軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 移動

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「マリー様、いってらっしゃいませ……!」

「ええ。エイダも、花のお世話をがんばってね。いってきます」

うるうると瞳を潤ませるエイダに。マリーは別れの挨拶を告げる。

朝日がまだ薄く山間を染める頃、マリーたち一行は王城の正門を出発した。すぐに北東に向かうのかと思ったが、王城の東にある森へと馬車は向かう。

森の奥深く、厳重に守られた石造りの建物が見えてきた。それを抜けた先に、巨大な魔法陣が刻まれた石の円環がそびえ立っていた。

地面には古代文字が刻まれ、微かに魔力が揺らめいている。

「これは…… 転移門(ゲート) ……?」

マリーは誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。

石柱にも魔力が満ちているのが感じられる。だが、何よりも驚いたのは、その静謐な雰囲気だった。

王族にしか使えない、緊急用のゲート。王族の血を引く者だけが起動でき、膨大な魔力を流し込むことで利用が可能となるその門の存在は知っていた。

並の魔道士が扱えるものではなく、王家の特別な力なのだとジェロームが言っていたのだ。

だがこれまでに、利用したことはない。本当に、マリエッタの世界は狭かったのだと痛感する。

「ここから、北東のフロストヘルムにある転移門まで移動し、半刻ほど馬車で北に走ったところに該当の森があります。陛下、よろしいでしょうか」

先導する騎士のひとりがそう言うと、ヴィンセントは鷹揚に頷いた。

「ああ、問題ない。では行くぞ」

ヴィンセントが無駄のない動作で手を翳すと、魔法陣が一斉に輝き始めた。瞬間、強い風が吹き荒れ、空間が軋むような音を立てる。

「聖女殿、しっかり立っているように。転移には少し負荷がかかる」

「え……?」

言葉を発する間もなく、視界がぐにゃりと歪む。次の瞬間、マリーは異様な浮遊感に襲われた。

重力が消えたかのような感覚が全身を包み、足元がふわりと浮いたかと思うと、急激に引き戻される。視界は暗転し、耳鳴りが響く。

――そして、次に目を開けたとき。

マリーたちは雪をいただいた山々が連なる北東の荒野に立っていた。冷たい風が頬を撫で、凛とした空気が辺りを満たしている。

(……っ、思ったより、負荷があったみたい)

踏みしめた地面はしっかりしているはずなのに、身体がふらつく。眩暈がし、気分が悪くなる。

「……すまない。説明が不足していた」

マリーがよろめいたその瞬間、ヴィンセントの手が彼女の腕を支えた。

無理に笑顔を作るものの、胃がひっくり返るような不快感は消えない。

「……っ、大丈夫です……」

「無理をするな。初回は誰でもこうなる」

ヴィンセントの声は相変わらず淡々としているが、その手は離れない。しばらくそのまま支えられた後、ようやく眩暈が治まり始めた。

「ありがとうございます、陛下」

マリーは一歩後ろに下がり、深呼吸をした。ヴィンセントは何も言わず、ただ彼女の様子を観察するように見つめている。

「デイモン、聖女殿を馬車に案内するように」

「はい、承知しました。マリー様、どうぞこちらの馬車に」

北東のゲートの近くには、騎乗用の馬と馬車がすでに用意されている。

マリーはよたよたとしながらも、デイモンに案内されるがままに馬車へと乗り込んだ。

任務ということでエイダは留守番となったが、デイモンはこれからも一緒についてくることになるらしい。

(ここが北東の地――フロストヘルム……)

ここよりも王都に近いティンダル領でも、王都までは一週間ほどの時間を要した。それ以上の距離をこうして一瞬で移動する、とても強大な力。

あまりの速さに、マリーは呆然とヴィンセントの方を見る。

彼は疲れた様子も見せず、冷静なまま周囲を確認し、騎士たちに指示をしていた。

(ヴィンセント、いつのまにかこんなに立派な魔法を使えるようになっていたのね)

親心に似た気持ちで、マリーはその銀髪の人を見つめた。

今世では彼よりもずっと年下の自分が彼の成長を喜ぶなんておかしなことかもしれない。でも、マリエッタはずっとあの幼い王子のことが気がかりだったのだから。

馬車に揺られることになったマリーは、同乗者に気付かれないようにそっと息を吐いた。

(……どうしてヴィンセントと同じ馬車なのかしら!?)

