軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

142話:冬のお祭り

一方その頃。

人びとで賑わう街なかの大通りを、一良はバレッタと並んで歩いていた。

街でもお祭りが開かれているという話を知った一良がバレッタを誘い、屋敷を抜け出して見物にやってきたのだ。

「賑やかだなあ。これが一晩中続くのか」

もう夜だというのに通りのほぼすべての商店は開いており、そのどれもがたくさんのお客でごった返している。

染みるような冬の寒さに人びとは白い息を吐きながらも、その表情はどれも明るく楽しげだ。

今年の最後の日と翌年の最初の1日を盛大に祝って大騒ぎする、というのが市民のお祭りの趣旨である。

「すごいですよね。こんなに大きなお祭り初めてです」

一良の隣を寄り添うようにして歩きながら、バレッタはきょろきょろと周囲に視線を巡らせている。

2人とも屋敷から拝借してきた厚手の外套を身に纏い、首にはマフラーを巻いている。

「そういえば、前にグリセア村のお祭りの話をちょろっと聞いたことがありましたけど、村でも年越しのお祭りってやるんですか?」

「村のお祭りは秋の終わりに行われる収穫祭だけですね。こういった年越しのお祭りはないですよ」

「へえ、そうなんですか。てことは1、2カ月前に村に行けばお祭りに参加できたんですね。見てみたかったなぁ」

「あ、今年はお祭りはなかったですよ。カズラさんがいないならやっても仕方がないって話になって、また村にカズラさんが戻ってくる日がきたら盛大にやろうってことになったんです」

「え? 俺のせいで中止になっちゃったんですか? 別に気にしないでいいのに……」

「えっと、収穫祭ってグレイシオール様に収穫の感謝を捧げることが目的なんです。なので、祭る対象が不在なのにお祭りをするのって何か違うよねって話になっちゃって」

「そ、そうですか」

そんな話をしながら、大通りを抜けて高級商業区画へとやってきた。

円形状の広場の中心には数百本はあろうかというかがり火が並べられていて、広場全体を明るく照らしていた。

その周囲にはテーブルと椅子が並べられており、その席ではたくさんの人びとが寒さをものともせずにわいわいと飲み食いしている。

屋台もかなり出ているようで、多くの人びとが群がっていた。

シチューやスープなどの、暖かい料理の屋台に人気が集中しているようだ。

串に刺さった熱々の芋団子や、細長い揚げパン(すり潰した果物を甘く煮詰めたものがからめてある)といった、歩きながらでも食べられる料理の屋台もいくつか出ている。

「おお、すごい賑わいだな……てか、いくらなんでもかがり火多すぎじゃないですか? 配置も密集しすぎてて何か変だし」

「そうですよね。もっと分散して置けばいいのに」

2人は屋台の1つに並び、木のコップ(貸し出し)に入った暖かいミャギのミルクを購入した。

屋台の脇に移動して、コップに口をつけながら広場を見渡す。

「私、ミルクなんて初めて飲みます。すごく美味しいです」

ふうふう、と大事そうにミルクを飲みながら、バレッタは嬉しそうに微笑む。

「何かこう、ほっとする味ですよね。疲れきってる時とか、神経が高ぶって上手く寝付けない時とかに飲むとすんなり眠れたりするんで、会社に勤めてた時はよく飲んでましたよ」

「そんな効能もあるんですね。日本で飲めるミルクも、これと同じような味なんですか? 牛乳っていうんでしたっけ」

「似てはいますけど、ちょっと違いますね。もっとサラっとしてて、匂いも薄い感じというか」

初めて口にするミャギのミルクの味に、一良はどう形容したものかと首を傾げた。

少しだけ感じる獣臭は気になるものの、味はけっして悪くはない。

ほのかな甘みとまろやかな口当たりは、文句なしに美味いといえる。

「日本のミルクのほうが美味しいですか?」

「んー……味はこっちのほうが美味いかなあ。臭いが少し気になるから、これを何とかできればもっと美味しくなりそうだけど」

「そうなんですか! 今度臭いを消す方法を探してみますね!」

「あ、でも、確か家畜のミルクの臭いを消すのってなかなか難しかったと思いますよ。絞ったミルクをどうこうするんじゃなくて、育て方とか餌を何とかしないといけないはずです」

