作品タイトル不明
125話:先回り
2日後の朝。
アイザックとバレッタは、少数の鉱夫や護衛とともに鉄鉱脈がある河原に到着した。
バレッタは皆を岩壁の傍に集めると、採掘作業の説明を始める。
「この縞模様の岩壁すべてが鉄鉱脈です。河原に山積みになっている石にも鉄鉱石がかなり含まれているので、まずはこれらを回収するのがいいと思います」
落ちている鉄鉱石をいくつか拾い上げ、見本として鉱夫たちに手渡す。
彼らはそれを受け取って頷きながらも、先ほどから気になっているものにちらちらと視線を向けていた。
「集めた鉱石は 筏(いかだ) に載せて、川を下るのが手っ取り早いです。ここに来るまでにたどってきた川を使って、イステリアまで順次輸送してください」
「あの、バレッタさん、ちょっといいですか?」
「なんですか?」
早口で説明をするバレッタに、皆を代表してアイザックが口を挟む。
アイザックが目を向けた方向には、何本もの白灰色の煙が木々の上に延びるように立ち昇っていた。
煙の出所はそれほど離れてはいないようで、少し歩けばたどり着くことができるだろう。
「山の向こうに煙がいくつも上がっているようなんですが、あれは何ですか?」
「炭焼き窯から出る煙です。そういえば、炭も作らないといけなかったですね」
「もう窯が用意してあるんですか。いくつくらいあるんです?」
「全部で10基ですね。村で使っている炉には大量の木炭が必要になるので、常に炭を作り続けている状態です」
イステリアに向かう前、バレッタは鉄鉱石の収集や炭焼きなど、すべての作業をグリセア村の人びとに引き継いできていた。
河原をよく見てみると、筏用に切り出された材木の残骸や、調理に使ったであろう焚き火の跡がいくつか残っている。
「ということは、あそこにはグリセア村の人が常駐しているんですか?」
「ええ、数人交代で炭を焼いてもらっています。山のことで分からないことがあったり困ったことがあったら、彼らに相談してみてください。それと、村の人たちも頻繁にこの場所に鉱石を採りに来ると思うので、見かけても怪しまないでくださいね」
バレッタはそう言うと、皆に向き直って説明を再開した。
周辺地理についても地図を広げて簡単に説明し、内容をまとめたメモ紙を鉱夫のリーダーに手渡す。
説明を済ませると、自分の着替えが入ったズダ袋を手に取った。
「では、私は先に帰ります」
「え、先に帰るって、ここから1人で帰るつもりですか?」
「はい、走って帰ればすぐなので」
「でも、帰るにしてもかなり時間がかかりますし、1人では危ないですよ。私たちと一緒に帰ったほうが……」
「いえ、自分の身は自分で守れるので大丈夫です。それでは」
バレッタはそう言うと太陽の位置を確認し、森へと入っていった。
山岳地帯の森を抜け、荒野を2時間ほど走ってバレッタはグリセア村に帰ってきた。
村に入る前にシルベストリアに挨拶を済ませようと、村の入り口にある守備隊の駐屯地へと向かう。
見張りの兵士に声を掛けていると、駐屯地の奥から誰かが走ってきた。
「バレッタ!!」
シルベストリアはバレッタの前で急停止すると、満面の笑みでバレッタに抱き着いてきた。
鎧姿のまま力いっぱい抱きしめられ、ぐりぐりと頬ずりされる。
「こいつめー、会いたかったんだぞー!」
「し、シルベストリア様! 痛い! 痛いです!」
「あ、ごめんごめん!」
シルベストリアは慌てた様子で離れると、バレッタに笑顔を向けた。
「いやあ、こんなに早く帰って来るなんてびっくりしたよ。1人で帰ってきたの?」
「はい、家の様子が気になって」
「そかそか。君は本当にいい子だねぇ」
シルベストリアはまるで子どもを褒めるように、バレッタの頭をよしよしと撫でる。
以前からそうだったのだが、バレッタはことあるごとに彼女に頭を撫でられていた。
バレッタのことを相当気に入っているらしく、いつもこんな調子である。
「それで、あっちでは上手く行った? 彼には会えたの?」
「はい、一緒にナルソン様のお屋敷で働かせてもらえることになりました」
「おー、よかったじゃん! もし、何か困ったことあったら相談してね。力になれるかは分からないけど、話くらいは聞けるからさ」
「はい。ありがとうございます」
シルベストリアには、イステリアに向かった目的については話してある。
一良の下へ行って力になりたいといった旨の話をしたのだが、その話をしている間、終始彼女は瞳を輝かせて聞き入っていた。
どうも、そういった話に憧れを抱いているらしい。
「今日は村に泊まっていくの?」
「いえ、夕方までにはイステリアに戻ろうと思ってます」
「そっか。じゃあ、あんまりのんびりしていられないね」
シルベストリアは少し残念そうな表情になったが、すぐに笑顔を見せた。
