軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

172話:手段を選んでる場合じゃない

その日の夜。

ナルソン邸の一良の部屋の隣にある作業場に、一良とバレッタはいた。

テーブルに広げたA2用紙には、『オナガー』と記載された兵器図が描かれている。

一良は腕組みして、バレッタの説明に聞き入っていた。

机の脇には、さらに数枚の図面が丸めて立てかけられている。

「なるほど、アームの先にスリング(革製のカップが付いた紐)が付いてるのか。俺が設計したカタパルトとは、少し構造が違いますね……」

「『オナガー』とも呼ぶみたいです。古代ローマ史の本に載っていた説明文を元に設計したので、本物とは少し構造が違うかもしれないですけど」

『オナガー』とは、石弾などの重量物を遠方へと投てきする攻城兵器で、『カタパルト』の発展型である。

構造には何種類かあるが、バレッタが設計したものは、動物の腱もしくは髪の毛を束ねたものを用いるねじりバネ方式のものだ。

より合わせたそれらの間に受け皿の付いたアームを差し込み、アームを引いて生み出した反発力を用いて、受け皿に載せた重量物を投げ飛ばすのである。

車輪が四方に付いており、後ろから押して動かすこともできる。

「カタパルトもそうですけど、砦の防壁を破るとなると、これでもちょっと威力が心配ですね……」

「そうですね……村にある試作品は小型のもので、重さ10キロのものを400メートルくらい飛ばせます。あの防壁相手だと威力が足りないので、使うなら大型化しないといけないです」

「10キロを400メートルですか。それでも大したもんだな……」

国境沿いの砦の防壁にはモルタルが用いられているため、カタパルトやトレビュシェットを用いた攻撃では破壊するのに時間がかかる。

それはバルベール軍による攻撃で実証済みだ。

「防壁か城門を破壊するために、別の手段を考える必要があります。これだと時間がかかりすぎますし、大型化すると現地まで運ぶのがかなり大変です」

「別の手段か……バルベールと同じように、現地で組み立てたほうがいいんですかね。一気に20基とか使えば短時間で……いや、相手はこの兵器を知ってるわけだし、組み立ててる間に壁を破ろうとしてるってバレるか。……というか、防壁を破壊しても、敵は1個軍団か2個軍団はいるんですよね。そっちもどうにかする方法を考えないと」

この度受けた奇襲攻撃では、実質的に戦力比7倍以上の敵に対して、アルカディア軍は半日以上持ちこたえた。

防壁を破壊され、守備の要となる防御塔を無力化された状態で、だ。

そんな場所に最大2個軍団も詰めているとあっては、まともに戦ってはどれほどの兵力が必要になるのか分からない。

「やっぱり、兵士たちを食べ物で強化す」

「それはダメです!」

「で、ですよね。すみません……」

すべて言い切る前に怒鳴られてしまい、一良が肩を縮こませる。

バレッタははっとして、しゅんとうつむいた。

「ご、ごめんなさい……わ、私、カズラさんの身に何かあったらって思うと、どうしても……」

「分かってます。一人でも裏切り者がいたら、下手すれば首脳陣皆殺しですもんね。バレッタさんの言うとおりですよ」

「はい……」

一良の言葉を受け、バレッタは顔を上げた。

「他領や王都が援軍を送ってくれればいいんだけど、どうかなぁ……というか、1カ月で砦を落とさないといけないっていう時点で、援軍なんて間に合わないんじゃないだろうか」