「えっ、そうなんですか。どうすればいいのかな……」

「今度日本で調べてきますね。同じ方法でいけるかは分からないですけど」

まったりと話しながらミルクを飲み、身体が温まったところで広場をぐるっと回ってみることにした。

服屋や装飾品店は年末セールをしているようで、店員が大声で呼び込みをしている。

「すごいですね……全品半額って、そんなことして大丈夫なのかな」

ある装飾品店の前を通りかかった時、呼び込みの声にバレッタが足を止めた。

一良も足を止めてそちらに目を向けると、そこは以前リーゼと入った小物屋だった。

「ちょっと覗いてみます?」

「んー、じゃあ、ちょっとだけ」

2人して店内に入ると、中では数組のカップルが棚に陳列された商品を眺めていた。

皆が小奇麗な服装をしており、一見して富裕層だと見て取れる。

それぞれの客に店員がひっついており、ここぞとばかりにカップルの女に味方したり男をおだてたりして売込みをかけていた。

「いらっしゃいませ! お兄さん、彼女さんにプレゼントですか?」

2人で商品を眺めていると、店員の1人が声をかけてきた。

「ええ、何かいいものがあればと思って。ちょっと見せてもらいますね」

「はい! 今日はほぼ全品割引価格の出血大サービスとなっております! 気になることがありましたら何なりとご相談くださいませ!」

「はい。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて慌しく別のお客の下へ向かう店員を見送り、一良は棚に目を向けた。

