作品タイトル不明
233話:大切な友達
その日の夕食後。
バレッタは自室でベッドに腰掛け、ニィナたちに取り囲まれていた。
申し訳なさそうに肩をすぼめているバレッタを、ニィナたちは心底不満そうな顔で見ている。
「はああ!? リーゼ様に言ってからって、バレッタ、あんた頭おかしいんじゃないの!?」
「そうだよ! 一世一代のチャンスなんだよ!?」
「二人きりになれるんだし、そのまま誘惑しちゃえばいいんだよ!」
「明日の朝には足腰立たなくなるほど、カズラ様と爛れた夜を過ごせばいいんだって!」
口々に文句を言う友人たちに、バレッタがなおのこと小さくなる。
以前、リーゼに「抜け駆けはしない」というような約束をしてもらった手前、それを裏切るわけにはいかない、とバレッタは考えていた。
それを皆に話したところ、「何を言ってるの!?」と総攻撃を受けているというわけだ。
「うう……そ、そうかもしれないけど、そういうわけにもいかないんだよ……」
「そんな約束、忘れたふりしてやっちゃえばいいんだって!」
「そうだよ! 食うか食われるかなんだよ!? 今夜はバレッタが食う側だけど!」
騒ぐ友人たちをよそに、ニィナは腕組みしたまま、黙ってバレッタを見つめている。
獣のような目つきになっている皆に、バレッタは若干引き気味だ。
「そ、その言いかたはちょっと品がなさすぎるよ。野獣じゃないんだから……」
「品格じゃ愛情は満たされないでしょうが!」
「欲望に身を任せるなら今しかないでしょおおお!?」
「野獣の品格で立ち向かえばいいんだって!」
小さくなっているバレッタに、ニィナ以外の皆がやいのやいの文句をたれる。
「野獣の品格ってなんなの……」、とバレッタは内心ツッコミを入れるが、口には出さない。
「ねえ、バレッタ。あんた、カズラ様とどうなりたいわけ?」
皆がニィナに目を向ける。
「カズラ様と恋人同士になりたいんでしょ? なのに、ライバルに気を使うっておかしいでしょ。もしリーゼ様がカズラ様を誘惑して、先を越されちゃったらとか、考えないの?」
「リーゼ様は、そんなことしないよ」
即座に断言するバレッタに、ニィナが怪訝な顔になる。
「何でそんなことが言えるのよ。どうなるかなんて分からないじゃん」
「そうだよ! あんな綺麗な人に迫られちゃったら、カズラ様だってきっと手を出しちゃうよ!?」
「私たちから見ても、リーゼ様って美人すぎるもん。先手を打たないと負けちゃうよ!」
口々に皆が言う。
皆、バレッタのことが心配でたまらないのだ。
「それはないと思う。だって、カズラさん、私とリーゼ様にすごく気を使ってくれてるから」
「何それ。どういうこと?」
意味が分からない、といったようにニィナが小首を傾げる。
バレッタは困ったような顔で、彼女を見た。
「……私、カズラさんがいないとダメなの。リーゼ様も同じだよ。カズラさんもそれは分かってくれてると思う。だから……」
「だから、カズラ様はどっちともくっつかないようにしてるってこと?」
「……たぶん」
「「「「アホかあああ!?」」」」
ニィナ以外の娘たちが一斉に吠える。
バレッタはびくっとして、肩をすくめた。
「そんなの、あんたの勝手な想像でしょうが!」
「そうだよ! 男と女の関係なんて、一晩であっという間に変わるんだよ!? 先に奪ったもの勝ちなんだよ!?」
「ライバルのことなんて、考える必要ないって!」
わーわーと、娘たちが興奮した様子でまくしたてる。
そんな彼女たちを、バレッタは少し不満げな目で見上げた。
「それ、この中の誰かがリーゼ様と同じ立場だったとしても、同じことを言える?」
バレッタの問いかけに、皆が「うっ」と口ごもる。
「私、友達を裏切ることなんてできないよ……」
バレッタがうつむく。
ニィナは、はあ、とため息をついた。
「じゃあ、カズラ様が誰かを選ぶまで、待ってるつもり?」
「……うん」
「なら聞くけど、カズラ様がリーゼ様を選んじゃったら、バレッタはどうするの?」
ニィナの言葉に、バレッタが彼女を上目遣いで見る。
