軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

164話:英雄の丘

その頃、南門の前の広場では、一良たちが喧騒の真っ只中にいた。

あちこちから荷馬車が集められ、必要最低限の水や食料とともに女子供が次々に荷台へと載せられていく。

この場にはすでに、2000を超える市民が集まっていた。

あちこちから恐怖に駆られた女性の声が響き、子供や赤ん坊の泣き声も聞こえてくる。

「準備が整い次第、すぐに脱出します! 女性と子供は荷馬車に乗ってください!」

「カズラ様!」

集まった市民たちに一良が叫んでいると、人々をかき分けてハベルとマリーが駆けつけてきた。

2人とも私服姿だ。

「2人とも! よかった、姿が見えないからどこにいるのかと……」

「ご心配おかけして、申し訳ございません。夜明け前から川へ釣りに出かけていて……それより、バルベールが攻めてきたというのは本当なのですか?」

ほっとした様子の一良に、ハベルは真剣な表情で問いかける。

「はい。北の防壁に突然攻撃を仕掛けてきました。防壁が破壊されて敵が攻め込んでくる前に、急いで脱出しなければ」

「防壁を破壊……ですか?」

ハベルは一瞬怪訝な顔をしたが、理由を問いただすような真似はせず、すぐに頷いた。

「かしこまりました。今すぐ脱出するのですか?」

「いえ、まだリーゼやナルソンさんたちが来てなくて……脱出するのは皆がそろってからです」

ハベルは頷くと、マリーに振り返った。

「マリー、ここでカズラ様のお手伝いをしろ。俺はラタと装備を取ってくる」

「はい!」

「絶対に皆の傍を離れるんじゃないぞ。必ずカズラ様の目の届くところにいるんだ」

「はい、大丈夫です!」

「マリーちゃん、こっち手伝って!」

「はいっ!」

荷馬車で荷物の積み込みをしているエイラに呼ばれ、マリーがそちらへと駆けていく。

それを見届けてハベルがその場を去ろうとした時。

周囲にいた市民のなかから、数人の若い男が一良たちの下へと詰め寄ってきた。

「おい! 脱出するってどういうことだ!? おめおめと、砦を明け渡すつもりかッ!!」

「なぜ武器を取って戦わないんだ!? 俺たちがどんな想いでこの砦を造ったと思ってやがるッ!」

彼らは酷く興奮した様子で、一良に向かって怒声を上げた。

さっと、ハベルが一良の前に立ちふさがる。

不穏な空気に、荷物の積み込みを手伝っていたバレッタが一良の隣に駆け寄った。

「貴様ら下がれッ! 黙って命令に従え!」

「うるせえ! てめえに言ってねえよ!」

ハベルが威嚇するように言うが、彼らは歯牙にもかけないといった様子でわめきたてる。

「敵は防壁を破壊する兵器を使ってきているんです。防壁が壊されれば、砦を守ることは不可能です。敵が雪崩れ込んでくる前に、急いで脱出しなければなりません」

詰め寄る彼らを落ち着かせようと、一良はハベルの後ろから努めてゆっくりとした口調で諫める。

「ふざけるな! はなから諦めてどうするんだ!」

「敵の数は圧倒的です。勝ち目のない戦いをするわけにはいきません。守備隊が敵を足止めしている間に、皆で少しでも遠くに逃げるんです!」

「ッ! この腑抜け野郎がッ!」

