軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 回復

「マリー様っ、お待たせしました~!」

明るい声と共に、エイダが数分もしないうちに戻ってくる。

お腹が空きすぎているから早くてうれしいな、と思ったところで。マリーはエイダが押してきたワゴンに載せられた食事に目を白黒とさせる。

用意された食事はどれも湯気がほこほこと立っていてあたたかそうで、豪華なものになっていた。

「……どうして?」

「マリー様がいつ起きてもいいように、食事がご用意されておりますので! 聖女様には食事が大事だということも伺っていますので、もう料理人たちも皆、気合い十分でございます!」

エイダがうれしそうに応えるけれど、マリーの頭の中から疑問符は消えない。

どうしてマリーへの対応がこう変わったのだろうか。その疑問を察したのか、エイダが口を開く。

「王城の皆が、聖女様の力を目の当たりにして、その力が本物だと認めたからだと思います。あの日の浄化と魔獣を鎮めた出来事が広まり、陛下からも正式に聖女としての称号が再確認されました」

「ヴィンセント陛下が……?」

「はい! それに、聖女様に十分な休養と食事が必要だと仰り、料理人たちに指示をしたのも陛下でございます」

エイダの言葉に、マリーはぱちぱちと瞬きを繰り返す。

これらのことはヴィンセントが全て指示をしてくれたのだという。

「マリー様、たくさん召し上がってください! デザートもあるそうです」

自分のことのように喜ぶエイダに曖昧に頷いて、マリーは食事を始めた。どれもものすごくおいしくて、身体にじんわりと染み渡る。

食事の後、給仕が運んできた銀のトレイの上には、美しく整えられた小さなショコラの菓子が並んでいた。

艶やかなチョコレートのコーティングに、細かく砕かれたナッツがあしらわれている。

「わああ~! とってもきれいですね!」

「ええ、そうね」

そのショコラを前に、マリーは思わず手を止めた。

(……これ、知ってるわ)

心の奥底に眠っていた記憶が、また蘇る。

温かな午後の日差しの中、白薔薇の咲く庭園で、小さなティーカップを傾けながら、ひと口ずつ味わったショコラの甘さ。

「マリー様、どうかしましたか? 苦手であれば、お下げしますが……」

手を止めてしまったマリーをエイダが心配そうに見つめている。

彼女を安心させようと、マリーはあわてて言葉を紡いだ。

「懐かしいと思って眺めていただけなの。ありがたくいただきます」

マリーはそっと菓子を手に取り、口に運ぶ。ほろ苦いカカオの風味が舌の上でゆっくりと広がり、淡い甘さがあとを引いた。

「美味しい……」

マリーが思わず呟くと、傍らに控えていたエイダはほっとしたように微笑む。それから、声を潜めるように言葉を続けた。

「こちらは王都の老舗菓子店でしか手に入らない特別な品だそうで、陛下が特別に取り寄せさせたものだそうです!」

「……え?」

マリーの指が止まる。

「私も詳しくは存じませんが、陛下は任務で倒れられたマリー様を城まで抱きかかえて運んでいたそうですよっ。他の侍女に聞きました!」

「……ヴィンセント陛下が直々に? デイモンではなく……?」

確かにあのとき倒れてからの記憶はないが、ヴィンセントに運ばれたとは思っていなかった。

(なんだか頭痛がしてきたわ……。ヴィンセントにそんな迷惑をかけていただなんて)

ぱかりと口が開いたままのマリーに気付かず、エイダは話し続ける。

「はい。そのあと陛下がすぐに薬湯や栄養のあるお食事をご用意させたのですが、その際、『ショコラを取り寄せろ』とご命じになったとか」

マリーは言葉を失った。

なんだろう、なんというか。急に対応が違っているような……?

「ショコラには、疲労回復や集中力を高める効果があるといいますからね! それに、甘いものは心を和らげてくれるもの。陛下はきっと、マリー様のお体を気遣われていらっしゃるのですね!」

そう言いながら、エイダは期待のこもったキラキラとした瞳をマリーに向けた。

マリーはたじろいでしまって何も言えず、手元のショコラをじっと見つめる。

(……そんなこと、一言も言われなかったのに)

冷淡に見えて、実はひそかに気を配っていたのかもしれない。そう思うと、不思議と胸の奥が温かくなるようだった。

「……もう少し、味わっていただこうかしら」

マリーはそっと微笑み、残っていたショコラを口に運んだ。その甘さが、どこか心の奥まで染み渡っていくような気がした。

「マリー様。このショコラを領地でもお食べになったことがあったのですか?」

「えっ、どうして?」

「さきほど『懐かしい』と仰っていたので。さすがの人気店ですね~!」

エイダの言葉に、マリーは自分の発言を思い出して青くなる。

確かにさっき、慌ててそんなことを言ってしまった。

マリーは食べたことがないはずだ。だってショコラを食べていたのはマリエッタだ。

「そ、そうなの。お父様が買ってきてくれてことがあって」

「ご婦人やお子様も喜ばれるといいますもんね。ある程度日持ちもするようですし。食べ過ぎには注意ですが」

エイダはうんうんと頷いている。そのことにマリーはそっと胸を撫で下ろした。

どうやらマリーがショコラを食べたことがあっても不自然だとは思わなかったらしい。

ティンダル領から王都はまあまあ距離があるし、父がそんな洒落た菓子の存在を知っているとも思えない。そもそも、伯爵領からほとんど外に出ないもの。

(……もうひとつ、いただこうかしら)

後を引くおいしさに、マリーはもうひとつのショコラにも手を伸ばした。

さっきのものと違って、丸い形をしていてその上に白色の線状の模様が描かれている。

最初の日、確かにヴィンセントがマリーを見る目は厳しく、その奥に戸惑いがあるようにも感じられた。

冷たく変わってしまったのかと思ったりもしたけれど、でも……。

ショコラは甘やかに口の中でほどけ、甘さが染み渡ってゆく。

倒れたマリーをおもんぱかってくれたらしいヴィンセントのことを考えると、胸の辺りがポカポカとしてくるような気がした。