから」

大急ぎで集結している兵士たちを眺めながら、カーネリアンが言う。

「兵士たちへの指示は2つのみ。『合図があるまで無言で進軍』、『合図と同時に全速力で突撃して敵を殲滅』ということだけです。もとより、市民兵の集まりである我らに細かな作戦は無理ですから」

「そうですか……」

「この戦いは、たとえ我らの半数が死んだとしても勝たねばならない重要なものです。任されたからには、やり遂げねば」

「はい。ムディアを陥落させれば、砦に張り付いているバルベール軍は窮地に陥ります。蛮族に背後を突かれて疲弊している敵国を仕留めるチャンスですからね」

「ええ。後は、東のプロティアとエルタイルさえ、同盟国としての責務を果たしてくれれば……」

険しい顔で言うカーネリアンに、アイザックが頷く。

戦いが上手くいった暁には、アイザックがクレイラッツの使者とともにバイクでプロティアとエルタイルへ状況を知らせに行くことになっていた。

すべては、この一戦にかかっているのだ。

「アイザック殿は、砦に連絡をお願いします。半刻後に攻撃を開始すると」

「承知しました」

「私は前衛部隊に加わります。生きてまたお会いできるよう、祈っていてください」

カーネリアンがラタから飛び降り、手綱を傍にいた兵士に預ける。

今カーネリアンが死ぬことはクレイラッツにとって非常に危険だが、「平等の責任を負う」通例を破るわけにはいかない。

軍団長や司令官であっても平等に命を賭けるからこそ、クレイラッツ軍の高い戦意は保たれているのだ。

「アイザック様、我々は戦いには加わるなと言われていますが」

去って行くカーネリアンの背を見つめ、アイザックの背後の兵士が言う。

「我らの任務はカーネリアン様の護衛と砦との連絡役です。いかがなさいますか?」

アイザックが険しい顔で考え込む。

普通に考えればナルソンに確認すべきなのだが、その場合、「戦いには加わるな」と命じられるだろう。

だが、ここでもしカーネリアンが戦死してしまったらと考えると、それはそれでまずいことになる。

熟練の指揮官であり外交も手掛けられる彼を失えば、今後クレイラッツはどうなるだろうか。

彼ほど、国の将来を想ってリーダーシップを発揮できる人間が、今この国にはいるのだろうか。

「……任務を全うするまでだ。カーネリアン様をお守りする」

アイザックの言葉に、兵士たちが頷いた。

同刻、クレイラッツ国内国境付近の森。

真っ暗闇のなか、バルベール軍の5人の兵士が、大軍を率いて国境へと向かうクレイラッツ軍を視認していた。

「こりゃまた、ずいぶんと連れて来たな……」

「連中、本当に打って出てくるとは思わなかったな。数に頼ったって、待ち構えてる2個軍団相手に勝てるわけがないだろうに」

木の陰に隠れている2人の兵士が囁き合う。

2日ほど前に別の斥候部隊の兵士が「クレイラッツ軍が街を出て国境に向かっている」と伝えて来ていた。

彼らはすぐさま国境を守る2個軍団の下へと伝令を出した。

今頃、それらの軍団はクレイラッツ軍を迎え撃つために迎撃態勢を整えていることだろう。

2人の後ろに、彼らの隊長がそっと歩み寄った。

「予想より半日進軍が早い。奴らは薄暮を狙って奇襲攻撃を仕掛けるつもりだろう。お前らは急いで軍団要塞に知らせに行け」

「了解です。隊長たちは戻らないんですか?」

「連中の後続が来るかもしれないからな。そこにいる連中の襲撃を撃退して安心しているところに、続けざまに夜襲で不意を突くってこともあり得る。監視は続けるべきだろう」

隊長の意見に、2人の兵士が「なるほど」と頷く。

彼らは斥候として長きにわたって訓練を受けた専門の兵士であり、長期にわたる偵察任務はお手のものだ。

食糧はドライフルーツや干し芋といった保存食を携行しており、水は山中の沢の水を探し当てて活用している。

たとえ食料が尽きても昆虫を食べ泥水を飲んでも活動できるように訓練されている精鋭である。

バルベールは前回の戦争の教訓から偵察活動に力を入れており、同盟国側の各地に斥候を放っていた。

「今すぐ出発しろ。あまり時間はなさそうだ。報告が終わったら、またここに戻ってこい」

「「はっ!」」

2人の兵士が駆け出し、少し離れた場所に繋がれているラタに跨った。

うっそうと木々が茂る真っ暗な森を、縦に並んでかなりの速度で走り自国領へと向かう。

