軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 書庫

翌朝、まだ夜の余韻が残る中、マリーは部屋で身支度を整えていた。

昨日のヴィンセントはどこか様子が違っていたな、と思う。

確かにマリーはティンダル領に帰りたいと言ったけれど、あそこまでヴィンセントに思われるほどのことをしただろうか?

(なんだか様子が変だったわ。あんな風に、強く見つめて……)

ヴィンセントの懇願するような眼差しを思い出してしまい、マリーはぷるぷると頭を振る。

彼は国王としての責務でああ言っていただけだ。聖女がまた失敗したら、今度こそ国民たちは黙っていないかもしれないのだから。

「……私ったら、何を」

「聖女様、お迎えに参りました」

「ひゃいっ!」

ほんのりと熱を持ってしまった頬を落ち着かせようと押さえていたところに、急に外から扉をノックされてマリーは人知れず小さく跳ねてしまった。

ヴィンセントと約束した案件で、シオドリックが来てくれたのだ。

「……大丈夫でしょうか。声の調子が悪いようですが。お風邪を召されたりなど……」

「いえ、なんでもないです! そういえば、風邪を引いたことは一度もないので!」

「ではいいのですが……」

訝しげな顔をするシオドリックにそう説明して、マリーはにっこりと笑顔をつくった。

ヴィンセントのことを考えていただなんて、口が裂けても言えない。

「では、準備はよろしいでしょうか。今日は、陛下に仰せつかった記録庫へのご案内をさせていただきます」

マリーは、昨夜のヴィンセントとの会話を胸に、少し気を引き締めながら頷いた。

「はい、シオドリック様。よろしくお願いします」

シオドリックに連れられて、マリーは城の回廊を進む。

懐かしい廊下を過ぎると、マリエッタ時代にも立ち入ったことのないエリアへとシオドリックはどんどん足を進めてゆく。

見張りの騎士もポツポツと立ち始め、非常にものものしい雰囲気だ。

「あの……シオドリック様。随分と奥に向かっているように思いますが……」

我慢できずに、マリーは先導するシオドリックにそう話しかけていた。

マリーの記憶が正しければ、ロープで区切られた赤絨毯の先のエリアは王族専用となっていたはず。

妃教育をしていたマリエッタでさえ、その先には行ったことがない。

それなのに、先程シオドリックと一緒にすっと入り込んでしまっている。

「はい。マリエッタ様に関する資料は、大変貴重なものですので。誰の目にも触れないよう、陛下が厳重に管理しておいでです」

「陛下が……?」

「なので、これから向かう場所は聖女様といえども口外禁止です。申し訳ありませんが、入室の際に《《誓約》》をさせていただきます」

「は、はい。それはもちろん」

即答したマリーに、シオドリックはふっと優しい笑顔を見せる。

最初は塩対応な人だと思ったが、もしかしたらいい人なのかもしれない。

ぐるぐると知らない廊下を進み、白い扉の前で立ち止まったシオドリックが鍵を開ける。

その扉の向こうには、石造りの階段が続いている。

カツンカツンと足音を響かせながららせん状の階段を降りると、そこには天井まである書架がいくつも置かれ、作業台のような所には無数の古文書や肖像画、羊皮紙が丁寧に並べられていた。

「この書庫は、かつての王政の記録が残される大切な場所です。それと聖女に関する諸文書が厳重に保管されております。国政の混乱の中で、マリエッタ様に関する文献や姿絵は処分される危険があったため、ここに置かれています」

シオドリックは静かな口調で説明を始めた。彼の瞳には、慎重さと誇りが混じっている。

「聖女様。こちらに触れてください。 件(くだん) の誓約魔法が刻まれております。この書庫の場所について誰にも伝えることができず、文献の持ち出しを禁ずるものです」

「わかりました」

マリーは彼に言われたとおりにその石版に右手を触れる。

じゅっとした一瞬の熱さがあったものの、手には傷一つ付いていない。

マリーは、棚に並ぶ無数の文献や、ひっそりと飾られた肖像画を見つめる。

歴代の国王の肖像画。そして、これまでの国の歴史。そこにマリエッタの記録が一緒に置いてあるだなんて。

(ヴィンセントは本当に、マリエッタのことを大切に思ってくれていたのね)

「……こんなに大切に守られているなんて」

マリーは、思わず小さく息を呟いた。

ヴィンセントの深い気持ちを知り、驚くばかりだ。

いつも気難しい顔をしているシオドリックが、マリーの表情を見つめながら微笑んだような気がした。

「マリー様。あなたの存在が、マリエッタ様と陛下の救いになりますように」

「……はい」

「では、私は外に出ておりますね。外にデイモンを控えさせておきます」

シオドリックは丁寧に礼をして、部屋から出て行った。

この貴重な保管庫でマリーを一人にするなんて、信頼してくれているということだろうか。

「よし、じゃあ探しましょう」

膨大な資料を前に、マリーは腕まくりをする。

どの本から読もうかとマリエッタがぐるりと書架を眺めたところで、白い薔薇の刺繍が施された一冊の手記に目を留めた。

何の気なしに手をとり、パラリとページを繰る。

「これは……?」

挟まれていたのは、一枚の小さな絵だった。

少し厚めの羊皮紙に、黄色で着色された長い髪の少女と周囲には白い花のある庭園が描かれている。

どこか懐かしい風景──そしてこれは、マリエッタを描いたものだと気がついた。

ジェロームの瞳の色である青いドレスを身につけることが常で、お茶会をすっぽかされていた日々。

このお茶会を知るのは……限られた人だけだ。

マリーは震える手でページをめくる。

この手記はきっと、マリエッタのことが書いてあると確信めいた予感がある。

そこには、かつてのマリエッタ・ハフィントンの生涯と、その悲劇的な最期について、細かく記されていた。

色々と聞き取りをしたのか、数々の推測の言葉が何ページにも綴られている。

テーブルの上に広げられた羊皮紙のページを一枚ずつ丁寧にめくるたび、マリーの胸は締め付けられるような痛みと、同時に強い決意で満たされた。

マリエッタ──彼女はかつて、厳しい妃教育に縛られ、王家の都合で利用され、そして処刑されてしまった。

自分の中にあるマリエッタの記憶とこの記録が融合して、ひとつに混ざり合っていくのを感じる。

”マリエッタにワインを渡した給仕の男はその日の夜に姿を消した”

”一ヶ月後、南部郊外の川で見つかった”

その記述に胸をつかれるような衝撃を感じる。

これは、ヴィンセントが言っていた話だ。

「……聖女ユイの堕落……」

マリーは小さく呟いた。

その声は、過ぎ去った日々の苦しみを物語るかのように静かで。彼女は文書の一節に目を止め、ゆっくりと読み進める。