「どうでしょうね……まだ王都とかにまで情報が届いていないでしょうし、援軍どころか対応の協議すらいつまでかかるか……」

「そうですねぇ……情報伝達に時間がかかるのが、こんなにもどかしいとは思わなかった」

地球であれば例え1000キロ離れていようが電話一本で連絡が付くが、こちらの世界では早馬、もとい早ラタが最速の通信手段だ。

各領地の要人と協議するのにもさらに時間がかかるだろうし、国単位で物事を決めるとなるととんでもない時間が必要になる。

アルカディアで各領主の権限が非常に大きいのは、そういった手間の省略という理由もあるのだろう。

とはいえ、援軍が期待できないとしたら、イステール領軍だけで砦を奪還しなければならない。

王家がバルベールと交渉すると言い出せば話は別だが、交渉した末に主権を奪われれば、王家とその取り巻きは没落必至である。

何としてでも砦を奪還しろ、と命じられる可能性が高い。

「電話で連絡ってわけにはいかないもんな……うーん」

「電話ですか。確か、カズラさんも持ってましたよね」

「ええ、今も持ってますよ。はい、これです」

一良がポケットからスマートフォンを取り出し、バレッタに手渡す。

バレッタは物珍しそうに、手のひらに載せたそれを指でつついた。

「わ、すごく軽いんですね……これ、こっちでは使えないんですか?」

「電話には基地局っていう電波を中継する設備が必要なんで、こっちじゃ使えないんですよ。使えたら便利なんですけどね」

「そうなんですか……あ、明るくなりました」

ポチ、とバレッタがホームボタンを押すと、画面が明るくなった。

ホーム画面に設定されている、高台から撮影したイステリアの写真が表示された。

「これって、イステリアの写真ですか?」

「ええ。前にハベルさんと一緒に、洪水発生箇所を確認するために高台に行った時に撮った写真ですね。すごく綺麗に撮れたんで、ホーム画面……最初の画面に張り付けておいたんです」

「もしかして、この電話って写真も取れたりするんですか?」

「撮れますよ。写真も動画も撮れます。その写真はデジカメで撮ったものを、スマホに転送したものですけどね」

一良がバレッタの持つスマートフォンに指を伸ばし、カメラを起動する。

「そこの赤い丸を押すと、写真が撮れますよ」

「す、すごいですねこれ。画面をつついて操作するんですね……あの、一枚撮ってみてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

