軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

132話:今は、まだ

「う……」

身体に鈍い痛みを感じ、一良は目を醒ました。

視界はぼんやりと薄暗く、見覚えのある天井が目に入る。

どうやら横になっているようで、腹の上に少し重みを感じた。

全身が、特に頭と右肩が酷く痛む。

「よかった、気が付きましたか」

そのままぼうっと天井を見ていると、頭の上から声をかけられた。

ほっとしたように微笑むジルコニアと目が合い、ようやく自分がバリン邸の自室で布団に寝かされていることに気が付いた。

「あれ、ジルコニアさん……俺、どうしっ、いてて……」

「あっ、まだ横になっていてください。急に動くと傷が痛みますよ」

ジルコニアはそう言うと、一良の頭に優しく手を添えた。

側頭部にはガーゼが当てられており、メディカルテープで固定されていた。

一良はぼんやりしたまま、そんな彼女をぼうっと見つめる。

「そっか、確か小屋が崩れて……そ、そうだ、バレッタさんは!?」

「……カズラ?」

一良が身を起こそうとすると、腹の方から声が聞こえた。

そちらへと目を向けると、一良の腹にかかった布団に突っ伏すようにしているリーゼと目が合った。

その目は真っ赤に腫れており、頬には涙が流れた跡が残っている。

「カズラッ!」

リーゼはそう叫び、一良に抱きついた。

「いだだっ! リーゼ、痛いって! 肩が! 頭が!」

「うえええん!」

「あらあら」

痛みに悶絶する一良に構わず、リーゼは泣きじゃくりながら一良にしがみついている。

すると、居間からどたどたと駆け寄る音が響き、バレッタが部屋に飛び込んできた。

手には何かが入った小袋を持っている。

「カズラさんっ!」

「バレッタさん! よかった、無事だっ……いだだ!? リーゼ! 離れてマジで!」

「やだあああ!」

「ほら、カズラさんが痛がってるから離れなさい。また気絶しちゃったら大変よ?」

ジルコニアはリーゼの肩を掴むと、ゆっくりと一良から離れさせた。

その様子を見ながら、バレッタはほっとしたような表情で一良の枕元に腰を下ろした。

少々顔がやつれているが、見たところ特に外傷もなく、元気そうだ。

「バレッタさん、大丈夫でしたか? 怪我はないですか?」

「はい、カズラさんが庇ってくれたおかげで……でも、そのせいでカズラさんが……本当にごめんなさい」

そう言うと、バレッタは涙目でうつむいた。

「いや、バレッタさんは何も悪くないですよ。他の娘たちは大丈夫だったんですか?」

「何人か軽い怪我はしましたけど、屋根がほとんど藁だったせいかかすり傷程度です。でも、カズラさんには落ちてきた柱が当たってしまったみたいで……」

「うお、マジですか。それでこの程度の怪我で済んだなら儲けものですね」

「バレッタ、それこっちに貸して」

ジルコニアはバレッタから小袋を受け取ると、中から針と糸を取り出した。

「カズラさん、ゆっくり起きれますか?」

「あ、はい。いてて……」

ジルコニアに手を貸してもらいながら、ゆっくりと身を起こす。

肩が酷く痛むが、折れてはいないようだ。

「駐屯部隊には医者を同行させていないので、代わりに私が傷口を縫合しますね。そんなに大した傷じゃないんで、すぐに終わりますから」

「……えっ!? 縫うって、そんなに酷いんですか!?」

「酷くないですよ。少し切ってるだけです。1針で十分なくらいですから、安心してください」

「い、いえ、自分で何とかするんで大丈夫です。明日の朝にでもあっちの世界に戻るんで」

一良が答えると、ジルコニアは心配そうな表情になった。

「そうですか? 切ってからだいぶ時間が経っていますし、すぐに縫ったほうがいいと思いますけど……縫うのが遅くなると治りが遅くなりますし、痕に残ってしまいますよ?」

「う……バレッタさん、今何時ですか?」

「えっと……たぶん夜中の3時くらいです」

そう言われ、一良は日本の屋敷から最寄の総合病院までの距離を思い浮かべた。

おそらく車で1時間半くらいで着くだろうが、そうなると夜間緊急外来に行くことになる。

1針で済むような傷で夜間緊急外来に行ってもよいものだろうか、といった余計な考えが頭に浮かんでしまった。

ジルコニアもそう言っていることだし、どうせ1針で済むのなら大丈夫だろうと自分の中で結論付ける。

「その、ジルコニアさんは傷の縫合ってやったことあるんですか?」

「何度もありますよ。それくらいの傷なら朝飯前です」

「……じゃあ、やっぱりジルコニアさんにお願いします。1針で済むんですよね?」