店の入口側に置かれている銅製のアクセサリーはすべて半額になっており、一部の銀細工は2割引になっていた。

「全品半額って、銅製品が全品半額ってことか。上手い呼び込みの仕方……バレッタさん?」

「は、はいっ!」

何やら視線を感じて一良が隣を見やると、赤い顔をしたバレッタが素っ頓狂な声を上げた。

「見ないんですか?」

「み、見ます! うわー、これかわいいですねー!」

「それ、値札に乗ってるペーパーウェイトですよ」

「う……カズラさん意地悪です……」

「何で!?」

そんなやり取りをしながら、2人して棚の商品を見て回る。

あれやこれやと手に取りながら見ていると、バレッタがその中の1つを手に取った。

一良にとっては見覚えのある、花をかたどった銅のペンダントだ。

「お、それですか。やっぱりかわいいですよね」

「あ、カズラさんもそう思います?」

「ええ、前に見た時もかわいいなって思ったんですよ」

「……前に見た時?」

「店員さん、これください」

急に真顔になって問いかけてくるバレッタから顔をそらし、近場にいた先ほどとは違う若い女の店員を呼び寄せて代金を支払う。

そしてすぐさま、一良はペンダントをバレッタに差し出した。

「はい! どうぞ!」

「えっ!? あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」

バレッタはペンダントを受け取り、それと一良を交互に見やる。

その様子を見ていた店員はバレッタの仕草に何かを感じたのか、ニヤニヤしながら口を開いた。

「お兄さん、こういう時はお兄さんが首に掛けてあげないと」

「あ、そうですね! そうします!」

一良は即座にバレッタの首に手を回し、革紐をかけようとする。

だが、慌てているせいで上手くいかず、なかなか金具を引っ掛けることができない。

「ほら、離れすぎてるから上手くいかないんですよ。もっと引っ付かないと」

店員はそう言うと、一良の背を押してバレッタと密着させた。

傍から見ると完全に抱きついているような格好だ。

「ちょ、店員さん押し過ぎですよ! 近すぎて逆にやりにくいですって!」

「あら、ごめんなさい」

「すみません、バレッタさん。すぐに終わりますから」

「は、はいぃ」

顔を赤くして硬直しているバレッタに、店員はビシッ! と親指を立てた。

「やれやれ、焦ると上手くいかないものですね。あんなに時間がかかるとは」

小物屋を出て広場を歩きながら、疲れた表情で一良が言う。

バレッタは顔を赤くしたまま、ぽーっとした表情でその隣をひょこひょこと歩いていた。

外套の下には、今しがた一良に付けてもらった銅のペンダントが揺れている。

「どこか暖かい店に入って少し休みますか。ずっと歩きっぱなしですもんね」

「はい……そうですね……」

「そこのお店とかどうかな。座れるといいんだけど」

「はい……そうですね……」

「あの、バレッタさん?」

「はい……そうですね……」

「よし、ここ入ろう」

一良はバレッタの手を引き、飲食店の扉に手をかけた。

ギイっと木の扉を開けて中に入ると、喧騒とともにむっとするような熱気が押し寄せてきた。

大賑わいの店内を進み、カウンター越しに年配の男の店員に声をかける。

「すみません、2人入れますか?」

「悪いね、今満席なんだよ。料理持ち出しで外のテーブルで食べるってのならできるが、どうする?」

「いや、外はちょっと寒くて。ほか探しますね」

「あ、ちょっと待った。おおい、そこの壁際の家族連れの旦那!」

一良たちが諦めて外に出ようとすると、店員は壁際に座っている男性客に声をかけた。

その客は家族連れのようで、妻と思われる小柄な若い女と、4人の幼子が一緒の席に着いている。

「ん、俺か?」

「ああ、そうだ。悪いんだが、少し詰めてこの2人を相席させてやってくれないか? 代金1割引にするからさ」

「マジか! もちろん構わねえぞ! ほら、リーネは父ちゃんの膝の上な。ロンは母ちゃんの膝の上だ」

「うん!」

「やったー!」

「えっ? でも悪いですよ。ほか探すんでおかまいなく」

子供を抱えて膝に乗せようとする男に、一良は慌てて声をかける。

「いいっていいって! 皆で食ったほうが楽しいしな。値引きもしてもらえるんだし遠慮すんな!」

男が言うと、対面に座る若い女が一良ににっこりと微笑んだ。

長いウェーブのかかった金髪とぱっちりとした瞳が印象的な、人懐っこそうな笑顔の人物だ。

「どうぞ、お2人ともお気になさらず。ご迷惑でなければ、ですが」

「あ、いや、迷惑だなんてとんでもないです。じゃあ、失礼します」

男たちの言葉に甘え、2人は向かい合うかたちで席に着いた。

テーブルの上にはまだ料理が載っておらず、男たちも店に入ったばかりのようだ。

「ルルーナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「ロローナと申します。よろしくお願いいたします」

両親の隣に座っている、7、8歳ほどに見える女の子たちが、ぺこりと頭を下げる。

一良と男の間に座っているのがルルーナ、バレッタと女の間がロローナだ。

「あ、どうも。カズラと申します」

「バレッタです。よろしくお願いします」

つられて一良たちも頭を下げると、彼女たちはかわいらしく微笑んだ。

2人とも、子供ながらどことなく気品ある雰囲気を漂わせている。

2人の顔はそっくりで、どうやら双子の姉妹のようだった。

両親の膝の上にいる4、5歳に見える子供たちは年子のようで、父親の膝の上には女の子、母親の膝の上には男の子が座っている。

女の子は父親似で、男の子は母親似だ。

おそらく、女の子のほうが1つ年上だろう。

「おおい! こっちにミルク2つ追加だ! あと、何か適当に大皿料理を頼む!」

父親の男は大声で店員に注文すると、「あ!」と声を漏らして一良を見た。

「すまん、つい、いつもの癖で勝手にミルク頼んじまった。酒のほうがよかったか?」

「いえ、大丈夫です。ミルク好きですから」

「おお、そうか。お嬢ちゃんもすまねえな。ミルクは奢りだから勘弁してくれ」

「あ、大丈夫ですよ。それに私、 下戸(げこ) なんでお酒は飲めないんです」

2人がそう言うと、男はそうかそうかと笑顔を見せた。

「ところで、あんたらはこの街に住んでるのか?」

「ええ。といっても、まだ住み始めて半年くらいですけど。彼女は1ヶ月前くらいに越してきましたね」

「そうなのか。この街の住み心地はどうだ?」

「いいところだと思いますよ。治安もそこそこいいみたいだし、食べ物も美味しいし」

「確かに治安はいいみたいだな。でも、食い物はあれだな、どうにも当たり外れが多いように思えてよ」

「えっ、そうですか?」

「おうよ。何といっても子供の舌に合わせた料理を置いてる店が少なすぎる。味が濃すぎたり雑な店の多いことったらねえぞ。王都じゃ下町の店ですら……」

「そういうことを大きな声で言わないの。場所を考えなよ」

「わ、わりい。うっかりしてた」

妻の一声で、男はしおれるように小声になった。

この夫婦、完全に妻が夫を尻に敷いているようだ。

「私たち、王都から旅行に来たばかりなんです」

「そうだったんですか。このお祭りが目当てで、ですか?」

一良が問うと、男の妻は「はい」、とにっこり微笑んだ。

「今年はイステール領が貴族の宴の主催をすると聞いたので、せっかくなら一番盛大にお祭りをしている街で新年を迎えたいと思いまして」

「へえ。宴を主催する領主の街だと、盛り上がりかたが違うものなんですか? 私、このお祭り初めてなんですよ」

「国中から有力者がやってきますから、街は活気付きますね。そのかたがたが連れてくる供の者は領主の屋敷ではなく街に宿泊しますし、主人が宴の最中は自由時間ですから、みんな街で遊びまわるんです」