「……分かんないよ」
「……あのさ。こんなことは言いたくないけど、そんな関係、いつかは終わりが来るんだよ?」
ニィナが膝をつき、バレッタの両腕を掴み目線を合わせる。
「今は3人ともどっちつかずだけど、そんなのはずっとは続かないよ。何かの拍子に、バレッタかリーゼ様のどっちかが……ううん、もしかしたらカズラ様が別の人を選んで、2人とも泣くことになるかもしれない。それ、ちゃんと分かってる?」
「……うん」
「なら、どっちを取るのか選びなよ。自分の幸せを取るのか、友情を取ってカズラ様のことは諦めるか」
「……」
「リーゼ様とカズラ様がくっつくことを想像してみて?」
「う……」
ニィナが言うと、バレッタの瞳に動揺が走った。
「どっちかが告白して、リーゼ様とカズラ様は恋人同士。どこに行くにも一緒で、いつもラブラブ。そのうち結婚して、子供が生まれる。あなたはそれを、近くでずっと見てるだけ。どう?」
「……っ」
バレッタの目に、じわりと涙が浮かぶ。
それを見て、ニィナが「はぁ」とため息を漏らした。
「ほら見なさい。考えただけで泣くほど嫌なんじゃん。実際そうなったら、あなた、たぶん壊れちゃうわよ」
「ちょ、ちょっと。ニィナ、言い過ぎだよ……」
静かに泣き出してしまったバレッタを見て、娘の1人がニィナを諫める。
「ほ、ほら、そんなに泣くと目が腫れちゃうよ? カズラ様のとこ行くのに、それはまずいって」
「意地悪言ってごめんね? ほら、ぎゅってしてあげるから」
「バレッタも悩んでるんだもんね。ごめんね」
3人が口々にバレッタを慰める。
そんななか、1人だけ怪訝な顔をしている娘にニィナが気付いた。
「どうしたの? そんな顔して」
「うん……カズラ様はバレッタとリーゼ様に気を使ってるってバレッタが言ったけど、何をそんなに気を使ってるのかなって。普通、そこまで考えるかな?」
「あー……」
ニィナは皆に慰められているバレッタをちらりと見て、その娘を部屋の隅に連れて行った。
こそこそと、内緒話をするように背を丸めて顔を近づける。
「あのね。さっきもバレッタが言ってたけど、リーゼ様もバレッタと同じなんだよ」
「えっと……カズラ様がいないとダメってやつ?」
「そそ。リーゼ様が一番頼りにしてるのって、どう見てもカズラ様でしょ?」
「うん。頼ってるし、『好き好き』って感じに見える。いつもカズラ様のこと見てるし、暇さえあればくっついて回ってるし」
「だよね。でさ、リーゼ様って、この前のバルベールとの戦いの時もそうだったけど、軍事も内政のお仕事も、『自分がやらなきゃ』って感じでさ。いつもすごく堂々としてるし、元気のないところなんて全然見せないでしょ?」
「うん」
「でもね、ああ見えて、実はいつも精神的にギリギリなんだと思う。リーゼ様、まだ15歳だよ?」
ニィナに言われ、その娘は、はっとした顔になった。
普段の堂々とした立ち振る舞いから忘れてしまいがちだが、自分たちよりも彼女は年下なのだ。
「それなのに、軍団長まで務めて、自分で部隊を率いてさ。自分の指示ひとつで、兵士がたくさん死んだりするんだよ? 将来は領主にならないといけないんだし、ストレスがすごいんじゃないかな」
「た、確かに……きっと、すごくつらいよね」
「でしょ? そんななかで、カズラ様がバレッタとくっついたら、今みたいに引っ付いてることなんてできないじゃん。寄りかかれる人がいなくなったら、ポッキリいっちゃうと思わない?」
「そうだね……」
娘が「うーん」と唸る。
「じゃあ、ニィナがバレッタだったら、どうするの?」
「そりゃあ、リーゼ様には悪いけど、どんな手を使ってでもカズラ様を落とすよ。奪われたら、耐えられなくて死んじゃうと思うし」
「し、死んじゃうって……ああ、確かに死ぬかも」
娘が相槌を打った時、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「バレッタ、いる?」
部屋の外から響いたリーゼの声に、皆が一斉に扉を見る。
