軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

189話:射撃戦

しんと静まり返った平原に、おびただしい数の人々が二手に分かれて隊列を組んでいる。

片方は、統一された鉄製の盾と長槍、不ぞろいな鎧兜が目を引く、市民兵を中心としたイステール領軍2個軍団。

それに対するは、統一された黄金色の鎧に身を包み、大盾を持った重装歩兵を前面に並べた、バルベールの1個軍団だ。

「……あれは青銅鎧じゃないか」

約500メートルほど先の敵軍を見て、数騎の護衛兵とともに軍団の前に進み出たナルソンが顔をしかめた。

隣のジルコニアも、予期せぬ光景に怪訝な顔をしている。

「おかしいわね……バルベール軍は全員鉄鎧を着ていたはずだけど」

「うむ。砦の戦いでは、確かに奴らは鉄鎧だった。だが、目の前の奴らは違うということは……」

「敵は第10軍団じゃないわね。あれはきっと、休戦中から砦の前にいた、第6軍団よ」

「すでに鉄製の武具は全軍に行きわたっているのかと思っていたが……製造が追いついていないということか?」

「どうかしら。まだ使える武具を処分するのはもったいないから、そのまま使ってるだけかもしれないわよ?」

2人が話していると、敵の重装歩兵の中央部が道を空け、5騎の騎兵が出てきた。

鎧の形状からするに、そのうちの1人はどうやら敵将のようだ。

彼らはそのまま走り続け、平原の中央で停止した。

「……来い、ということか。ジル、お前はここで待て。護衛兵、付いてこい」

護衛兵を従えて、ナルソンは敵の下へと駆ける。

彼らの下にたどり着くと、豪奢な鎧を着た敵の老将が一歩前に出た。

「バルベール第6軍団長のマルケス・コンスピンだ」

「アルカディア陸軍イステリア方面第1軍団長、ナルソン・イステールだ」

ナルソンが答えると、マルケスははるか彼方にいるジルコニアをちらりと見た。

「奥方は元気なようだな」

「お蔭様でな。あのとおり、ピンピンしている」

「ふむ。あんな高所から飛び降りて、よく無事だったものだ」

マルケスがナルソンに目を戻す。

「予定では、此度の砦の件について、アルカディア王家と元老院とで会談の場を持つという話だと思ったが?」

「ああ、それか。悪いが、その話はなかったことにしてくれ」

「ほう。まさかとは思うが、貴殿の後ろにいる市民兵たちを使って、我らから砦を取り戻すなどと言うつもりじゃないだろうな?」

「そのつもりだが?」

ナルソンが答えると、マルケスが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「大した自信だな。『アルカディアの盾』は、攻めも守りもなんでもござれということか」

マルケスがナルソンを睨み付ける。

「だが、砦を預かる我が軍団としては、そんな暴挙を許すわけにはいかん。アルカディアは平和的交渉を放棄して、我が国と再び全面戦争に突入する覚悟ということでよろしいか?」

「休戦協定を一方的に破り、騙し討ちで砦を奪っておきながら、よくそんなことが言えたものだ。貴軍が砦を攻撃した瞬間から、再び戦争は始まっているのだ。腑抜けた台詞を聞かせないでくれないか」

挑発的な台詞を返すナルソン。

マルケスは、やれやれと首を振った。

「あい分かった、もう何も言うまい。全力で叩き潰させていただく。覚悟めされよ」

マルケスはラタを操り、自軍へと戻って行った。

「……ふむ。あの男が――」

去っていく背を見つめ、ナルソンがつぶやく。

「ナルソン様、戻りましょう」

「うむ」

護衛兵にうながされ、ナルソンも自陣へと踵を返した。

その頃、イステール領軍後方では、一良とバレッタが荷馬車の上にいた。

木箱を積んで簡易的な台座を作り、地上5メートルほどの高さから戦場全域を見渡している。

すでに三脚も設置してあり、ハンディカムも装着済みだ。

「お、ナルソンさんが戻ってきた。バレッタさん、どうです? 何か変わった様子はありませんか?」

一良が軍団前方を眺めながら、背後を見張るバレッタに声をかける。

バレッタは双眼鏡に目を当て、道の先をじっと見つめている。

「はい、今のところは。道が曲がっているので、遠くまで見えないのが怖いですね……」

道は直線ではなく、数百メートル後方で緩やかにカーブしている。

曲がり角に見張りの騎兵は置いているが、その騎兵も今のところは特に反応なしだ。

「しかし、改めて見ると、この森ってけっこう深いですね。伏兵がいるかも、なんて軍議の時には言いましたけど、こんななかを方向を間違えずに突破してくるなんて、普通に考えたら無理ですね」

