作品タイトル不明
216話:王子様
3日後の午後。
グリセア村のバリン邸の前には、20台のサイドカー付きバイクとガソリン入りのドラム缶が並んでいた。
村の中には続々と馬車が入ってきており、これからそれらを荷台に載せてイステリアに向かうことになっている。
「カズラさん、ナルソン様です」
一良がバイクの1台に跨ろうとしたところで、バレッタが無線機と携帯用アンテナを手に駆けてきた。
イステリアから通信が入ったようだ。
「ありがとうございます。バレッタさん、バイクの積み込みをお願いできますか?」
「はい、やっておきますね。マリーちゃん、アンテナをお願い」
「かしこまりました」
バレッタがバイクに跨り、キーを回す。
ハンドルに付いているキルスイッチ(エンジンを停止するための装置)をRUNにし、セルボタンを押してエンジンをかけた。
バイクの運転方法は全員が一良から習ったので、不慣れながらも一応は走らせることができるようになっている。
村人たちにも何人か教えてあり、運転できるようになっている。
全車が問題なく稼働することも確認済みだ。
「カズラ、爆弾とかはどれに載せる?」
『火気厳禁』と張り紙がされた木箱を前に、リーゼが一良に声をかける。
木箱の中には、大量のお手製爆弾が入っている。
バレッタたちが作ったものは、空き缶に火薬と釘を詰め、缶の周囲に有刺鉄線を巻き付けて導火線をつなげたものだ。
日露戦争の旅順攻略戦で弾薬不足に陥った現地の日本軍が『即席爆弾』として使用したものと似た作りで、破壊力は折り紙付きである。
投げやすいようにと、缶には木製の持ち手が付けられている。
「バイクとかガソリンとは別に積んでくれ。荷馬車の最後尾で運んでいくから」
「うん、分かった。積んでおくね」
「絶対に火を近づけないように、使用人たちにはよく言っておいてくれな」
「分かってるって。大丈夫」
荷物の積み込みを彼女たちと村人たちに任せ、一良は無線機の送信ボタンを押した。
隣では、マリーがアンテナをイステリアの方向に向けて持っている。
「カズラです。イステリア聞こえますか。どうぞ」
『ナルソンです。良く聞こえます。カズラ殿、予定通りにイステリアへ戻ってこられそうですか? どうぞ』
「ええ、明日には着けると思います。他の領主や王家の人たちは、いつ頃着きそうですか? どうぞ」
『全員、明後日の午後には到着する予定になっています。すでにルグロ殿下とルティーナ妃殿下、ご子息たちは到着しておりますが。どうぞ』
「ルグロ殿下?」
一良は数秒考えたが、すぐに彼らのことを思い出した。
年越しの宴の日にバレッタと2人で入った食事処で、偶然相席した人たちだ。
何ともフレンドリーというか、王族のイメージにそぐわない人たちだったと記憶している。
「そうでしたか。でも、どうして殿下たちだけ先に来たんです? どうぞ」
『カズラ殿とバレッタに会うために早く出てきた、と言っておりまして……2人は今いないと伝えると、酷く残念そうにしておりました。どうぞ』
「俺とバレッタさんに、ですか。何の用事かは聞いてます? どうぞ」
『それが、「少しばかり用がある」としかおっしゃられなくて……カズラ殿は、何か思い当たることはありませんか? どうぞ』
「うーん……ちょっと思い当たらないですね」
ルグロには以前、別れ際に『王都へ遊びに来い』と言われたことがあった。
思い当たることといえばそれくらいだが、まさか一緒に街へ遊びに行こうとでもいうのだろうか。
彼なら、そんなことを言い出してもおかしくない気がする。
「まあ、そっちに行ったら直接聞いてみますね。どうぞ」
『分かりました。ただ、殿下はいろいろと問題になる行動を引き起こすきらいがありますので、くれぐれも注意してください。どうぞ』
「分かりました。上手いことやりますから、安心してください」
ナルソンとの通信を終え、バレッタたちを手伝ってバイクを荷馬車に載せていく。
バイクはかなりの重量があるため、馬車1台につき2台ずつ載せて運ぶことにした。
「よし、バイクはこれで全部か。あとは、ドラム缶と火薬と……」
「カズラさん、ちょっといいですか?」
