軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229話:自己満足

その日の深夜。

一良の部屋には、一良、ナルソン、エルミア、リーゼ、バレッタの姿があった。

ルグロ一家は先に就寝しており、この場にはいない。

リーゼとバレッタは座ってはおらず、冷蔵庫から取り出したワインのボトルを2人で開けようと奮闘している。

「やはりそうか。まったく、ダイアスのやつめ……」

エルミアが疲れ切った声を漏らす。

ナルソンから、午前中に話したことはすべてダイアスを駒として使うための嘘だという説明を聞いたからだ。

「しかし、ナルソンよ。それならそうと、先に事情を話してくれなくては困るぞ。よりにもよって、グレイシオール様の前で怒鳴り散らしてしまうとは……いやはや、お恥ずかしい」

頭を掻くエルミアに、ナルソンが苦笑する。

「陛下、ダイアス殿は非常に疑り深い性格です。下手に事前に根回しをして不自然な反応をするよりも、あの時の陛下のように怒鳴り散らすくらいのほうが自然に見えますので」

「いや、それにしてもだな……」

「陛下、どうぞ」

リーゼがエルミアに、白ワインの注がれたロックグラスを差し出す。

「おお、すまんな。……ううむ、これはすさまじい逸品だな」

青みがかったロックグラスを眺め、エルミアが唸る。

グラスは、一良が前回日本に戻った時に、大量に買ってきたものだ。

ナルソンたちに買ってきた物とは完全に別物で、数をそろえることに重点を置いてあちこちの店を回って買った、安価なものである。

「これも、グレイシオール様がお持ちになったものですか?」

「ええ、そうです。それと、そのグラスは差し上げます。まあ、お近づきの印ということで」

「よ、よろしいのですか!?」

驚くエルミアに、一良が微笑む。

「はい。それと、これからあの動画……天国と地獄を見せる要職の人たちにも、見せ終わった後に1つずつ配ろうと思っています。その後の働きにも応じて、ちょっとした物をプレゼントしていくようにしようかと」

「……なるほど、それはいい考えです。死後のための免罪のみに動くのではなく、これほどのものを貰えるとあっては、やる気も出るでしょうな」

要は、飴と鞭を使おうということだ。

死後にどうなるか云々のみでは、ある程度善行を積んで、「まあこれくらいでいいだろう」となってしまうかもしれない。

それに、今まで好き勝手やっていた状態から一転して善行を積まざるを得なくなれば、不満もたまるはずだ。

死後の地獄行きを恐れて悪事を働く可能性は低いが、不協和音が出ないとも限らない。

だが、他では絶対に手に入らない逸品を一良から貰えば、神に評価されたと感じるとともに、そういった不満もある程度解消することができるだろう。

さらなる善行を積む励みにもなるはずだ。

「王都に戻ったらすぐに、要職の者をイステリアに向かわせることにします。厳選したとしても、数十人規模になるとは思いますが」

「人数は多くても大丈夫ですので、よろしくお願いします。なるべく早く、こちらに寄こしていただければと」

「かしこまりました」

エルミアは一良に頭を下げた後、ナルソンに目を向けた。

「ナルソンよ。グレゴルン領についてだが、領主のダイアスがあの有様では、あそこには腐った連中が多くいそうだ。ダイアスには、よく言って聞かせておいてくれ」

「はい。まあ、ダイアス殿は地獄行きになればどうなるか、心底恐れている様子でしたからな。たとえ何もいわずとも、必死になって領政の浄化に取り組んでくれるでしょう」

「……そうだな。あれを見た後ではな」

エルミアはそう言うと、一良に目を向けた。

「グレイシオール様、1つお聞きしたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「私は今まで、王家を守るために、それこそ数えきれないほどの人間を粛正してまいりました」

真剣な表情で、エルミアが言う。

「前回の戦争で力を尽くさなかった家は不忠の烙印を押して取り潰し、政争の火種となりそうな者は大人子供関係なく、一族郎党を事故や病に見せかけて暗殺もしました。私は、地獄行きを覚悟しております」

突然の告白に、皆が押し黙ってエルミアを見る。

「今からどのような善行を積もうとも、それを覆すことは不可能でしょう。政敵を探し出すため、口に出すこともはばかられるような拷問を指示したことも、何度もあります。まさに、鬼畜の所業と言えますな」

