軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

179話:闇夜の砦と魔弾の狩人

約、半月後の夜。

国境沿いの砦から数キロ離れた山岳地帯の森の中に、バレッタたちはいた。

月明りすら届かない森の中は、鼻をつままれても分からないような漆黒の闇だ。

そんななか、全身黒づくめの衣装に身を包んだバレッタは、手にした黒い塊を目の前の草の塊に差し出した。

「あの……本当に必要ないんですか? いくらなんでも、この闇の中では……」

差し出されたそれ――暗視スコープ――を、草の塊からにゅっと伸びた手が掴んだ。

この暗視スコープは、一良が日本のミリタリーショップをしらみ潰しに回って、交渉の末300万円を現金で支払ってやっと手に入れてきた代物だ。

第三世代の光増幅管を用いたものであり、軍用として用いられているものである。

現在、日本では輸入が禁止されていて一般人は手に入れることができない代物なのだが、どういうルートで手に入れたのか、所持していたミリタリーショップのオーナーに平身低頭頼み込んだ末に売ってもらうことに成功した。

草の塊に扮したロズルーは、手にしたそれを目に当てて周囲を見渡し、再びバレッタへと手渡した。

「いえ、これなしでも、遠くまではっきり見通せるので大丈夫です。それに、荷物は少ないほうがいいので」

ロズルーは、ギリースーツと呼ばれる迷彩服を身にまとっている。

まるで全身から草が生えているようなその服は、森や藪の中でじっと動かずにいると驚異的な擬態力を発揮する。

現在のような、闇の中ではなおさらだ。

彼の隣には、全身黒ずくめの彼の妻のターナが、バレッタお手製の合成弓と矢筒を抱えて控えていた。

ロズルーは口元を目の下まで黒い布で覆っていて、その姿はさながら映画に出てくるスナイパーのようだ。

これらの装備は、一良が同じく日本のミリタリーショップで購入してきたものだ。

砦に行った時に目にした景色を思い出しながら、周囲に広がっていた草の色に似た素材のギリースーツを手当たり次第に購入してきた。

その時に無線機も購入してきており、この場にいる全員に装備させている。

無線機は、デジタル簡易無線と呼ばれるものだ。

今回調達してきたものは、アンテナを介せば場所によっては200キロメートル先でも通信ができる高性能品である。

耳に入れるタイプのイヤホンと、骨伝導で会話ができるマイクを組み合わせたタイプのものを選んできた。

ヘッドセットと合わせて1組7万円もしたのだが、免許不要で購入、使用することができるということで、数十組まとめて購入してきた。

ちなみに、一良はこの場にはおらず、ナルソン邸の屋上でナルソンやリーゼたちとともに、バレッタたちからの連絡を待っている。

バレッタは左手に持っていた携帯用アンテナを、胸元に付けたデジタル簡易無線機に接続した。

アンテナを頭上に掲げ、無線機を操作する。

「こちら救出班、こちら救出班。イステリア聞こえますか。どうぞ」

無線機を送信から受信に切り替える。

『こちらイステリア。よく聞こえます。作戦は実行できそうですか? どうぞ』

少しの沈黙の後、皆の耳に一良の声が響いた。

「こちら救出班。問題なく実行できます。今から作戦を開始します。そちらもいつでも動き出せるよう、準備を整えておいてください。どうぞ」

『イステリア了解。作戦の成功を祈ります。皆さん、無事に帰ってきてください。どうぞ』

「こちら救出班。了解しました。全員、生きて帰ります。通信終わり」

掲げていたアンテナを下ろし、通信を終了する。

「……いまさらながらに思いますが、カズラ様の持っている道具はすさまじいですね。こんなの、相手からしてみれば反則ですよ」

皆と一緒に通信を聞いていた黒ずくめのアイザックが、心底感心したように唸る。

数日前から、ジルコニア救出班として選出された村人とアイザック、ハベルは無線を実際に使って救出時の想定訓練をしていたのだが、どうしてこの小さな道具が遠距離と通信できるのか、いまだにさっぱり理解できなかった。

一度バレッタに説明をしてもらったことがあるのだが、『電波という目に見えないものに情報を乗せて飛ばしている』といった最初の説明のくだりで頭がパンクした。

彼の隣にいたハベルが、胸元に這わせた無線とヘッドセットを繋ぐケーブルを撫でながら同意するように頷く。

ハベルも、皆と同じように全身黒ずくめだ。

「これさえあれば、どんな大軍を率いたとしても、統率が乱れるといったことがなくなりますね。どんな強力な兵器よりも、この小さな無線機のほうがよほど恐ろしく私には思えます」