森は非常に深く、藪が生い茂っていてうっそうとしている。

この辺りには大きな街もないため、森はまったくの手付かずなのだ。

バレッタが双眼鏡を下ろし、右手の森へと目を向ける。

「そうですね。地元で土地勘があるならともかく、これはちょっと無理そうです」

「斥候って、どれくらい出したんでしたっけ?」

「片側につき、30~40人は出したはずですよ。徹底して奇襲の可能性を排除するって言っていましたし、きっと……あ、戻ってきました!」

ばらばらと、森の中から軽装歩兵が戻ってきた。

皆、頭や衣服に葉っぱや小枝が付いていて、酷い有様だ。

特に慌てている様子もないので、敵の姿は見つからなかったのだろう。

「うわ、あの人頬っぺたから血が出てる。枝で切ったのかな……」

「服にまで流れて真っ赤です……お薬、たくさん持ってきてよかったですね」

今回の行軍には、呪術師組合から購入した調合薬を大量に持ってきている。

呪術師組合が調合した薬は、傷の治癒に使うものから痛み止めや整腸薬に至るまで、いずれも高い効能を発揮していた。

相変わらず高価ではあるが、イステール家で薬草を大量生産&供給&値引き交渉をしたおかげで、1年ほど前に比べれば大幅に安くなっている。

ちなみに、ある程度消費期限の近づいた薬は、町医者に超低価格で払い下げている。

町医者から処方される薬剤が大幅に安くなったおかげで、市民たちの健康レベルは徐々に上昇中だ。

呪術師組合は安価に薬草を仕入れられて、製法を独占している調合薬を安定的かつ大量に軍部に売ることができてウハウハ。

イステール家は良質な薬が常に確保できて、古くなった薬も町医者に払い下げるために無駄が出ず、市民の健康レベルと満足度が上がってウハウハ。

というウィンウィンの関係になっている。

「そうですね。しかし、呪術師たちの薬、どんな調合法なのかな……そういえば、彼らも軍団に同行してるんですよね?」

「はい。お医者さんたちと一緒に、何人か付いてきていますよ」

「なら、戦闘前の占いはやるのかな。動物の内臓の色で勝敗を占う、みたいなことをやるってアイザックさんから聞いたことがあるんですけど」

「内臓占いですか。聞いたことはありますけど、本当に当たるんですか?」

「アイザックさんは五分五分だって言ってましたね。あ、でも、あらかじめいい結果が出るように指示して占わせるとも言ってました」

そんな話をしていると、自軍右翼の重装歩兵たちの前に、騎兵が数騎躍り出た。

軍旗を翻し、左翼へと向かって駆けていく。

戦闘準備の合図だ。

騎兵たちが左翼に到達しようとした時、軍団中央あたりから、誰かが大声で何かを叫んだ。

皆が一斉に、そちらに目を向ける。

声を上げた人物はローブを纏っており、どうやら呪術師のようだ。

その隣には、護衛兵とともに戻ってたナルソンの姿もある。

呪術師は盛んに『勝利の天啓だ!』と叫びながら、空を指差している。

「あ、鳥だ」

「大きな鳥ですね……」

茶色の翼を持った大きな鳥が、イステール領軍の真上をぐるぐると旋回している。

その鳥は甲高い声で一声鳴くと、バルベール軍の方へ向かって飛んで行った。

そのまま、彼らの頭上を素通りして、やがて見えなくなった。

誰も言葉を発さず、皆が口を閉ざしてその光景を見つめている。

「……よく分からないけど、吉兆ってやつですかね?」

「そうみたいですね。何だか皆、表情が明るくなりましたし」

その時、敵陣から甲高いラッパの音が鳴り響いた。

敵の重装歩兵たちが、手を置いていた大盾を一斉に取る。

イステール領軍側も、ナルソンの傍に控えていた太鼓手が大太鼓を叩き始めた。

イステール領軍の前衛部隊が、ゆっくりと前進を始める。

「……始まった」

「こっちの録画はどうします?」

「いつ何が起こるかも分からないし、撮っておきましょう」

「分かりました」

バレッタがハンディカムの録画ボタンを押した。

ピピッという場違いな電子音とともに、録画が開始される。

撮影しているのは、軍団の背後だ。

「背後は私が見張りますね」

「お願いします」

双眼鏡を手に、バレッタが後方を見張る。

少しずつ進んでいく前衛部隊を、一良はじっと見つめていた。

同時刻。

第6軍団を率いるマルケスは、ゆっくりと迫ってくるイステール領軍をラタ上から眺めていた。

「奴ら、想定よりもかなり早く着いたな」

マルケスの言葉に、隣に控える老将軍が頷く。

彼は第6軍団の副長だ。

「はい。おかげで、野営地を強化する暇がありませんでした」

彼らの背後1キロメートルほど先には、彼らの野営地が建設されている。

通常ならば、森から木材を切り出して柵をこしらえたり、溝を掘ったりして簡易的な砦の役割を持たせる。

そこに食料や荷馬車を置き、安心して戦闘にのぞむのだ。