激高した若い男が、一良に迫ろうと行く手を阻むハベルを突き飛ばした。

ハベルは勢いよく押されてたたらを踏んだが、何とか踏みとどまると男を突き飛ばし返した。

騒いでいた市民たちはそれを見てさらに興奮して抗議の声を上げ、突き飛ばされた男はハベルに殴りかかった。

ハベルは一歩も引かずに、素手で応戦しながら一良を守る。

「カズラ様、お下がりください!」

少し離れた場所で市民を誘導していた数人の護衛兵が、騒ぎに気づいて慌てて駆け寄ってくる。

だが、別の男がハベルの脇をすり抜け、一良へと迫ってきた。

「おい! 脱出命令なんて撤回しろ!」

「落ち着いてください! 今戦っても勝ち目はありません! お願いですから、指示に従ってください!」

「ここを奪われたらこの国はおしまいだろうが! 命令を撤回しないとぶっ殺すぞ!」

「できません! ここで我々が争って何になるっていうんですか!」

「このっ……!」

男が一良の胸倉を掴もうと、手を伸ばす。

だが、バレッタはさっと2人の間に割り込むと、男の手首を掴んで勢いよく捻り上げた。

「いてえっ! な、なにしやがるッ!」

「カズラさん、下がってください!」

「バ、バレッタさん!」

「カズラ様、我らの後ろに!」

護衛兵たちが駆けつけると、バレッタは手を離して一良とともに彼らの後ろへと下がった。

ハベルも何とかその場を切り抜け、一良の下へと逃げ込む。

それを見ていた他の市民たちが、口々に非難の声を上げながら2人に詰め寄ろうとする。

護衛兵たちは盾を構え、押し寄る市民から一良たちを守るようにして彼らに相対した。

「貴様ら、軍に歯向かうつもりか! 下がれ!」

「うるせえ! 邪魔するな!」

若い男が罵声を上げながら、両手で護衛兵の盾を突き飛ばすようにして突っかかる。

それを受け、護衛兵は彼に前蹴りを食らわして突き飛ばした。

市民たちはさらに激高し、今にも殴り掛からんばかりに護衛兵に詰め寄る。

「何が命令だ! この砦を奪われてもいいってのか!? 逃げ出すなんて問題外だろうが!」

「それを判断するのは貴様らではない! 黙って従え!」

「従えだと!? 家族を守るために造った砦を敵にくれてやるような命令に従えるかよ!」

まさに一触即発、といった状況に一良が青ざめていた時。

それまでの喧騒とは違ったざわめきが、市民の集団の後方で起こった。

「皆さん、落ち着いてください! 私の話を聞いて!」

差し込まれた鋭い声に、皆が一斉に振り返る。

「リーゼ様……」

「リーゼ様だ……」

それまで喧騒に包まれていた広場から、まるで波が引くように音が消えていく。

リーゼを背にラタを操るアイザックは、一良たちが見える位置まで来るとラタの足を止めた。

「あなた!」

「父ちゃん!」

リーゼたちから少し遅れてやってきたコーネルに、コルツたちが荷馬車から飛び出して駆け寄った。

リーゼはラタに乗ったまま、市民たちに向き合う。

「もうすぐ敵の大軍が防壁を突破し、砦の中になだれ込んできます! 逃げることに納得できないかたもいるでしょう! 砦を守ろうとしない私たちを腰抜けと思うかたもいるでしょう! ですが、我々はここで倒れるわけにはいかないんです! 今は 堪(こら) えて、どうか私と一緒に逃げてください!」