ずっとお互い無言で、息苦しいのだけれど。

一台の馬車に国王と聖女が乗った方が警備上色々と都合がいいのは分かるが、それでもこうして沈黙が続くと逆に疲れてしまう。

ああ、でも。

王都に来たときと違い、馬車の座面はふかふかだ。これは、ヴィンセントと同席する利点かもしれない。

マリーはその点に感謝した。馬車の外には騎乗したデイモンが随行している。

会話を諦めたマリーは、気分を良くするために窓の外を見る。

王都からあっという間に離れて、一面に広がるのどかな田園風景が続いている。所々で朝露に輝く花畑や、穏やかに流れる川が見える。

北部ということもあり、風は冷たく感じる。見える山々は白い帽子をかぶったようにしてところどころに解けきらない雪もあるようだ。

マリエッタは王都から出たことがなく、マリーも同様に領地にずっといた。

こうして知らない所に移動するのは案外楽しいかもしれない──車内の重苦しい空気と、転移による気持ち悪ささえなければ。

「……聖女殿」

考え事をしていたところで、マリーは今日初めてヴィンセントに声をかけられた。

マリーがぱっと顔を上げると、ヴィンセントの赤い瞳がこちらを見ている。

任務ということもあり、これまでは後ろに撫でつけられていた髪もセットされておらず、前髪が下りている。

そうしていると普段よりも若く見えて──『マリー義姉さま!』とマリエッタを呼んでいた幼いヴィンセントの姿まで思い出してしまった。

「先日は、貴重な治癒術をかけてもらい助かった。身体が軽くなって久しぶりに、よく眠れた。礼を言う」

「お役に立てたのなら良かったです。私は美味しい食事をいただいていますので、その分のお返しです」

「だが、聖女の力にもリスクはあるのだろう。もう私には使わなくていい」

ヴィンセントの言葉にマリーはここ二日で自力で調べた聖女の力の制限について思いを馳せた。

マリーの聖女の力には、一つの制限がある。それは、力を使うごとにエネルギーを大量に消耗することだ。

そのため、力を使った後には必ず多くの食事を摂る必要がある。

また、力を限界以上に使用すると身体に負担がかかり、強い眠気に襲われる。

今はあまり力を消費していないから、睡眠時間自体は以前の二割増し程度になっているが、強い力を使えば一日以上深い眠りにつくこともあるかもしれない。

「力を使うほどお腹が空いてしまうのと、使いすぎると眠気に襲われてしまうのです。ですから、限界を超えないように気をつけます」

「食事に睡眠か。城に戻ったら配慮するように伝える」

ヴィンセントはその答えに納得したように軽く頷き、視線を前方に戻した。

「聖女の力について、私には分かることが少なくて。もう少し学びたいのですが、神殿にはその力についての文献はあるでしょうか?」

マリーは思いきってそう切り出した。

なんにせよ、もう少し情報が欲しいのだ。ずっと気になっている前の聖女・ユイのことも調べたい。

「大神殿にはあるかもしれない。ただ、先代聖女のことは君にとって何も参考にならないだろう」

「どうしてですか?」

ヴィンセントの言葉にマリーは首をかしげる。

ユイはこれまでで一番力が強く、清廉で潔白な魂だといつだって皆が褒めそやしていた。

(……マリエッタの没後、存分にその力を発揮したのではないの?)

もしかしたら、彼女の強大な力とその素質に、マリーは遠く及ばないということなのだろうか。異世界から召喚された少女。そう考えると、マリーとは全てが違っている。

そう思ったのに、彼の彫刻のような顔がすっと白くなり、瞳には剣呑な色が浮かんだ。

「アレは、聖女の役目は果たさなかったからな」

だが、ヴィンセントから告げられたのは予想外の言葉だった。