ドラム缶へ向かおうとした一良を、バレッタが呼び止める。
「あ、はい。何ですか?」
バレッタが小走りで駆け寄り、小声で話す。
「シルベストリア様がお話があるとのことで、家の裏に来てるんです」
「シルベストリアさんが? なんでです?」
「えっと……村に来た時に失礼な態度を取っちゃったから、それを謝りたいって言ってて」
「ええ……そんな、気にしなくてもいいのに。むしろ、俺が無理を押し付けてるんだけどな……分かりました、行ってきます」
「すみません。けっこう凹んでるみたいなんで、元気づけてあげてください」
バレッタに見送られ、一良は家の裏手へと向かうのだった。
「おーよしよし。いつも、卵ありがとね。今度また、魚の骨を持ってきてあげるからね」
一良が家の裏手へ行くと、シルベストリアが根切り鳥たちをよしよしと撫でていた。
ずいぶんと懐かれているらしく、鳥たちはシルベストリアにすり寄ってまとわりついている。
「シルベストリアさん、お待たせしました」
「あっ、カズラ様!」
シルベストリアが姿勢を正し、深々と礼をする。
「先日は申し訳ありませんでした! あんな失礼な態度をとるなんて、どうかしていました!」
「そんな、別に気にしてなんていないんで、顔を上げてください」
シルベストリアがおずおずと顔を上げる。
「ありがとうございます……本当に、申し訳ございませんでした」
「いいんですって。半ば無理やり押し付けちゃってる状態ですし。つらいでしょうが、もう少しだけ辛抱してください」
「はい。それまでの間は、この命に代えてもグリセア村は守ります」
「お願いします。駐屯軍で何か足りていないものとかはないですか? あればすぐに手配しますが」
「いえ、特には……あ、しいて言えば、イステリアと定期的に行き来する輸送隊があるとありがたいのですが」
「輸送隊? 何に使うんです?」
意外な提案に、一良が小首を傾げる。
「部隊の兵士たちは全員予備役なので、イステリアに妻や子供を残してきているんです。なので、『元気にしているぞ』と伝えられる連絡手段があれば、皆喜ぶかなと思いまして」
「ああ、なるほど。それはいい考えですね」
一良が感心して頷く。
ただ部隊を管理しているだけでなく、そういったところにまで考えがいくあたり、一良としてはかなり高評価だった。
さすがは女性というか、細かいところにまで気にかけてくれて本当に助かる。
「ありがとうございます。あと、こちらでは食料が過剰生産気味なので、余剰分をイステリアに送れればと思いまして。今も鉄鉱石の輸送と併せて送ってはいるのですが、消費しきれずに腐らせてしまっている野菜が多少あるので」
「ああ、村の生産量を考えればそうなりますよね。分かりました。3日に1度くらいの間隔で、荷馬車も何台か行き来させるようにしますね。兵士たちの家族とのやり取りは、木板かなにかを使いますか?」
「はい。木材はいくらでもありますので、それでやり取りさせます」
手紙用に紙を渡そうかとも一良は考えたのだが、木材が大量にあるならそれで十分だろう。
頻繁に家族とやり取りできれば、兵士たちもきっと喜ぶはずだ。
「了解です。では、イステリアに戻り次第、すぐに第一便を出させますね」
「ありがとうございます。……あの、カズラ様。いえ、グレイシオール様」
シルベストリアが、一良に敬愛の眼差しを向ける。
「この国に生きる者たちへの様々な施し、生涯忘れません。スラン家を代表して、お礼を言わせてください」
「いいんですよ。私がやりたくてやってることなんですから」
一良が言うと、シルベストリアはにっこりと微笑んで片膝をつき、頭をたれた。
「たった今より、私の魂はあなた様のものです。今はイステール家に仕える身ですが、死後は永遠にあなた様にお仕えすることを誓わせていただきます」
「え、いや、そんな誓いなんて立てなくていいですって」
突然の申し出に、一良がぎょっとして答える。
「いいえ。それでは私の気がすみません。その折には、どうかお傍に置いてください。未来永劫、グレイシオール様の剣となり盾となります」
何とも重い申し出だが、あまりにも彼女が真剣なので無下に断りにくい。
