軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 南部

王国の南部では、特に瘴気の発生が増している。

特に辺境の村々では、すでに農作物の育ちが悪くなり、人々の健康にも影響が出始めているというのがシオドリックの説明だ。

「……このままでは、冬を越せない者も出るでしょう」

彼がまとめた調査結果によれば、南部の瘴気は深刻で、局地的にかなり濃度が高くなっている場所もあるらしい。

次の任務についての報告があると言われて呼ばれたマリーは、その内容にごくりとつばを飲む。

先日の瘴気でも気分が悪かったのに、それよりも濃い瘴気にさらされているのかと思うとゾッとした。

「陛下、早急に浄化を進めた方がよいかと。……特にヴェルナーテ宮殿付近の汚染がひどいそうです」

シオドリックは殊更声を低くする。

(ヴェルナーテ宮殿……? 南部らしくあたたかで一年中花が咲き乱れる場所だと聞いたことがあったけれど)

マリエッタの記憶だとそうだ。

だけれどシオドリックの言い方と、ヴィンセントの厳しい表情からして、宮殿が今やとてもそのような状況にないことが分かる。

「……」

ヴィンセントがちらりとマリーの方を見る。なにかを言いたそうにして、それでも口を噤んでしまった。

叱られた大型犬のような目でこちらを見るのはずるいと思う。

そう思ってじっと見つめ返してみると、ヴィンセントは手元の報告書を一瞥し、深く息を吐いた。

室内には書類をめくる音と、灯された燭台の静かな揺らめきだけが満ちている。

「……ヴェルナーテ宮殿は……兄のジェロームと元聖女ユイが移送された場所だ」

ヴィンセントは言葉を切り、報告書を閉じる。その赤の瞳が、迷うように伏せられた。

「そして、二人は瘴気に汚染されていて、随分と長い期間臥せっている」

「な……!」

「……瘴気のせいで根本的な治療ができないからな」

マリーの指が無意識に膝の上で握り締められる。

瘴気に汚染される――それは身体だけでなく、精神にも影響を及ぼす。狂気に蝕まれ、正気を保てなくなることもあるのだと聞いた。

(そして、浄化する聖女がいない限りその瘴気は祓えないし、病は治らないのに)

「やむをえず宮殿付近の転移門を利用するが、危険だから彼らが住まう離宮には近づかないようにしてくれるか? マリー……」

ヴィンセントはそれだけ言うと目をそっと逸らした。

彼が逡巡していたのはこの件だったのだ。

単純に、瘴気に汚染された彼らからの影響をおそれているのか。治療を要求するようなそぶりでもない。

「……その方たちの浄化治療は、なさらないのですか?」

マリーがそう口にすると、ヴィンセントは弾かれたように顔を上げた。

「治療だと……?」

「はい、そうです。瘴気が原因なのであれば、私の力で──」

「ダメだ、マリー」

有無を言わせないような声だった。

それでいて、懇願するような切なさがこもっている。

「瘴気を祓えば容態は良くなるかもしれませんが、マリー様の手を煩わせる必要はありません」

シオドリックも同様に鋭い視線をマリーに向けた。

マリーは軽く息を吐き、視線を落とす。

ジェロームとユイには聖女による治療が必要で、だが彼らはマリエッタを死に追いやった原因で──。

ぐるぐるとした気持ちがマリーの中を巡る。

(でも、そのままにしていていいの? だって、私はまだ真実を知らない)

文献には限界があった。このヴィンセントでさえ掴みきれない過去の事件。

その鍵を握っているのは確実にジェロームとユイなのだ。

「……マリエッタ様の疑いは、まだ完全に晴れていないのですよね?」

マリーがそう言うと、二人の視線が一斉にマリーに向いた。

「マリー様、何を考えているんですか?」

「私が彼らの瘴気を祓って、マリエッタ様のことについて聞きます」

「!」

彼らに会うのはこわい。対峙したらどうなってしまうのかわからない。

でも、ユイとは一度きちんと話をしたいと思っている。ジェロームとは二度と話したくないけれど。

「……君は、大丈夫か?」

不意にヴィンセントが少しだけ眉を寄せ、低く呟くように言った。

マリーはその言葉に驚き、ヴィンセントを見上げた。

「私ですか……?」

「瘴気に侵された彼らを前にして、気分を害すことはないかと聞いている」

マリーは一瞬、彼が何かを察しているのではないかと胸がざわつく。

けれどヴィンセントの表情は、ただ純粋な気遣いの色を宿していた。

「平気です。私は、ちゃんと向き合えますから」

マリーがそう答えると、ヴィンセントはしばし沈黙し、それから静かに頷いた。

「……なら、いい」

彼の声音はどこか柔らかく、けれどどこか含みを持っていた。

「今回の任務は五日後です。マリー様が実際に彼らの治癒を行うかどうかは、随行するヴィンセント陛下がご決断してください。私としては、回復した彼らが証言をしてくれれば幸いです」

「シオドリック……」

「聖女の浄化の機会がなく、諦めていたのですから。あのクソ殿下に……おっと言葉が過ぎました。愚かな男に本当の制裁を与えるべきです」

シオドリックの声は冷たく部屋に落ちる。その厳しい言葉がマリエッタのために紡がれていると思えば、怖くは感じない。

そうしてマリーたちは瘴気の浄化と別に、抱える思いをそれぞれ胸に秘めて当日を迎えることとなった。