作品タイトル不明
202話:プロジェクトインフェルノ
「地獄の……」
「……映像?」
まるで連携したように、バレッタとリーゼが続けて言う。
何が何だか分からない、といった表情だ。
「そう、地獄の映像です。これでもかっていうくらい、恐ろしくて強烈なやつを見せようかと」
「カ、カズラさん、もう少し詳しく話してください。まさか、本物の地獄の映像が存在するんですか?」
ジルコニアが、まさかといった顔で質問する。
それを見て、一良はにやりとした笑みを浮かべた。
「はい、存在しますよ。次にあちらの世界に戻った時に撮影してきます。地獄に行ったらこんな目に遭うんですよ、といった内容で、字幕付きで動画をつ……撮影してきますから」
「えっ、でも、カズラ。この間オルマシオール様と話した時に、天国とか地獄が……あ、何でもない。続けて」
一良の目くばせを受け、リーゼはその意味を即座に察して口を閉ざした。
バレッタもそれで察し、そういうことかとほっと息をついている。
ジルコニアは素で信じているようで、不安げな表情を一良に向けていた。
恐る恐る、といった様子でナルソンが口を開く。
「カズラ殿……その『地獄の映像』を皆に見せて、裏切ったら地獄に落とすぞと脅すということでしょうか?」
「そんな感じです。死んだ後は王も貴族もありませんし、権力でどうこうできる問題じゃないですから。脅しの効果は抜群かと思って」
「そ、そうですな……抜群でしょうな……」
「あ、そうだ!」
実に不安そうにナルソンが頷いたとき、リーゼが声を上げた。
「バルベールの元老院議員たちにも、それを見せてやればいいんじゃない? 逆らったら地獄に行くよって脅せば、戦争どころじゃなくなるよ、きっと」
「うん、それは俺も考えたんだけどさ。多分無理だと思う」
残念そうに言う一良。
同意するように、ナルソンも深く頷く。
「リーゼ、それは悪手だ。ただの戦争ではなく、互いを根絶やしにするほどの破滅的な戦いになってしまうぞ」
「えっ?」
意味が分からない、といったふうにリーゼが小首を傾げる。
「根絶やしって……いくらなんでも、本物の地獄の映像を見せれば考えを改めるんじゃないですか? 死んだらそうなるって分かれば、きっと彼らも――」
「リーゼ様、信仰する神が違うことが問題なんです」
先に意味を理解したバレッタが、リーゼに説明する。
「そんなものを見せられたら、バルベールの人たちは後戻りできなくなってしまいます。元から自分たちが信仰する神に縋るしかなくなってしまうんです」
「うむ。突然侵略戦争を仕掛けてきて、こちらの兵士を散々殺した後では、どう考えても手遅れだ。そんな相手の神に服従したとあっては、問答無用で地獄行きになると私なら考える」
バルベールとアルカディアでは、信仰している神が違う。
例えば、アルカディアではグレイシオールが慈悲と豊穣の神として信仰されているが、バルベールでは『ハーレル王』という精霊がそれに当たる。
ハーレル王は収穫の王と呼ばれる精霊で、作物や動物、漁獲物はすべてハーレル王から与えられる恵みだと考えられている。
その他、戦いや商売などに関しても、アルカディアとは別の神や精霊が信仰されている。
「ですよね。信仰していない神に『地獄に送るぞ』って脅されても、ふざけんなってなるだけだと俺も思います。それどころか、相手を神ごと根絶やしにしなければって考えるんじゃないかなと」
「そっか……今さら 改宗(かいしゅう) したりしても、いいことなんて一つもないもんね……」
「うん。バルベールで信仰されてる神様を動画に出すってのも考えたけど、やっぱり無理があるよな。こっちから話を持ち掛ける時点で、ろくな結果にならないと思う」
一良がそう言うと、ナルソンが少し驚いた顔になった。
「相手の神様……ですか? カズラ殿は、バルベールの精霊や神々とも知り合いなのですか?」
「あ、いや……」
一良が本物の神だとすっかり信じ切ってしまっているナルソンに、本当のことを話すべきかと一良は口ごもった。
一良はナルソンを信頼しているが、彼に本物の神だと思っていてもらえると、余計な画策を心配しなくて済むという考えもある。
そういった考えに至ってしまうあたり、完全には信頼しきれていないと言われればそのとおりなのだが。
一良を利用してどうこうする気はない、というのは出撃前のリーゼを交えたやりとりで分かったのだが、負傷したウリボウを飼うといった提案をしたこともあったのが気がかりだ。
現状、あえて本当のことを言うよりも、自分を神として信じてもらっていた方が都合がよさそうに思える。
戦争が終結したら本当のことを言って謝ることにして、今はこのままにしておこうと内心頷いた。
