作品タイトル不明
235話:遠い日の約束
数日後の午後。
ナルソン邸の大広間に、数十人の貴族や王族たちが集められていた。
彼らは、王都、フライス領、グレゴルン領、そしてイステール領の内政、軍事の重鎮たちである。
ダイアスが急がせたためか、グレゴルン領からは領内の重鎮たちがほぼ全員そろっている。
軍事関係者を空っぽにすることはさすがにできないので、そういった者たちは半数だけやって来ていた。
ダイアスは領内の意識を統一することをかなり意識しているのか、他の領地よりも送り込まれてきた人数がかなり多い。
ちなみに、この場にいる王族は、全員分家の者たちだ。
リーゼが5年前に王都で見た、休戦協定締結直後だというのに贅沢三昧していた者たちである。
皆、天国と地獄については大まかな説明を受けてきてはいるのだが、半信半疑といった面持ちだ。
壁際に設置されたスクリーンの脇では、一良とバレッタが並んでノートパソコンを覗いていた。
「カズラさん、そろそろ始めますか?」
動画の再生準備を終えたバレッタが、カズラに囁く。
「そうですね。しかし、すごい人数だな……なんか、緊張してきちゃいましたよ」
「ふふ。威厳たっぷりでお願いしますね。頑張ってください」
「ええ、分かってます。でも、もし詰まっちゃったら、その時は助け船をお願いしますね」
「はい。もちろんです」
あれからバレッタはリーゼとともに一良の部屋に映画を見に行ったのだが、泣きはらして目が赤かったことに関しては「玉ねぎを切っていた」ということで誤魔化していた。
一良も特に疑問を持たず、そのまま映画を明け方まで見て過ごした。
ちなみに、その翌朝はバレッタの手ごねハンバーグが食卓に並んだ。
「……では、始めましょうか」
一良がハンドマイクのスイッチを入れ、皆に目を向ける。
「皆さん、遠いところお越しいただいて、ありがとうございます」
マイクで増幅された一良の声が部屋いっぱいに響き、招かれた者たちがぎょっとした顔になる。
「エルミア国王や各領主たちから聞いているとは思いますが、グレイシオールの噂は本当です。私がそのグレイシオールです。以後、よろしくお願いします」
皆、唖然とした様子で一良を見つめる。
誰一人言葉を発しないのは、何を言ったらいいのか分からないのと、突如として部屋に響き渡った大きな声に驚いて思考停止状態にあるからだ。
「これより、皆さんには死後の世界がどういったものかを見ていただきます。この国のため、人々のために善行を積むか、または悪事を働くかによって、死後それぞれの処遇が決まることになっています。全ては今後の皆さん次第です。バレッタさん、お願いします」
「はい」
バレッタが動画の再生ボタンを押す。
以前と同じように、スクリーンの真っ黒な背景の中に文字が浮かび上がった。
皆、食い入るようにして黙ってそれに目を向ける。
赤黒い空と焼け焦げた街並みが、暴風にさらされている映像が流れる。
廃墟の中から全身が灰色で頭が半分欠けた人間のような怪物が這い出して来ると、見ている者たちの何人かが小さく悲鳴を漏らした。
ギィギィと不快な声をあげながら、地べたや残骸の上を這いまわる。
「あれは、地獄にいる怪物です。彼らに見つかったが最後。未来永劫、全身を食い荒らされたり、切り刻まれることになります」
映像が切り替わり、大量の怪物に襲われている人間たちが映し出された。
人々は苦悶の表情で泣き叫びながら、ある者は食われ、ある者は八つ裂きにされている。
「あ、あれはデュクス殿じゃないか!?」
皆が恐怖に染まった顔でそれを見ているなか、一人が突如として立ち上がり叫んだ。
グレゴルン領の徴税官の男だ。
「ほ、本当だ! デュクス殿だ!」
「まさか、地獄に落ちていたとは……」
「デュクス殿……いくらなんでもやりすぎた、ということか……」
徴税官の男の言葉に、他のグレゴルン領の者たちが一斉に騒ぎ出す。
どうやら、デュクスという男のそっくりさんが映像の中に偶然いたようだ。
彼らの1人が漏らした「いくらなんでもやりすぎた」という言葉を、一良は聞き逃さなかった。
「え? どれです? バレッタさん、ちょっと止めてもらっていいですか?」
「はい」
一良がレーザーポインターを取り出し、スクリーンに向ける。
「と、止まった!?」
「じ、時間が止まったぞ」
「信じられん……」
阿鼻叫喚の地獄絵図が突然止まり、皆がざわつく。
