軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25話:あなたは何者?

ハーブの種蒔きをしてから4日後の朝。

村長邸の庭先で、村人達が着ているものと同じ無地の上下を身に着けた一良は、ペパーミントとレモングラスが植えてある鉢を見ながら腕組みして考え込んでいた。

というのも、それらの成長ぶりが当初予想していたものとは大分違った結果になっているためである。

ちなみに、一良の着ている服は昨日バレッタが縫い上げてくれたもので、丈の長さもピッタリであり、着心地も抜群だ。

「むう、もっと急激な成長っぷりを遂げるかと思ったんだけどなぁ。肥料の性質が変化しているわけじゃないのだろうか」

一良の目の前にある2種類のハーブは、持ってきた時と比べて多少は大きくなっているが、この程度の成長ならば日本で育てるのとなんら変わらない。

ホームセンターで買ってきたままの状態で、肥料を与えていないレモングラスはごく普通に成長しているし、鉢に肥料を混ぜたペパーミントも似たような成長ぶりである。

また、4日前にバレッタと一緒に植えた種たちはバジルのみ大量に発芽しており、その他の種たちはルッコラが2つ3つ発芽しているだけ。

地面に植えた種も鉢に植えた種も同じような発芽具合で、発芽にかかった日数は種を買った店でもらった紙に書いてある情報通りである。

一良がハーブたちを見ながら唸っていると、屋敷の入口からバレッタが顔を出した。

バレッタは庭先でハーブを見ながら唸っている一良を見つけると、自らも庭に出てきて一良の横に並ぶ。

「村の作物とは違って、ハーブは一気に大きくならないんですね……あ、ルッコラの芽が出てる!」

昨日までは出ていなかった小さな芽を見つけ、バレッタはその場にしゃがみ込むと嬉しそうに指先で小さな葉に触れた。

一良が当初予想していたような急激な成長を見る事は出来なかったが、とりあえずは普通に成長してくれているようなので、暫くは様子見ということになりそうだ。

種を植えた場所には、その種類と同じ数の木の板が置いてあり、植えたハーブの名前がカタカナで書かれている。

バレッタが油性マジックで書いたのだが、なかなかに上手に書けていた。

「んー、もうちょっと早く成長するかと思ったんですけどね。まぁ、普通に育っているみたいだから良しとしますか」

「普通に育ってくれれば十分ですよ。大切に育てましょうね」

バレッタは一良に笑顔を向けると、もう一度ルッコラの葉を優しく撫でてから立ち上がった。

「朝食の準備が出来ましたから、食べに戻りましょう。食べたらいよいよ水車の組み立てですから、頑張らないと!」

そう言いながら胸の前に両手で握りこぶしを作って気合を入れるような仕草をしているバレッタに、一良は自然と頬が緩んだ。

ハーブの急成長という結果が得られなかったことは残念だが、村の畑に植えられている野菜たちは今も物凄い勢いで成長を続けている。

芋はあれから更に一回りも大きくなっているし、葉物の野菜は種を蒔いてから2週間しか経っていないにもかかわらず、あと数日で村人達の食卓に並び始めるのではないかというくらいの成長ぶりである。

約4週間前までは飢饉で壊滅寸前だった村だとはとても思えないくらいに村人達の表情は活力に満ち、皆が嬉々として毎日の畑仕事や水車作りに精を出している。

それを考えればハーブが急成長しなかったことなどは些細な事にも思えるし、そもそもハーブの苗をこちらの世界に持ち込んだのも、元々は日本から持ち込んだ肥料や植物の効能や性質の変化を調べるといった目的であったので、ハーブを大量生産をすることが目的ではない。

あわよくばハーブも大繁殖させられるかもという打算はあったが、調査という観点で見れば、目的は順調に達せられているのだ。

「そうですね。ちゃんと回ってくれるといいんですけど……楽しみだけど不安だなぁ」

「もし回らなかったら反省会ですね。ハチミツをたっぷり入れたハイビスカスティーを淹れて慰めてあげます」

「むむ、それも魅力的……って、バレッタさんが飲みたいだけでしょうが!」

「えへへ」

イステリアから戻ってきてからというもの、ハーブの観察や畑の草取り、水車の部品作りや夕食後の勉強会と、一良はバレッタと朝から晩まで常に一緒に行動しているせいか、以前にも増して仲良くなってきている気がする。