「あ、なるほど。団体旅行客が押し寄せてくるってことですか」

「はい。しかも貴族たちは他の貴族に見栄を張って供の者にたくさん小遣いを渡して『全部使い切ってこい』って言うのが常なので、お店の人たちも気合が違うみたいですよ」

「へええ。初めて知りましたよ。物知りなんですね。ええと……」

一良がそう言うと、彼女ははっとした顔になった。

「あ、失礼しました! 私は、えっと……ティナと申します」

「俺はルグロだ。よろしくな!」

「ちょっ、ああ、もう……」

にかっと笑って名乗る男に、ティナはげんなりした様子でため息をついている。

その後、小一時間ほど4人は談笑しながら食事をとり、子供がぐずり始めたので店を出ることにした。

結局、代金は割り勘ということにした。

「うお、こりゃ寒いなんてもんじゃねえな。そろそろ雪でも降りそうだぞ」

店内の暖かさから一転して冷たい空気を顔に受け、ルグロはぶるっと身を震わせた。

「とうさま、だっこ!」

「わたしもー!」

「ん、よしよし。2人ともちゃんと掴まっとけよ。そうれっ!」

「わー!」

「きゃー!」

ルグロは下の子2人を抱え上げ、その場でぐるぐると回り始めた。

子供たちは彼の首に両手でしがみ付き、悲鳴を上げながらもおおはしゃぎだ。

「いいお父さんですねえ」

「ふふ、半分子供みたいなものですけどね」

双子の娘と両手を繋ぎ、ティナは少し照れくさそうに笑う。

「あの、ティナさん」

「ん、なあに?」

バレッタに呼ばれ、ティナが振り向く。

「あそこに置いてあるかがり火って、何であんなに集まって置いてあるのか知りませんか?」

その言葉に、3人は広場の中心に目を向けた。

広場ではあいかわらず、たくさんのかがり火を囲むようにして置かれたテーブルで人びとが大騒ぎしている。

「あれは1つ1つが翌年の1日を表しているの。『新しい年もこのかがり火のように明るい日々が過ごせますように』、って意味があるのよ」

「新年も明るく、ですか」

「なかなか洒落た意味合いですねぇ」

納得したように、バレッタと一良が頷く。

「でも、これって昔からある風習ってわけじゃないらしいですよ。あちこちの商業区画で人を集めるためにかがり火を置いてたら、それがいつのまにか区画ごとに明るさと盛大さを競い合うようにどんどんかがり火を増やすようになっちゃったんですって。それで、際限がないからって皆で話し合って、全部の区画が1年の日数分のかがり火を置くことで落ち着いたとか」

「へえ。てことは、新年も明るく過ごせるようにってのは後付けですか」

「そうみたいですね。風習ってこうやってできるんだなって、初めて聞いた時はちょっと驚きました」

「お母様……」

「眠いです……」

そんな話をしていると、双子がティナの手を引っ張った。

「あ、ごめんね。もう帰ろうね」

ティナは2人に微笑むと、ルグロを呼び寄せた。

「では、失礼しますね。お二人とも、楽しい時間をありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。楽しかったです」

「またな! 王都に来る機会があったら、そこらの店で俺の知り合いだって言って呼び出してくれ。下町だろうが中心街だろうが、大抵どの店でも顔は利くからよ。また一緒に飯でも食おうぜ」

「分かりました。その時はぜひ」

ルグロたちは2人に手を振ると、広場に停まっていた馬車をつかまえてどこかへと去って行った。

「さて、俺たちもそろそろ戻りますか。あんまり遅いと抜け出したことがばれちゃいそうだし」

「そうですね……あ」

その時、空から小さな雪粒が、はらはらと舞い降りてきた。

一良は空を見上げ、「おー」と口を半開きにして声を漏らす。

「ついに降ってきたか。こんだけ寒けりゃ当然か」

空を見上げている一良の袖を、バレッタがくいっと引っ張った。

「ん?」

「あの……」

そう言いかけ、広場に停まっている馬車と帰りの大通りをちらりと見て、再び一良に目を向ける。

そんなバレッタに、一良はふっと微笑んだ。

「来た時みたいに、歩いて帰りましょうか。のんびり、その辺を見て歩きながら」

そう言って差し出された手を、バレッタは嬉しそうに握るのだった。