軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話:思い込み

真夏の太陽が強烈に大地を照りつける中、村長とバレッタはアイザックを含めた5人の武装した兵士を村の入り口にて出迎えていた。

兵士達は皆が青銅で補強された厚手の皮鎧を身に纏い、頭には青銅の兜を被るという重装備である。

アイザック以外の兵士は両手に水桶をぶら下げており、腰に挿してある短剣以外に武器や盾は携帯していないようだった。

また、アイザックだけは兜を被っていないのだが、長時間の視察の邪魔になると判断したのかもしれない。

「というわけで、私が村を視察している間、村の傍で部隊に野営準備をさせることになったのですが、水の補給に村の水路を使わせていただければと思いまして……」

「もちろん大丈夫です。どうか遠慮などなさらず、好きに使ってください」

村長は申し訳なさそうに頼むアイザックに笑顔で応じたが、内心かなり驚いていた。

というのも、村に向かっている軍隊の指揮官がアイザックであるとは欠片も考えていなかったからである。

今までに何度かアイザックがグリセア村に訪れた際にも、常に今のような丁寧な対応を村人全員に取っていたので、まさか部隊指揮官を担う程の身分にある人物だとは思っていなかった。

しかも、彼の後ろに控えている兵士達が腰に下げている短剣には家紋の装飾が施されており、どうやら貴族のようである。

貴族が所属する部隊の指揮官は、配下の貴族よりも上級の貴族しか有り得ないはずなので、アイザックはなかなかに地位の高い貴族ということになるのだ。

ちなみに、今アイザックが腰に下げている短剣にも豪華な家紋の装飾が施されている。

以前、村に視察に訪れた際には短剣に装飾は施されていなかったはずなので、一人で村の視察に訪れる際は、村人達に威圧感を与えないようにあえて一般兵士が携帯するような普通の短剣を装備しているのかもしれない。

「ありがとうございます。あまり村の奥には入らないようにさせますので、兵のことは気にしないように村の方々にお伝えください」

アイザックは村長にそう言うと、背後の兵士達に水汲みの指示を出した。

指示を受けた兵士達は短く返事をすると、両手に持っている水桶を揺らしながら水路へ向かって走っていく。

アイザックは走っていった兵士達を見送ると、村長とバレッタに向き直った。

「それでは、早速ですが村の視察をさせてください。畑の作物の生育は順調ですか?」

「ええ、水路からの水が使えるおかげで、日照りにも負けずに順調に育っております。それに、作物をいつもとは違ったやり方で育てたところ、以前に比べて成長するのがかなり早くなりました。この分なら、収穫の時期には租税として芋を少し収めることができるかもしれません」

作物の生育具合を問うアイザックに、村長は以前よりバレッタや一良と話し合って決めていたとおりの受け答えをした。

村の畑の作物は一良の持ち込んだ肥料と、森から取ってきた腐葉土のおかげでかなりの急成長を遂げているのだが、アイザックに詳しく聞かれた場合は腐葉土についてだけ答えることになっている。