「また今度、時間がある時に話聞かせてよ。楽しみにしてるからさ。特に彼との話を」
「は、はい。では、失礼します」
「あ、そうだ」
村へ向かおうとバレッタが背を向けかけると、シルベストリアが思い出したように声を上げた。
「村の人たちでさ、正規の剣術を習ってた人っている?」
「いえ、軍の速成訓練を受けた人たちは何人もいますけど、剣術を習ってた人はいないと思います」
「んー、そっか……うーん」
「何かあったのですか?」
何やら合点がいかない様子のシルベストリアにバレッタが問うと、シルベストリアは「うん」と頷いた。
「私たちが武術の訓練をしてる時にさ、毎日コルツ君が遠くからこっそり見てたんだけど、バレッタは気づいてた?」
「えっ、そうだったんですか? 全然気づかなかったです」
「あの子、剣術に興味があるみたいでさ。毎日私たちがいなくなってから、あの場所で1人で練習してたみたいなんだよね。すぐに飽きるかなと思ってたんだけど、毎日かかさず練習を続けてるみたいでさ。それも、ただ練習してるっていうんじゃなくて、こう、表情とか雰囲気がすごく必死なの」
バレッタはコルツに対して、『いたずら好きのわんぱく坊主』といった印象を持っていたので、そういったひたむきな一面があったことにとても驚いていた。
何より、コルツはまだ6歳である。
男の子なので剣術に憧れを抱くのは理解できるが、そこまで必死に1つのことに取り組むということ自体がどうにも不自然に感じた。
「それで、昨日の夕方に森に見に行ったらやっぱりいたんだよ。そんなに必死なら教えてあげようかなって思って声かけようとしたんだけど、何だか様子がおかしかったから隠れて様子を見てたんだ」
「どうおかしかったんですか?」
バレッタが興味深げに聞くと、シルベストリアは神妙な面持ちになった。
「それがね、コルツ君、私たちが訓練で1度も使ったことのない 形(かた) を使ってたの。両手持ちのやつなんだけど、見たことある?」
「いえ、両手持ちの形は一度も……あまり使われない形なんですか?」
「使わないってことはないけど、ほとんど使われてないと思うよ。最近じゃ両手剣なんてあんまり使う機会ないし」
それを聞き、バレッタは首を傾げた。
バレッタの知る限り、そのような形を使える者は村には1人もいない。
バリンやロズルーなどはある程度武器が使えるが、バレッタがシルベストリアから習ったようなきちんとしたものではないはずだ。
「おっかしいなぁ。見た感じきちんとした形になってたし、誰に教わったんだろ……あ、ごめんね引き止めちゃって。もう行っていいよ」
「あ、はい。失礼します」
バレッタはぺこりと頭を下げると、村へと足を向けるのだった。
下ろしっぱなしにされている跳ね橋を渡り、村へと入る。
巨大な野菜がはびこる畑を眺めながらあぜ道を歩いていると、せっせとイモの蔓返し(蔓から延びた根っこを地面から引き抜くこと。蔓や葉が余分な栄養吸収して大きくなりすぎることを防ぐ)をしている父の姿を見つけた。
「お父さん、ただいま。蔓返ししてるの?」
バリンは顔を上げると、バレッタの姿を見て表情を綻ばせた。
「ん? おお、バレッタか。お前に言われたとおりやってるんだが、なかなか大変で苦労してるよ……。カズラさんには会えたのか?」
「うん、一緒にお仕事を手伝わせてもらえることになったよ」
バレッタが答えると、バリンは安心した様子で微笑んだ。
「そうかそうか、よかったな。村のことは気にしなくても大丈夫だから、お前のやりたいようにやるんだぞ。頑張りなさい」
「うん、ありがとう。それ手伝おうか?」
「あー、そうだな。手伝ってもらえると助かるが……何か用があって戻ってきたんじゃないのか?」
「道具の生産具合を見に戻ってきただけだから、少しなら手伝えるよ。夕暮れ前にはイステリアに戻りたいから、あんまりいられないけど」
「なら、先にそっちを済ませてきなさい。こっちの手伝いは時間が余ったらでいいから」
「ん、分かった」
バリンと別れ、村の奥へと向かう。
しばらく歩き、1軒の小屋にたどり着いた。
開けっ放しになっている戸の陰からこそっと顔を出して中を覗くと、数人の村娘たちが何やら作業をしていた。
それぞれ、足踏み式のグラインダー(金属を研磨するための回転する砥石)を使って 鏃(やじり) を研いでいたり、小型の炉で焼いた鉄の棒で矢に鏃を挿す穴を開けたりしている。
「ただいま」
「あ、バレッタ! 帰ってきたんだ!」
戸から控えめに顔を覗かせたままバレッタが声をかけると、娘たちは作業の手を止めて駆け寄ってきた。
「おかえり!」と言いながら抱きつく者や、わしわしと頭を撫でる者たちの間でもみくちゃにされる。
「カズラ様には会えた?」
「うん、会えたよ」
「それでそれで!? 一緒にいたいって言えた!?」
「う、うん」
