軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

213話:グリセア村・オブ・ザ・デッド

その日の夜。

硫黄粉末、有刺鉄線、ピザ、ケーキといった品々を満載し、一良は雑木林を農業用運搬車で進んでいた。

「つ、疲れた……今日は早めに寝よう」

動画の検討やバイクの購入手続きをしたうえに、時計やケーキの買い出しにも行ったためか疲れが酷い。

大あくびをしながら進んでいると、正面に大きな獣と黒い女性が立っていることに気が付いた。

彼らの正面まで進み、エンジンを切る。

「こんばんは。もしかして、ずっと待ってたんですか?」

「うむ」

運搬車から降りた一良に巨躯のウリボウが駆け寄り、鼻先をこすりつける。

尻尾がぱたぱたと、せわしなく左右に振れていた。

「ごめんなさい。この人ったら、戻るのを待ってるってきかなくて」

女性がウリボウの隣に来て、苦笑しながらその頭をぽんぽんと撫でる。

「はは、そうでしたか。はいこれ、約束のお土産です」

一良が荷台から一抱えほどもある大きなダンボール箱を、彼らの前に置く。

ウリボウの尻尾が、さらに激しくぱたぱたと振れた。

「こんなに持ってきてくれたのか! 恩に着るぞ!」

「いやいや、まだまだありますよ」

さらに3箱、ダンボール箱を彼らの前に降ろす。

その上に、種類別のピザを10箱、8号サイズのホールケーキ(直径24センチの約10人前)が入った箱を3箱置いた。

「い、いいのか!? こんなにいいのか!?」

ウリボウが瞳を輝かせて一良を見る。

表情が、まるで子犬のようになっていた。

「どうぞどうぞ。あなたの体格に合わせてたくさん買ってきたんですけど、もし足りなかったら言ってくださいね。明日また、いろいろ買ってくるんで」

「カ、カズラ様、そこまでしていただかなくても……」

遠慮がちに言う女性を、ウリボウがぎろりと睨みつける。

余計なことを言うな、と目が言っていた。

「いいんですって。それこそ、返しきれないくらいの恩があなたたちにはあるんですから。遠慮しないでください」

「すみません……」

恐縮している女性の隣では、ウリボウがすんすんと鼻を鳴らしている。

口の端から、よだれが少し垂れていた。

「すまんな。この恩は未来永劫忘れぬぞ」

「ですから、そんなに気にしないでもいいんですって。それと、あなたにはこれを」

一良はバッグから小さな小箱を取り出し、女性に差し出す。

女性は不思議そうに、小首を傾げた。

「これは?」

「腕時計というものです。左手を出してください」

小箱を開けて腕時計を取り出し、女性の腕に着ける。

買ってきたものは、バレッタたちが選んだものと同じものだ。

「1日の時間を見ることができる道具でして、盤面にある2本の針が現在の時間を示しています。読み方は――」

時間の見かたを教え、ケースをお店の袋に入れて手渡した。

女性は少し困ったような表情をしている。

「ありがとうございます。私にまでこのような……」

ウリボウが、ふん、と鼻を鳴らす。

「これでお前も私と同類だな。もう小言を言うんじゃないぞ」

「はいはい」

やれやれといった様子で、女性が苦笑する。

「それじゃ、俺はもう行きますね。すごい量の荷物になっちゃいましたけど、荷車とか持ってきましょうか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえ、喜んでいただけて何よりです。それでは」