「それは朗報ですね。少しでも作物を収めて頂けると、我々としても非常に助かります。今年は他の村々からの租税も大分少なくなりそうですから」

アイザックは村長の台詞に笑顔を見せると、村長とバレッタを促して手近な位置にある芋畑へと向かうのだった。

アイザックは芋畑に到着すると、そこに生えている芋の姿に目を見張った。

畑に植えられている芋は、以前村を訪れた時よりも格段にその大きさを増し、傍目から見ても解るほどに蔓は太くて逞しく、葉も驚くほどに巨大になっている。

アイザック自身、農業に関しては素人同然だが、葉や蔓がここまで大きくなった芋は見たことがない。

「これは……私の知る限り、ここまで葉と蔓が大きく成長した芋は見たことがないのですが……ここに植えられている物は、例年収めていただいている芋と同じものですか?」

「はい、いつもと同じ芋ですぞ。ただし、今年は畑の土に森から取ってきた沢山の土を混ぜてみたのです」

アイザックはそれを聞くと、興味深げな表情で芋の前にしゃがみ込み、その葉に触れてみた。

芋の葉は厚みも増しているらしく、太い蔓と合わさってかなりの迫力である。

一ヶ月前に見た芋と同じものだとは、正直言って信じられない程だ。

「森が受けているグレイシオール様の加護を、土と一緒に村の畑に取り込んだのですか……まさかこれ程にも効果があるとは……」

「我々も驚いております。この手法が他の村でも可能なのかはわかりませんが、グリセア村の森はグレイシオール様の加護をかなり強く受けているのでしょう」

村長の言葉に、アイザックはこの村についての言い伝えを思い出し、芋の成長と照らし合わせて納得した表情を見せた。

この村は、数百年前にグレイシオールが現れて人々を救ったという言い伝えのある村なのだ。

周辺の森そのものがグレイシオールの多大な加護を受けていたとしても何ら不思議ではなく、その森の土を使えば作物の生長が急激に早くなるということにも納得がいく。

「さすがはグリセア村です。グレイシオール様の加護をこれほどまで強く受けた土を使えるのなら、今後の作物の収穫も期待が持てそうですね」

周辺の森にあるグレイシオールの多大なる加護を受けた土を使えるとなると、今後グリセア村の食料生産量は劇的に向上するかもしれない。

その上、村に新しく作られた水路にはこの日照りの中でも安定的に水が供給されているようなので、大干ばつによる食料生産量の落ち込みの心配もないのだ。

もしかすると、この村を中心とした大規模な穀倉地帯を作ることが可能かもしれないとアイザックは考えると、懐から皮紙と木炭を取り出し、作物の生育具合と森の土の存在を書き綴るのだった。

「他の畑の作物も気になるところですが、先に水路について少し教えていただきたいことがあります」

メモ書きを終えて、手にした皮紙から顔を上げてそう言うアイザックに、村長とバレッタは笑顔で頷きながらも「きたか」と内心身構えた。

前回アイザックが視察に来た時には水路について特に何も探られなかったが、一良の案じていた通り、それはアイザックが村と川の位置関係について詳しくなかったからだろう。

アイザックが上官に視察の報告をした際、水の出所について物言いがついたに違いないと村長とバレッタは思った。

実際はアイザックが直接ナルソンに報告し、村と川の位置関係について直に物言いをされていたのだが、まさかアイザックがナルソンに直接会えるほどの立場にある人物だとは、村長もバレッタも毛ほども思っていない。