バレッタが頷くと同時に、娘たちが「おおっ」と声を上げた。
「それで!? カズラ様は何て言ってたの!?」
「い、いいよって言ってくれたよ」
「それだけ!? 他に何か言ってなかったの!?」
「え、えっと……『こっちからお願いしたいくらい』って言ってくれた」
若干気圧されながらもバレッタが答えると、娘たちが歓声を上げた。
なぜか両手で口を覆って涙ぐんでいる者がいたり、抱き合って飛び跳ねている者たちがいたりとすさまじい盛り上がりっぷりだ。
彼女たちのあまりのはしゃぎぶりに、バレッタは気まずそうに視線を泳がせる。
「じゃあ、カズラ様をリーゼ様から取り返せたんだね! もう、毎日心配で気が気じゃなかったよ!」
「やっとくっついたかー。一時はどうなることかと思ったけど、これで安心だね。ほっとした」
「……」
バレッタが後ろめたそうに口をつぐんでいると、盛り上がっていた村娘たちもその様子に気づいて静かになった。
そして、「まさか」といった表情でバレッタに目を向ける。
「あ、あのさ。念のため聞くけど、ちゃんと告白したんだよね?」
「……え、えっと」
答えづらそうに口ごもっているバレッタに、皆の表情が一気に呆れたものに変化した。
「で、でも、ナルソン様のお屋敷に一緒に住んで、お仕事を手伝わせてもらえることになったよ!」
「あれだけ図面とか機械をたくさん持っていったんだから、ナルソン様に見せれば取り立てられて当然でしょ……最高のタイミングを逃してどうすんのよ」
「喜んで損した……」
「ヘタレすぎる……」
散々な言われように、バレッタは「そんなこと言ったって……」と涙目になる。
小屋の空気はまるでお通夜だ。
「……ま、まあ、バレッタにしては頑張ったと思わない? 一緒に住めるようにはなったんだし、もう大丈夫だって!」
「全然大丈夫じゃないような気が」
「それで、帰ってきた用事は何? 何か困ったことでも起こったの?」
沈んだ空気を払拭すべく、娘の1人が他の娘の台詞を遮って話題を変える。
もちろん、バレッタはそれに乗っかる。
「ううん。鉱夫さんたちに鉄鉱脈を案内しに山に行ったついでに、ちょっと様子を見に戻ってきただけ」
「あ、結局採掘することになったんだ。カズラ様は一緒にこなかったの?」
「うん、場所の案内だけだったから、一緒に行ったのは鉱夫さんたちとアイザックさんの部隊だけ。カズラさんはイステリアで製鉄の準備をしてるよ」
「リーゼ様と一緒に……あいたっ!?」
余計なことを言いかけた者の頭を小突きながら、その娘はバレッタに相槌を打つ。
「こっちの作業は順調?」
「順調順調。道具の使い方にも慣れてきたし、もう私たちだけでも作れるよ」
その娘はそう言うと、傍にあった矢を拾ってバレッタに差し出した。
その矢は通常の矢と 鏃(やじり) の形状が異なり、船の 錨(いかり) のような形をしている。
地球ではブロードヘッドと呼ばれている、一度突き刺さると特殊な道具を使わなければ抜くことができない形状の鏃だ。
「でも、これ作るのにすごく時間がかかるね。普通の矢じゃダメなの?」
「普通の矢だと命中してもすぐに引き抜けるし治癒しちゃうから、そういう形の矢のほうがいいんだよ。抜くのに手間取れば傷口がズタズタになって感染症を併発させられると思うから」
「そ、そう」
バレッタからの生々しい答えに、村娘は少し引き気味に相槌を打った。
ここ数ヶ月の間、村の者たちはバレッタの指示で様々な道具を生産していた。
土木用工具や工作機械、そして今バレッタが持っている特殊形状の鏃を付けた矢など、その種類は多岐にわたる。
特殊形状の鏃は製作が難しく手間がかかるので、上手い作り方はないかと模索している状態だ。
「それで、武器とか機械の生産はどうするか決まった? 前に言ってたみたいに、イステリアでたくさん作る感じ?」
「そのことなんだけど、ちょっと予想と外れちゃって。しばらくは村だけで作ることになりそう。機械はイステリアでもすぐに作ることになると思うけど」
バレッタが少し表情を曇らせて答えると、娘たちはお互い顔を見合わせた。
「でも、少ししたら武器もイステリアでも作ることにはなると思う。全部じゃなくて、クロスボウとかスコーピオンとかだけ」
「あのさ、村でいろいろ……武器をたくさん作ってること、カズラ様には話してあるんだよね?」
「……言ってないよ」
その言葉を受け、娘たちは一様に不安げな表情になった。
「ねえ、前にも言ったけど、カズラ様には全部話しておいたほうがいいよ。バレッタの気持ちも分かるけどさ」
「うん。でも、もう決めたから」
「でもさ……」
「カズラさんはこれから軍事協力もするつもりみたいだから、それは私も手伝うよ。でも、ここでやってることは秘密にしておいて。お願い」
頑なな様子のバレッタに、娘たちは仕方なく頷いた。