作品タイトル不明
第33話
「行かないで……」
神代はベッドの上に座ったまま、私と青野の首にぐいっと腕を回してきた。
その声は、必死に縋りつくようで。
その表情はまるで——捨てられそうな子犬みたいで……
私と青野は顔を見合わせる。お互い、どうしたらいいのか分からないという顔をしていた。
「えっと……酔ってるし、ちゃんと休んだほうがいいよ」
「……」
「……ごめん……」
神代は自分の頭を拳で軽く叩き、腕の力を少し緩めて、私たちを解放した。
「……手伝ってくれて、ありがとう……迷惑かけた……」
こめかみを押さえながら、悔しそうに眉を寄せる。
私と青野はほっと息をついた。よかった……神代はどうやら、酔って暴れるタイプじゃなさそうだ。
私は思いきって口を開く。
「もし何か悩みがあるなら……話してくれてもいいと思う」
ギルドをクビになったって聞いた。
今は、どのパーティにも所属していない状態らしい。
そんなことがあったら……普通に辛いよね。
「……は? 悩み? んなもんあるわけねぇだろ! あんなクソギルド、いても未来なんかねぇんだよ! アタシは自分から辞めたんだ! 悩みなんかあるかよ……!」
——顔、完全に泣きそうなんだけど。
いや、もう泣いてる。
めちゃくちゃ悔しそうな顔で。
「……うぅ……会長の娘だからって……何が偉いんだよ……! 勝手に指示出して隊員を大怪我させてもいいのかよ……! 自分がミスっても謝らなくていいのかよ……! なんでクビになるのがアタシなんだよ……」
神代はそのまま枕に顔を押しつけた。
「なるほど……そんなクソみたいなギルド、抜けて正解だな」青野が納得したように言う。
「コネでのし上がったやつにやられたんだね……」私は神代を見て、少し同情する。
「やられたってほどでもねぇよ。あいつが隊員を重傷にした。でもアタシもちゃんとやり返したし……サラダのドレッシングをオウムの糞にすり替えてやったんだ。全部食いやがって、しかも美味いとか言ってた」
「……」
……どっちが被害者か、ちょっと分からなくなってきた。
いやそれ、普通にクビになって当然では?
「誰にも……アタシの隊員を好き勝手させねぇ……もう隊員じゃなくても……あいつら、アタシをチクりやがって……」
神代の肩が小さく震える。
「……」
青野は慌てて話題を変えた。
「さっきあの大男がB級任務とか言ってたけど……あれ、取り合いだったのか?」
「……うん……任務……アタシ……」
神代は突然、上半身を起こし、片手で天井を指差した。
「絶対にSSSランク冒険者になる……アタシは……アタシは……あいつらに……一生後悔させてやる……!」
バタン——
言い終わった瞬間、そのまま枕に突っ伏した。
まるで電池が切れたみたいに……
一瞬で眠りに落ちた。
「……」
私と青野はそっと部屋を出る。
青野は静かにドアを閉めて、大きく息を吐いた。
「SSSランク冒険者、か……夢の中のほうがまだ現実味あるな」
「それは……まあ、そうだね」
SSSランク冒険者。
ああいう人たちは、一撃で山を砕いたり、魔法で隕石を降らせたり、果ては宇宙まで飛んで人工衛星にピースして自撮りするような連中だ。
あのレベルになるには、ぶっ壊れた戦闘系スキルの覚醒と、膨大な資金による肉体強化や魔力増幅が必要になる。
——ポチに味覚モジュールを買ってあげるより、ずっと難しい。
「……あー、そういえばさ。昔は私も、最強の錬金術師になりたかったんだよね。金を稼ぎまくって、あいつらの顔面ぶん殴ってやる、みたいな」
青野は廊下の壁にもたれかかり、死んだ魚みたいな目で天井を見上げていた。
「え? でももう十分すごい錬金術師じゃない?」
私は素直にそう思って言う。
「……十回中九回失敗しても、すごいって言えるか?」
「ううん。私の中では、十回全部成功だよ」
青野が固まった。
「それに、【即死薬剤】みたいなやばいの作れる時点で……六階の錬金術師でも無理でしょ?」
私はバッグから、かじりかけの竹を取り出した。
ガリッ、と一口。
竹のさっぱりした味で、口の中のアルコールが少し流れる。スピリタスの匂い、濃すぎてまだ全然残ってるし……
青野が呆れ顔で言う。
「……あんたさ。自分はどうなのよ。否定されたりして、見返したいって思ったことないの?」
「私? うーん……今日まで生きてるだけで、もう十分すごくない? こんな偉業達成してるのに、なんで否定されなきゃいけないの?」
「……他人に否定されて、落ち込まないの?」
「昔はね。でもさ、なんで他人の間違いで自分を罰しなきゃいけないの? 私はすごいの。向こうがそれを知らないだけ」
ガリッ。
また竹をかじる。
その瞬間——
つぅ、と涙が頬を伝った。
青野:「?」
「……歯……」
「……」
「……歯、折れた……」