「か、隠れなきゃ!」
「えっ!? な、なんで!?」
「こんなとこ見られたら、話がややこしくなっちゃうでしょ! ニィナたちも、ほら!」
バレッタを慰めていた娘たちにニィナたちも呼び寄せられ、皆で慌ててベッドの陰にうつ伏せになって隠れる。
「バレッタ、いいよ!」
「う、うん……ぐすっ」
バレッタは涙を拭い、ベッドから立ち上がって扉に向かった。
バレッタが扉を開けると、リーゼが真っ赤な目をしたバレッタを見て、ぎょっとした顔になった。
「えっ。もしかして、泣いてるの? どうしたの?」
「え、えっと、その……」
うつむくバレッタに、リーゼが心配そうな目を向ける。
「とりあえず、そこ座ろっか。ね?」
「はい……」
ベッドに並んで腰かけるバレッタとリーゼ。
ニィナたちは息を殺しつつ、耳をそばだてる。
「夕食の時から、なんか様子がおかしかったから来てみたんだけど……何かあったの?」
「い、いえ……そんなことは……」
口ごもるバレッタに、リーゼが困り顔になる。
「困ってることがあるなら、相談に乗るよ? 私にできることなら、なんとかしてあげるから」
「えっ、そ、そんなんじゃないんです。ただ……その……」
正直に話すわけにもいかず、バレッタがうつむく。
「人に言えるような話じゃない、とか?」
「……はい」
「んー、そっか……」
心底心配そうな目で、リーゼがバレッタを見つめる。
バレッタはいたたまれない気持ちでいっぱいになり、リーゼを直視できない。
「誰かに何かされた、とかじゃないよね? その……襲われたとか」
「い、いえ! そんなんじゃないです!」
バレッタが慌てて答える。
「そっか。悩んでることって、自分でなんとかできそうなこと?」
「は、はい。大丈夫です」
「ん、分かった」
リーゼがバレッタの頭を、よしよしと撫でる。
「でも、もしダメそうだったら、私に相談してくれていいんだからね? いくらでも、頼ってくれていいから」
「……はい。ありがとうございます」
しゅんとした様子で頷くバレッタ。
さしものリーゼも、なぜバレッタがそんな反応をするのか分からず、内心困り果てていた。
だが、人には話せないようなこととなると、無理に聞くわけにもいかない。
「こっちに来てるグリセア村のお友達とかもいるしさ。もし気が変わったら、その娘たちに相談してもいいんじゃないかな? きっと、力になってくれるよ」
「……」
こくりと、バレッタが頷く。
リーゼは少し困った顔でしばらく考え、そうだ! と手を打った。
「あのさ、気分転換に、今からカズラのとこで何か映画でも観ない?」
「えっ!?」
驚くバレッタに、リーゼがきょとんとした顔になる。
「ご、ごめん。もしかして、嫌だった?」
「そ、そんなことないです! 一緒に行きます!」
バレッタが勢い込んで頷く。
その様子に、リーゼは少しほっとした顔になった。
「よかった。それじゃあさ、お菓子でも食べながら、楽しい映画でも観ようよ。今日は夜更かししちゃおう!」
リーゼがバレッタの手を取り、立ち上がる。
「私、あの『ハッピーになる粉』がついてるお菓子が好きなんだよね! なんだかもう、ちょっと中毒になっちゃってる感じ」
「あ、私もそれ好きです。美味しいですよね」
「だよね! カズラが持ってきてくれてるお菓子の中だったら、私はあれが一番好きかな。バレッタはどのお菓子が一番好き?」
「私は、魔法使いの絵が描いてあるお菓子が好きです。粉を混ぜて、練れば練るほど色が変わるやつが」
「あー、あれも美味しいよね! 作るのも楽しいし!」
リーゼがバレッタとともに、あれこれ話しながら部屋を出ていく。
ばたんと扉が閉まり、ニィナたちはベッドの陰から身を起こした。
「……ね、ねえ。もしかして、私たち、最低なこと言ってたんじゃないかな?」
「リーゼ様、すごく優しかったね……」
はあ、と皆がため息をつく。
ニィナが、べしゃっとベッドに上半身だけ倒れ込んだ。
「……バレッタ、このままだと本当に泣くことになるかもね」
ニィナのつぶやきに、皆は何も答えられなかった。