軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

245話:家族のために

その頃。

グリセア村では、新しく守備隊長となったセレットが、しゃがみこんで子供たちから炭団の作りかたを教わっていた。

炭団とは、炭の粉と動物の糞を水で溶いたものを混ぜて団子状にした固形燃料だ。

非常に燃費が良く、火力は弱いが丸一日中燃え続ける優れものである。

グリセア村で生産した炭はほぼすべてを鉄の精錬とイステリアへの輸送に充てているため、村で煮炊きに使う主な燃料は子供たちが作る炭団に頼っていた。

セレットは村に入るなとは一良に言われていなかったので、こうして村に入っては子供たちとよく遊んでいた。

「こうやって、よーく混ぜてからお団子にするの」

5歳くらいの女の子が、根切り鳥の糞を水で溶かしたつなぎを炭の粉に混ぜ、こねて団子を作る。

「へえ、泥団子みたいだね」

「うん。でも、泥団子より簡単だよ」

「そうなんだ。私もやってみよ」

セレットが木の椀に炭の粉を入れ、つなぎを混ぜて手でこねる。

つなぎには鳥の糞が使われていると教えてもらっていたが、セレットとしては特に汚いなどと思うことはなかった。

「鳥の糞がこんなことにも使えるのか」と、ただただ感心するばかりだ。

「セレット様!」

セレットが炭団をこねていると、村の老人が慌てた様子で駆けて来た。

手には無線機と、携帯用アンテナを持っている。

「大変です! グレゴルン領で反乱が起こったとのことで、反乱軍がこちらに向かっているらしいんです!」

「えっ!?」

驚いて立ち上がるセレット。

「そ、それは本当なんですか!? どこからの情報です!?」

「ナルソン様です! すぐにセレット様に代わるようにと!」

そう言って、老人が無線機をセレットに差し出す。

見た事のない道具に、セレットが怪訝な顔を彼に向ける。

「これは?」

「無線機という道具です。ナルソン様に繋がっていますから、話してください!」

わけも分からないまま、彼から押し付けられるようにして無線機を手渡される。

『セレット、聞こえるか? ナルソンだ。どうぞ』

「わわっ!?」

突如無線機から響いた声に、セレットは驚いて無線機を取り落としそうになった。

「そこの赤いボタンを押したままにしてください。こちらの声が、向こうに聞こえるようになります」

「えっ? えっ?」

「早く!」

目を白黒させながらも、セレットが無線機の送信ボタンを押す。

「こ、これでいいんですか?」

「はい。ナルソン様に聞こえていますから、顔に寄せて話しかけてください。話した後は、『どうぞ』と言ってからボタンを離すんです」

「は、はあ」

セレットが無線機に顔を寄せる。

「ええと……セレットです。ど、どうぞ」

『ナルソンだ。セレット、聞こえるか? どうぞ』

「ひえっ!? な、なんなんですかこれ!?」

「セレット様、もう一度ボタンを押して話してください! ボタンは押しっぱなしです!」

「は、はい!」

セレットが再び送信ボタンを押す。

ただならぬ様子に、周囲で畑仕事をしていた他の村人たちも集まってきた。

炭団をこねていた子供たちも、不安そうな目をセレットに向けている。

「ナルソン様ですか? えっと……どうぞ」

セレットが送信ボタンを離す。

『うむ、ナルソンだ。セレット、落ち着いて聞いてくれ』

ナルソンの声が無線機から響く。

『グレゴリアにて、先ほど軍の反乱が起きた。数日以内に、反乱軍がイステリアにやって来る危険がある。グリセア村はその進路上にあるから、村が反乱軍に襲われるかもしれん』