バレッタは一良に対して以前のような遠慮がちな態度を今では殆ど見せなくなっているし、何といっても自然な笑顔を見せることがここ数日で一気に増えた。

今まで不安で仕方が無かったであろう村の水不足と食糧不足は全て解決済みである上に、 予(かね) てからの希望であった勉学も、こちらの世界のものとは大分違うが一応学ぶ事が出来ている。

不安の種もなくなった上に自らの希望も叶い、今のこの生活はバレッタにとって、この上なく充実したものとなっているのかもしれない。

「村のみんなもすごく丁寧に部品を作ってくれましたし、きっと回りますよ。それに、カズラさんの設計したものなら絶対に大丈夫です!」

一良にとって水車の設計など初めてのことなので、いくら大丈夫と言われても不安は残るが、ここでうだうだ言っていても始まらない。

とりあえず水車を組み立てて設置してしまい、もし上手く回らなくても部品を幾つか作り直せば何とかなるだろうと楽観的に考える事にした。

「そうですね、設計図はバレッタさんも私と一緒に見直しをしてくれましたし、きっと大丈夫ですよね」

「う、そう言われると不安が……」

「大丈夫大丈夫」

こうして上手い具合にバレッタにも責任をお裾分けしつつ、一良は朝食を摂るべく屋敷へと戻るのだった。

朝食後、一良とバレッタは水車作りに加わっていた10名の村人と共に、リアカーに水車2号機の部品を満載し、以前日本から持ってきた水車を設置した川べりへとやってきていた。

木板で補強された川べりの水路に設置されている水車は今も回り続けており、グリセア村へと向かう水路にせっせと水を送っている。

真夏の太陽が強烈に降り注ぐ中、キラキラと水しぶきを上げながら力強く回る水車の姿を見て、村人の誰かが

「綺麗だなぁ」

と素直な感想を口にした。

「では、水車を組み立てますかね。皆さん、よろしくお願いします」

水を運ぶ水車を眺めている村人達に一良がそう声を掛けると、村人達は早速リアカーから部品を降ろし、リアカーの脇で車座になって部品を組み立て始めた。

先日、日本製の水車を組み立てた時は、既に出来上がっている部品を説明書を見ながら組み立てるだけの作業だったが、今回組み立てる水車の部品は、一良と村人達が自分達で手作りした物である。

村人達はどの部品がどのような役割をするのかを部品作りを通じて理解しているためか、組み立て作業の滑り出しは上々に見えた。

「さて、私とバレッタさんは先に水車を交換する準備をしておきましょうか」

「はい、水路の水を止めてきますね」

バレッタはリアカーから厚さが10センチ程もある分厚い木板を取り出し、川に接している水路の上流側に行くと、水路に木板をはめ込んで川と水路を遮断した。

勢い良く回っていた水車も、羽を押していた水がなくなるにつれて徐々にその動きを止める。

バレッタが水路の水を止めている間に、一良はリアカーから「有限会社志野精工」と刺繍されているタオルを2枚取ってくると、水路の水が無くなったことを確認してから片手で水車をくるくると回し、揚水用の木箱に入っていた水を全て空にした。