彼らからしてみれば、地獄の中の時間を止められているようにしか見えなかった。
一良がレーザーポインターで、切り刻まれている1人をくるくると囲う。
「この人ですかね?」
「ち、違います! その左にいる、髭を生やした男です!」
「こっち? 今、頭と体が離れかかっている人ですか?」
人の背丈の2倍近くもある巨大な怪物に胴体と頭を掴まれ、首が千切れかかっている男を一良がレーザーポインターの赤い光で丸く囲う。
「そう! 彼です! 先月、急病で亡くなった財務官のデュクス殿です!」
「ええと、彼はグレゴルン領の人ですかね?」
「そうです!」
必死の形相で言う徴税官の男。
一良の頭に「ピコン!」と悪い考えが浮かんだ。
「ほほう。バレッタさん、10秒戻して再生で」
「は、はい」
バレッタがきっちり10秒戻し、再生ボタンを押す。
男が再び怪物に胴体と頭を鷲掴みにされ、ぶちぶちと首を支点に引きちぎられる。
見ている者たちのほぼすべてから、盛大な悲鳴が上がった。
なかには、椅子から転げ落ちて泡を吹いている者までいる。
「悪いことをしたまま死んでしまうと、こんな感じになっちゃうわけです。バレッタさん、20秒戻して再生で」
「え、ええ……」
バレッタは引いた声を漏らしながらも、動画を20秒戻して再生した。
再度、デュクス氏(※そっくりさん)の頭と体が泣き別れする映像が流れる。
「や、やめてあげてください! そこまでしなくてもよいではないですか!」
「グレイシオール様、どうかご慈悲を!」
グレゴルン領の者たちが縋るような表情で一良に慈悲を乞う。
ああ、そういえば自分は慈悲の神だったか、と一良は頭の片隅で思う。
慈悲をかけるどころか、これでもかと痛めつけている状態になってしまった。
「まあ、これは彼の自業自得ですね。それに、私が何もしなくても、彼はこれを未来永劫延々と繰り返すんです。今のは私がちょこっとだけ、リブラシオール(神様の元締め的な存在である絶対神)のお手伝いをしただけで」
「お、お手伝いって……」
「リブラシオール様も、存在していたのですか……」
脂汗を掻きながら言う別の1人に、一良が即座に頷く。
「いますよ。オルマシオールもガイエルシオールも、ちゃんといます」
「グレイシオール様! 我々はいったいどうすれば、彼のような目に遭わずに済むのですか!?」
その男の必死の問いに、皆の視線が一斉に一良に集まる。
恐怖に打ち震えている者が約半数。
「真面目に生きてきてよかった」と感心した様子で一良の言葉を待っている者が約3割。
自分の今後に確証が持てないといった顔をしている者が残りの2割といったところだ。
見たところ、イステール領とフライス領の重鎮たちの大半の顔色は良好だった。
イステール領ではもともと汚職を働くと下手をすれば死罪になるので、当然と言えば当然だ。
フライス領も似たようなものなのかもしれない。
「すでに各領主やエルミア国王から聞いているとは思いますが、犯した罪に倍する善行を積み、今までの罪に対しては贖罪を行うしかありません。そして、善行をこれからしっかりと積んでいけば、それは必ず報われます。続きを見てみましょう」
一良にうながされ、皆が再びスクリーンに向き直る。
泡を吹いて倒れてしまった数人は、エイラやアイザック、さらにはジルコニアやリーゼまでもが手伝って、部屋の外へと運び出していた。
地獄の映像が終わって天国の映像が流れ始めると、再び皆が驚愕の顔になった。
ある者は「これは素晴らしい!」と喜びの声を上げ、またある者は何も言えずに映像を見つめ続けている。
すべての上映が終了し、スクリーンが黒一色になる。
静まり返ってしまった皆を、一良が見渡す。
「以上です。善行を積めば、先ほどのような場所で永遠の幸せを享受することができます。では、これまでの内容に質問がある方は挙手を――」
一良の呼びかけに、皆が我も我もと挙手をし始めた。
数時間後。
上映会を無事に終え、一良とリーゼは機材の後片付けをしていた。
バレッタ、エイラ、マリーは一良たちの夕食の支度のために調理場へ行っており、ナルソンとジルコニアも上映会に参加した一部の要人たちと夕食をするため、この場にはいない。
「それにしても、すごい人数だったね」
リーゼが巻き上げ式スクリーンをしまいながら、一良に声をかける。