バレッタがスマートフォンのレンズを、一良に向ける。

とっさに、一良は笑顔をレンズに向けた。

カシャッとシャッター音がして、写真が保存された。

「撮れました!」

「撮った写真は、そこのマークを押せば見れますよ」

再び一良がスマートフォンに指を伸ばし、写真フォルダを開いた。

今まで撮影した写真の一覧が表示される。

「あ、これがさっきので……えっ」

先ほど撮影した一良の写真をタップしようとして、バレッタが動きを止めた。

「ん、どうしました?」

「……」

バレッタが無言で、先ほど撮ったものとは別の写真をタップする。

「ん? あ、ああ、こ、これはですね……」

「……」

バレッタは口を閉ざしたまま、底冷えのするような目で写真を見つめている。

画面には、リーゼと一良のツーショットが映っていた。

リーゼは満面の笑みで、一良の腕に自身の腕を絡めている。

一良は少し困ったような笑顔だが、ぱっと見ではまるで恋人のようだ。

かなり前に、デジカメで撮影した写真を使って打ち合わせを行った際、せっかくだから皆で写真を撮ろうとなったことがあったのだ。

その時にリーゼにせがまれ、2人だけで撮ったものがこの写真である。

「ま、前にイステール家の家族写真を撮ろうってなったことがあって! その時に皆とも写真を撮ったんですよ!」

「……そうなんですか」

焦った様子の一良に対し、バレッタが凍り付くような声色で返事をする。

みしっ、とスマートフォンが軋むような音が微かに聞こえたような気がした。

「バ、バレッタさんも一緒に撮りましょっか! このスマホで! 最新型なんで、すごく綺麗に撮れるんですよ!」

「えっ」

驚いた声を上げるバレッタから一良はスマホをひったくり、『カメラ切り替え』のボタンを押した。

画面に、鏡のように一良とバレッタが映し出される。

「ほら、こうやって撮ることもできるんですよ!」

一良はバレッタの肩を抱き、画面の中央に自分とバレッタを写り込ませた。

「きゃっ! あ、あの」

「バレッタさん、笑って!」

「えっ、わ、笑ってって言われても」

「1たす1は?」

「はぇ?」

気の抜けたバレッタの声とともに、シャッターが切られた。

一良がバレッタの肩から手を放し、撮影した写真を表示させる。

少し赤い顔をしているバレッタと、その肩を抱いてにっこりと微笑む一良が映っていた。

一良はプリンターに向かうと写真用紙をセットし、スマートフォンを操作して写真をプリンターに送信した。

独特な機械音を発し、写真が印刷される。

「よしよし、よく撮れてるな。はい、バレッタさん!」

「あ、ありがとうございま……は、はわわ!」

バレッタは写真を受け取った途端、映っている自分と一良の姿に目を真ん丸にした。

「いやー、よく撮れてるなー! スマホのホーム画面にしちゃおうかな! バレッタさん、写真立ていります?」

「い、いいいります!!」

こくこくと、バレッタが頷く。

部屋の隅にあるダンボールからガラス板付きの木製の写真立てを取り出し、バレッタに手渡した。

バレッタはそれにそそくさと写真を収め、少し頬を赤くして嬉しそうに見つめている。

何とか機嫌を取ることができたと、一良はほっと息をついた。

「さてと、さっきの続きをしましょうか」

「はい! では、次はこれを」

バレッタは写真立てを机に置くと、立てかけられている図面を手に取った。

しゅるしゅるっと広げ、四方を本やスマートフォンを重石にして押さえつける。

「あ、これってクロスボウですよね。村で作ってるやつですか?」

「はい。量産前提で設計したものです」

「量産前提で、ですか。あちこちパーツが分かれてるんですね。俺が設計したのとはずいぶん違うな……」

バレッタが設計したクロスボウは部品が複数に分かれているため、一良が設計したほぼ一体型のものに比べて、個々の部品でみれば製造は比較的簡単だ。

数を揃えるのなら、バレッタの設計したもののほうが向いているだろう。

「その……量産するなら、こっちにしてみてはどうでしょうか。村にある生産設備を見本にして、こちらでも作れればって……」

遠慮がちに、バレッタが言う。

一良が設計したものを否定するような流れになってしまったことに、気が引けて仕方がないのだ。

一良はそんなことを気にするでもなく、即座に頷いた。

「そうですね。生産効率が段違いになりそうですし、そうしましょう。俺の設計したやつの生産は中止して、設備もすべてバレッタさんの設計したものに切り替えますね。先に作ってしまったクロスボウは、イステリアの防衛用に回します」

「はい……で、では、機構の説明もざっとしちゃいますね」

自身の設計したクロスボウの構造について、バレッタが早口で説明する。

製造しやすさを念頭に置きながらも威力と射程を損なわないその設計に、一良は説明を聞きながら舌を巻いた。

自分なんかが太刀打ちできるようなレベルの人間ではないなと、バレッタの優秀さを今さらながらに思い知らされる。

「――以上です。それでは、次のものを」

バレッタはそそくさとクロスボウの図面をしまい、新たな図面を取り出した。

それが広げられた瞬間、一良はぎょっと目を見開いた。

図面に、真っ直ぐに伸びた八角形の長い筒が描かれていたからだ。

「……こ、これ……大砲、ですか?」

「いえ、手砲です。ハンドキャノンとも呼ばれているみたいです」

「ハンドキャノン?」

「はい。鉄片や小石を先端から詰めて、火薬の爆発力でそれらを吹き飛ばすんです。散弾の要領で広範囲に飛び散るので、細かく狙いを付ける必要がありません」

ハンドキャノンとは、文字通り手で持つことができる短射程の小型の大砲である。

先端から草と一緒に小石や鉄片などを詰め、先端から30センチほど後ろにある小さな穴から火薬に着火し、射撃を行う兵器だ。

先端の下側にはフックが付いており、その部分を台座に固定して発射の衝撃による手ブレを防ぐこともできる。

「そこまで大きい兵器ではないので、比較的生産は容易です。これをいくつか各部隊に配備しておけば、敵の騎兵隊を返り討ちにできると思います。音もすごいはずなので、それだけでもラタを怯えさせられるんじゃないかなって」

「……火薬、か」

ぽつりと一良はつぶやき、険しい表情になった。

火薬を用いた兵器の導入については、一良とて考えていた。

まさかバレッタが兵器の設計まで済ませているとは考えていなかったが。

「はい。まだ試作もしていないので、少し不安ですが……鉄製だと技術的に砲身の鋳造は無理なので、作るとしたら図面のような板を鋳掛け溶接して金輪をはめたものか、青銅を使うことになります」