だが、今回は第10軍団との住居の入れ替え作業のさなかに敵軍出撃の知らせが来てしまい、出立準備にかなり手間取ってしまった。

そのうえイステール領軍の進軍速度が想定よりも1日ばかり早かったため、野営地の強化はほとんどできていない。

野営地が襲われる心配はないだろうが、少々落ち着かない。

「そうだな。だが、行軍を急いだせいで奴らの兵士は疲れているはずだ。少し戦闘を長引かせれば、すぐにバテるぞ」

「はい、訓練不足の寄せ集めですし、一挙に撃破する好機です。11年前の雪辱、晴らさせてもらいましょう」

「うむ。孫娘にも、いい土産話を聞かせてやれそうだ」

2人が話しているうちにも、どんどんイステール領軍は接近してくる。

彼我の距離、残り400メートル。

「弓兵を出せ」

「はい」

副長がラッパ手に命じ、ラッパを吹かせる。

重装歩兵たちが1列ごとに道を空け、その間から弓兵たちが走り出た。

歩兵隊の50メートルほど前方まで走り、停止した。

前後2列に並び、隙間なく整列している。

「敵部隊、停止しました」

「うむ」

イステール領軍が停止し、同じように弓兵と投石兵が重装歩兵の間を縫って駆け出してくる。

弓兵が500、その後ろから投石兵も500ほどだ。

下手すれば投石兵だけで1000人くらい出てくるかともマルケスは考えていたが、やはり訓練期間が足りなかったせいか数が少ない。

第6軍団の弓兵は十分な訓練を積んでおり、ベテランぞろいである。

弓自体も良質な木材で作られたものをそろえており、射程と命中率、そして速射力で圧倒できる自信がマルケスにはあった。

とはいえ、油断する気はさらさらない。

徴募兵であるアルカディア弓兵がベテランぞろいなのは、休戦前の戦いで体験済みだ。

「弓兵の間隔を空けさせろ」

ラッパの音が変わり、弓兵が散開する。

「投げ槍兵が出てきても、近寄るギリギリまで射撃を続けさせろ」

「かしこまりました」

「敵の騎兵はどうだ?」

「動きません」

「よし。射程に入ると同時に斉射を食らわせてやれ。度肝を抜かさせてやる」

地面には、こちらにだけ見えるような角度で、地面に埋めた石に赤色で印がつけられていた。

その場所が、バルベール弓兵の最大射程地点なのだ。

弓兵たちの配置も事前に確認しておいたとおりで、すべては計画通りである。

イステール領軍が目印に接近し、弓兵隊長が号令をかける。

弓兵たちが一斉に空に向かって弦を引き絞り、放った。

「むっ」

敵の動きに、マルケスが唸る。

それまで歩いていたイステール領軍の弓兵と投石兵が、全速力で走り出したのだ。

放たれた矢はその多くが彼らの頭上を飛び越え、地面に突き刺さった。

だが、後列を追従していた投石兵にはいくらか命中した。

彼らはすぐさま急停止し、矢と石弾の射撃体勢に入る。

指揮官の号令を待たず、個人の判断で五月雨式に撃ってくるようだ。

バルベール弓兵も第二斉射の態勢に入った。

「ほう、やるじゃないか。だが、単純な撃ち合いでも、こちらに分が……っ!?」

マルケスがそう言いかけた時、隊列の両端にいる離れた場所にいた自軍の弓兵が2人、まるで巨大な何かに体当たりされたかのように、大きく後方に吹き飛んだ。

その周囲にいた者たちが、ぎょっとした様子で振り返る。

次の瞬間、振り返った1人の兵士の頭に何かが激突し、彼は首から上をもぎ取られて、その場で盛大に血しぶきを上げた。

「何だ!? 何が起こった!?」

マルケスが大声で怒鳴るが、副官も何がどうなっているのか見当も付かない。

そうしている間にも、彼我の間では激しい射撃戦が続き、双方ともに死傷者が増え続けた。

だが、明らかにバルベールの弓兵たちは動揺しており、射撃の精度が格段に落ちていた。

弓兵隊長の指揮に従い、敵に斉射を浴びせ続けているが、徐々に圧倒され始めている。

約20秒間隔で、続けざまに数人の仲間が吹き飛ばされたり、四肢のどれかをもぎ取られたりしているのだ。

冷静でいろというほうが無茶である。

「マルケス様、あれです! 敵の重装歩兵の脇に何かあります!」

副官の指差す先を見て、マルケスは表情を歪ませた。

大きな弓を寝かせて台に置いたような器具が6つずつ、重装歩兵隊の横に並んでいたからだ。

「あれは……以前、話に聞いた新兵器か!? 何で奴らが持っているのだ!?」

マルケスが叫んだ瞬間、その器具から矢が発射され、弓兵隊長の腹に直撃した。

彼は10メートル近く後方に吹き飛び、それきりピクリとも動かなくなった。

傍にいた副長が、すぐさま彼の代わりに指揮を執る。

「マルケス様! このままでは撃ち負けます!」

「後退させろ! 重装歩兵は亀甲隊形!」

後退命令のラッパが鳴り響き、弓兵たちが大急ぎで重装歩兵の後ろへ撤収する。

それを見て、イステール領軍の弓兵と投石兵がさらに前へ出た。