「はい、すぐに済みますよ。7日もすれば抜糸できますから。では、こちらへ」

ジルコニアはそう言うと、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

ここに頭を置け、ということらしい。

「……」

「どうかしましたか?」

「い、いえ。失礼します」

思わぬ展開に少しドキドキしながらも、ジルコニアの太ももに頬をつける。

ジルコニアは一良の頭を押さえると、傷口を上に向けるために顔を少し下に向け直した。

「リーゼ、動かないように頭を押さえててくれる?」

「は、はい!」

「バレッタはカズラさんの身体に馬乗りになって。両手で肩を押さえつけて、腕には膝を乗せて床に押し付けてて」

「分かりました」

「えっ!? あの、大したことないんですよね!? すぐに済むんですよね!?」

その物騒な指示に思わず一良が声を上げると、ジルコニアは一良の頭を優しく撫でた。

「はい、すぐに済みます。ただ、頭の傷なので、針を入れる時は少しだけ痛いかもしれません。万が一暴れると危ないので、念のためです」

「ジルコニア様、これ消毒液です」

「ありがと。それじゃあ、始めましょうか」

ジルコニアは新しいガーゼに消毒液を染みこませ、傷口にそっと押し当てた。

「いてて!」

「少しだけ、我慢していてくださいね」

そう言い、針穴に糸を通して縛り付ける。

「縫いますね。歯を食いしばってください」

「えっ!? ちょ……あだだだ!!」

ブツリという感触が頭に伝わるとともに、とんでもない激痛が一良を襲った。

それまでジルコニアの膝枕で感じていたドキドキ感は遥か彼方へ消し飛び、痛みに悶絶して反射的に腕に力が入る。

その拍子にバレッタに押さえられている肩にまで激痛が走り、悶絶に拍車をかけた。

「カズラさん! 動いちゃダメです!」

「カズラ! 頑張って!」

「いだだだ!! マジで洒落になってないって!」

「糸を引きますよー」

「そ、そんな実況いらだだだ!?」

ズズズと糸が引っ張られ、更なる激痛が一良を襲う。

くりくりっとジルコニアは糸を結び、傷口の縫合は終了した。

拘束を解かれ、ジルコニアの膝に顔を乗せたまま脱力する。

「はい、お疲れ様でした。あっという間だったでしょう?」

「うう……少し痛いどころか死ぬほど痛かったです」

「ふふ、大げさですね。ガーゼを当てますね」

「いや、マジでですって……いてて」

息も絶え絶えの様子でぐったりしている一良の頭に、ジルコニアはガーゼを当てると手早く包帯を巻いた。

なおもぐったりしている一良の頭を、よしよしと撫でる。

「しばらくこのままでいましょうか?」

「あっ、す、すみません! すぐに退きます!」

「あら、遠慮しなくてもいいのに」

「お、お母様!」

「ふふ、冗談よ、冗談」

リーゼとバレッタに手を借りて起き上がり、改めて彼女たちに目を向ける。

皆私服のままで、風呂にも入らず看病をしてくれていたようだ。

「心配かけてすみませんでした。もう大丈夫ですから、皆さんもう休んでください」

「分かりました。何かあったら起こしてくださいね……2人とも、どうしたの?」

立ち上がったジルコニアが、動こうとしない2人に首を傾げる。

「私、今夜はカズラの傍にいます。バレッタも休んでいいよ」

「い、いえ、それなら私も……」

「さっきまで私は寝ちゃってたけど、あなたずっと起きてたんでしょ? 何かあったら起こすから、休みなよ」

「……はい」

リーゼの有無を言わさぬ口調に、バレッタはうなだれるように頷いた。

その様子に、一良が慌てて口を開く。

「いや、俺は本当に大丈夫だから、リーゼも寝とけよ。疲れた顔してるぞ」

「こんな状態じゃ眠れないもん」

「だとしても、横にはなっておけって」

「カズラ、お願い……」

「……」

今にも泣き出しそうな表情を向けられ、一良はジルコニアに目で助けを求めた。

ジルコニアは困り顔で、リーゼに目を向ける。

「リーゼ、カズラさんも疲れてるんだから……」

「……」

リーゼは答えず、無言で一良の服をぎゅっと掴んだ。

その様子に、ジルコニアはやれやれと息をつく。

「すみません、カズラさん。今夜は一緒にいてあげてくれませんか?」

そう言われてしまい、どうしたものかと一良はリーゼに目を向けた。

リーゼは涙目でうつむいたまま、指が白くなるほど強く一良の服を掴んでいる。

「……分かりました」

仕方がない、といったふうに一良は頷くと、リーゼは少し顔を上げた。

口はへの字になっており、今にもまた泣き出してしまいそうだ。