ふう、とエルミアが息をつく。

まるで、すべてを諦めているような口ぶりだ。

「そのおかげで、今現在、目立った政敵は王都には存在しておりません。邪魔な連中はほぼすべて、家ごと取り潰すか殺してしまいましたからな。王家に従順な者しか残っていないのです。そこで、確認させていただきたいのですが」

エルミアが一良を真っすぐに見つめる。

「これらのことは、私が先代から王位を引き継いだ後、独断で行ってきたものです。息子のルグロや、孫たちはなにも知りません。すべての罰は私が受けることになる、という認識で間違ってはいないでしょうか?」

「……はい。罪を犯した者の子や孫に、それが引き継がれるということはないでしょう」

一良が答えると、エルミアはほっとした顔になった。

「それはよかった……これでいつでも、安心して地獄に旅立てるというものです。あの世で息子たちに会えなくなるのはつらいですが、仕方がありませんな」

エルミアがナルソンに目を向ける。

「ナルソンよ」

「はっ」

「何年先になるかは分からんが、私が死んだ後、息子を頼んだぞ」

そう言うエルミアは微笑んではいるが、その目には力がない。

「お前から見れば、あいつは思慮の足らない愚か者に見えるかもしれん。だが、ルグロは私とは違って、正しい行いかそうでないかを、しっかりと自分で判断できる人間に育ってくれた。どれだけ周りにバカにされようが、自分を曲げない信念も持っている。誰がどう思っていようと、ルグロは私の誇りなのだ」

「ご安心ください。祖先の名に誓って、私の命のある限り、ルグロ様のことは私が支えますので」

「うむ。すまんな。お前にはいつも、世話になってばかりだ」

エルミアがグラスを一気にあおる。

「ふむ、これは実に美味い酒だな。リーゼ嬢、もう一杯注いでもらえるか?」

「……はい」

リーゼがボトルを手に、エルミアにワインを注ぐ。

動揺しているのか、心なしか手元が震えていた。

「む、すまんな。怖がらせてしまったか」

「い、いえ! そんなことは!」

慌てた声を上げるリーゼに、エルミアが小さく笑う。

「よいよい。こんな男、恐れて当然だ。だがな、リーゼ嬢」

エルミアはリーゼには目を向けず、手に持つグラスを見つめる。

「どんな統治者も、大なり小なり罪は犯しているものだ。それが本意でなくとも、やらざるを得ない場合がある。リーゼ嬢も婿を迎えてその立場になれば、それが分かる日がきっとくるだろう。それは、覚悟しておいたほうがいい」

「……」

リーゼは口をつぐんだまま、エルミアの持つグラスを見つめている。

「さて、そろそろお 暇(いとま) しようか」

エルミアは返事をしないリーゼを気にする様子も見せず、ぐいっとグラスを傾けると、それを手にしたまま席を立った。

ナルソンも立ち上がり、エルミアに歩み寄る。

「グレイシオール様、夜分遅くにお時間を取っていただき――」

エルミアがそう言って頭を下げかけ、少しふらついた。

ナルソンが慌てて、エルミアを支える。

「陛下、大丈夫ですか?」

「……すまんな。たかだか2杯しか飲んでいないというのに」

「お部屋まで付き添いますので。お手を」

「おお、助かる。まったく、年は取りたくないものだな。はは」

ナルソンに連れられ、エルミアが部屋を後にする。

ぱたん、と扉が閉まり、部屋に静寂が訪れた。

「……なにを、全部悟ったような顔をしてるのよ」

閉まった扉を怒りのこもった目で見つめ、リーゼがぽつりと言う。

「子供と孫のために自分が手を汚した? そんなの、ただの自己満足じゃない。回り道が面倒だから、手っ取り早い方法を選んだだけよ。どれだけ自分勝手なわけ? バカじゃないの」

吐き捨てるリーゼに、一良とバレッタが動揺した視線を向ける。

リーゼはそんな2人には気付かず、ワインのボトルをテーブルに置く。

「私は、そんなふうには絶対にならないわ」

リーゼはそう自分に言い聞かせるように言うと、部屋を出て行った。

残された一良とバレッタが、互いを見る。

「……片付けして、今日はもう休みましょうか」

「……はい」

その後、2人はなにも話さず、静かに片づけを済ませて互いの部屋に戻ったのだった。