運搬車に乗り込んでエンジンをかけ、彼らに手を振って一良はその場を離れる。

そんな彼の背を見送りながら、女性が、はあ、とため息をついた。

「いくらなんでも関りすぎですよ……もう」

「そんなことは今さらだろう。それに、未来を変えたいと言い出したのはお前だぞ」

「それは、そうですが……」

「よいではないか、彼らと我々は一蓮托生だ。上手くいけばそれでよし。ダメなら滅びを受け入れるだけだ」

そう言って、一良が去って行った方へと目を向ける。

すでに、彼の姿はない。

「最後くらい、楽しく過ごすのも悪くはない」

「縁起でもないことを言わないでください」

「ふふ、そうだな。この先も、彼らとの関りが続くことを祈るとするか」

さて、とウリボウが置かれている品々に目を向ける。

「いただくとするか」

「はい、いただきましょう。皆にもおすそ分けしないと」

ウリボウが頷き、遠吠えをする。

女性はそれを聞きながら、一良が去って行った先をじっと見つめていた。

数十分後。

一良は皆と囲炉裏を囲み、ピザを頬張っていた。

買ってきたものは、別種のものが分割で入っているLサイズのものを2枚だ。

ただ、今日は昨日いたメンバーのうちの1人がいない。

「ジルコニアさん、残念でしたね。今頃大変だろうなぁ」

一良がそう言いながら、照り焼きチキンのピザを頬張る。

「そうですね……無線越しでも、ナルソン様が怒っているのが分かりました。怖かったです……」

エイラが苦笑する。

一良が出かけた後、すぐにナルソンからジルコニアに「今すぐ帰ってこい」と無線連絡が入ったのだ。

静かな物言いだったが明らかに怒気を含んだ声色で、ジルコニアは無言で身支度を整えるとダッシュでイステリアに戻って行った。

「昨日の夜のうちに帰ってれば違ったんだろうけどね……はふ、おいひい」

リーゼはピザがかなり気に入ったのか、すでに3ピース目だ。

その左手首には、一良から貰った腕時計が光っている。

膝の上には、ペンギンのぬいぐるみが置かれていた。

「でもまあ、一晩は許してくれたんだからナルソンさんも優しいよ。後で俺からも謝っておこう」

「カズラさん、バイクはいつ頃持ってこれそうなんですか?」

バレッタがモッツァレラとアスパラベーコンのピザを頬張りながら、一良に聞く。

「12日後らしいです。他店にあるのをかき集めてくれるってことだったんですけど、距離があるから時間がかかるとのことで」

「12日ですか。動画の製作は、それまでに終わりそうですか?」

「大丈夫ですよ。やってくれるっていう人を見つけたんで、その人と一緒に作ることになりました」

「カズラさんも一緒に作るんですか?」

「ええ。といっても、俺は「ああしてほしい、こうしてほしい」って横から注文つけるだけなんですけどね。彼女がぜひそうして欲しいって言うので」

「……彼女?」

バレッタがわずかに目を細める。

「女性のかたなんですか?」

「え? はい、そうですけど」

「若い人ですか?」

「そうですね、俺と同い年くらいです」

「作業はどこでやるんです?」

「か、彼女の会社の近所のカフェで、何日かおきに食事をしながら調整をする話になってます」

バレッタが一良をじっと見つめる。

一良が冷や汗をかいていると、リーゼが、まあまあ、と口を挟んだ。

「仕事なんだし、仕方ないじゃない。手を出しちゃったとしても、それも男の甲斐性だしさ」

「いや、手なんか出さないって。映画のどの部分を使うかとか、どんな繋ぎかたにするのかって話をするだけだし」

「どのような映画を使うのかというのは、もう決まってるんですか?」

エイラが横から話に加わる。

どうやら、助け舟を出してくれたようだ。

「はい、一応は。ゾンビ映画と、悪魔祓い師が主役の映画を織り交ぜて動画を作ることになりました」

「ゾンビ……ですか? 悪魔祓い師というのは何となくわかるのですが、ゾンビ映画というのは?」

「死んだ人間が再び起き上がって、人々を襲いまくる映画です。かなり血なまぐさいものを選んだので、動画には合ってるかなって」