森を抜け、一直線に軍団要塞を目指して速度を上げた。

「がっ!?」

その時、前を走っていた兵士の耳に、背後から仲間の声とラタの「ギュッ!」と押しつぶしたような呻き声が入った。

驚いて、何事かと振り返る。

そこには、顔をえぐられて真っ赤な肉と白い顔骨を覗かせたラタがドタドタと走っていた。

背に乗っているはずの仲間の姿がなく、それを見た彼はぎょっとして急停止した。

惰性で走っていたラタが、どう、とその場に倒れて足をばたつかせる。

「お、おい!?」

叫んだ彼の背に、悪寒が走った。

本能でラタから飛び降り、地面に転がる。

彼がいたその場所を、巨大な白い影がばっと飛び抜けた。

数メートル先に着地したウリボウが振り返り、唸り声を上げながら彼を睨む。

彼のラタが恐怖のいななきを上げようとした瞬間、別方向から風のような速さで迫ったウリボウが、その喉笛に食らいついた。

ボキッ、と首の骨が折れる音が響き、ラタが即死してその場に倒れる。

「なっ、何でウリボウが!?」

慌てて腰の剣を抜く彼は、はっとして周囲に目を走らせた。

口からボタボタと血を滴らせた2頭のウリボウが、闇の中から音も立てずににじり寄って来ている。

ひっ、と悲鳴を彼が上げた瞬間、4頭のウリボウが一斉に彼に飛び掛かった。

真っ暗な森の入口で、人の姿のティタニアは4頭のウリボウとともに、遠目に見える軍団要塞を見つめていた。

彼女の足元には、物言わぬ骸となった2人のバルベール兵が横たわっている。

亡骸は、先ほど軍団要塞へと向かって行こうとしていた兵士たちのものだ。

ウリボウたちが「戦利品」としてここまで運んできたのである。

――どうにも、人間は食べる気にならないのよね……。

口元を血で汚したティタニアが、はあ、とため息をつく。

ティタニアは人間のことが好きなので、たとえ敵対している相手だとしても食べる気にはならないのだ。

狩った獲物を食べないというのはよくないとも思うのだが、こればかりはどうにも気が進まない。

一緒に仕留めたラタは、他のウリボウたちと食べてしまっている。

だが、つい先ほど1頭はほぼ食べつくしたのだが、すでに満腹でもう1頭は入らなそうだ。

昨夜も同じようにラタを1頭食べてしまっており、食べすぎで腹がはち切れそうになっていた。

一良に持たされた食料は、2日前から食べていない。

明日の食事もラタなのか、とティタニアがぼんやり考えていると、森の中から1頭のウリボウが駆けて来た。

「あら、どうしたの?」

寄って来たウリボウの頭を、優しく撫でる。

そのウリボウはきゅんきゅんと鼻を鳴らし、見てきたものをティタニアに話し出した。

アルカディアの砦の近くの森にいた数人の人間が、こちらに向かって来ているとのことだ。

「……そう。たぶん、それもこの前と同じでバルベールの兵士じゃないと思う。他の子たちと一緒に後をつけなさい。もしバルベールに向かうようなら、殺しちゃっていいから」

ウリボウがこくりと頷く。

ティタニアは3日ほど前、別のウリボウからも似たような報告を受けていた。

クレイラッツ国内から東に向けて山中を走っている人間がいるとのことだったのだが、判断に困ったティタニアは砦に無線機で連絡を入れた。

ナルソンたちによると、それはおそらくプロティア王国かエルタイル王国の斥候だろうとのことで、バルベール国内に入らない限りは尾行をするに留めることになっている。

「あ、ちょっと待って」

踵を返そうとするウリボウを、ティタニアが呼び止める。

「これ、食べていく? 私たちお腹一杯なの」

ティタニアが手付かずのラタと兵士の死体を指差すと、ウリボウは困り顔で首を振った。

「食べている途中でコルツの顔を思い出しそうだから人間は嫌だ。砦で貰ってきた食べ物を食べるからラタもいらない」と言っている。

ティタニアは「そうだよね」と苦笑した。

「うん、分かった。もう行っていいよ」

ウリボウが駆け出し、音もなく闇の中に消えて行く。

そのウリボウがいなくなってすぐ、満腹で食休みをしていた4頭のウリボウが、同時に身を起こした。

ティタニアも、彼らが見ている方へと目を向ける。

「……来たか」

ティタニアの体が、一瞬で黒いウリボウの姿になる。

クレイラッツの軍勢が、いよいよ軍団要塞へと迫りつつあるようだ。

彼女にとっての長い1日が始まった。