アイザックとハベルは長剣で武装していて、近接戦闘班である。

バリンをはじめとする他の村人も長剣や槍を装備しているが、中にはクロスボウを持っている者も数名いた。

ジルコニアを救出後に追っ手を出されることは十分考えられるので、万が一に備えてのことである。

皆、動きやすいようにということで、重い金属の鎧は身に着けていない。

代わりに、一良が調達してきた防刃ベストと、金属板入りの手甲や脛あてを装備している。

ぱっと見、古代と現代の装備が入り混じった奇妙な特殊部隊、といったいで立ちだ。

「さて、そろそろ行きましょう。バレッタさん、打ち合わせどおり、万が一の時は速やかに撤退してください。間違っても、助けにこようなどとは考えないように」

ロズルーの言葉に、バレッタが頷く。

救出班の主力はロズルーであり、侵入するのも彼だけだ。

防壁を素手でよじ登る曲芸のような真似をできるのが、彼だけだからである。

すでに砦内の地図は頭に入っており、侵入地点の選定も済んでいる。

歩哨を倒して砦内に侵入し、納骨堂から地下通路を通って倉庫内部へ到達して、ジルコニアと合流してそのまま元来た道を通って砦の外へと抜け出すのだ。

芋虫チョコを使った連絡が上手く伝わっていれば彼女は起きて待っているはずなので、床下から声をかけても不審がられることはないだろう。

もし脱出時に敵に見つかった場合は、強引に切り抜けるしかない。

その時はおそらく、命は無いだろう。

森の中を静かに移動し、砦を望む森の切れ目に到達した。

闇の中、500メートルほど先に、ぼうっと砦の防壁が浮かび上がって見える。

夜空には細い月が浮かんでいるが、ほぼ新月であり、大地を照らす光はかなり弱々しい。

「では、行ってまいります。ターナ、弓を」

ロズルーが、妻から弓と矢筒を受け取る。

慣れた手つきでそれらを背負う彼の頬に、ターナが手を添えた。

口元を覆う布を少しさげ、口づけをする。

「行ってらっしゃい。帰ってきてね」

「あ、ああ」

泣くのをこらえるような表情で笑顔を作っている妻に、ロズルーが頷く。

「かーっ! 見せつけてくれるねぇ!」

「うう、俺も結婚したい……」

「村にいる女で美人で性格が優しいのって、考えてみたらターナさんとバレッタちゃんだけだよな」

「ああ。あとはみんな、縄張りを荒らされたウリボウみたいな気性の荒い奴らしかいない」

「当たりが両方お手付きとか、独り身の俺らは絶望するしかないのか……」

やいのやいの騒ぐ若者たちに、ロズルーとターナが顔を赤くする。

「じゃ、じゃあ、行ってくる。皆、何かあったらすぐに連絡してくれ」

ロズルーは慌てたように言うと、砦の防壁へと目を向けた。

身をかがめて走り、近くの低木へと身を隠す。

まるで忍者のような動きでそれを繰り返し、少しずつ砦への距離を詰めていった。

それから十数分後。

匍匐前進の体勢で、砦から100メートルほどの地点にロズルーは近づいていた。

もはや、周囲には低木や藪は1つもなく、膝ほどの高さの草が一面に生えているだけだ。

防壁上の歩哨の動きを見極めながら、静かに距離を詰めていく。

さらに防壁との距離が近づき、約60メートルにまで近づいた時。

歩哨がぴたりと動きを止め、こちらをじっと見つめだした。

ロズルーは息を殺し、身じろぎ一つしない。

やがてその歩哨は小首を傾げると、再び他の方向へと顔を向けた。

――限界だな。

ゆっくりと、背負った弓を手元に手繰り寄せる。

矢筒から、矢を1本取り出した。

這いつくばった姿勢のまま、左手で弓を掴み、右手で矢を番える。

じわじわと、まるで芋虫が這うような動作で、ゆっくりと矢の先を歩哨へと向けた。

深く息を吸い、止める。

歩哨がこちらへと顔を向けた瞬間、矢を放った。

どすっ、という鈍い音とともに、その眉間に矢が突き刺さる。

自分の身に何が起こったのかすら理解できないまま、彼はその場に崩れ落ちた。

すぐさま2本目の矢を取り出し、ばっと身を起こす。

離れた場所に巡回に回ってきた歩哨が、物音に気づいてそちらに顔を向けたのが視界の隅に映ったからだ。

ロズルーの位置からは120メートル近く離れているが、やるしかない。

膝立ちになり、限界ぎりぎりまで弦を引き絞り、放つ。

ひゅっと鋭い音を微かに響かせて矢は飛翔し、その歩哨の首に突き刺さった。

彼は喉元を触る仕草を数秒して、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れた。

防壁に駆け寄り、石材と石材の隙間に手をかける。

まるでトカゲが壁を這い上るように、すいすいと十秒ほどで防壁の上まで這い上がった。

矢が突き刺さって絶命した兵士の死体が、目の前に横たわっている。

矢は貫通していないようで、血もほとんど出ていない。

ロズルーは横たわっている死体を転がし、少しでも目立たないようにと防壁の壁際に押しやった。

続けて、腰をかがめてもう一つの死体へと駆け、同じように転がす。

ヘッドセットの送信ボタンを押し、息をついた。

「こちらロズルー。歩哨は片付けた。侵入する」

小声で言うと同時に、防壁の内側へと飛び降りた。