恐ろしい情報に、セレットが驚愕に目を見開く。

『セレット、すぐに村にある資材を荷馬車に積めるだけ積んで、村人たち全員を連れてイステリアに退避しろ。どうぞ』

「セレット様、ボタンを押してください。『どうぞ』の後は、こちらが話す番です」

老人の指示にセレットが頷き、無線機の送信ボタンを押す。

わけが分からない状況だが、村が襲われると聞いて一瞬で頭が冷静になった。

「反乱軍が村に到着するまでの日数は分かりますか? どうぞ」

『はっきりとは分からないが、数日はかかるだろう。だが、すでに何日か前に出立してる可能性もある。どんなに遅くとも明日までには村を発て。村で生産している兵器はすべて運び出し、運べない食料は燃やして、製材機などの大型機械や高炉は原型が分からないように完全に破壊しろ。どうぞ』

ナルソンの指示に、村人たちがざわつく。

「セレット様! イステリアから軍を回してもらうことはできないのか聞いてください!」

「全部燃やすだなんて、そんな……」

騒ぎ立てる村人たちに、セレットが頷く。

「ナルソン様、村を防衛する手段はないのですか? どうぞ」

『残念だが、それは無理だ。軍は砦に出払っているし、イステリアの守備隊を割くわけにもいかん。グリセア村は放棄して、セレットたちはイステリアの守備隊の指揮下に入れ。どうぞ』

「ナルソン様。それは、カズラ様も同意してのことでしょうか? どうぞ」

『そうだ。すぐに取り掛かれ。どうぞ』

「……ナルソン様。私はジルコニア様に、ジルコニア様の大切な人の故郷を、カズラ様の帰る場所を守ると約束しました」

セレットが険しい表情で無線機に話しかける。

「故郷を失うということは、絶対に許してはならないことです。たとえ後で村を取り返したとしても、故郷を汚されたという事実は消えません。絶対に、ここを失うわけにはいかないんです。どうぞ」

セレットが言うと、村人たちは息を飲んだ。

領主であるナルソンに口答えするなど、一介の守備隊長であるセレットがしていいはずがない。

即座に地位をはく奪され、懲罰を受けてもおかしくない行為だ。

『ジルと約束? どういうことだ? どうぞ』

「カズラ様は、ジルコニア様……ジルさんにとっての帰る場所なんです。ジルさんは、カズラ様をナルソン様やリーゼ様よりも大切な人だと言いました」

セレットを囲んでいる村人たちの表情が、驚愕に染まる。

「そして、カズラ様はグリセア村を故郷のような場所だと言いました。ジルさんが誰よりも大切に想っている人の故郷を失わせるなんて、ジルさんにまた悲しい思いをさせるなんて、私は許せません。絶対に、この村は守らないといけないんです。どうぞ」

『……』

セレットが送信ボタンを離し、沈黙が流れる。

セレットとしても、これはナルソンに言っていい話だとは思っていない。

しかし、四の五の言っている場合ではないのだ。

ジルコニアに二度と悲しい思いをさせてはならないと、セレットは強く思っていた。

『ジルが、そんなことを言ったのか』

ナルソンがつぶやくように言い、少しの沈黙が流れる。

『……セレット。村の防衛体制はどうなっている? どうぞ』

「全方位を柵で囲ってあり、大きな空堀がそれを取り囲んでいます。すべての監視塔にはスコーピオンが設置されていて、イステリアに移送前のスコーピオンとクロスボウの部品も多数残っています。兵さえ送っていただければ、十分戦える状態です。どうぞ」

『……そうか』

ナルソンが言い、再び沈黙が流れる。

『言っておくが、反乱軍がどれほどの数で来るのかは分からん状況だ』

ナルソンの絞り出すような声が、無線機から響く。

『戦いとなれば、撃退どころか逆に蹂躙されて全滅する可能性すらある。村を守って死ぬ覚悟が、お前にはあるのか? どうぞ』

「ジルさんは私の家族です。家族との約束を守れないくらいなら、死んだほうがマシです。どうぞ」

セレットが即座に言い切る。

聞いていた村人たちの何人かが、彼女の言葉に心を打たれて涙を流していた。

『お前の覚悟はよく分かった。砦の騎兵をイステリアに送って守備に回し、イステリアの守備隊をそちらに移動させる。村人は全員、すぐにイステリアに向かわせて、お前たち守備隊は増援部隊と協力してグリセア村を守れ。指揮は増援部隊の隊長に執らせる。グリセア村を死守しろ。どうぞ』