「日差しが強いですし、軽く拭いておけばすぐに乾きそうですね」

水路の水を止めて戻ってきたバレッタは、一良からタオルを一枚受け取ってそう言うと、水を滴らせている水車を優しく撫でた。

「そうですね。でも、少し経ったら水車を回して日当たりを調節しておきましょう。湿り気のせいで取り外す時に手を滑らせたら大変ですからね」

今設置されている水車を取り外す際、数名で協力して取り外すとはいえ、川の水で濡れているせいで手を滑らせ、水車の下敷きにでもなるようなことがあっては大変である。

そのために水車を乾かしておこうということなのだが、かんかん照りの太陽に任せておけば、30分もあれば粗方乾かすことができるように思えた。

今まで散々村を苦しめてきた連日の日照りも、今回ばかりは頼もしい味方となりそうだ。

暫く二人で水車を挟むような形でタオルを使って水を拭いていると、バレッタが手に持っているタオルの文字に気付いて作業の手を止め、タオルを広げながら一良に尋ねた。

「カズラさん、この布に書いてある『ゆうげんがいしゃしのせいこう』って、カズラさんの国のお店か何かですか?」

「あぁ、それは私の父が経営している会社の名前ですよ」

一良が水車を拭きながらそう答えると、バレッタはハッとしたような表情で視線を手に持ったタオルから一良へと移す。

「……カズラさんのお父様?」

「ええ、そうです。会社といっても、父と母の二人で操業している小さな町工場なんですけどね」

バレッタの問いに一良も作業の手を止めると、バレッタの持っているタオルの『志野』と刺繍されている部分を指でなぞった。

「この『志野』というのは私の苗字でね。そういえば、こっちに来てから下の名前しか名乗ってなかったかな……どうかしました?」

自分のことを少し呆けた様子で見つめているバレッタに、一良は小首を傾げる。

「いえ……あの、カズラさん、あなたは……」

バレッタは途中まで言いかけると、ハッとしてリアカーの脇で部品の組み立てを行っている村人達の方を振り返り、ホッと小さく息を吐いた。

「ん? 私が何ですって?」

問い返す一良にバレッタは困ったように少し笑うと、

「えっと、この話の続きはまた夜にでも……それより今気付いたんですけど、この水車の軸は金属で出来ているのに、新しい水車の軸は軸受けに当たる部分さえも木がむき出し状態ですが、平気なんですか?」

と話題を変えてきた。

一良としてはバレッタの言いかけたことは気になるが、別にしつこく食い下がる必要もない。

新しい話題に頭を切り替えると、再び水車を拭く作業を再開しながらバレッタの問いに答えるべく口を開いた。

「あぁ、それは平気だと思いますよ。見本にした水車より部品を少なくしていますし、揚水量も減らしているので軸に掛かる負担もそれほど大きくないはずです。使い続けて磨耗するようなら、またイステリアへ行って銅か青銅を買って来ればいいですし」