材質を均一にした鉄の鋳造技術は高度であるため、イステリアでの鋳造は不可能だろう。

形だけ作ったとしても、材質が不均一では使用の際に暴発の恐れがあるからだ。

となると、青銅を大量に用いて砲身を作るか、鍛造した鉄の板を鋳掛け溶接して砲身を組み立てるしかない。

ちなみに、鋳掛け溶接とは、溶かした金属を板と板の間に流し込んで接合する溶接方法だ。

バレッタが図面をもう1枚、机に広げる。

大きな2つの車輪の間に、長い筒が描かれている。

『カノン砲』と記されたそれは、先端から石や金属の弾を込める仕組みの大砲だ。

バルベール軍の使ってきた大型投石器を数倍上回る射程と破壊力を有する、恐るべき兵器である。

「こ、こんなものまで……大砲とかが載ってる書籍は渡していなかったと思いますけど、どこで知ったんです?」

「ハンドキャノンはヨーロッパの歴史書に載っていました。イギリスの薔薇戦争で使われたものの写真が載っていたので、それに合わせて設計しました。カノン砲は、カズラさんのパソコンに入っていた百科事典からです。だいたいの見当を付けて設計しただけですけど」

「そ、そうですか……」

「ただ、ハンドキャノンは何とかなると思いますけど、カノン砲はあまり大型のものは作れないと思います。それでも、バルベールの投石器の倍近い射程は出せるはずですし、精度も段違いです。これなら、たとえ防壁は無理だとしても、城門なら数発で破壊できます。こちらの世界でなら、これで十分なはずです」

「……」

「……できれば、これは使いたくないですよね?」

考え込む一良に、バレッタがぽつりと言った。

一良が顔を向けると、バレッタは少しうつむいていて、一良の様子をうかがうような視線を向けてきていた。

「そうですね、この世界においては革新的とかいう次元の話じゃないんで……兵士たちに使わせる以上、もし火薬の材料がバレて他国が火薬を使うようになったらえらいことに……って」

そこまで言って、一良は肝心なことを忘れていたことに気が付いた。

火薬火薬と言っているが、そもそも火薬が手元にないのだ。

日本で花火を大量に購入してきて、ほぐして火薬を取り出すといったことならばできるかもしれないが、そんなに大量の花火を購入していたら警察を呼ばれかねない。

第一、今は春であり、花火のシーズンですらない。

材料を調達するにしても、硫黄はいいにしても硝石が手に入らないだろう。

「えっと、火薬なんですが、ちょっと日本では大量には手に入りにくくてですね。自作するにしても材料が……」

「村に、黒色火薬が樽であります」

「ええ……」

即座に答えたバレッタに、一良が若干引いた声を漏らす。

「な、何ですでに火薬があるんですか。材料はどうし……ていうか、火薬の調合方法なんてよく知ってましたね」

「調合方法は歴史の参考書におおまかに載っていたので、調合と燃焼実験を繰り返して割合を出しました。材料は、以前カズラさんに持ってきてもらった硫黄粉末と、山で見つけた硝石を使いました」