リーゼの叫ぶような言葉に、広場が一瞬静まり返る。

だがすぐに、市民たちの間に再びざわめきが広がり始めた。

「で、ですが、そんなことでは死んでいった戦友たちに顔向けができません! 奴らに屈しろとおっしゃるのですか!?」

群衆のなかの1人が声を上げる。

「そうだ! 逃げずに戦うべきだ!」

「皆で立ち向かえば、奴らを退けることだってできるはずだ! この砦を奪われてたまるかよ!」

その言葉に賛同した声が、あちこちから上がる。

それは大きなうねりとなって、あっという間に広場は喧騒に包まれた。

「いけません! 今は退いてください! 砦は必ず奪還すると、この命にかけて誓います! だから――」

「みんな、行こうッ! 砦を守るんだ!」

「「「オオーッ!!」」」

1人の若者が上げた声を皮切りに、幾人もの市民たちが北の防壁へと向かって駆けだした。

「お、おい、待て! 行くんじゃない!!」

「皆さん、彼女の指示に従って! 待ってください!」

護衛兵と一良は慌ててそれを止めようとするが、走り出した市民たちはその声にまったく耳を傾けようとはしない。

リーゼも何度か制止の声を上げたが、彼らが止まらないのを見てやがて諦めたかのように言葉を止めた。

広場を去ってしまったのは、そのほとんどが若い男たちだ。

人数にして、300~400人はいただろう。

広場に集まっていた6分の1ほどもの人々が、命令を無視してこの場を去ってしまった。

リーゼはひらりとラタから飛び降り、一良の下へと歩を進める。

残った人々は、皆が不安そうな視線をリーゼに向けながら道を開けた。

リーゼは一良の前まで来ると、硬い表情で彼を見上げた。

「……残った人たちを連れて脱出するわ。斥候は戻ってきた?」

「あ、ああ。近くにバルベール軍の兵士はいないらしい」

今まで見たことのない彼女の表情に、一良はたじろぎながらも答える。

リーゼは無理やり感情を押し殺しているかのように、ぐっと歯を食いしばっている。

「そう。武器は用意できてる?」

「そこの荷馬車に積めるだけ積んである」

「なら、従軍経験のある市民にそれを配って。武器を持たせたら、門の前に集合させて。後の指示は私が出すわ。アイザック様!」

「はっ!」

待機していたアイザックが、リーゼの呼びかけに大声で返事をする。

「お父様がまだ来ていません。宿舎まで戻って連れてきてください」

「ジルコニア様のことはいかがなさいますか?」

「……後から来るという言葉を信じます。お父様が合流し次第、すぐに脱出します」

その時、市民の中から悲鳴が上がった。

何事かと皆がそちらに目を向ける。

悲鳴を上げた市民は、砦の中心を指差していた。

「火を……放ったのか……」

目に飛び込んできた光景に、一良がつぶやく。

建物が密集している砦の中心部から、黒々とした煙が幾筋も立ち上っていた。

北の防壁付近からも、2筋の太い黒煙が空へと延びている。

「お、お母様……」

リーゼが動揺した声を漏らす。

同時に、アイザックは宿舎へと駆け出した。

「ナルソン様!」

宿舎前の広場へと戻ってきたアイザックは、ナルソンの姿を見つけて駆け寄った。

ナルソンは兵士に手伝われてラタに跨ったところで、数十人の護衛兵と一緒だ。

「急ぎ、南門へ来てください! 敵が侵入してくる前に脱出いたします!」

「うむ。リーゼたちはもういるのか?」

「はい、市民をまとめながらナルソン様をお待ちしております」

「ジルも一緒か?」

「いえ……北の防壁で別れた時に、後から行くとはおっしゃっていたのですが」

「やはり防壁へ向かっていたか……。よし、ジルを迎えに行くぞ。アイザック、付いてこい」

ナルソンがラタの腹を蹴り、勢いよく駆け出していく。

「えっ!? ナルソン様、お待ちください!」

南門とは反対方向へと駆け出したナルソンに、アイザックが慌てて追いすがる。

「ナルソン様、いけません! お戻りください!」

「いけない? 何故だ?」

「危険です! 北は戦場になっているのですよ!?」

アイザックが言うと、ナルソンはアイザックに横目を向けて少し笑って見せた。

「だから行くんだろうが。あいつのことだ、迎えに行かねば、恐らく戻ってはこないだろう」

「で、ですが!」

「彼女はこの国の旗印だ。こんなところで失うわけにはいかん。それに――」

そう言って、ナルソンは再び前方に目を向けた。

「かりそめとはいえ、私はあいつの夫だからな。妻を迎えに行くのは、夫である私の役目だ」

「ナルソン様……」

「急ぐぞ」

ナルソンがラタの腹を蹴り、足を速める。

アイザックは口をつぐみ、彼の後を追った。