「村の水路に流れている水なのですが、これは北西にある川から引いているのですか?」

「ええ、川から引いております」

「ふむ……北西の川は村に対して位置が低すぎて、水路を引くのは無理なはずなのですが、どうやって水を引いているのですか?」

アイザックにそう問われると、村長はバレッタをちらりと見やり、バレッタが頷くのを見てから口を開いた。

「実は、娘のバレッタが水車という道具を考えまして、それを使って川の水を汲み上げて水路に流し続けているのです」

「水車?」

水車という始めて聞く単語に、アイザックは鸚鵡返しで聞き返した。

アイザックの知る限り、常に水路に水が流れるほどの量の水を汲み上げ続ける道具など聞いたことがない。

「その水車という道具は、村の水路の先にあるのですか?」

「はい、そうです。今からご案内しましょうか?」

案内を申し出る村長に、アイザックは即座に頷いた。

てっきり新しい水源でも見つかったのかと思っていたのだが、実際は川の水を道具を使って汲み上げているという。

アイザックは何やら言い知れぬ予感を感じつつ、先導する村長とバレッタの後に続いて川へと向かうのだった。

歩くこと約30分。

村長ら3人は、先日設置した水車二号機の元へやって来ていた。

水車はいつものように元気に回り続けており、川に隣接して作られた水路の水を、揚水用の木箱を使って高所にある木の水路へと運び続けている。

「こ、これはすごい!」

アイザックは水車を目にし、低所から高所へと大量の水を運ぶ水車の姿に驚嘆の声を上げた。

人の手を借りず、流れる水の力だけを使ってこのような動きをする道具を、アイザックは今まで見たことがなかったのだ。

「これが水車です。何とか川の水を村に引くことができないものかと、バレッタが考え出してくれました」

「水があんなに高い所にまで……これは凄い発明ですよ! バレッタさんが一人で考えたのですか?」

アイザックは回り続けている水車を食い入るように見つめた後、懐から取り出した皮紙に水車の絵を描きながらバレッタを見やった。

「はい、どうやったら川の水を村に引けるのか色々と考えていて、この水車を考え付いたんです。村のみんなに協力してもらって、部品を作って組み立てました」

バレッタの答えにアイザックは頷きながらも、水車の存在に興奮する頭の片隅で、何かすっきりしないものを感じていた。

というのも、一介の農民風情、しかもバレッタのような若者がこのような画期的な発明をするなど、アイザックの知る常識からいって有り得ないことなのである。

新規的な発明は都市部の技術者や職人によって行われるのが常であり、辺境の農民が何かを発明したなどという話は、アイザックは聞いたこともないのだ。

アイザックが農民を馬鹿にしているわけではないが、農業以外に何の教育の機会もない小さな村の住民に、このような画期的な道具の開発が出来るなど、とても信じられなかった。

「一人でこのような道具を考え出すとは……この水車という道具を作るに当たって、作り方を記した紙などがあったら見せていただけませんか?」

「それが……この水車は都度考えながら部品を一つ一つ作りあげたものなので、そのようなものは無いんです。申し訳ございません」

すまなそうに頭を下げるバレッタに、アイザックは一瞬訝しげに眉を寄せたが、すぐに表情をとりなして、そうですか、と頷いて見せた。

「では、この水車の動作と作り方について簡単に説明していただいてもよろしいですか?」

「わかりました。では、まず動作についてですが……」

アイザックはバレッタの説明を聞きながら、水車の要点を皮紙に書き出していく。

水車の動作について堂々と説明するバレッタに、何処か釈然としないものを抱きつつアイザックが水車を見ていると、ふと目をやった水車の軸部分が、回転の摩擦で大きく磨り減って痛んでいることを発見した。

「おや、この棒の部分は大分磨り減っていますね……このままでは折れてしまわないですか?」

「えっ、本当ですか?」

水車に歩み寄って軸の部分を覗き込みながら言うアイザックに、バレッタは水車の説明を一旦止め、アイザックの隣に歩み寄った。

そして自らの目線の高さにある水車の軸を見てみると、確かに軸が磨耗して大分磨り減っているようである。

今はまだ平気なようだが、このまま使用を続ければ軸が折れて水車が崩壊するかもしれない。

「これは、このまま水車を回し続けたら確実に軸が折れますね……何か対策を考えないと」

軸の痛み具合を見てバレッタはそう言うと、川に接している水路の上流側に行き、傍に落ちている木板を水路にはめ込んで川と水路を遮断した。

川からの水の供給を阻害され、くるくると回っていた水車もその動きをゆっくりと止める。

「なるほど、その板を使っていつでも水車を止められるようにしているのですか」

その様子を見て感心しているアイザックに、バレッタは笑顔で頷いた。

「ええ、こうしておけばいつでも水車を修理することができますから。でも、アイザックさんが軸の傷みに気付いてくださらなければ、修理する前に水車が壊れてしまうところでした。ありがとうございます」

そう礼を述べるバレッタに、どういたしまして、とアイザックは答えると、再びメモを取りつつバレッタから水車の説明を受け始めた。

村の視察が始まってから半日後。

夕焼け色に染まる村はずれの森の前で、アイザックは村長から租税用の木材の準備具合についての報告を受け終え、お互いに労いの言葉を掛け合っていた。

アイザックが水車についての説明をバレッタから受けた後、3人は再び村へと戻り、村の食糧事情や作物の生育について、全ての畑を見て回りながら村長がアイザックに報告をした。

作物の急激な成長については、アイザックはグレイシオールの加護を得た森の土の影響だと信じきっているようで、特に探りを入れられることは無かったのだが、今後の食糧生産手法についてイステリアより何らかの指示があるかもしれないとの説明を村長は受けた。