「……え、硝石を山で?」

困惑顔の一良に、バレッタが頷く。

「はい。鉄鉱脈がある場所の近くに廃坑があって、そこから採掘しました。何十年も蝙蝠の糞が堆積したものが結晶化して、硝石になっていたみたいです」

半年以上前、バレッタはロズルーとともに山の廃坑を覗いた際に、坑道に堆積している白い結晶、硝石を発見した。

後日改めて訪れて調べてみたところ、糞の堆積量から、廃坑内にはかなりの硝石が埋蔵されていることが分かった。

バレッタはそれを少しずつ採取し、鉄鉱石と一緒に村へと輸送していたのだ。

採取の際には蝙蝠の糞が塵になって吸い込むと危険だったが、モルタルを調合する際に石灰を吸い込まないようにと一良が用意してくれた防塵マスクがとても役に立った。

とはいっても、洞窟内はアンモニア臭でとんでもなく臭いうえに虫だらけで、さしものバレッタも奥までは入れなかった。

ちなみにだが、硝石や火薬について、バレッタは村の誰にも話していない。

「そんな場所があったんですか……あ、もしかして、前に用意したシリコンチューブとかガラス瓶って」

「はい。硝石を精製するのに使いました。元々はハーブや山で採った薬草から精油を作るのに使っていたんですけど、それが流用できました」

「そうだったんですか……」

図面を見ながら、一良が唸る。

火薬を使った兵器さえあれば、防壁はもとより敵の軍団も粉砕できるだろう。

火薬の情報が流出して他国で模倣されたらとんでもないことになるが、今は国が滅ぼされるかどうかの瀬戸際だ。

「できれば火薬は使いたくはないですが、砦を攻略するのには必要ですね。やりましょう」

「……分かりました。ハンドキャノンもカノン砲も、両方作りますか?」

「今からでどれだけ作ることができるか分かりませんが、両方作りましょう。ただ、火薬の情報が流出したら大変なことになるので、運用するにあたって人を選ばないと」

「なら、村の皆に協力してもらいましょう」

「えっ!?」

今まで考えもしなかった提案に、一良がぎょっとする。

「い、いや、さすがにそれは……」

「でも、絶対に信用できる人たちとなると……それに、ジルコニア様の救出にも、きっと皆の力が必要になります」

「……」

バレッタの言葉に、一良が口を閉ざす。

確かに、何よりも一良の指示を第一に動いてくれる者たちとなると、確かに彼らをおいて他にはいないだろう。

必要となる人数の点からいっても、他に選択肢はない。

「もちろん、強制なんてしません。私が一人一人、聞いて回ります。それでもし、誰か一人でも嫌だという人がいたら、その時は別の手を考えましょう」

一良の思考を読んでいるかの如く、バレッタが静かな声で言う。

「……いや、こんな状況だし、そうも言っていられません。どうしても、と俺が頼んでみます」

正直、これだけはやりたくなかったが、今はどうしても彼らの力が必要だ。

たとえ後々恨まれることになろうとも、やらなければならない。

「いえ、やっぱり、私が皆に聞いて回ります。皆の意見を聞いてから、どうするかは判断しませんか?」

「バレッタさん……」

「大丈夫ですよ。もし村の人たちが協力してくれなかったとしても、必ず私が何とかしてみせますから」

にっこりと微笑むバレッタ。

一良は困ったように、苦笑した。

「バレッタさん、そんなに気を遣わないでください。俺が……いや、違うか」

「え?」

「バレッタさん、俺と一緒に、皆にお願いしに行ってください。自分一人が何とかする、というのは、もう無しです」

「……はい。そうですね」

バレッタは図面に目を落とし、描かれているそれを手でなぞった。

バレッタの予想では、自分たちの頼みを断る村人は誰一人としていないだろう。

「バレッタさん?」

その雰囲気に違和感を感じ、一良が声をかける。

「いえ、何でもありません」

バレッタは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。

「そうですか? 何か気になることがあるなら、ちゃんと話してくださいね?」

「はい。もちろんです」

「本当かなぁ」

「本当です。隠しごとなんてしません。カズラさんのこと、心から信じてますから」

真っ直ぐ目を見て言われてしまい、一良が少し顔を赤くした。

「じゃ、じゃあ、今日はもう休みましょうか」

「はい」

二人連れだって、部屋を出る。

すると、扉の脇にうずくまっている人影があった。

膝を抱え、長い髪を垂らして顔を伏せている。

寝間着姿のリーゼのようだ。

「……リーゼか? 何してるんだ、そんなところで」

一良が声をかけると、リーゼが顔を上げた。

目が半分閉じており、頭がふらふらしている。

「……すんごく眠いの」

「いや、それなら自分の部屋に戻って寝ればいいんじゃないかな……」

「うん、そうする……」

そうしてふらつきながらも、立ち上がる。

だが、またすぐにしゃがみ込んでしまった。

「無理……眠くて動けない……」

「ええ……仕方のないやつだな」

一良はリーゼに歩み寄ると、背中を向けてしゃがんだ。

「ほら、部屋までおぶっていってやるから」

「うん」

一良の首に手を回し、リーゼがおぶさる。

「バレッタさん、悪いんですけど付き合って……ん? えっ、もしかして……」

「ね、寝てますね……」

すやすやと寝息を立て始めたリーゼに、バレッタが苦笑する。

やれやれ、といったふうに、2人はリーゼの部屋へと向かうのだった。