軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 説明

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「聖女マリー殿。今後のことについて陛下からお話があるとのことです」

シオドリックにそう言われて王の執務室に呼び出されたマリーは、重厚な扉を前に深呼吸をしている。

「陛下。聖女様をお連れしました」

シオドリックがノックの後にそう言うと、中からは「入れ」というヴィンセントの低い声が響いた。

執務室の中ではヴィンセントが机に向かい、山積みの書類に目を通している姿がある。こうしていると、昨晩あの庭園で出会って言葉を交わしたことが夢ではないかと思える。

「……聖女殿。城の対応に不備が多く面倒をかけたな」

「いえ。問題ありません」

「聖女殿への来訪を求める嘆願書が届いている。君には初めての任務を命じたい」

その言葉に、マリーの胸が高鳴った。ようやくだ。

これが彼女の運命に課せられた使命だという自覚が、ずしりと重くのしかかる。

ヴィンセントは顔色を変えずに、嘆願書と思われる書を一枚手に取る。

「聖女に求めることはひとつだ。瘴気が発生した場所へ赴き、その地を浄化してもらいたい」

「……はい」

その声は無機質で、感情を一切感じさせない。

「場所は王都より北東の山間地。その泉周辺の様子がおかしく、近隣の村に被害が出始めているとの報告だ」

ここから北──ヴィンセントの言葉に、マリーの心はざわついた。

故郷であるティンダル領は王都の東部に位置する。今回訪ねる場所が北東ということであれば、その瘴気はいずれティンダル領にも影響を及ぼす可能性がある。

「あの……質問してもいいでしょうか? 瘴気とは目に見えるものなのでしょうか? ティンダル領ではそうした傾向はなかったように思えて」

シオドリックとヴィンセントの顔を交互に見ながら、マリーはそう質問をした。

聖女は瘴気を祓う。前世でもそう聞いてはいたが、実際にユイが瘴気を祓う場面を見たことがない。

もし、知らぬ間に故郷が蝕まれていたらと思うと、ゾッとする。

「そうですね……瘴気は薄暗い黒や紫色の霧として視覚化されると言われています。場所によって濃度が異なり、濃いほど危険度が増すのだとか。霧が動く様子は、まるで生き物のようで不気味だと報告されています」

「黒い霧、ですか……」

シオドリックの説明を受けながら、マリーはゆっくりと頷く。

瘴気の存在を視覚で確認できるというのであれば、今のところティンダル領には影響はないように思える。

農作物の不作、近辺の森での怪しい事例の報告もなかった。

「瘴気が漂う場所では、光が歪んで見えたり、空気が波打つような現象が起こることもあるらしい」

ヴィンセントが苦々しげにそう告げる。

「瘴気の浄化が遅れると、生態系全体が壊滅し、村や町の人々が住めなくなるほどの深刻な影響を与えます。そしてその瘴気は聖女の力……星の力によって浄化する必要があるのです」

シオドリックが言葉を重ねる。

「そうなのですね。承知しました」

マリーは落ち着いた声で返事をする。正直なところ、瘴気というものは未知数だ。こわい気持ちがないとは言えない。

(それでも、私には力があるのだもの)

内心の動揺を抑えながらも任務を全うしようと決意したところで、ヴィンセントが書類を閉じて立ち上がった。

「浄化の任務には私も同行する」

「えっ……?」

「陛下!?」

マリーはその言葉に目を見開き、息を呑んだ。

ヴィンセントの言葉で、室内の空気が一瞬張り詰めたのがわかる。国王が自ら同行するなど、極めて異例のことだということは、マリーだってわかる。

現に、こうして側近のシオドリックが慌てているではないか。

「ヴィンセント陛下、それは危険ではありませんか。聖女に任務を委ねられたのであれば、護衛を強化し、別途報告を受ける形でもよろしいのでは?」

シオドリックが即座に進み出る。

その横顔には焦りが浮かんでいて、彼も初めて知ったのだと分かる。

「必要ない」

ヴィンセントは一蹴するように冷たく言い放った。

「国の危機だというのに、女神とやらに勝手に選ばれた聖女だけに重責を負わせるのは、おかしいだろう。国王として瘴気に立ち向かうことは、国としての威厳を示すことにもなる」

「しかし、陛下」

「シオドリック。私の力が信じられないか?」

「それは……」

赤い瞳がシオドリックを制するかのように鋭く光る。

そして再びマリーに向けられると、その視線は何かを試すかのように彼女を見据えた。その時、マリーはふとヴィンセントの顔色がひどく悪いことに気づいた。

美しい銀髪は光を反射して輝いていたが、その下の顔はどこか疲弊しているように見えた。目の下には薄いクマがあり、頬も少し痩せているように感じられる。

夜はよく見えなかったけれど、明るいところで見ると明らかにやつれている。

(国王陛下が、こんな状態で自ら任務に同行するなんて……どうしてそんな無茶を)

マリーの胸に疑念が湧き上がると同時に、わずかな心配も生まれる。

そうまでして、彼は聖女の力を見極めたいのだろうか。最初から彼は聖女には懐疑的だったもの。

「国王陛下。少しよろしいでしょうか?」

「なんだ」

訝しげな声をよそに、マリーはヴィンセントに近づいた。

近くで見ると、本当にきれいな顔で──隠しきれない疲労が色濃く滲んでいる。

(こんな状態では、任務に支障がでるもの。仕方ないわ)

そしてシオドリックに止められるよりも早く、ヴィンセントの顔に触れる。

「! 聖女殿、なにをなさって……!」

カッ、とまばゆい光が執務室に満ち、それから段々と光が弱まる。

驚いた顔のまま固まっているヴィンセントの頬から手を離したマリーは、力強くにっこりと微笑んだ。

「陛下が大変お疲れのようでしたので、治癒をさせていただきました。任務の地で倒れられては私も困りますもの」

「何という……! ヴィンセント、身体は大丈夫か!?」

すっかり敬語をなくしたシオドリックが慌ててヴィンセントの所へと駆け寄る。

まるで国王を害したかのような扱いに思うところがないわけではないけれど、突然力を使ったのは確かに不敬だったかもしれない。

「あ、ああ、大丈夫だ……」

突然の強い光に呆気に取られたのか、少年のように目を丸くしたヴィンセントはシオドリックの声かけに幼子のように頷いている。

「睡眠不足からくる内臓と肌の不調。それから仕事のしすぎの眼精疲労に肩こり。あとは腰痛でしょうか? お身体を軽くしておきましたので、任務地ではよろしくお願いいたします」

マリーの微笑みに、ヴィンセントたちは一瞬言葉を失った。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、無表情を装ったまま短く頷く。

「気遣いに感謝する」

そう呟きつつも、その声にはほんの少しだけ柔らかさが滲んでいる。

「シオドリックにも頼んでも良いか? 不在中、城のことを任せるのでな」

「まあ、それは大変でございますね。マクナイト様もどうぞ」

「え、いや、私は……!」

この日、執務室では目を開けていられないほどの閃光が再び走る。肩が軽くなったシオドリックは、何度も瞬きを繰り返したという。

任務地に向かうのは三日後。

ヴィンセントと共に行くことになったことは予想外だったが、任務をやり遂げることだけを考える。

そう決意して、マリーは部屋に戻った。