「知り合いってわけじゃないです。会ったこともないですね」
「ふむ、そうでしたか。オルマシオール様もそうですが、神や精霊同士というのは、あまり交流がないのですかな?」
「そ、そうですね。皆、その辺はおざなりですかね」
「残念です。ガイエルシオール様やスイプシオール様にも、一度お会いしたかったのですが」
「は、はは。まあ、機会があったらそのうちにってことで……」
一良の言い分がツボにはまったのか、リーゼは下を向いて口元を抑えている。
バレッタは一良がとったナルソンへの対応に賛成なのか、少しほっとした様子だ。
『――ナルソン様、そろそろ話は終わりましたでしょうか? どうぞ』
タイミングよく、無線機からイクシオスの声が響いた。
彼を待たせっぱなしだったことをナルソンは思い出し、送信ボタンを押す。
「すまん、待たせたな。ええと……クレイラッツの投票についてだったな。どうぞ」
『はい。投票結果によっては、我々は窮地に立たされます。クレイラッツとの国境の防備を強化すべきです。どうぞ』
「うむ。国境付近の街に部隊を送ろう。予備役を中心に、徴兵を始めておいてくれ。どうぞ』
『かしこまりました。イステリアの守備隊に持たせているクロスボウを、新設する部隊用に転用して明日より訓練を開始します。どうぞ』
「そうしてくれ。それと、クレイラッツの話に戻るが、民意を扇動しようとするような者は見られないのか? どうぞ」
『演説は禁止されているため、そういった者はおりません。ですが、バルベールから使者が来ており、「滅びの道を選ぶことはない。我々に屈せよ」と呼び掛けがあったようです』
「ふむ……」
どんな結果になるのかまったく予想が付かず、ナルソンが唸る。
すると、再び無線機からイクシオスの声が響いた。
『クレイラッツにバルベールが接触していたということは、残り2つの同盟国、プロティア王国、エルタイル王国にも接触していたとみて間違いありません。どうぞ』
「うむ。その二か国も敵に回る可能性があるな。王都、グレゴルン領、フライス領にも新兵器の設計図と現物を送るべきか……」
同盟国すべてが敵に回る可能性すらあるとあっては、もはや国内での優位性がどうこうなどと言っている場合ではない。
イステール領は持ちこたえたとしても、グレゴルン領やフライス領が潰されては挟み撃ちに遭ってしまう。
そうなれば、いかに新兵器を有していたとしても、数で圧倒されてジリ貧になる可能性が非常に高い。
「なるべく早くそちらに戻る。詳しくはその時話そう。どうぞ」
『かしこまりました。それと、これは私事なのですが……アイザックはどうしていますか? どうぞ』
その言葉に、ナルソンが、ふっ、と頬を緩めた。
黙って聞いていたジルコニアとリーゼは、意外そうな顔つきになっている。
仕事中に、彼が息子のことを聞いてくるのは、2人が知る限りこれが初めてだったからだ。
今この場にはアイザックはおらず、第2騎兵隊を従えて砦の周囲の警戒に当たっている。
もしここにいたとしたら、彼はどんな顔をしただろうか。
「元気にしているよ。期待に応え、立派に働いてくれた。良い息子を持ったな。どうぞ」
『……そうでしたか。お役に立てたようで何よりです。それでは、お戻りになるのをお待ちしております。どうぞ』
どこかほっとしたようなイクシオスの声が響く。
「うむ。もうしばらくの間、イステリアを頼む。通信終わり」
無線を切り、ナルソンが一良に顔を向ける。
「カズラ殿、明後日にでもイステリアへ発とうと思うのですが、よろしいですか?」
「んー……いえ、俺は明日、直接グリセア村に向かうことにします。大急ぎで動画を用意しないといけないんで」
「む、そうですか。どれくらい時間がかかりそうですか?」
「うーん……ちょっと分からないです。すぐにできるかもしれないですし、1カ月とか2カ月とかかかってしまうかもしれないです」
動画の製作など一良は携わったことがないので、業者に頼むにしてもどれだけ時間がかかるのかさっぱり分からない。
頼み方すら日本に戻ってから調べないといけない状況なので、費用はいいにしても製作にかかる期間はまったくの未知数だ。
だが、何を頼むかが固まっていなければ話にならない。
依頼する前に、大まかな動画のイメージを作っておく必要があるだろう。
「ふむ……王家や他領の領主を集めるとなると、前もって伝えておく必要があります。目途が付いたら教えていただきたいのですが」
「分かりました。用意にかかる日数が分かったらすぐに無線で連絡するので、それに合わせて王家とかに招集をかけてください」
「かしこまりました。では、あらかじめ各領地に無線機と呼び出しの書状を持たせた使者を送っておこうと思います。通信役として、使者にグリセア村の者を同伴させたいのですが」