まるでアイザックを前にしているような錯覚を一良は覚えた。
さすがは従姉妹、といったところだろうか。
「ええと……じゃあ、考えておくということで」
「……はい。では、いつか承知していただけるよう、努力いたします」
「いや、普通にしててくださいよ。悪いようにはしませんから」
「では、普通に努力いたします」
「俺の話、聞いてます?」
その後もなんやかんや押し問答をし、『いいから普通にしていろ』申し付けて彼女と別れた。
何とも不満そうにしていた彼女の表情が、強く印象に残った。
そして、次の日の昼過ぎ。
イステリアに到着した一良たちがナルソン邸の広場に入ると、ナルソン、ジルコニア、ハベルが出迎えに出てきた。
馬車を降りる一良たちに、3人が歩み寄る。
「カズラ殿、ご無沙汰しております」
「ナルソンさん、お久しぶりです。倉庫は……出来上がっているみたいですね」
広場の端に、真新しい木造の倉庫が鎮座していた。
手前開きの大きな戸口を備えた立派なもので、2階建てのようだ。
屋上には、警備兵がすでに配置についている。
「はい。広さはあれで足りるでしょうか?」
「ええ、十分ですよ。さっそく搬入しちゃいましょう。人払いをお願いします」
「かしこまりました。ハベル」
「はっ!」
ハベルが屋敷を振り返り、手を上げる。
すぐに、ばたばたとすべての窓が閉じられ、城壁の上にいた兵士たちも姿を消した。
一部の近衛兵と村人たちを残し、使用人たちも屋敷に入らせる。
一良が荷馬車に乗り込み、バイクが渡し板を伝って荷馬車を降りてきた。
入れ替わりでバレッタが入り、続けてバイクを降ろす。
ハベルはマリーと2、3言葉を交わし、別の荷馬車の荷下ろしを始めた。
ジルコニアが一良の乗るバイクに歩み寄り、しげしげと眺める。
「これがバイクですか。ずいぶんと小さい乗り物なんですね」
「小さいですけど、力はありますよ。後で乗りかたを教えますね」
「はい、お願いします。ナルソンも教えてもらったら?」
「うむ、そうだな。面白そうだ」
「じゃあ、上映会が終わってお偉いさんたちが全員帰ったら、時間をとってやってみますか」
そんな話をしていると、屋敷からアイザックが小走りでやってきた。
「カズラ様、お久しぶりです」
「おお、アイザックさん、お久しぶりです! 元気にしてましたか?」
「はい。何事もなく……っと、すみません、ルグロ殿下がお会いしたいとおっしゃられているのですが、大丈夫でしょうか?」
そう言って、アイザックが屋敷の入り口を見やる。
「おーい! カズラ、バレッタ、いるかー!?」
がっちりと近衛兵たちが塞いでいる玄関口から声がし、彼らの頭越しに手が振られているのが見えた。
「え、王子様をあんな扱いにして大丈夫なんですか?」
「むう……中でお待ちいただくようにお願いしたのですが……」
やれやれ、とナルソンがため息をつく。
見ると、5歳くらいの男の子が、近衛兵の頭越しにこちらを見て手を振っていた。
どうやら、ルグロに肩車をされているようだ。
それを下ろそうとしているのか、隣から白い手が延びている。
「まあ、彼らにはバイクとか見せる予定ですから、別にいいでしょう。呼んじゃっていいですよ」
「かしこまりました。アイザック」
「はっ!」
アイザックが玄関へと走り、近衛兵を避けさせる。
ルグロと妻のルティーナ、そして4人の子供たちが、一良たちの下へと歩いてきた。
一良はエンジンを切ってバイクを降り、ナルソンたちと並んでそれを待つ。
「……カズラ」
一良の隣に並んだリーゼが、小声で一良に声をかける。
「ん?」
「あの人があちこちに言いふらさないように、釘を刺しておいてね。何をしでかすか、分かったもんじゃないんだから」
「分かった。あと、リーゼ。笑顔だぞ、笑顔。眉間にしわが寄ってる」
「う、ご、ごめん」
「よう! 久しぶりだな!」
爽やかな笑顔で片手を上げるルグロ。
一良以外の面々が、深々と頭を下げる。
その様子に、ルティーナが「おや?」といった顔つきになった。
ルグロは特に気にするふうでもなく、一良に笑顔を向けている。
「お久しぶりです。他の方々より早く着いたと聞いていますが」