「それでは、私たちは休ませていただきますね。バレッタ、行きましょう」

「……」

「ほら、バレッタ」

「はい……」

ジルコニアに促され、バレッタは後ろ髪を引かれる様子ながらその後に続いた。

すっと引き戸が閉じられ、部屋に静寂が訪れる。

一良が視線を戸からリーゼに移すと、涙目で見つめてくるリーゼと目が合った。

その途端、リーゼが胸に飛び込んできた。

「ちょ、リーゼ……」

「うう、カズラ、カズラぁ……」

再びぼろぼろと泣き出してしまったリーゼに、一良は肩を掴もうと持ち上げかけた手を止めた。

リーゼは縋りつくようにして、一良の胸に顔を押し付けている。

「そんなに泣くなって。俺は大丈夫だから」

「だって、すごくたくさん血が出てたんだよ? ずっと目が覚めないし、もしカズラがこのまま死んじゃったらって……」

えぐえぐと泣きじゃくるリーゼの頭を、カズラはよしよしと撫でた。

これほどまでに心配してくれていたことに嬉しさを感じる半面、いつものリーゼからは想像もつかない態度に驚いていた。

「そう簡単に死にやしないって……あれ、この手どうしたんだ?」

リーゼの手のひらや指にいくつも包帯が巻かれていることに気づき、その手に触れる。

「小屋の瓦礫とかを除けてる時に……」

「……」

「家にいたら外からすごい音がして、叫び声がする方に皆で走って行ったら小屋が崩れてて……」

その時のことを思い出したのかリーゼが再び肩を震わせる。

「助け出された娘が、中にカズラがって……それでっ……」

「ごめんな。心配させて」

再びしゃくりあげながら泣き出してしまったリーゼをあやすように、背中をぽんぽんと撫でる。

そのまま泣き続けていたリーゼだったが、少しして泣き止むと顔を上げた。

「……1つ、聞いてもいい?」

「ん?」

「あそこで、何をしてたの?」

「な、何って……」

思わず口ごもる一良の目を、リーゼはじっと見つめる。

「私には、教えられないようなこと?」

「……いや」

涙に濡れた瞳で見つめてくるリーゼを見て、一良は首を振った。

「バレッタさんに、相談をしてたんだ。ジルコニアさんのことで」

「お母様のこと?」

意外そうな顔をするリーゼに、一良は頷く。

「昨日、リーゼが風呂に入っている時にさ、『この村の人たちが持っているような力を自分にも与えて欲しい』ってお願いされたんだ。それでどうしようか悩んでて、バレッタさんに相談したんだ」

「力って……そっか。あの娘がやたらと力があって素早かったのって、カズラのせいだったんだ」

「ん、何のことだ?」

「私、毎朝中庭で剣とか槍の訓練をしてるんだけど、一度だけあの娘に相手をしてもらったことがあるの。3ヶ月くらいしか経験がないって言ってたのにやたらと力あるし反射神経もすごかったから、おかしいなって思ってたんだ」

「そんなことがあったのか」

「うん、すごかったよ。殺されるかと思った」

「ちょ、ちょっと待て、いったいどんな訓練の仕方したんだよ」

「んー……ただの形の訓練」

「形の訓練でどうして殺されそうになるんだよ……」

「ふふ、どうしてだろうね?」

微妙な表情をする一良に、リーゼは笑って答える。

「……そっか。相談、してたんだ」

「ん?」

ぽつりとつぶやいたリーゼの顔を見ようとすると、リーゼはそれから逃れるように一良の胸に顔を摺り寄せた。

「……私にも、教えて欲しかったな」

「……ごめんな」

一良が謝ると、リーゼは一良の服を掴んでいる手に少し力を入れた。

「カズラはさ……」

「うん?」

「……ううん、やっぱりなんでもない」

「何だよ、気になるじゃんか」

「……ごめんなさい」

「い、いや、別にいいけど」

リーゼはそれきり、一良に抱きついたままじっと口を閉ざしてしまった。

再びしおらしくなってしまったリーゼをどう扱えばいいのか分からず、一良もじっと口を閉ざす。

「……朝まで、こうしていてもいい?」

しばらくして、リーゼがそんなことを言った。

顔は一良の胸に付けたままで、一良からその表情を窺うことはできない。

「いや、身体が痛くてずっとこの態勢は正直きつい。自分の布団で寝とけ」

そう一良が答えると、リーゼはくすっと笑った。

その様子に、一良も内心ほっとする。

少しだが、笑うくらいの元気は取り戻してくれたようだ。

「じゃあ、もう少しだけ。お願い」

「……ああ」

それきりどちらも口を開かず、結局リーゼはそのまま眠ってしまった。

起こして部屋に戻らせるのもためらわれたため、そのままリーゼは一良の布団に寝かせ、一良は壁にもたれて眠りについた。