軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 誓い

翌日。シオドリックが言っていたとおり、ヴィンセントはマリーを静かに誘った。

「少し、付き合ってくれるだろうか?」

彼の表情はどこか穏やかでありながら、ほんの少しだけ迷いが見えた。

「……ハフィントン侯爵夫妻とマリエッタの墓へ行こうと思う。君にも来てほしいと、思って」

マリーは驚いた。けれど、すぐに「行きたい」と思った。

──マリエッタの墓。

彼女の冤罪が晴れ、ジェロームたちの罪が明るみに出た今だからこそ、彼女に報告しなければならない。

「……はい。私も、両親に会いたいです」

両親は厳しくも立派な人だったことを知った。

あまりにも遅かったけれど、知ることが出来て本当に良かったと心から思う。

静かな丘の上にある墓地。そこは城下から少し離れた場所にあり、鳥のさえずりと風に揺れる木々の音だけが響く、穏やかな場所だった。

澄んだ青空の下、陽光が柔らかく降り注ぎ、周囲を囲む木々が優しく影を落としている。風に乗って、どこか懐かしい花の香りが漂っている。

整えられた小道を進むと、白く磨かれた墓石が並び、その一角に、ひときわ美しく手入れされた墓標があった。

マリエッタの名が刻まれたそれは、まるで今でも彼女の存在を大切に思う人がいることを物語っているかのようだった。

その周りに、庭園と同じあの白い花々が咲いていた。

(……ものすごく、手入れが行き届いているわ)

マリーは静かに墓標へと歩み寄り、そっとその表面を撫でた。

長い年月が経っているはずなのに、まるで昨日建てられたかのように綺麗なままだった。

「……ようやく、マリエッタ様に報告ができる」

ヴィンセントが静かに言った。

風がそよぎ、木々がさらさらと揺れる音がする。陽射しの暖かさとは対照的に、胸の奥が締めつけられるような感覚が広がった。

「私の大切な人だった。だからせめて、彼女の眠る場所だけは、穢れないようにと」

マリーは息をのんだ。

──ヴィンセント様は、ずっと彼女を忘れずに。誰よりも、彼女の名誉を取り戻すために動いてくれていた。

そしてマリエッタの墓石の横には、父母の名前がある。

断罪され処刑された令嬢と、逆賊として処理された侯爵夫妻。

その亡骸がこうして清らかに葬られていることに驚きを隠せない。罪人の扱いは、とても雑なものだと知識として知っていたから余計に。

「マリー。私は少しこの場を離れる」

「はい?」

「君が一人で語らいたいこともあるだろう。心ゆくまで話すといい」

そう言うと、彼は静かに身を引いた。

離れた木陰に向かうヴィンセントの後ろ髪が、銀に輝きやわらかく揺れている。

彼の優しさが、マリーの心にじんわりと沁みる。

マリーは静かに両親の墓前に膝をつき、そっと手を合わせた。

「……お父様、お母様。お久しぶりです」

風がそよぎ、墓地に静寂が広がる。

陽の光が降り注ぎ、マリーの頬を優しく照らしていた。

「ジェロームたちの裁きが、ついに下されました。お二人が私の名誉を守ろうとしてくださったこと……ようやく報われました。ありがとうございます」

墓標を撫でながら、胸の奥からこみ上げる想いを噛みしめる。

もっと言葉を交わせばよかった。それでもきっと、二人は心の内を見せてくれなかっただろう。

「私はマリーとして生きていきます。マリエッタの名誉を取り戻した今、私は新たな人生を歩んでいくつもりです」

涙は流さなかった。けれど、心の奥に染み込むような静かな決意が、確かにそこにあった。

「どうか……見守っていてください」

墓前の花が、風に揺れながら優しく揺らめいた。

ヴィンセントは少し離れた場所で静かにこちらを見守っていた。

マリエッタの墓にも花を供え、マリーはゆっくり立ち上がってゆっくりとヴィンセントのもとへと歩いてゆく。

「……待たせてしまいましたね」

「いや、いいんだ。ゆっくり話せたか?」

ヴィンセントの声はいつもより優しく、マリーの心に染み込むようだ。

こころなしか彼の目の周りが赤い気がしたけれど、そのことには触れない。

「はい。……両親に会えて、本当に嬉しかったです」

その言葉に、ヴィンセントの瞳がわずかに揺れる。

「……そうか」

それだけ言って、彼はそっとマリーを抱き寄せた。

最初は驚いたけれど、その腕の中はとても温かい。

これまで何度も彼に助けられてきた。けれど、こうして寄り添ううちに、ただ守られているだけではないことに気づく。

彼の言葉はいつもまっすぐで、嘘がない。マリーの痛みや迷いさえも受け入れて、共に歩こうとしてくれる。

そっと目を閉じると、不思議と胸の奥が満たされていく。

「……ありがとう、ヴィンセント様」

マリーがそっと囁くと、ヴィンセントは少しだけ腕に力を込めた。

「私のほうこそ、ありがとう」

ふたりの間に流れる静寂は、決して寂しいものではなく。確かな絆がそこに生まれ、ゆっくりと根を張っていくのをマリーは感じていた。

その夜。

あの庭園に出たマリーは、やはりそこでヴィンセントと遭遇することになった。

銀の髪が月夜に照らされる。彼の顔はとてもおだやかで、憑き物が落ちたようにすっきりとしている。

「ようやく、すべて終わった」

「はい……でも、これからが始まりです。まだ瘴気はありますもの」

「……そう、だな。ああ」

マリエッタの処刑は冤罪だった。

そしてそれに加担させられた者たち──あの給仕の使用人や検分した薬師、ほかにもジェロームが買収したメイドや城の騎士たち。関係者はたくさんいた。

そのほとんどが既にこの世にいない。なんとも醜悪なことに。

ジェロームや先代王にとって、マリエッタもユイも、ただの駒だったのだ。

「ヴィンセント陛下」

マリーはまっすぐにヴィンセントを見る。

ここまで全てが詳らかになったのも、彼がずっと水面下で調査をし続けてくれていたおかげだ。

瘴気が国に蔓延しないように防いでいたのも、彼が国民のために動いてくれていたからだ。

「本当に、ありがとうございました」

「君に礼を言われることなんてない。私は君を……」

「『守れなかった』というのはもうナシです。あの時はわたくしの方が大人だったのだから、それであればわたくしがあなたを守るべきでした」

幼いヴィンセントは知らなかっただろう。

王妃になるべく教育を受けてきたマリエッタだったが、父が珍しく婚約者について悩んでいたことを。

ヴィンセント殿下とは年の差がありすぎる、と断念していたことを。

確かに厳しい人だった。だけれど、物事をきっちりと捉えていた人だった。

王の器はヴィンセントにこそあると、感じていたのかもしれない。

「残りの浄化も、がんばりましょう」

「ああ。もちろんだ。君のことは必ず守るよ、マリー」

マリーの言葉に、ヴィンセントは静かに頷く。そして、その瞳には、深い赤が点っていた。