「はい、それで大丈夫です。文官には、グレイシオール周りのことは伝えておいてください。上映会の際には、彼らにも動画を見てもらうので」
「分かりました。特に信頼のおけるものを使わせますので、ご安心を」
「お願いします。バレッタさん、そういうわけですので、一緒に付いてきてもらってもいいですか?」
「はい!」
バレッタが嬉しそうに頷く。
イステリアで作業をしていろと言われてしまうかもと心配していたので、声をかけてもらえて嬉しかったのだ。
元より、現在は火薬の備蓄がほぼゼロになっており、精製はグリセア村でしか行っていない。
精製作業ができるのはバレッタだけなので、村で一良を待っている間に、できる限りたくさんの火薬を作り上げておかなければならない。
「……カズラ、しばらくイステリアには帰ってこれないの?」
リーゼが不安げな眼差しを一良に向ける。
「いや、そんなことはないよ。少しの間、行ったり来たりになると思うけど」
「そっか……うん、分かった」
元気のない声で、返事をリーゼがする。
「ごめんな。なるべく早く戻るようにするから」
「……カズラさん、リーゼ様にも付いてきてもらってはどうでしょうか」
「えっ?」
バレッタからの予想外の提案に、リーゼが驚いた顔になった。
「私は火薬関連の作業にかかりきりになってしまうので、他の作業に手を出している暇がありません。代わりに、リーゼ様に主導してもらって、村の皆と一緒に作ってもらいたいものがあって」
「作ってもらいたい物? 何を作るんです?」
「手投げ式の爆弾です」
「ば、爆弾?」
ぎょっとした声を上げる一良。
リーゼたちは何のことなのか分からず、困惑顔だ。
「はい。缶詰の空き缶が村には大量にとっておいてあるので、それを使って爆弾を作ります。次の戦いの時に、きっと役に立つと思います」
「なるほど……って、もしかして、そのために今まで空き缶を集めてたんですか?」
かなり前の話になるが、村にある空き缶などのゴミを回収したほうがいいかと一良はバレッタに聞いたことがあった。
その際、バレッタは「村の空き家にまとめて置いてあるんで、大丈夫ですよ。それに、いろいろと使い道もありますし」と言って断ったのだ。
その時は「それならいいか」とそのままにしてあったのだが、本当の目的はこれだったようだ。
「はい。ハンドキャノンやカノン砲があれば大丈夫かなと思っていたんですが、やはり爆弾も必要だと感じました。今のうちに、作れるだけ作っておきたいなって」
「なるほど……うん、確かにそうですね」
「カズラ殿、その『バクダン』という武器は、どんなものなのですか?」
ナルソンが口を挟む。
一良とバレッタ以外、完全においてけぼり状態だ。
「あ、すみません、勝手に話を進めちゃって。爆弾っていうのは、火薬を使った投擲兵器です。壺とか空き缶の中に火薬を詰めたもので、一定時間後にはじけ飛んで周囲に大きな被害を出すことができるものです」
「そんな兵器が……それを、リーゼに作らせるというのですね?」
「えっと……はい。かなり危ない作業になりますが――」
「私、やるよ。何でもやる」
「む……」
即座に一良に宣言をするリーゼ。
だが、父親であるナルソンはかなり不安そうだ。
それを見て、バレッタが口を挟む。
「作業には万全を期しますので、大丈夫です。私がちゃんと見ますから、安心してください」
「だが、なにもリーゼがやらなくとも……」
バレッタが見てくれるとはいっても、ナルソンとしては心配で仕方がなかった。
火薬の爆発力は、ナルソンとて十分に理解している。
もし事故があったら、怪我では済まないはずだ。
「お父様、お願いします。行かせてください」
懇願するような眼差しを向けてくるリーゼに、ナルソンはため息をついた。
バレッタがリーゼを気遣って、グリセア村への同行を提案したことはもちろん分かっている。
リーゼもすっかり行く気になってしまっているので、心配だが行かせるしかないだろう。
「……分かった。ただし、くれぐれもバレッタの言うことをよく聞いて作業をするんだぞ」
「はい!」
嬉しそうにリーゼが返事をする。
やれやれ、とナルソンは一良に顔を向けた。
「では、私は砦の被害状況の確認と防衛計画の策定に入ります。何かあったら会議室におりますので」
「了解です。俺はその辺の空き部屋にいますね。動画の構成を考えないと」
「カズラさん、私も手伝います」
「私も。なんだか楽しそうだし」
「ジル、行くぞ」
「え、ええ」
「どうかしたか?」
「……ううん、なんでもないわ。行きましょう」
ジルコニアは何か言いたげな顔をしていたが、ナルソンとともに去って行った。