「ありがとうございます。この命に換えても、この村を守ってみせます。どうぞ』

『うむ。それと、村にはバイクという道具がいくつかあるはずだ。それらをすべて、イステリアに移動させるように村人に伝えろ。今すぐ乗って行くんだ。乗ったまま、イステリアの我が邸宅まで走って行って構わん。どうぞ』

ナルソンが言うと、村人の何人か駆け出して行った。

セレットには何のことか分からなかったが、村人たちは理解しているようだったので特に質問はしない。

「かしこまりました。増援の到着、お待ちしております。どうぞ」

『明日には到着するだろう。受け入れの準備を整えておけ。通信終わり』

ナルソンとの通信が終わり、セレットは周囲を取り囲んでいる村人たちに目を向けた。

「皆さん、聞いてのとおり、ここはもうすぐ戦場になります。馬車をすべて出しますから、皆さんはイステリアへ向かう準備を――」

「セレット様、私らも一緒に戦わせてください」

老人の1人がセレットの言葉を遮る。

「私も、これでも前回の戦争では徴兵されておりました。速成訓練は受けておりますので」

「俺もだ。若い者には、まだまだ負けんぞ」

何人かの老人が声を上げる。

セレットは困り顔を彼らに向けた。

「いえ、そうはいきません。村は私たち軍人が守りますから、皆さんはイステリアへ避難してください」

「ふむ。ならば、セレット様にはこれと同じ真似ができますかな?」

老人の1人が足元に落ちていたこぶし大の石を1つ拾い上げ、村の畑の方に向き直った。

「むん!」

彼は思い切り振りかぶり、石を投擲した。

石は猛スピードで一直線に飛んでいき、60、70メートルほど先にある木にぶつかって、ガツッ、と鈍い音を立てた。

「……は?」

あまりにも常識離れした光景に、セレットが唖然とした声を漏らす。

自分では斜め上方に投げてもあの距離に届くとは思えないのに、老人が投げた石は一直線に飛んで行ったのだ。

何が起こったのか、意味が分からなかった。

「このとおり、まだまだ現役です。子供らとその親はイステリアに送るとして、私ら老人にはお手伝いをさせてくだされ」

「あれくらいの距離なら、俺も投げられるぞ」

「むむ。距離はいいが、当てるのはちと難しいな。だが、投げ槍なら俺も――」

やいのやいの言い始める老人たち。

「あ、いえ! 皆さんがすごいのは分かりましたが、村は私たち軍人が――」

セレットははっと気を取り戻すと、慌てて老人たちを諫めるのだった。

無線通信を終え、ナルソンはため息をついた。

傍では、携帯用アンテナを持っていた村娘が、しゃくりあげて泣いている。

村を守るために命をかけると言ってくれたセレットに、涙が止まらないのだ。

ナルソンはそんな彼女を一瞥すると、少し離れたところでイステリアと通信している一良へと歩み寄った。

一良は何やら困惑した様子で、無線機に向かっている。

携帯用アンテナを持ってイステリアへと向けているニィナや、傍にいる村娘たちも困惑顔だ。

「カズラ殿、お話が……どうかなさいましたか?」

「あ、ナルソンさん。それが、コルツ君がしばらく前から姿が見当たらないって、ご両親から今聞かされて」

「コルツ?」

「はい。イステリアにいるグリセア村の子供なんですが、どこにもいないようで。俺たちに迷惑がかかると思って、今までこっちには聞いてこなかったらしいんです。もしかしたら、砦に来てないだろうかって言われて」

「……分かりました。砦内を捜索させましょう。それよりも、お伝えしたいことが――」

ナルソンは先ほどのセレットとのやり取りを、一良に話して聞かせるのだった。