無いとは思うが、もし水車2号機の軸が磨耗するようなことがあれば、一度解体して軸を作り直す必要がある。

その時は面倒だが、再度イステリアへ行って銅か青銅を購入してきて、村で軸受けと軸の接点部分を製造する事になるだろう。

どちらにしろ、そんなにすぐ軸が使い物にならなくなるということはないはずなので、ナルソンの家来であるアイザックが来た時に動いていれば問題は無い。

いざとなったら軸を何本か追加で作成し、この水車の脇にでも交換用として転がしておけばいいのだ。

「青銅……村で溶かして軸用に加工するんですか?」

「出来ればその方がいいんですけど、イステリアで鍛冶職人に製作を依頼する方が早いかもしれませんね……よし、これくらい拭いておけば平気かな」

目立った水濡れを粗方拭き取り、一良は水車を見上げて息を吐いた。

この後、水車2号機を組み立てたら今設置してある水車を外し、軸受けに使っている柱も掘り起こさねばならない。

結構な重労働だが、一良の持ち込んだ食べ物で体力が強化されている村人達とならば難なくこなすことができそうだ。

「私たちも水車の組み立てに加わりますかね」

「はい……といっても、もう殆ど組み終わっているみたいですけどね」

バレッタの言葉に一良が村人達の方を見てみると、もう殆ど水車は組みあがっていた。

やはり自分たちで作った部品を組み立てるというだけあって、早いものである。

「ありゃ、本当だ。そしたら、水車が乾くまで小休止ですかね」

「そうですね」

いくら水車が組みあがっていても、水車が乾くのには時間が掛かる。

特に急いで設置しなければいけないわけではないので、少しの間休憩とすることにしたのだった。

その後、水車を組み立て終わった村人たちと共に川の水を飲みながら30分程休憩し、水車の取り外しを行うことになった。

一良も水車の取り外しに加わろうとしたのだが、村人達に

「この程度のことなら私たちがやりますから、カズラ様は休んでいてください」

と言われてしまったので、水車の大きさの問題で取り外し作業に加わることのできない数名の村人、それにバレッタと一緒に作業を見守る。

カンカン照りの太陽のおかげで水車はしっかりと乾いており、手を滑らす者も出ることなく無事水車を軸受けから外すことが出来た。

地面に固定されている軸受けの掘り起こしも、力持ちな村人達のおかげですぐに済み、全木製の新しい軸受けを代わりに入れてしっかりと固定する。

見本の水車と同様に、軸受けには水車が汲み上げた水が常に掛かるようになっているので、摩擦によって発生する熱の冷却も万全だ。

「それでは、新しい水車を設置しますね」

村人達は一良に断りを入れると、組み立て終わって地面に寝かせてある水車を、掛け声をかけて持ち上げた。

「いよいよ私たちが作った水車が回るんですね……私、水路を仕切っている板を外しに行ってきます」

「お願いします……ちゃんと回るかなぁ」

そんな不安がる一良を他所に、すぐに水車2号機の設置も終わり、後は水路に川の水を引くだけとなった。

バレッタは水車が設置されたことを確認すると、皆に

「板を外しますねー」

と宣言し、川と水路を隔てている木板を取り外した。

新しく設置された水車2号機は、流れてくる川の水に羽を押され、ゆっくりと回転を始める。

「お、回った回った。回転速度にムラは……」

くるくると回り始めた水車に村人達が拍手をしたり互いに肩を叩いて喜んでいる姿を他所に、一良は水車を横から真剣な表情でチェックする。

そんな一良の元に、水路に填めていた板を手にしたバレッタが戻ってきた。

「カズラさん、どうですか?」

「んー……うん、これなら大丈夫ですね」

バレッタは一良の返事を聞くと、ホッとした様子で笑顔を見せ、回っている水車からグリセア村へと向かう水路を眺めた。

今まで設置されていた水車に比べると水量は半分以下だが、水車2号機はしっかりと川の水を村へと送っている。

「さて、無事水車も交換できましたし、外した水車を解体して村に帰りますかね」

「カズラ様、解体せずにこのまま運んでは駄目でしょうか?」

一良の言葉に、取り外した水車の傍らに居た村人の一人が提案する。

「そのまま運べればその方がいいですけど、重たいですし村までは結構かかりますよ?」

この水車は一つ一つの部品はたいした重量は無いとはいえ、組みあがった状態では400kg近い重量である。

持ち手が付いているなら交代で何とか運べるだろうが、持ち手の無い水車を村まで運ぶとなると、結構辛いものがありそうだ。

「別に大丈夫ですよ、交代で運べばいけると思います。なぁ?」

「あぁ、このままでも普通に運べるな」

村人たちはそう言うと、6人で横になっている水車を縦にし、前に2人、横に2人、後ろに2人と分かれて水車を持ち、村に向かっててくてくと歩き始めた。

横の二人は脇から支えてバランスを取る係りなので、実質的に水車を持ち上げているのは4人である。

残りの村人たちも、運ばれていく水車に続いてぞろぞろと歩いて行く。

「ええ……一人当たり確実に100kg近く持ち上げてるはずなのに、何で皆平気な顔してるんだよ……」

「カズラさん、私たちも行きましょう」

まさかの展開に呆然と立ち尽くしていた一良は、声を掛けて来たバレッタの方を振り向き、バレッタの可愛らしい顔を見ながら背中に嫌な汗を掻いた。

「あ、あの、どうかしました?」

じっと見つめられて赤くなって照れている様子のバレッタに、一良は慌てて『片手でリンゴを握りつぶすバレッタ』の妄想を打ち消すと、村人達に続いて村へと歩き出すのだった。

その日の夜。

夕食も食べ終わり、いつものように火の灯った囲炉裏を前に二人で並び、一良はバレッタと勉強をしていた。

今日の勉強の内容は人体機能学であり、身体の仕組みや機能についてを参考書を見ながら学んでいる。

この分野については一良も素人なので、バレッタと一緒になって勉強しているような状態なのだが、あからさまにバレッタのほうが飲み込みが早いため、軽く凹んでいた。

現在、バレッタに教える勉強の内容は毎日内容を変え、一日ごとに少しずつ学ぶ方法を取っている。

数学や物理といったまさに「座学」といった内容のものから、上手なお茶の淹れ方や保存食の加工法といったものまで、様々な種類の勉強を参考書や資料片手に教えているのだが、バレッタは全てに興味津々で、正に乾いたスポンジの如く教える内容を片っ端から自らの頭に詰め込んでいる。

ノートもしっかりと取っているのだが、書いている文字は日本語であり、既に日本語はマスターしているようだ。

参考書を二人して見ながら『血管は川、赤血球は船』という内容をバレッタが読み上げるのを聞きながら、一良が必死にノートを取っていた時、ふと昼間にバレッタが一良に何か言いかけていたことを思い出し、バレッタが参考書の項目を読み終わるのを待ってから口にした。

「バレッタさん、昼間のことなんですけど……」

「カズラさん、 血漿(けっしょう) タンパクって……あ、はい、何ですか?」

見たことの無い単語の意味を一良に聞こうとしていたバレッタは、勉強に集中しきっていた頭を切り替えて一良に応える。

「昼間バレッタさんが私に何か言いかけていたのを思い出して、何を言おうとしていたのかなって……」

「あっ……」

その問いに、バレッタは一瞬戸惑った様子だったが、自分の中で何かを決心したのか、真剣な表情で一良に向き直った。

バレッタの真剣な様子に、一良も何を言われるのだろうかと身構える。

「カズラさん、あなたは……あなたは、人間なのですよね?」