「え、なにそれ面白そう。見てみたい! 今から見てみようよ!」

リーゼがわくわくした表情で言う。

対して、一良は渋い顔になった。

「いや、さすがに食事をしながらっていうのは……言っておくけど、本当にグロいんだぞ。血とかばんばん出るし」

「そんなの、この間本物の光景を見たばかりだし大丈夫だよ。どうせ作り物なんでしょ?」

「そうだけど……じゃあ、食事を済ませてから見てみるか。マリーさん、血なまぐさい映画なんですけど……見ます?」

「はい。どんなものなのか、一度見てみたいです」

「気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」

「そ、そんなにすごいんですか……」

こうして、期せずしてゾンビ映画鑑賞会の開催が決定してしまった。

ぱぱっと皆で食事を済ませ、ミルクレープをはじめとした大量のケーキを並べてお茶を用意する。

「台詞がかなり多いから、翻訳したほうがいいかな。バレッタさん、女性の台詞をお願いしてもいいですか?」

「分かりました。字幕のものをそのまま読めばいいんですよね?」

「はい、お願いします。俺は男の台詞を読むんで」

DVDをセットし、再生する。

舞台はアメリカで、女性看護師が主役のゾンビ映画だ。

数年前に全世界で大ヒットした映画で、全力疾走してくるゾンビたちとエキサイティングなストーリー展開が楽しめる傑作である。

「わあ、これが日本の景色なんだ……」

序盤の平穏な日常風景のシーンを見ながら、リーゼが瞳を輝かせる。

「いや、これはアメリカっていう別の国だな。ほら、出てくる人たちの顔立ちが、俺とはちょっと違うだろ?」

「確かにそうだね。どっちかっていうと、私たちに近い感じかな?」

「す、すごいですね。自動車がいっぱい走ってます……」

道路を往来するたくさんの自動車の映像に、エイラが感嘆の声を漏らす。

「まあ、すぐに自動車の代わりにゾンビが走り回ることになるんですけどね」

「え?」

「まあまあ、見てれば分かりますよ」

シーンが進み、ついに第一ゾンビの登場シーンになった。

主人公夫婦の寝室にやってきた子供のゾンビが主人公の夫に飛びつき、首筋に食らいついて肉を食いちぎる。

夫が悲鳴を上げながら血を吹き出し、平穏な日常シーンから一瞬にして地獄絵図と化した。

「「きゃあああ!?」」

突然の凶行に、エイラとマリーが悲鳴を上げて抱き合う。

リーゼは唖然とした顔で口を半開きにし、映画を見続けている。

一良はこの映画は何十回と繰り返し見たことがあるので、今さら驚きはしない。

「うあああっ!? な、何をするんだっ!?」

「ひゃっ!? あ、ル、ルイス!? 離れなさい! 離れてっ!!」

一良の熱演に合わせて、バレッタも自身の悲鳴を交えながら台詞を読み上げる。

室内での修羅場が終わり、街中が走り回るゾンビだらけでえらいことになっているシーンが映し出され、なんとか主人公が自動車で自宅を脱出したところで一良は映画を一時停止した。

「えーと……こんな感じなんだけど、最後まで見ます? あと一時間半くらいあるけど」

エイラとマリーは抱き合いながら、涙目で激しく首を横に振っている。

リーゼははっと我に返り、小さな声で「やめとく」とつぶやいた。

「だよね……バレッタさん、お疲れ様でした」

「は、はい。お疲れ様でした……あの、後でこれ、見せてもらってもいいですか?」

思わぬ申し出に、一良が驚いた顔をバレッタに向ける。

「え、別にいいですけど、見るんですか?」

「はい。言葉の勉強になるので、最後まで見てみます。他の映画も、見せてもらいたいです」

「そ、そうですか。まあ、映画は大量に買ってきたんで、好きに見ていいですよ」

「ありがとうございます!」

こうして、恐怖のゾンビ映画鑑賞会は終了した。

口直しにインパラ親子のドキュメンタリー映画を見て、就寝となったのだが、エイラとマリーはゾンビがトラウマになってしまったようで、夜中に何度か悲鳴を上げて飛び起きていた。