ちなみに、バレッタは夕飯の仕度をするべく、先に屋敷に戻っている。

「それでは、私は部隊に戻ります。我々の都合で部隊を連れて来てしまい、お騒がせして申し訳ありませんでした」

「いやいや、軍の方々のお勤めに協力できるのであれば、我々としても光栄なことですからな。どうか気に負わないで下され」

何とか何事もなく視察をやり過ごすことが出来たためか、村長は肩の力も抜けて朗らかに答える。

アイザックは村長の言葉に、ありがとうございます、と笑顔を見せた。

「では、ここで解散としましょうか。また一ヶ月後に伺いますので、その時までに納税の準備を整えておいてください」

「わかりました。ではまた一ヵ月後に」

村長はアイザックにそう答えると、深く一礼してから屋敷へと戻っていった。

去っていく村長の背を見ながら、アイザックは、さてと、一息つきながら村を見渡し、視察結果を思い返す。

視察の間に時折目にした村人や、村長とバレッタの身体つきから察するに、グリセア村の食糧事情はかなり良くなっているようである。

水車を使った水の汲み上げといい、森の土を使った作物の急成長といい、この一ヶ月でのグリセア村の急速な回復ぶりには目を見張るものがある。

これらのことは大変喜ばしい事態なのだが、アイザックは何処かすっきりしないものを感じていた。

というのも、この村は全てが上手く行き過ぎており、それがどうにも不自然に感じるのだ。

特に気になるのは水車である。

あのような画期的な道具が一人の農民によって生み出されたという事実を、アイザックは未だに受け入れることが出来ずにいた。

アイザックが水車のことを思い返しながら村を見渡していると、視界の端に小さな影が居ることに気付いた。

横目で確認してみると、30メートル程離れた木の陰で、子供が隠れながらこちらをじっと窺っている様子である。

「(男の子……5、6歳といったところか。名前は確か……)」

アイザックは村人の名簿を思い返しながら少し考えると、ふと思い立って男の子の方へ顔を向けて笑顔で手を振った。

手を振られた男の子は、自分が見つかったことに一瞬肩をすくめた様子だったが、すぐに木の陰から出るとこちらへ向かって走ってきた。

「にいちゃん、偉い兵隊さんだったの!? そんなにかっこいい鎧初めて見るよ!」

少年はアイザックの元に走り寄ると、アイザックが挨拶をする間も無く興奮した様子でまくし立てた。

どうやら、重装備の兵士の姿に感激しているらしい。

「ん、少しだけ偉い兵隊だよ。100人の兵士達の隊長をやってるんだ」

「100人も!? すげー! いつも村に来るときは安っぽい鎧着てるから、全然わからなかったよ!」

アイザックは少年の言葉に苦笑しつつも、更に興奮した様子で自分の周りをぐるぐる回っては鎧を楽しそうに眺めている男の子を見ながら、先ほど思いついたことを試しにこの男の子に聞いてみることにした。

「君は確かコルツ君だったかな? 実は村の近くに部隊を待たせてるんだけど、ちょっと見学してみるかい?」

アイザックがそう言うと、コルツは驚きと期待が入り混じった表情で

「えっ、いいの!?」

と声を上げてアイザックを見上げる。

「ああ、いいとも。でも、その前にご両親に少しだけ村から出ることを言いに行こう。勝手に居なくなったら大騒ぎになっちゃうからね」

「うん! 俺の家はこっちだよ!」

コルツはアイザックの提案に大喜びで応じると、アイザックの前に立って早足で自分の家へと歩き始めた。

アイザックはコルツの後を数歩歩き始めたところで、そうだ、と手を打ってその場に立ち止まる。

「どうしたの? 早く行こうよ!」

「いや、一つ大切なことを忘れちゃってね。コルツ君が知ってたら教えて欲しいんだけど……」

「何? 早く言ってよ!」

もったいぶった様子で言うアイザックに、コルツは焦れたようにアイザックを急かす。

アイザックはそんなコルツの様子に内心少しだけ罪悪感を覚えながらも、先ほど考えたことを口にした。

「さっき、村長のバリンさんから水車を作った人の名前を聞いたんだけど、聞いたことの無い名前だったからつい忘れちゃってね……。コルツ君は水車を作った人の名前を知ってるかな?」

アイザックの質問に、コルツは一瞬きょとんとした様子だったが、すぐに口を開いた。

「カズラ様のこと?」