「王族も何人もいたし、カズラ、よくあんなに堂々と話せたよね。格好良かったよ!」
「ん? ああ」
「どうしたの? 何か考え事?」
どこか上の空な様子の一良に、リーゼが小首を傾げる。
「うん。いつも気軽に話してた人たちの目つきが変わっちゃったのが、ちょっとな。まあ、俺が調子に乗って脅かしすぎたのもいけないんだけどさ」
上映後、普段から一良が顔を合わせていたイステール領の者たちは、皆が明らかに「畏れ」を含んだ視線を一良に向けていた。
今までのように気さくに言葉を交わすということは、今後はもう難しいかもしれない。
覚悟はしていたのだが、正直つらかった。
「あー……でも、それは仕方ないよ。何も知らずにあんなものを見せられちゃったら、私だってそうなると思うし」
「うん……それより、あの中からシルベストリアさんの代わりの、グリセア村の守備隊指揮官を選び出さないといけないんだけど、誰がいいと思う?」
「動画を見ても全然動じてなかった人がいいと思うけど……もっと安心して任せられそうな人は、他にもいるよ?」
「え、そうなのか? 誰だ?」
「セレット。私の部屋の警備をしてくれてる人」
セレットとは、日頃からリーゼの部屋を警備している女性兵士だ。
ジルコニアから特別に指名されてリーゼの部屋の警備を任されており、ジルコニアとは旧知の仲である。
11年前、ジルコニアは住んでいた村を野盗に扮したバルベール軍に襲われ、命からがら村から逃げ出して麓の村にたどり着いた。
それから彼女が軍に志願するまでの間、傷ついた彼女を献身的に世話してくれた姉妹の妹である。
バルベールとの休戦協定の締結後、セレットはジルコニアとのとある「約束」を果たすために屋敷に直接やってきた。
だが、結局その約束が果たされるのは先送りとなってしまっており、彼女の希望で兵士として雇われることになったのだ。
彼女たち以外でこれらのことを知っているのは、ナルソンだけだ。
「セレットさんか。挨拶程度しかしたことないんだけど、どんな人なんだ?」
「すごく優しい人だよ。あんまり話してくれないんだけど、勤続年数も長いし、信頼できると思う」
「ん? 話をしてくれないって、なんでまた?」
「それはよく分からないんだけど……あれこれ話しかけても、話が続かないんだよね。本人に話を続ける気がないみたいでさ。他の人とも全然しゃべらないみたいだし」
「ふーん。口下手なのかな?」
「そういう雰囲気でもないんだけどね。話すのが苦手って感じでもないし、お母様と楽しそうに立ち話をしてるのは何度か見たことがあるよ」
「ジルコニアさんとは仲がいいのか。全然気づかなかったな」
「普段からよく話してるってわけでもないみたいだからね。セレットなら引き抜いても問題ないと思うし、どうかな?」
「うーん……」
グリセア村を任せるからには、特に信頼できる人物を選びたいので、ジルコニアと親しい間柄であるのなら安心できる。
アイザックの家系の軍関係者からまた誰かを引き抜くか、と一良は考えていたが、バルベールとの決戦が近い今、それはできれば避けたい。
とはいえ、無理強いもできないので、セレット本人の意見を聞いてからということになるだろう。
ジルコニアにも相談が必要だ。
「リーゼは、部屋の警備は別の人になっちゃってもいいのか?」
「うん。他にも交代で警備についてくれてる人はいるから、大丈夫だよ。でも、もしセレットに守備隊をお願いすることになったら、部屋の警備の空きにはグリセア村の娘に入ってもらおうかなって。毎朝顔を合わせれば、仲良くなれると思うし」
「ああ、なるほど。そういう理由もあるわけか。そういえば、リーゼはあんまり彼女たちと話したりしてないもんな」
「うん。なんか遠慮されちゃってるみたいで、近寄って来てくれないんだよね」
リーゼが少し寂しそうに笑う。
リーゼとしても、親友であるバレッタの友達とは仲良くしたいのだ。
当の本人たちは別の理由でリーゼにはあまり接触しないようにしているのだが、そんなことをリーゼが知る由もない。
「よし、分かった。セレットさんにお願いできないか、本人も交えてジルコニアさんに相談してみるよ」
「うん。もし受けてくれたら、お給金弾んであげてね。警備兵から重要拠点の部隊長に、一気に昇格するんだし」
「た、確かに。責任に見合うだけのお金は払わないとな」
そうしてしばらくの間、2人はあれこれと話しながら片づけを続けたのだった。