「ああ、お前とバレッタにどうしても会いたくてな。皆、顔を上げてくれ。楽にしていていい」
皆が顔を上げる。
ルグロはバレッタを見つけると、笑顔を向けた。
「嬢ちゃんも久しぶりだな。元気にしてたか?」
「はい、お久しぶりです! 元気です!」
バレッタが緊張した様子で答える。
それを見て、ルグロが苦笑した。
「いや、そんな強張った顔しないでくれ。俺たちは友達なんだからな」
「は、はい。ありがとうございます」
「ルティ、土産を」
「はい」
ルティーナが、手に提げていた木編みのカゴをバレッタに手渡す。
「王都の有名店のクッキーだ。本当は、連れて行くって約束してた店のタルトを持ってきてやりたかったんだが、こんだけ距離があるとそうもいかなくてな」
「ありがとうございます。気を遣ってもらって」
「いいんだって。今度また、皆で一緒に食いに行こうぜ」
それで、とルグロがバイクに目を向ける。
「さっき何か妙な音がしてたんだが……それからしてたのか?」
「ええ、そうです。これはバイクという乗り物ですね」
「バイク? 聞いたことがない乗り物だな」
「機械仕掛けの乗り物で、ラタの何倍もの速さで走ることができるんです。王都や他領に伝令を走らす際に、使おうかと考えてまして」
「……すまん、ちょっと言っている意味が分からないんだが……ラタの何倍もの速さって、これをラタが引くんだろ?」
「いえ、そうじゃなくて、ラタで引かなくてもこれ単体で動くことができるんですよ。そういう仕掛けの乗り物なんです」
「仕掛けってお前……」
ルグロがバイクをじろじろと見つめる。
半信半疑、といった様子だ。
「イステリアで見せたいものがあるってのは、これのことか? 『どうしても見てもらいたい物がある』と聞いてるんだが」
「これもですが、もっと別の物も用意してあります。後で見せますんで、説明はその時に」
物怖じせずに話す一良に、ナルソンを始めとする面々はやや緊張した様子だ。
対して、ルグロは気にしていないどころか、むしろ満足そうに「そっか」と笑顔を見せた。
「んじゃ、その別の物ってのは父上たちが来てからだな?」
「そうですね、皆さん一緒に見てもらいたい物なので」
「そうか、楽しみにしとくよ。それで……このバイクっての、興味があるな。ちょいと走らせてみてくれないか?」
「ええ、いいですよ。ちょっと待っててくださいね」
一良がバイクに跨り、エンジンをかける。
腹に響くそのエンジン音に、ルグロたちがぎょっとした顔になった。
「どうぞ、隣に乗ってください」
一良がサイドカーに目を向ける。
「の、乗るって、俺がか?」
「はい。どうぞ、遠慮なさらず」
「……よし、乗ってみるか。なんだか面白そうだし」
「ちょ、ちょっとルグロ!」
それまで黙って見ていたルティーナが、慌てた様子でルグロに声をかける。
「大丈夫だって。別に危ないことはないだろ」
「で、でも……」
「ルティーナさん、大丈夫ですよ。怪我させたりしませんから」
「は、はい……」
一良に言われ、ルティーナがしぶしぶといった様子で引き下がる。
「とうさま、私も!」
「僕も!」
それを見て、5歳くらいの男の子と女の子がルグロの裾を引っ張った。
「こ、こら! 2人とも!」
ルティーナが慌てて2人の肩を掴む。
「まあまあ、いいじゃねえか。カズラ、この2人も一緒に乗れるか?」
「んー、1人なら膝の上に乗せても大丈夫かな。少し揺れるんで、しっかり掴んでおいてもらうことになりますが」
「ん、そうか……」
ルグロが子供たちに目を向ける。
男の子のほうが、はっと気づいたような顔になり、女の子の背を少し押した。
「とうさま、リーネを先に乗せてあげてください」
「おし! ロン、よく言った! それでこそ俺の息子だ。偉いぞ!」
ルグロが男の子――ロン――の頭をわしゃわしゃと撫でる。
そして、女の子――リーネ――を抱っこし、サイドカーに乗り込んだ。
「これでいいか?」
「ええ、大丈夫です。広場を一回りしましょうか。ルティーナさん、そんな心配そうな顔しないでください。大丈夫ですから」
「は、はい……」
軽快なエンジン音を響かせて、バイクは広場を走り始めた。